34.セントベルギルドの内情
俺達以外に誰もいない解体作業部屋で、グッチは愚痴交じりに冒険者ギルドの内情を話し始めた。
依頼に来ただけの、ギルドに無関係な者にそんなことを話してもいいのかとも思うが、そこは彼だって腐っても職員だ。わきまえてはいるだろう。たぶん……。
さて。彼の話によると、今セントベルギルドにはここを拠点とし、常駐している冒険者が殆どいないのだそうだ。
というのも、魔族との戦争によってセントベルは復興し始めたばかりで、人材も物資も非常に不足している。そのため商機を逃すまいと、多くの人間がこの町に押し寄せているらしい。
なら仕事がありそうなものだが、そうではない。
商いのためにセントベルへ向かう商人達の護衛依頼などは確かに頻繁にあるらしいが、そういう依頼は通常、行き帰りの往復。そして出発地点はこの町ではない。
そんな事情から、セントベルには護衛依頼というものが殆どこないそうだ。
更にそういう依頼は、セントベル復興のための補助金が王国から出ているらしく相場よりも料金が高くなっていて、危険も少なく稼ぎも大きいと、冒険者に非常に人気なのだそうだ。
つまるところ、冒険者は美味しい仕事を求めてセントベルから流出してしまい、結果としてこのギルドに閑古鳥が鳴いているらしい。
冒険者がいなければギルドには仕事がない。そのせいで不貞腐れてしまった職員達が真昼間から酒場で飲んだくれているのだそうだ。まあ気持ちは分からんでもないが。
「それじゃ、こいつを見たら飛び上がって喜ぶんじゃないか?」
「はて、一体何ですかな?」
「アクアサーペントのぶつ切りさ」
「ノホ!?」
「悪いがまた部屋を出ていてくれ。良ければこっちから呼ぶから」
先ほどとは打って変わって、彼は素直に俺の言うことに従いさっさと部屋を出ていった。
うん。胡散臭い姿と口調によらず、なかなかできる奴のようだ。
とりあえず今のうちにと、バドがぶつ切りにしたアクアサーペントをシャドウに出してもらう。俺が合図をすると影がずるりと伸び、そこから円柱状の肉塊がずぶずぶと浮き上がるように現れる。
数秒後には、四本のぶつ切りが目の前にでででんと転がっていた。
シャドウもやっと吐き出せたといった様子でぐにゃりと揺らめく。
やっぱり許容限界だったようだ。彼を労うように影に優しく触れると、嬉しかったのか少しだけぐにゃぐにゃと反応した。不思議な奴だ。
「もういいぞー」
振り向いて呼ぶと、グッチはひょこりと顔を出す。
「はいはい、どれどれ……。こ、これはっ! ノホンーホイですな!」
「共通語で頼む」
「ンノッホホーイッ!」
「だから分からねぇよ!」
わけの分からないことを言いつつ、グッチはそのぶつ切りの目の前までヘニョホニョヘニョとおかしな動きで近寄り、まじまじと見つめた。
「ほほ! これは”氷結”がかかっていますな? 素晴らしいっ! ……かどうかは、わたくしには分かりませんな。何せ窓口対応なもので。ノホホ!」
もう何なのこいつは。脱力して閉口してしまった俺に、奴はそんなことお構いなしと胡散臭い笑みをニヤリと返した。
実はグッチの言う通り、ここにある四本は全てスティアと俺で”氷結”をかけておいたものだ。
常温じゃ肉が腐るかもしれないし、かと言って”乾燥”じゃ皮の油分まで飛ばすため、皮が駄目になってしまう可能性があると思ったからだ。
アクアサーペントは水棲の蛇。だから低温には強いのではなかろうかと思い、”乾燥”でなく”氷結”にしておいたのだ。今見た限りでは、皮に悪影響はないように見える。
「……まあ、それじゃ解体は頼むわ」
「解体料金がかかりますが宜しいですかな?」
「ああ、それは勿論。適当に置いたが、場所はここでいいのか?」
「どうせ他に解体依頼もないでしょうし、このままで結構ですな」
解体部屋に入ってすぐの所にごろごろと雑に置いてしまったんだが、構わないのか。
その台詞で彼の言う通り、本当に仕事がないんだなとはっきりと理解できてしまった。
「解体が済みましたら、売却できる箇所の価格も査定しておきますな。皆様が必要ない部分は当ギルドが買取致しますので、ご利用下さいますとありがたいですな」
「ああ、それはこっちとしても助かるな。それで頼む。……あっ、肉は全部こっちで貰うぞ」
それを忘れたらバドが卒倒しそうだ。危なかった。
「かしこまりましたな。では、解体のためお預かりしますので、サインを宜しいですかな?」
「ああ、それは構わないんだが――」
さて、あとやるべきことは残り一つだな。
「先に冒険者の登録を頼む」
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アクアサーペントの肉塊達に一時別れを告げると、俺達はまた窓口のカウンターへと案内され戻ってきた。
また冒険者だろう数人の視線を受けるが、彼らは暇なのだろうか。
まあグッチも依頼自体が少なくなっていると言っていたから、俺達のような冒険者ではない人間がこうして足を運んでいるのが珍しいのだろうな。
「さて、では皆さんの登録で宜しいですかな?」
グッチは俺達三人を見回してそう告げる。できればバドも登録しておきたかったが、今はパン作りに集中しているようだし、暫くは無理そうだ。
普段のバドを思えばきっと没頭するはずだろうし、まずは俺達三人の登録を済ませておくことにしよう。
俺はグッチに頷こうとしたが、だがそこで思い出した。スティアは既に冒険者として登録されている。まさか登録し直しするつもりだろうか?
それに他にも相談したいことがあった。俺はグッチに少し待つよう告げると振り返り、後ろの二人に顔を近づけ小声で話しかけた。
「なあ、ここでの登録は偽名にしておこうと思ってるんだが、それでいいか?」
「偽名? な、何故なんですの?」
なんで少しうろたえているんだスティアは。何かあるのか?
「そりゃ、王国の誰かが俺達を冒険者ギルドで調べるかもしれないからだ。登録されてたらすぐ足取りを捕まれるだろ?」
「ああ、そういう……。折角貴方様の名が世界に轟くかと期待しましたのに……」
「轟かないし轟かせるつもりもないから」
露骨にがっかりするスティアだったが、どちらにせよそんなことにはならないだろうから、気にする必要自体ないのだ。
「まあそういうことでしたら、わたくしは構いませんわ」
「あたしもいいよ! のほほ! のほほ!」
「ホシ、それは絶対真似するな。頭が馬鹿になる。というか、スティアも登録するのか?」
「勿論しますわよ?」
「既に登録されてるのに? よく知らないが、ギルドの規則的に問題ないのか?」
「どうせ偽名で登録するので問題ないですわ」
問題だらけのような気もするが、いいのだろうか?
まあスティアだけそのままの名前で活動していたら、俺とホシが偽名を使う目的も薄れてしまうわけで。そういうことなら気にしないほうがいいのか?
そんなんでいいのかと頭を寄せ合い相談する俺達。
だがそんな時、不意に俺達に声をかける者が現れた。
「おいおいおい! おめぇらみてぇなのが冒険者になるだと? 冗談は寝てから言うんだなぁ! おい!」
声をかけたと言うか、野次だなこれは。
顔を上げて周りを伺うと、ギルドの奥の……酒場か食堂だろうか? そこのカウンターに座っていた一人の男が立ち上がり、こちらに向かってずかずかと歩いて来るのが見えた。
「冒険者ってのはなぁ、ピクニックじゃねぇんだよ! 一家そろってやりましょうってか!? ガキ連れてできるわけねぇだろうが! なめてんじゃねぇぞオイッ!」
何が気に障ったのか知らないが、俺達に絡んでくる男。彼は声を荒げながらずんずんと大股でこちらに迫って来た。
だが。彼は如何せん良くない発言をしてしまっている。
俺はこれから起こるだろう事態を想像し、片手で額を押さえた。
「今家族連れと仰いました!?」
ほらね、面倒なことになった。どうしてこうすんなり行かないんだろう。
「確かにそう仰いましたわよね!? 誰が何ですの!? わたくしはあの方の何だと思ったんですの!?」
「お、おう!? な、なんだぁおめぇは!?」
「答えてくださいまし! わたくしはあの方の何ですの!? 貴方は何だと思ったんですの!? わたくしが冷静でいられるうちに今すぐ答えて下さいまし!!」
男の胸倉を掴んで激しく揺するスティアに男はもうたじたじだ。先ほどまでの威勢はあっという間にどこかへと吹き飛んでしまっていた。可哀想に。
「だ、だからよ! 夫婦と子供一人で冒険者なんてできねぇって……!」
「夫婦ッ! 夫婦と言いました!? 確かに言いましたわね!?」
「い、言ったからなんだよぉっ!?」
スティアは男から手を放し、両拳を高々と突き上げた。
「ぃよっしゃーーーーッ! ですわーーーーーッ!!」
空を仰ぎながら雄たけびを上げるスティア。
こんなところで吼えるな。他の皆さんが目を丸くして見てるだろが。
「全然冷静じゃーねぇじゃねぇかっ」
「ほげっ!?」
脳天に手刀を入れてスティアを黙らせると、のびたスティアをホシの方へポイと投げて後は任せる。
一方の男の方は何が何やらと言った様子で、俺とスティアを交互に見て目を白黒させていた。本当にすまんかった。
「あいつらは家族じゃないぞ。旅仲間だ。あと、あそこのちっこいのはあれでも二十歳超えてるから、心配は無用だぞ」
「あ? あ、ああ、そうか? そうなのか……?」
まだ頭の中が整理できていない様子だが、問題ないと告げると、納得してくれたのか男はコクコクと小さく頷いていた。
「ノホホ! アダンさん、お疲れ様ですな!」
「あ、ああ。マジで疲れた。絡みに行ったのに逆に絡まれたのは初めてだぜ。もうわけが分からん」
グッチが窓口から声をかけると、アダンと呼ばれたその男はそう言って苦笑した。
「その言い方だと、やっぱり絡んだのはわざとだったんだな」
「んあ? ああ……お前さんにゃばれてたのか」
アダンはそう言って悪びれもせずカカカと笑った。
黙っているとスキンヘッドに厳つい顔立ちとかなりの強面の男だが、快活に笑っている今の表情からは気のいい職人のおやっさんみたいな印象を受ける。
先ほど彼がこちらに向かってきたときに、嫌な感情を感じなかったためあまり警戒をしていなかったが、やっぱり演技だったらしい。
「俺はランクD冒険者のアダンだ。おめぇさん達は見ねぇ顔だな? 最近来た口か?」
「最近というか、セントベルに来たのは今日だな」
「ああ、そりゃ分かるわけがねぇか。……ってお前、若いかと思ったらそうでもねぇな。フード被ってるから分からなかったぜ。あの嬢ちゃんには悪い事言ったな」
苦笑しながら頭をつるりと撫でるアダン。うるせぇな、どうせおっさんだよ俺は。
だがまあ、今はそんなことはどうでもいい。
「――で、絡んだ理由は一体なんなんだ? 何かあるんだろ?」
俺がそう言って視線を鋭くしたところ、そこへグッチが割り込んできた。
「それはわたくしからご説明を。ノホッ!」
どうもこいつらはグルだったようだな。しかしギルドが冒険者を仕向けるとは一体どういうことだ。
視線で促すと、グッチは軽く頷いた後、後ろ手を組んで話を始めた。