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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
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322.挟撃、闇夜族

「やはりこちらに来られましたか。お父様の見立ては正しかったようですね」


 俺達が屋敷の裏口から飛び出すと、そこには多くの闇夜(あんや)族達が待ち受けていた。

 奴らは革や鋼の胴体鎧(ブレストプレート)を装備しており、その上から漆黒のローブを身にまとっている。杖を握る者もいれば、剣を腰に吊るしている者もいて、戦闘準備万端といった出で立ちだ。


「お前は。えーっと、確かメホ――」

「キールストラ侯爵が娘、ルチア・オルテイシア・カティナ・キールストラですわ。ご機嫌よう、エイク様」


 その中央に立つルチアは屋敷で会った時のように微笑み、俺へふわりとカーテシーをして見せた。


「んな武装してる連中に囲まれて、ご機嫌も糞もねぇだろうが」

「ふふ、まあそうでしょうね」


 俺の指摘にルチアが余裕たっぷりに笑う。こちらの人数は十人弱。対して相手の数は凡そ五十程だ。

 数的有利が相手にあるのは見ての通りだ。相手の余裕も理解できる。

 だが俺は目の前の相手がどこか、妙に楽観的に構えているように感じていた。


 何と言うか、表現すれば……そう。新兵が圧倒的優位な戦に勘違いをし、調子に乗って危機感を失っているかのような。


「ですが貴方様もじきに機嫌を直される事でしょう。我らの軍門に下りさえすれば、今すぐにでも」

「あーそうかい」


 ルチアが何か言っているが、俺ははいはいと耳をほじくる。これに少しムッとした表情を浮かべたルチアだが、すぐにまたふふんと余裕の笑みを浮かべた。


「強情な事ですね。ですが良いのですか? 貴方様がそういう態度でいれば、お仲間がどうなるか保証できかねますよ。今この場にはいないようですが、あの忌み子の事だって。……助けて差し上げても宜しいのですよ?」


 俺がじろりと目を向ければ、ルチアの口がゆるりと弧を描く。


「私が父に口添えして差し上げましょうか? 貴方様のお仲間を助けて差し上げて、と。ふふふ……ですがそれには条件がございます。貴方が私の(しもべ)となる事。永遠に忠誠を誓うのであれば、慈悲を与えなくも――」

「おいお前」


 機嫌良さそうにペラペラと一人で話を続けるルチア。

 だが俺はその言葉を遮った。


「もう黙れよ」

「……え?」


 そんな言葉を言われると思わなかったのか、ルチアはぴたりと動きを止める。俺はそんな彼女へ、ピッと人差し指を突き付けた。


「お前らはここに攻めて来た。俺達はお前らを迎え撃った。ここはもう戦いの場なんだよ。テメェはここにお喋りしに来たのか? それならとっとと家に帰って一人でままごとでもしてなクソガキ」


 鼻で笑うとルチアの顔がかっと朱に染まった。こんな軽い挑発でムキになるなんざ呆れてものも言えねぇな。他人の事を馬鹿にするのは躊躇(ためら)わねぇ癖によ。

 人を馬鹿にするんなら、逆に馬鹿にし返されるくらい想像しとけや。下らな過ぎて煽る気も失せるわ。


「こっちは時間が押してんだ、ガキの相手なんざしてる暇ねぇんだよ。来るなら来いよ三下共。それとも、もうチビっちまって動けねぇか?」

「ガ、ガキですって!? それに三下!? この私に対して何という……っ!」


 暴言なんぞ受けた経験が無いのか、ルチアはわなわなと怒りを露にする。そんな彼女を見かねたのか、隣の男が「お嬢様」と声を掛けると、


「くっ……! うるさいわね、分かっているわ!」


 とルチアはその男にキッと目を向けていた。


 ああどこかで見た顔だと思ったらあの男、キールストラの屋敷で旦那様が呼んでるとか言って、俺達を呼びに来た執事じゃねぇか。執事の服着てないからすぐに分からなかったぜ。

 と言う事はここにいる奴らは皆キールストラの手下か。なら遠慮せずぶちのめせるってもんだな。


 ふむ、と俺が思っていると、ルチアは俺へも鋭い目を向けてくる。


「今更後悔してももう遅いですわよ! こちらに従うつもりが無いというのならば、貴方様はこの私が力づくで従わせましょう! 覚悟なさい!」

「従うつもりなんざねーって初めから言ってんだろうが」

「この人、結局戦いたいの? 戦いたくないの?」


 俺がひょいと肩をすくめると、ホシが呆れたような声を出した。ホシの奴、もうメイスを右手に戦う気満々だったもんな。肩透かしを食らった気持ちなんだろう。

 だがこれは相手が悪い。穏やかなバドですら、ぽりぽりとこめかみを掻く仕草を見せているくらいだからな。

 全く。応戦か降伏かくらい、こっちの様子で判断できんもんかねぇ。


「皆の者、エイク様以外は殺しても構いません! 手加減無用です! やっておしまいなさい!」

『はっ!』


 そうして呆れる俺達の前で、闇夜(あんや)族達がやっとばらばらと構えを取り始めた。

 やっとかい。さっさとかかって来れば良いものを、無駄な時間取らせやがって。こっちは急ぐ理由があるんだ、この一分強は高くつくぜ。

 俺はノエルへ横目を向けた。


「ノエル、もし闇魔法をかけられちまったら頼むぜ。解く手段はあるんだよな?」

「はい。ここは私に万事お任せ下さい」

「あんたの武器は?」

「これでございます」


 ノエルがさっと腕を下に伸ばすと、袖の中から短剣が滑り落ちてくる。それを受け取った彼女は、軽く構えて俺に見せた。

 なるほど、暗器使いというわけか。俺はヒュゥと小さく口笛を吹く。

 そういやキールストラの屋敷から逃げる時も短剣をどっかから取り出してたな。たぶん体のあちこちに武器を仕込んでいるんだろう。面白れぇ。


「エイク殿。連中、殺っても良いのか?」

「後々を考えると無力化する程度がいいかもな。とは言え手加減する必要もねぇし、その辺りの判断は任せるわ」

「フ、そうか。なら全力で痛めつける事にしよう」


 連中に指を向けたガザにはそう答えておく。頭には来たがブッ殺すって程でもないし、それに親父さんがここで暮らし続ける事を考えると、下手に恨みを買うよりも情けをかけておいた方が都合が良いかもしれないしな。

 俺が温厚な山賊で良かったな。精々感謝してくれや。


「それじゃ、後が詰まってるからな。お前ら、ちゃっちゃと行くぞ!」

「ガッテン!」

「がってんだー!」


 デュポとホシが威勢の良い掛け声を上げた、その瞬間。それを合図に闇夜(あんや)族達が武器を手に、俺達へ襲い掛かって来る。

 正門では今、スティアと親父さんが戦っている事だろう。一騎当千と謳われた夜王(やおう)とスティアなら遅れなんざ取らねぇだろうが、とは言ってものんびりして良い理由もない。


 こんな奴らはさっさとしばき倒して、二人の援護に行くとしよう!


『おおおおおおーっ!!』


 敵と味方の叫び声が交じり合い、暗く静かだった森は一転、怒声が轟く戦場へと変貌する。

 (じん)を流し込まれた俺の魔剣も、喜ぶように鈍い光を放ち始めた。


「はあああーっ!」


 俺へ剣を振り上げ飛びかかってきた闇夜(あんや)族。振り下ろされた剣に魔剣を交差するように振るうと、相手の切っ先が宙を舞う。

 驚愕の表情を浮かべる相手の面のど真ん中に、俺は拳打をぶち込んだ。


「無力化する程度とは言ったがな。今の俺達はそう優しくねぇ。覚悟するんだなぁッ!!」


 鼻から血を噴き出しながら後ろへと倒れて行く闇夜(あんや)族。男が倒れて行くその向こう側で、ルチアが憎々しげな目をこちらに向けているのが目に映った。

 悪いがな、その優越感もプライドも、ここで叩き潰させて貰うぜ。

 俺は鈍く光る魔剣を手に、戦いの舞台へと飛び込んで行った。



 ------------------



 振り下ろされた剣を紙一重で避ける。空を切った銀の剣。この僅かな隙を見逃さず、スティアは短剣を逆袈裟に振るった。


「はぁぁぁぁッ!!」

「ぐは……っ!?」


 その一撃は胴体鎧(ブレストプレート)ごと相手の胴を切り裂く。赤い血飛沫を噴き上げた相手は膝から崩れ落ち、そのまま地面に倒れ込んだ。


 地面には他にも倒れた闇夜(あんや)族が五人程もいる。彼らは皆スティアに挑みかかり、倒された者達だった。

 息はまだある。しかし地面を染める血は少なくなく、重傷である事が誰の目にも明らかだった。


 オズヴァルドは怒りに顔を赤く染めていた。相手はたったの一人であり、しかも忌み子と蔑む女である。

 闇夜(あんや)族の精鋭達なら簡単に血祭りにあげられると高を括っていたのに、現実はばたばたと倒されてしまっている。


「ええい、そんな者相手に何を苦戦しているのだ! しかも相手はたったの一人なのだぞ!」


 その体たらくにオズヴァルドは唾を飛ばす。しかし彼の隣に立つ人物は、この様子を冷静に見つめていた。


「キールストラ卿。ここは私に任せて頂こう」


 オズヴァルドが横を見れば、その男は既に腰のレイピアを抜き始めていた。

 彼は闇夜(あんや)族の侯爵家、プリンセン家の当主ディルク。短髪に筋骨隆々とした彼は、壮年期の終わりに差し掛かった今でも、剣の腕なら闇夜(あんや)族でも一、二を争うと目される剣の達人であった。


 更に。


「ルーラント、お前も来い」

「はい、父上」


 隣に立つ、長髪を首の後ろで一まとめにした青年にもディルクは声を掛ける。

 その青年は彼の息子、ルーラント。彼もまた剣においては、闇夜(あんや)族の中では指折りの実力者であった。


 彼らは目の前で繰り広げられる闘いを見て、既にスティアの実力に気が付いていた。

 あの身のこなしは只者ではない。自分達でも互角か、それ以上のものがある。 

 一対一なら良くて相打ちが関の山だ。だが二体一なら話が違った。


 相手は女だ。その事実は業腹ではあった。

 だが何を差し置いても自分達は、この戦いに勝たなければならないと理解もしていた。


 それに何より相手はあの忌み子である。闇夜(あんや)族は昔から、生まれつき白髪でない者をルピナス神の加護を失った者――忌み子とし、生まれてすぐに殺す事を絶対としていた。


 これを生かしておいてはルピナス神への信仰を疑われてしまう。慣習に従いそう考える彼らにとって、スティアは絶対に始末しなければならない相手であった。


「皆の者どけい! 我らプリンセン一門が、その忌み子の首を取るッ!」


 親子二人はレイピアを手に地面を蹴った。スティアを相手取っていた闇夜(あんや)族達がざっと割れ、一直線の道が戦場に生まれた。

 そこを一足飛びで走り抜けた二人は、そのままスティアへ飛びかかっていった。


「我ら二人が相手だ! 貴様の命運もここまでと知れ!」


 ディルクは足を踏み出し、スティアへ突きを繰り出した。それはまるで空気の間隙を突く様に繊細で、そしてあまりにも鋭い突きだった。

 剣の達人でなければ放てない必殺の一撃。だがスティアはこれを首を傾げたのみで避ける。

 銀の髪が数本宙を舞うが、しかし彼女の表情は変わらなかった。


「新手か。だが相手が何者であろうと、ここは絶対に通さん!」

「ふ、良い気迫だ! これで貴様が忌み子でさえなかったら、闇夜(あんや)族の未来も明るかったろうに!」 

「何を……ッ! 勝手な事を言うなぁっ!」


 ディルクは更に突きを繰り出すが、スティアはこれを短剣で華麗に捌く。そして地面を激しく蹴り飛ばし、彼の懐へと飛び込んで行った。

 レイピアは細身で長い剣身を持つ、刺突用の両刃剣である。間合いの外から攻撃できるリーチと、隙が少なく殺傷力の高い突きに適している事が強みだが、一方でロングソードよりも長いために重く、取り回しが難しいという弱点も持っていた。


 長いリーチの武器は懐に飛び込まれた場合、不利になる特徴も併せ持つ。

 スティアの行動には迷いが無かった。


「はぁーッ!」


 彼女はがら空きだったディルクの胸目がけて短剣を突き出す。

 だが――


「そう簡単にいくと思ってもらっては困る!」


 ディルクの左手に握られたマンゴーシュ――パリーイングダガーとも呼ばれる受け流し用の短剣である――が、その攻撃を華麗に捌いた。

 そしてそうなれば今度は隙を晒すのはスティアだった。


「させるかァッ!!」


 横合いから息子、ルーラントのレイピアが飛んで来る。スティアはこれを短剣で受けるが、これを好機と見たディルクも更に畳みかけて来た。


「甘いわ!」

「食らえ!」

「くっ!? チィ……ッ!」


 親子という事もあってだろう、二人の連携には隙が見られない。激しい攻撃に懐に飛び込む事もままならず、スティアは舌打ちをしつつ相手の攻撃を短剣で捌きながら後ろへ飛ぶ。

 しかし相手は安易な回避を許さなかった。


 スティアの胴、太もも、肩と、避けにくい急所ばかりを苛烈に攻め立ててくる。

 どの攻撃も非常に鋭く、一度攻撃を食らえば致命傷は免れなかった。


 スティアは攻撃の糸口を探るため、次々襲い来る銀の剣先を避け、短剣で打ち払い続ける。

 するとこれに焦れたのか、ルーラントが怒声をスティアに浴びせかけた。


「この闇夜(あんや)族の行く末を憂い決起した我らの前に立ちはだかったばかりか、同族を相手に剣を抜くとはな! やはり忌み子は我らにとって殺すべき害なのだ!」


 ルーラントは憎々し気にスティアを睨みつける。忌み子は彼らの信仰の妨げとなる故に忌まれている子なのだ。だからルーラントはそれを嫌う事に疑問を持っていなかった。


「だが、もしこれ以上抵抗しなければ楽に死なせてやる! せめてもの慈悲だ!」

「……馬鹿馬鹿しい事を」


 だがこれをスティアは馬鹿な事だと一蹴した。


「お前達はこの私を同族となど思っていない。殺して当然の存在と思っている。だと言うのにお前は、私にお前達を同族と思えと言うのか? どうして憎まれていると考えない? 愚昧とはこの事を言うのだな」

「何だと、この――!」


 ルーラントは怒りに任せてレイピアを突き出す。しかしスティアはこれを見切り、首を傾げただけでかわした。


「お前達を同族と思った事などただの一度もないッ! それにお前達は私の家族を傷つけた! お前達は敵だ! 私が討ち果たすべき憎き敵だッ!!」


 スティアは咆哮を上げながらルーラントの懐へ飛び込んだ。その速さは今までの比ではなく、ルーラントの目には全く映っていなかった。

 身じろぎ一つできていないルーラント。その機を逃すわけも無く、スティアは右手の短剣を彼の心臓目がけて突き出した。


「――ッ!」


 その短剣はルーラントの胸に吸い込まれて行く。だがスティアの右腕に感じられたのは人体を突く柔らかな感触ではなく、固い物に弾かれた、痺れた衝撃だった。


「甘すぎるぞ馬鹿息子。一対一であればお前はここで死んでいた」

「ち、父上!」


 スティアの短剣を止めたのは、父ディルクのレイピアであった。

 彼が剣を振り払い短剣を弾くと、スティアもこれに乗じて少し距離を取る。

 ディルクはふぅと一つ息を吐きだした。


(だが……正直な話、私もまさかここまでやると思わなかった。低く見ていたわけでは無い。だが私とルーラントの二人でやっと互角とは。しかも此奴、まだ余力を残しているな)


 体の火照りを感じつつ、目の前に立つ女を見る。闇夜(あんや)族の精鋭達と戦い、先程自分達の猛攻を受けたその女は、息こそ弾ませているものの、殆ど汗をかいていないように見えた。


「やむを得まい……手段を選んでいる場合では無いか」


 胸に湧く僅かの苦々しさに目を瞑り、彼は左腕をバッと上げる。


「者共、あの者に闇魔法をかけるのだ! 数の利はこちらにある! 弱った所を私の剣で、一突きにしてくれるわっ!」

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