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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
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321.独りにしないで

 闇夜(あんや)族は月の女神、ルピナス様の加護を得た一族である――。

 これは、もういつからか辿れない程の昔から、一族の間で語り継がれてきた内容である。


 闇夜(あんや)族はそれを信じ、ルピナス神を敬愛し、信仰し、光を避け、ずっと闇深い森の中で暮らしてきた。

 月の女神はいつの日も自分達を見守って下さる。そう信じていたからこそ、彼らは不自由な森の中での生活を受け入れ―――そして、日の光の下生きたいという渇望を抑える事ができたのだ。


 そんな彼らだからこそオズヴァルドの言う、ルピナス神の眷属である闇の精霊が自分達になびくという考えは、当然の事のように思えた。

 だがレイグラムはこの、”闇夜(あんや)族はルピナス神の加護を得ている”という教えに、昔から少々懐疑的であった。


 闇魔法を使えるのは昔から闇夜(あんや)族だけで、他種族が入り交じった三百年前ですら他に見た事がなかった。それに光が苦手なのも闇夜(あんや)族だけだった。

 だから自分達が闇に愛された、特殊な人種なのだという考えにも理解ができた。


 しかし生物と言うのは日の光と共に起き、闇に抱かれ眠るのが普通だ。夜行性の獣も確かにいるが、それらは昼に生きられないわけでなく、夜に生きる事のメリットを取ってそう生きているだけに過ぎなかった。


 だと言うのに闇夜(あんや)族は日の光の下、生きる事が全くできないのだ。

 これを一族はルピナス神の与えたもうた試練だと言う。しかしレイグラムはそれがまるで呪いのようではないかと、闇夜(あんや)族の王らしからぬ疑問をずっと胸に抱いていたのだった。


 それ故ルピナス神という存在に傾倒する一族とは、真の意味で分かり合えた事は一度もない。

 彼が心を許す事ができたのは、三百年前に友誼を深めた他種族の戦友達を除けば、幼い頃より自分の傍にいてくれた護衛兼侍従のノエルと、彼のそんな思いを理解してくれた妻ラスティエトラ。そしてそんな妻との間に生まれた、たった一人の娘だけであった。 


 そしてそんな彼だったからこそ、光の大精霊より真実を得る機会に恵まれた。

 光は闇を否定しない。妻は明確な答えを口にしなかったが、しかし聞いた時に見せた曖昧な笑みは、闇夜(あんや)族がルピナス神の加護など受けていない事を暗に示していたのだ。


「断言しても良い。シャドウ様が貴様達に力を貸すことは無い」


 真実を知るレイグラムの目に落胆の色が浮かび上がる。だがオズヴァルドは自分に向けられるそれが、愚か者を見る目に見えていた。

 彼の頭に瞬時にカッと血が上った。


「もう良い! 私は貴様の意見など聞いていない! ただ我らの邪魔をするなと、そう言っているのだ!」

「邪魔などした覚えはない。問題さえなければ口など出す気もない。だが当然、看過できない事態にはその限りでは無い。隠居したとはいえ私もこの一族だ。行く末を憂いる権利くらいはあるだろう」

「黙れッ! それが邪魔だと言っているのだッ!」

 

 二人の男は真正面から見つめ合う。

 一人は、やはり言っても理解されないかと失望を胸に抱いて。

 一人は、未だに小僧と見下され、侮られ続けている事に憤って。


「おためごかしはもう結構だ! 過去の栄光など、我らにはもはや呪いに等しいっ! 今日という日をもって我々はその呪縛と決別する! レイグラム・ランドゥ・ドイル・アーリンアッド……貴様を排除する事でな!」


 そうして二人は分かり合えないまま敵として向かい合う。

 顔に怒りを浮かべるオズヴァルドは、杖をレイグラムへ突きつけた。


「闇の精霊シェイドよ! 我が呼び声に応じ、思惟(しい)の間隙を埋め尽くせ! 静かな暗き深き闇で、その者を永劫の監獄に閉じ込め賜え! ”深淵の監獄(アビスオブプリズン)”ッ!」


 相手の思考を奪い洗脳する闇魔法、”深淵の監獄(アビスオブプリズン)”。強力な使い手が使えば相手を廃人にすらできるそれを、オズヴァルドは躊躇いも無くレイグラムへと唱え放つ。


「ぐっ!? う、ぐぅう……っ!」


 レイグラムは咄嗟に魔力を振り絞り、抵抗しようと試みる。しかし彼の魔核――マナを生み出す人間の臓器だ――はもう機能を停止しかかっており、殆どマナを生み出す事ができない状態であった。


 妻ラスティエトラとの暮らしは幸せと引き換えに、彼の魔核を痛めつけた。何より不味かったのは妻亡き後、光の力が制御を失い暴威を振るう部屋に毎日通った事だった。


 妻の力は彼の魔核を焼き、レイグラムから寿命と若さを奪い、魔力すら生み出せない体に変えていた。

 そんな弱りきった体ではもはや、闇魔法に抵抗する事は不可能だった。


「ぐ、がああああああ――ッ!!」


 レイグラムの頭に万力で締められたような激痛が走る。堪らず片膝を突くレイグラムだが、敵は攻撃の手を緩めなかった。


「さあ皆の者、キールストラ卿に続くのだ! あの者は打ち倒すべき闇夜(あんや)族の敵。情けなど無用、今こそ我らの未来を切り開くのだ! 闇の精霊シェイドよ!」


 オズヴァルドの同志、スフレイヴェル伯爵もまた詠唱を始め、彼に魔法をかける。

 かつて夜王(やおう)とまで呼ばれた男レイグラム。しかし今の彼は苦悶の声を上げる事しかできない、ただの無力な老人だった。


「ぐがああああああッ!」


 手放した杖が地面の上で乾いた音を立てる。レイグラムは両膝を地に突き、耐えるように頭を両手で抱えた。


「抵抗するだけ無駄だ、貴様はここで我らの傀儡(くぐつ)となるのだからな! 今まで邪魔をしてくれた分、せめて死ぬまで役に立たせてやろう!」


 激しい頭痛が彼の意識を奪っていく。そんな彼の苦し気な叫び声にオズヴァルドは歓喜の声を上げ、更に濃密な魔力を彼へ情け容赦なく飛ばしたのだ。


「これほどまで耐えるとは思っていなかったぞ、流石夜王(やおう)と褒めてやろる! だが、これで終わりだ!」

「ぐ、ああああああーッ!?」


 意識を刈り取ろうと襲い来る魔法に、レイグラムはバラバラになりそうな意識をかき集め、たったの独りで耐え続ける。魔力も失った体では、本来ならとっくに傀儡(くぐつ)にされていたであろう。

 だと言うのに未だに耐えられているのは、ひとえに彼の気力によるものだ。


 今の彼を支えていたのは、六十年ぶりに見た娘の事だった。


 彼は娘が生まれる前、自分と妻との間に子をなす事を非常に危惧していた。闇夜(あんや)族と光の精霊との子だ、他人に祝福されるだろうかと、そんな不安があったからだ。


 そのため思う限りの尽力はしたものの、結局その不安は的中してしまい、娘を軟禁して育てる事になってしまった。

 自分達のエゴで生まれた娘に、辛い思いを強いている事があまりにも心苦しかった。だから彼はせめて娘をこの森から出してやらねばと、幼い娘が魔法を覚えられる環境を何とか作り、ずっと守り続けて来たのだ。


 娘が屋敷を破壊して飛び出して行ったとき、小さくなっていく姿を遠目に、娘の幸福を強く祈っていた。そうしてやっと安堵したものの、しかし六十年ぶりに帰ってきた最愛の娘は、自分の人生に価値がないとまで思っていたという。


 彼は自分自身が許せなかった。


(娘が幸福な人生を歩めなかったのは、全ては私の責任なのだ……っ! 今更父親面するのもおこがましいが、だが私はあの子の親だ! あの子がここから逃げ出すまでの時間を……意地でも耐え抜いてみせろレイグラムッ!!)


 少しでも時間を稼ぐため、レイグラムは気力を振り絞り耐え続ける。もう残り少ないはずの命を燃やし尽くしても、彼はこの場で耐え続ける覚悟であった。

 だがそんな彼に、オズヴァルドがついに苛立ちの声を張り上げる。


「チィ! 最後まで往生際が悪い事だ! こうなれば――!」


 そして更にダメ押しをとオズヴァルドが杖を固く握った、そんな時だった。


「む!?」

「ぐはっ!?」

「ぎゃっ!!」


 屋敷から放たれた幾筋もの銀の光が闇夜(あんや)族達へ飛来する。オズヴァルドは杖で弾いたものの、避けられなかった者も多く、所々から悲鳴が上がった。


 彼らの体に突き刺さったものは投擲用のナイフだった。何者とオズヴァルドが目をやれば、そこにはレイグラムを守るように立ちはだかる一人の女が立っていた。


 暗い森の中でも輝く銀の髪。その者の姿を目にしたオズヴァルドは、目を細めて睨みつける。

 それと同時にレイグラムもまた、自分の前に立つ存在に気付いたらしい。苦し気に顔を上げ、その背中へ声をかけた。


「ぐ……ラ、ラスティ……? 馬鹿な。なぜ、どうして来た……っ!」


 そこに立っていたのは、彼の娘スティアであった。

 守ろうとしていた相手が戦場へ出てきてしまった。つい責めるような声が出てしまうが、しかし相手は振り返らずにこう言った。


「馬鹿にしないで下さい。……見捨てられるわけがないじゃないですか」


 その声は振り絞るような小さな声で。

 しかしその声は確かにレイグラムに届いていた。


「私をラスティと呼んでくれるのは、もう、お父様しかいないのです。私の昔を知る人も、お母様の事を知る人だって……!」


 その声はどこか悲痛で。そしてどこかすがるような音色があった。


「もう……私を独りにしないで……っ!」


 その声の響きにレイグラムはただ、息を呑む事しかできなかった。

 そんな彼を守るため、スティアは両手に短剣を構える。だがこの男はそれを見て鼻で笑い飛ばした。


「誰かと覚えば我らが一族最大の汚点、呪われしアーリンアッドの子か。貴様もここで消してやろうと思っていた所だ、わざわざ出て来るとは丁度良い。親子共々ここで排除してくれるわっ!」


 オズヴァルドは眉を吊り上げて杖を向けてくる。だがスティアは微塵も怯む様子を見せず、彼へと静かに、だが確かな怒りを孕んだ声を発した。


「やれるものならやってみるがいい。私は自分の身など可愛くもないが……だが貴様程度の小物にくれてやれる程、安い命ではない。――それがお父様の命であるなら尚更だッ!!」

「ぐっ……ラスティ、止めろ……! 私の事は良い! 引け、引くのだ……っ!」

「はああああああーっ!!」


 そうして彼女は父親の静止を振り切って、敵の一団へと向かって行く。その瞳はかつてない程、怒りに燃えていた。


「良いだろう、レイグラムをやる前の余興だ。皆の者、まずはこの者から血祭りにあげてやれ!!」


 オズヴァルドの命により次々に剣を抜く闇夜(あんや)族達。スティアはこれに構わず、声を上げてその場へ突っ込んで行った。

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