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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
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325.危機一髪の参戦

(あっぶねー! 結構ギリギリだったじゃねぇかよ、どうなってんだオイっ!)


 屋敷へぶっ放された魔法を魔剣で切り裂いた俺は、内心冷や汗をかいていた。


 夜王(やおう)とスティアの二人がいればこんな連中余裕だと思っていたのに、あわや親父さんが殺られる直前だったのだから、誰だって焦ろうと言うものだ。

 ノエルが夜王(やおう)の力は未だ健在! とか言ってたから信じたのに、この様子じゃどうも相当衰えてたっぽいな。じゃなかったら連中の不意打ちでも食らったか。


 間に合ったから良かったものの、あと数秒遅れていたらヤバかったなと、思わず眉間にしわが寄る。

 もしスティアと別れる前に≪感覚共有(センシズシェア)≫をかけ直していれば、こんな際どい状況にはならなかったろうに。その点は完全に俺の落ち度であった。


 言いわけじゃないが、≪感覚共有(センシズシェア)≫って魔力を殆ど使わないから、使っている事自体忘れる事がままあるんだよな。

 とにかく俺のミスで親父さんを死なせなくて良かったぜ。そんな事になったらスティアに顔向けできなくなるところだった。


「旦那様っ!」


 動転して親父さんへと駆け寄るノエルが目の端に映る。

 一旦仕切り直そうと、俺は一人戦っていたスティアを呼んだ。


「スティア!」

「はい!」


 連中を相手取っていたスティアは俺の呼びかけにその場を飛び退り、即座にこちらへ戻って来る。そしてそのまま走って来ると、彼女はスピードを落とすことなく俺の胸に飛び込んで来た。


「ぐえぇっ!?」

「やはり……やはり! 貴方様は、最高ですわっ!」


 不意打ちの突撃を食らい腰にダメージを負う俺。だがスティアはそんな事など気にせずに、感極まった様子で俺を見上げてきた。

 そんなに切羽詰まっていたのだろうか。自分の落ち度にバツの悪さを感じつつ、俺は抱き着いているスティアの肩に手を伸ばし、離れるように軽く押した。


「こっからは俺達も暴れさせてもらうぜ。構わんだろ?」

「はいっ!」


 自分のミスはそれとして、今は反省会などしている場合じゃない。まずは優先すべき事をさっさとやってしまわなければな。


「旦那様、しっかりして下さい!」


 後ろからノエルの焦ったような声が聞こえてくる。彼女は体を炎で痛々し気に焼いた親父さんを、膝を突いて支えていた。

 致命傷では無いようだが、それでも親父さんは見るからに重傷だ。このままにしておける状態でない事は明白だった。


「貴方様、どうかお父様を!」

「ああ。シャドウ、親父さんとノエルを影の中へ! ロナ、親父さんの治療を頼むぞ!」

《任せて下さい!》


 いつもほわんとしているロナから力強い声が返って来る。一応生命の秘薬(ポーション)もまだ数本あるから、あちらは任せて大丈夫だろう。

 影の中へ沈んで行く親父さんとノエルに背を向けて、俺は目の前に立ちはだかる連中へ目を向ける。倒れている連中が十数人程いるが、それでもまだ数は七、八十人は残っていた。


「よお。随分と派手にやってくれたみたいじゃねぇか、キールストラの旦那よ」


 俺はその一団の後方にいる男に声を掛ける。そいつは俺の声に応じるように、一団を抜けてゆっくりと前へ歩み出てくる。


「裏から逃げ出すかと思いきや、まさかこちらに来るとは思わなかったぞ。その蛮勇、褒めてやろう」


 キールストラ侯爵はそう言って俺へ杖を向ける。警戒したスティアが俺の前に立とうとするが、俺はそんな彼女の肩に手を置いた。


「おいおい。蛮勇って言葉の意味、間違って覚えてるんじゃねぇか? テメェら程度を相手するのに勇気なんぞいらねぇよ。こんな風にな! ホシ!」

「ほいさっさ!」


 俺は後ろのホシへ顎をしゃくった。ホシはたたっと俺の隣まで小走りで駆けてくると、頭上に持ち上げていたそいつを無造作に目の前に放り投げる。

 縄で縛りあげ猿轡(さるぐつわ)を噛ませられたそいつは、地面に叩きつけられ「ふぐっ!」とくぐもった声を上げていた。


「な――ルチア!?」

「俺達が遅れたのはこいつらの相手をしてたからなんだよ。ふん、全く手ごたえのない連中で拍子抜けしたぜ」

「よわよわだったよ! 精進せい!」

「貴様……!」


 むんと胸を張るホシと鼻で笑う俺を、侯爵は顔を苦々しく歪めて睨みつける。だが今言った事は挑発の意味もあったが、しかし紛れもない事実でもあった。

 俺達は誰一人欠けることなく、裏口を固めていた闇夜(あんや)族共を全てぶちのめし、ふん縛ってからこちらに来たんだからな。


 俺は一歩踏み出して、魔剣をルチアの首筋にぴたりと添える。ルチアが怯えたような目で俺を見上げているが、知ったこっちゃなかった。

 戦場に出てきたならば男も女も関係ない。恨むなら安易にしゃしゃり出て来た自分を恨め。


 俺はルチアを見下ろしていた目を上げて、その父である侯爵を見た。


「さて。俺は面倒事は嫌いでな。投降するならこいつは生かしておいてやる。投降するか、それともコイツを見捨ててこのまま続けるか。好きな方を選びな」


 俺の言葉に連中はどよめく。侯爵も厳しい顔を俺に向けるが、だが思案しているのか口を開くことは無く、結局言葉を発したのは隣の……えーっと。そう、何とか言う侯爵だか伯爵だかだった。


「な、何と非道な……っ!」

「ああ?」

「人の――それもキールストラ卿の娘を人質に取り、命を盾に行動を迫るとは! やはり人族……っ! 三百年前から変わらず、非道卑劣な連中よ!」


 奴は俺を激しい剣幕で非難する。だが、一体何を言ってんだ。その理屈はあまりにも馬鹿馬鹿しくて、まともに相手をする気にもならなかった。


「何言ってやがる。宣戦布告も無く不意打ちで魔法をバンバン打ち込んだ挙句、多勢に無勢で襲い掛かってきた奴が言う台詞か? しかも俺を騙した挙句洗脳なんてしようとしやがって。卑劣だなんて台詞は鏡でも見て言ってやがれっ」

「ぐっ……!」


 俺が言えば、男は痛い所を突かれたように歯噛みする。何だよ、簡単に言い負かされるんだったら噛み付いてくんじゃねぇよバカが。野良犬の方がまだわきまえてるわ。犬畜生以下かテメーは。


「これは正々堂々なんて戦いじゃねぇ。お前らが仕掛けてきたのは、手段なんぞ選ばねぇただの殺し合いだろうが。そこに非道も卑劣もあるものかよ。ましてや三百年前なんてカビが生えたような話を持ち出すんじゃねぇ。そんな昔の事ぁ、今はクソ程も関係ねぇんだよ馬鹿がッ」


 三百年前の戦争で、もしかしたら人族が卑劣な真似をしたのかもしれない。闇夜(あんや)族が憎悪に慟哭(どうこく)するような過去があったのかもしれない。

 だがそんなものが今何の関係があろう。口にする事自体が無意味でありナンセンスなのだ。何せ俺達と奴らの争いに、種族間の対立など全くの無関係なのだから。


「その通りだスフレイヴェル卿」


 とは言えこういう事を持ち出して来る奴ってのは、正論言っても絶対納得しねぇんだよなぁ、と俺が思っていると、意外な事に向こう側にも、これに同意する声を上げた者がいた。


「キ、キールストラ卿……」

「今そのような感情は無用だ。勝つか負けるか。我らにあるのはそれだけだ」


 その男、キールストラ侯爵はそう言ってこちらをじろりと睨みつけたのだ。

 奴の目は真っすぐに俺を捉えている。少なくとも、剣を突き付けられている娘の姿は映っていないように思われた。


「娘もそれを覚悟しているはずだ。そうだろう、ルチア」


 その声は低く感情が失せたようなものだった。

 まるで愛情のない声をかけられた娘は、びくりと体を震わせた。


「こちらはプリンセン卿の子息も失っているのだ。尚更何があろうと引くわけにいかん。そういう事だ」

「なるほどな」


 つまり娘は捨てるというわけだ。俺がつと目を落とせば、目が合ったルチアの顔がさっと青くなる。


「つーわけだ。悪く思うんじゃねぇぜ」

「――ッ! ――ッ!!」 


 ルチアは激しく頭を振って必死に何かを訴えるが、もう遅い。俺はそんな彼女へ剣を振りかぶり、首筋目がけて思いきり振り下ろした。

 ざくりという感触が手に伝わって来る。俺は一拍置き、ふぅと息を吐きだした。


「ホシ、そいつ邪魔だからその辺に捨てて来てくれ」

「ほいほーい」


 恐怖で気絶したルチアの足を掴み、ホシがずるずると引きずって行く。途中、「うわ! おしっこ臭い!」とか言っているがそれは止めて差し上げろ。せめてもの情けだ。


 俺は侯爵をじろりと睨め付ける。奴の表情は俺が剣を振り上げる前からずっと、ピクリとも動いていなかった。


「甘い事だな」


 奴は一言、そう溢す。

 俺は肩をすくめて返した。


「結構じゃねぇか。甘さってのは人間の特権だぜ? 失っちまったらそこらの獣と変わらねぇ」

「ではその甘さで我らの手に下って欲しいものだが」

「自分を洗脳しようとしている奴らにか? 冗談も休み休み言いやがれ。それは甘いんじゃなくて馬鹿だっつーんだ」


 言葉を重ねて戦いを回避できるならそれに越したことは無い。だが奴らとはもうそんな段階はとうに過ぎていた。


「それじゃあおっぱじめるとしようか。キールストラの旦那よ」

「そうしよう。そちらの魔族達も、こちらに付く気はないのだろう?」

「俺達を侮辱するつもりか? 答えるまでもない」


 目を向けられたガザが牙を剥きながら低い声を上げる。他の三人もそれぞれ武器を構え、戦う意思を見せて答えとした。

 これに侯爵は「残念だ」と言いながら首を小さく振る。かと思えばこちらに対し、杖を真っすぐ向けてくる。


「闇の精霊シェイドよ!」


 侯爵のよく通る声が森の中に響き渡る。奴は一切の淀みなく、朗々と闇魔法を詠唱し始める。

 狙いは当然俺だった。


「貴方様! ここはわたくしにっ!」

「まあ待てよ」

「え!? ちょ、ちょっと――!?」


 これにスティアが反応して、俺の前へと歩み出ようとする。だが俺は焦らない。スティアの肩に手を置いて、ずいと一歩前に出る。

 そうこうしている間に侯爵は魔法を詠み終えて、カッと目を見開いた。


「その者を永劫の監獄に閉じ込め賜え! ”深淵の監獄(アビスオブプリズン)”ッ!」


 最後まで唱えられた闇魔法が、俺へと鋭い牙を剥く。体を締め付けるような魔力が俺の内を暴れまわり、不快な感覚に思わず顔が歪んでしまう。

 だが――


「な、なぜだ。なぜ効かん!?」


 それで終わりだった。

 一瞬感じた異物感は、すぐにパッと消え失せる。その場に何事も無かったかのように立っている俺に、侯爵は動揺を隠せないようだった。

 だがかく言う俺はこれで二度目である。驚きどころか俺の顔には、余裕の笑みすら浮かんでいた事だろう。


「へ、分かり切った事を聞くんじゃねぇよ。こっちにはな、お前らが狙っていた奴がいるんだぜ? なぁそうだろ? シャドウ!」


 俺の呼びかけに足元の影がぐにゃりと歪み、おもむろに上へ持ち上がる。その影は人の手のような形を作り上げると、ビシッと親指を立てて応えた。


「ば、馬鹿な……! なぜ闇の精霊が我らではなく、そんな人族の男なんぞに力を貸すのだ!?」


 これにどよめく闇夜(あんや)族達。奴らは一様にして目を丸くして、俺の方を唖然と見ている。

 まあ驚く気持ちは分かる。先ほど屋敷の裏で戦っている際、俺はルチアに闇魔法かけられたのだが、その時の俺もそんな感じだったからな。

 だがそんな男なんぞで悪かったな。まったく失礼な連中だぜ。


「どうやらお前らお得意の闇魔法は俺には効かねぇようだぜ。これでお前らは俺を操って、シャドウの力を借りようってわけにはいかなくなったわけだ」


 闇の大精霊の力を借りようと言う奴らの企みは、これで潰えた。


「さあ、どうする? お前らが地面に頭をこすりつけて謝れば、俺の気持ちも変わるかもしれねぇぞ?」


 俺が魔剣の切っ先を向けると、連中の動揺は更に加速した。

 焦り歯噛みする者、たじろぎ一歩下がる者、目が虚空をうろうろと漂う者。

 反応はそれぞれであったが、士気は確実に下がっていた。


 このままなら楽に済むかもしれない。俺はそう思うものの、しかしその考えは侯爵の張り上げた声に瞬く間に否定される。


「狼狽えるな!! あの男を倒しさえすれば、かの精霊は必ず我らのもとに戻る! 月の女神ルピナス様の加護を受けし我らに、闇の精霊が力を貸さんはずが無いのだ!」


 拳を固く握りしめ、侯爵は狼狽える同胞へ檄を飛ばす。


「そうだ、キールストラ卿の言う通りだ! 我らにはルピナス様の加護がある!」

「怯むな! 恐れるな! 闇の精霊様をあの男から解き放つのだ!」


 それに追従して、なんか偉そうな連中も声を上げていく。たちまち連中の動揺は、湖畔の水面のように静まっていった。

 あー、やっぱそう簡単にはいかねぇか。俺はチッと舌を打った。


「無駄に抵抗しやがるな。わざわざ闇魔法を食らってやる必要はなかったか」

「ですが、わたくしはこちらの方が望ましいですわ。お父様を傷つけた事の意味を、徹底的に分からせてやらなければ気が済みませんので」

「アタシもアタシも!」


 戦意を取り戻していく連中へ、スティアは低い声を上げながら短剣を構える。そこへルチアをどこぞに捨てて来たホシも加わり、背中のメイスを手に取った。


「そんじゃあ、仕掛けて来た事を後悔してもらうとするかね」

「そうするとしよう。さあ来るぞエイク殿!」


 バドやガザ達も闘気を漲らせ前に出てくる。やっぱこうなるか。ま、それならそれで遠慮なくぶちのめすだけよ。

 俺がじろりと敵を見据えれば、連中の首魁(しゅかい)、キールストラ侯爵の険しい視線とかち合った。


「皆の者! あの者を倒し、闇の精霊を魔の手から救い出すのだ!」

『おおおおおおおーッ!!』


 侯爵の怒号にも似た号令を合図に、敵は(とき)の声を上げこちらへ襲い掛かって来る。

 コイツは負けてられねぇな。俺もまたすぅと息を吸い込んだ。


「野郎共、行くぞぉッ!!」

『おおーッ!』


 皆が気迫の乗った声を上げ、敵に向かって駆けて行く。へ、こいつは負けちゃいられねぇ。

 俺もまた魔剣を握りしめ、皆に遅れまいと地面を蹴り飛ばした。

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