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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
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327.勝利への一手

『うわああああああーっ!?』


 バドの超重量が闇夜(あんや)族の中を駆け抜ける。敵陣の薄い部分をついた”盾突撃(チャージアタック)”は闇夜(あんや)族達を跳ね飛ばし、包囲網に一本の道を作り出した。


 俺はその道をバドを追ってひた走る。このまま敵の包囲を抜けて、俺とバドの二人で敵の後方部隊をついてやる。そうすりゃ後ろからの闇魔法は飛んで来なくなるはずだ。

 闇魔法の脅威さえ薄れれば、この不利な状況を覆せる。少なくとも今より優位に立ち回る事ができるのは間違いなかった。


 可能ならそのまま大将首を取って、この戦いを終わらせてやる。そう思いながら全力で疾駆する。

 程なくして俺は敵陣を飛び出す。が、そんな時であった。


「”虚脱の呪縛(カースコラプス)”!」

「む!?」


 右前方に見えた敵後方の一団からそんな大声が聞こえて、俺は反射的にその男へと目を向ける。そこにいたのは怒りを露にして杖を前に向ける、スフレイヴェル卿とか呼ばれていた男だった。


 その杖の向く先にいるのは俺の前を走るバド。不味い。俺がそう思うよりも早く、バドの体がぐらりと大きく揺れた。

 魔法を受けたらしきバドは”盾突撃(チャージアタック)”の途中だと言うのに、停止するそぶりすら見せず頭から倒れて行く。勢いのついたバドの体は、激しく地面を跳ね回りながら遠くへ転がって行ってしまった。


「バドッ!!」


 また闇魔法か。だがあの様子では、今までのような視界を奪うものでは無い。

 バドの身に一体何が起きたのかと、俺は仰向けに倒れた彼のもとへ急ぎ、魔法を解こうと片手を伸ばしかける。


 だがそこへタイミングを見計らったように、また一つ、別の声が奴らの場所から上がった。


「火の精霊よ、赤熱の鎖にて秩序を乱す愚者を裁き賜え! ”灼熱の縛鎖(バーニングバインド)”!」


 それは中級魔法(ノーマルマジック)にも関わらず、全く淀みが無い早い短縮詠唱だった。

 たちまち俺の足元から激しい炎が巻き上がり、体を焼こうと踊り狂う。俺は足を止めざるを得ず、行く手を阻む炎に舌を打った。


 この炎、あの”獄炎竜の咆哮(ドラゴンズフレア)”の使い手か。あの魔法もさる事ながら、この魔法も短縮詠唱に関わらずこの威力だ。使い手が相当の腕なのだろうとすぐに分かった。

 だが幸運な事にこれは火魔法。解除する(すべ)を持つこちらとしては、むしろありがたいくらいだった。


「シャドウ!」


 言うが早いか、使えとでも言うように魔剣がぽんと飛び出してくる。俺は足元の影に太刀を突っ込みながら、代わりに愛剣を右手に握った。


「舐めんじゃねぇっ!」


 横薙ぎに振るえば魔剣は魔法を切り裂き、逆巻く炎を瞬く間に散らす。これに敵はざわりと動揺を見せるが、そんな時。

 その一瞬の間隙をついて、俺の横を銀色が駆け抜けて行く。


「はぁぁぁああーッ!!」


 それは両手に短剣を握りしめたスティアだった。彼女は珍しく大声を上げながら、後方の一団へ突っ込んで行く。そしてその先頭に立っていた、俺達を攻撃した男の喉笛を切り裂くと、そのまま集団の中へ突っ込んで行った。


(スティア! あいつ、闇魔法が効かないのか!? それとも何か、防ぐ手段があるのか!?)


 彼女の姿は闇魔法にかかった様には見えない。何か抵抗する術があるのかと不思議に思うが、しかしそんな事を考える時間を敵は許さず、新手がこちらへ襲い掛かって来た。


「奴だッ! 奴を狙え!」

「うおおおーっ!」

「ち、面倒臭ぇのが来やがった!」


 スティアを追ってきた三人の闇夜(あんや)族が、今度は標的を俺へと変えて躍りかかる。折角敵の包囲網を抜けたのに、まごまごしているうちに追いつかれてしまった。

 こうなっては仕方がない。スティアに後方部隊を一旦任せて、俺は足止めに回るとしよう。


「おぉぉぉおらぁッ!」


 相手の剣を弾き飛ばし、懐から短剣を取り出し投げつける。それは相手の喉に深々と突き刺さり、「がひゅっ!」と最後の言葉を吐かせて絶命させる。

 まず一人。残りは二人だ。だが彼らの後ろには、更にこちらに迫る多くの闇夜(あんや)族達の姿があった。


「侯爵閣下を守るのだ! 奴らに好き勝手にさせてはならん!」

『おおおおおおーッ!』


 俺達が攻めようとしている後方には、奴らの大将キールストラ侯爵がいる。敵としては何としても俺達を阻止したいはずだろう。

 流石にこんなに大挙して攻められては俺だけで押し止めるのは無理だ。俺は前を向きつつ、後ろへと声を張り上げた。


「もう良いだろ! バド、早く立てっ!」 


 バドの魔法を解除していたシャドウが俺の影へと戻って来る。途端にバドが慌てて跳ね上がった。

 彼は鎧を鳴らして駆けてくると、再び盾を構えて俺の隣に並ぶ。そしていつもの様子そのままに、襲い来る闇夜(あんや)族を跳ね飛ばし始めた。


 やはり闇魔法さえかかっていなければバドの敵ではない。俺も横薙ぎに振られた闇夜(あんや)族の剣を魔剣で受けると、お返しと胴に攻撃を叩き込む。敵は胴から鮮血を噴き出しながら、その場にガクリと崩れ落ちた。


 次々に襲い掛かる闇夜(あんや)族の胸には必死の感情があった。今までは自分達が優勢であったのに、今趨勢(すうせい)が敵側へ傾きかけているのだ。奴らにとっては危機であり、焦るのは当然の事だろう。

 とするならば、それは同時に俺達としては畳みかけるチャンスと言う事に他ならない。

 俺は一瞬逡巡した。


 今頭に浮かんだ方法を取れば、下手を打てば不利になるかもしれない。だが敵の攻勢を崩し始めた今こそが、勝利への分かれ道になるだろう。

 一人で突っ込んで行ったスティアの事も気がかりだ。

 畳みかけるのはここしかない。

 俺は迷いを振り切った。


 山賊心得その十二 ―― 機を見てせざるは山賊に(あら)ず。


「シャドウ、頼むッ!」


 全力で魔力を送り込むと、俺の影がぶるりと震えた。

 シャドウは弾かれたように、ぐんと前方へ伸びていく。前から襲い来る闇夜(あんや)族の足元を逆方向へすり抜けて、シャドウはまるで放たれた矢のように、目的地目指して突き進んで行った。


 シャドウの速さを増す事は、普段あまりメリットがない。加えて俺の魔力をバカ食いするため費用対効果も低すぎて、殆ど使わない手段だった。

 今も魔力がガンガンと減っており、このままでは数分持たず俺の魔力はからっけつになるだろう。だがそれでも今この一手が、戦局を大きく変える可能性を持っていると俺は確信していた。


 だがこれは少々危険な賭けでもあった。大量の魔力を消費し続けているこの状態は、魔力が欠乏する寸前の症状にも似ており、数秒程度の行使ならある程度誤魔化せるものの、継続するとなると身体能力がかなり落ちてしまうのだ。


 当然戦う力も落ちる。ランクF程度の魔物ならどうにかといった所だろう。

 目の前で繰り広げられている戦いはとなれば言うに及ばず、死なないように立ち回る事すら苦しくなるのは必至だった。


「うおおおおおーっ!」


 一人の闇夜(あんや)族が俺へと迫る。今の俺では数秒持たずに殺されるだろう。

 だが俺は独りで戦っているわけじゃあない。俺が戦えないならば、その場を任せられる仲間がいるのだ。


「バド、頼む! こいつらを少しの間、食い止めてくれっ!」


 俺は後ろへ跳び退りながら、頼りの仲間に声を張り上げた。

 俺の声にバドは振り向かなかった。だが俺が声を上げるのとほぼ同時――いや、僅かに早く。バドの全身から激しいオーラが立ち上り始めていた事を、俺の目は確かに見ていた。


「おおお――ごはっ!?」


 俺を狙っていた闇夜(あんや)族の横っ面をバドの長剣が殴りつけ、敵は勢いよく真横へ吹き飛んでいく。


「はぁぁぁぁあっ!」

「食らえぇぇぇえッ!!」


 そこへ躍りかかる闇夜(あんや)族達。そんな敵を前にして、バドはいつもなら構えるはずの壁盾を、邪魔だと言わんばかりに放り投げた。

 バドは開いた左手をロングソードの柄に添える。そして両手持ちとなった長剣を大きく振りかぶり、襲い掛かる敵を軽々と薙ぎ払った。


『うわああああーっ!?』

『がはぁぁっ!!』


 バドの巨体から繰り出された一撃は、敵を軽々と跳ね飛ばす。これを見た後続の闇夜(あんや)族はから足を踏むが、そんな連中へバドは地面を蹴り飛ばし、真正面から突っ込んで行った。

 その体は暗い森の中、眩しいくらいに光り輝いていた。


(”狂戦士の咆哮(バーサークロア)”! バドの奴……っ!)


 上級精技(アルティメットクラス)、”狂戦士の咆哮(バーサークロア)”。(じん)が続く限り攻撃の破壊力を増大させる強大かつ強力な精技だった。

 攻撃方面に振り切れている精技(じんぎ)のため、重い盾は不要どころか邪魔になる。だからバドの取った行動は理に適っているのだが、あの穏やかなバドがそんな行動を取った事が俺には驚きだった。


 闇夜(あんや)族を相手にロングソードを振り回すバド。その激しい攻撃はまるで暴風のようだった。

 近づく者を切り裂き跳ね飛ばす姿は、いつも誰かを守ろうとする彼とはまるで違う。彼の中で何か思う事があったのかもしれない。だがその荒ぶるような攻めの姿勢が、闇夜(あんや)族達を怯ませているのは好都合だった。


(シャドウ、急いでくれ!)


 頬を汗が滑り落ちる。魔力はもう二割を切った。

 後持って十秒くらいか。迫る状況に否応なく焦れる。


「くっ……! そいつは放っておけ! 我々の狙いは奴だ、奴を狙え!」


 更に悪い事に、バドを相手できないと考える腰抜け共が、俺を標的にし始めてしまう。バドも奮闘してはいるが、何せ多勢に無勢、全てをバド一人で食い止め続けるのは不可能だった。


「闇の精霊を奴の手から解放するのだッ! かかれぇっ!」

「おおおおおおっ!」


 バドが奮戦する横を抜けて、数人の闇夜(あんや)族達がこちら目指して駆けてくる。バドも気付いたようだが、これは恐らく間に合わない。

 俺が重い体に鞭を打ち魔剣を構えると、闇夜(あんや)族達が躍りかかってきた。


「死ね、エイクッ!」

「義は我らにあり! 死をもって償うが良い!」


 義なんてどこにもねぇよ馬鹿! テメェらの勝手な都合だろうが!

 そう思うも口から出す余裕も無く、俺は舌打ちをしながら地面を転がって攻撃をかわす。

 だがそこに後続の一人が襲い掛かってきて、俺は片膝を突きながらその剣を魔剣で受け止めた。


「くっ……こ、の野郎……っ!」

「観念しろ! 闇の精霊は貴様の手にあって良いものではない!」

「知るかボケ……ッ! あいつは俺の仲間だっ。それ以上でも、それ以下でもねぇんだよ……っ!」 


 ギリギリと鍔迫り合いをするものの、敵の力に押されて奥歯がぎしぎしと軋む。何とか敵の攻撃を防げているが、しかしこんな状態では狙ってくれと言っているようなもの。

 先ほどいなした連中がぐるりとこちらを向き、俺へと躍りかかって来る。


「はああああッ!」


 不味いと思うも、今の俺ではどうにもならなかった。


 闇夜(あんや)族達は俺へ向け、武器を大きく振りかぶる。俺の頭に、もうシャドウの方は諦めて、一旦魔力の供給を切るしかないかという考えが過ぎった。

 だがそんな時、俺の目に奴らの足元を抜けて、シャドウが戻って来る姿が映る。俺はなけなしの魔力を振り絞り、シャドウへ最後の一押しを送り出した。


「ぐ――おおおおおっ!!」


 シャドウが更に速さを増し、俺の足元へと滑り込む。気付けば俺は怒鳴り声を上げていた。


「出て来いお前らぁっ!」

 

 言うが早いか俺の影の中から大きな影が次々と飛び出してくる。

 それは待っていた仲間達の増援だった。


「おりゃーっ!」

「シィッ!」

「ごふっ!?」

「がはっ!」


 飛びかかってきた闇夜(あんや)族達はホシのメイスとガザの拳で瞬く間に地に沈む。

 遅ぇぞバカ! だが、こうなりゃもうこっちのもんだぜ!


「貴方、いい加減離れなさい!」

「ぐは!?」


 俺と剣を合わせていた闇夜(あんや)族が突然横っ飛びに吹き飛んでいく。見ればそこには両手剣を振りぬいたコルツの姿があった。


「大将、大丈夫?」

「悪い、助かった」


 手を差し出してきたコルツの手を取り、礼を言いながら立ち上がる。

 ギリギリではあったが、間一髪間に合ったか。息を吐きだしつつ頬を流れる汗を肩で拭っていると、すぐ近くにいたオーリとデュポの会話が聞こえてくる。


「ふぅ、流石に目が見えない状態で戦うのは冷や冷やした。やはり目が見えると言うのは良いな。もうこれっきりにして欲しいところだ」

「オーリ、まだ戦ってる最中だぜ。気ぃ緩めるには早ぇーぞ!」


 そう、彼らはもう闇魔法にはかかっていない。ここへ回収してくる際に、シャドウに全員の闇魔法を解除してきてもらったからだ。


 これで万全の状態が整った。俺達は敵の前衛と後衛の間に入り込み、完全に敵の陣を分断してやった。

 それならやる事はただ一つ。前衛をここで抑えつつ、その間に後ろの連中を蹴散らしてやるぜぇ!


「えーちゃん! 早く!」

「分かってる! ガザ、俺と来い! 他の奴らはバドと一緒に、連中の足止めをしてくれっ!」


 ホシの声に俺も応じる。周りに立つ仲間達に視線で問いかけ、そして俺達は頷きあった。


「行くぞガザ!」

「承知ッ!」


 俺とガザは地面を蹴り、敵の後方部隊へ駆けだした。


「デュポ、コルツ、オーリ、アタシに続けーっ!」

「おっしゃあ! 行くぜぇっ!」

「了解しました!」

「任せろ!」


 他の面々はメイスを掲げたホシに続き、戦うバドのもとへと駆け出した。


 向こうはあいつらに任せれば大丈夫だ。俺はシャドウに魔剣を預け、代わりに出て来た太刀を取る。


「ガザ、魔法を使われると面倒だ! 一気に中に入って乱戦に持ち込むぞ!」

「得意分野だ、任せろッ!」


 俺とガザは急速に敵の後方集団へ迫って行く。そこには杖を手にする黒ローブの集団と、その隙間にちらりと映る銀色があった。

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