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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
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316.闇と光と

 シャドウはいつの頃からか、俺の影に取りつくようにして生きていた謎生物だ。

 俺がそれに気づいたのは……そう。軍に入り、魔法を覚え直し始めた頃だった。


 初めはびっくりしたものだ。いきなり影がぐにゃぐにゃと曲がり始めたと思ったら、ぬぅと目の前に持ち上がったのだから。

 自分の頭がおかしくなったかと本気で疑ったくらいだ。ホシが指を差して笑い飛ばさなければ、現実と受け入れられなかっただろう。

 そのくらい彼との出会いは衝撃的なものであった。


 俺の足元にいる変な生き物は、それからというもの常に俺の影の中に潜み、時に俺の頼みを聞いて、時に自主的に力を貸してくれているわけなのだが。

 だがその理由について俺は、深く考えても分からないため、よく分からん生物がどうしてか協力してくれるなと、そんな風に軽く流していた。


 しかし今俺は思う。

 シャドウが俺の影にくっついて来る事に、何か理由があるのだとしたら。


「なぁ。キールストラの連中は俺がルピナスって神の寵愛を受けてるとか言ってたが、まさかその理由って、もしかしてシャドウが関係してるのか?」

「寵愛? ……なるほど、そういう事か」


 親父さんはすっと目を細め、納得がいったような声を出した。


「ルピナス様の寵愛を受けているかどうかは知らん。見えるものでもないからな。だが貴殿はどうやら闇の精霊に好かれる性質を持っているようだ。我ら闇夜(あんや)族ですら見る事はおろか、意思の疎通すらできないというのに」


 親父さんはまた続けて言う。闇夜(あんや)族が俺とシャドウの存在を知ったのは、今から一年ほど前。つまり俺が第三師団として、この森の近くに布陣していた頃の話だったという。


 森の外が騒がしいと様子を探りに来た闇夜(あんや)族達が、たまたま俺の姿を目にする機会があり、そこで気付いたそうなのだ。俺の足元に闇の精霊がつかず離れず存在し、しかも意思の疎通までしているようだという事を。


「しかもただの闇の精霊ではない。シャドウ様はその更に上に位置づけられる、大精霊にあらせられた。だからこそ連中は貴殿の力を借りようと画策したのだろうな。正確に言えば、貴殿になぜか力を貸しているシャドウ様の力を、だが」

「えーちゃん、大精霊って何?」

「さぁ。聞いた事ねぇな」


 ホシがくりくりの目を向けてくるが、そんなものは俺も聞いた事がない。大精霊って言うくらいだから、精霊より偉いのか? 単純にそう思ったが、親父さんが嘆息混じりに続けて説明をしてくれた。


「大精霊というのは精霊の、更に上位に当たる存在の事だ。神格を上げた精霊が神により近づいた存在……それが大精霊というものなのだ」


 その口調には明らかな呆れが混じっていた。そんなにため息つかなくったっていいじゃん。知らなかったんだモンっ!

 俺とホシが顔を見合わせていると、今度はスティアが遠慮がちに口を開いた。


「お父様。つまり今回の件は、闇の神ルピナスの眷属である闇の大精霊、シャドウの力を利用しようというものだった、と言う事でしょうか」

「そうなのだろうな。具体的に何をしようとしたかは知らないが、大方闇の大精霊の力を借りて人族と戦おうなどと考えていたのだろう」


 親父さんはスティアにそう答えつつ、首をふるふると横に振った。


「確かに大精霊の力を借りる事ができれば、闇魔法を操る我らにとって大きな力になるのは明白だ。だが……愚かな事だ。精霊は我らとは価値観がまるで違う。私利私欲に用いる事など、絶対にできはしないというのにな」


 その言葉にドキリとする。俺、結構私利私欲にシャドウを巻き込んでる気がするんだが、大丈夫だろうか。

 後でルピナスに「野郎ブッ殺してやるぁあ!」とか言って襲われたら困るぞ。

 そっと足元を見てみるが、シャドウはぷるぷると震えるだけだった。


「そんな当然の事も理解できなくなったとは。……三百年前我々が敗北した事実を、あの小僧はよほど認められんらしい」


 親父さんは嘆かわし気にそう溢す。キールストラ侯爵は三百年前の敗北を認めたがらなかったが、この様子だと親父さんの方はもう受け入れているようだった。


 これは戦争経験者と戦後生まれとの認識の差なのだろうか。まあ実体験と伝聞ではどうしたって、感じ方や考え方が変わってしまうものだ。だからこれは仕方のない事なのだと思う。


 だが先程から聞いている限りでは、やはりキールストラとアーリンアッドは仲が良くないらしいな。

 きっと光の大精霊の件が大きな原因なんだろうが、どうも三百年前の聖魔戦争に対しての齟齬も理由の一つのような気がしている。

 ……って、まあこれは俺が考えても仕方のない事だな。


「神に近い存在ねぇ。……お前、そんな大層な存在なのか?」


 言いつつシャドウに目を向けるが、彼はぷるぷると震えるばかりで何を考えているのかは分からない。だが俺の目には少なくとも、神なんてものとは全然違う存在に見えた。


 ある程度の意思の疎通は可能だが、それでも俺はシャドウと会話ができるわけでは無い。少しでも難しい内容となればこの通り、何も分からないままだった。


「そう言えばお父様。わたくしの聞き間違いでなければ、先ほどお母様の事を光の大精霊と仰いませんでした?」


 これをスティアもすぐに察したようで、話を別の方向へ持って行く。そういえば確かに、親父さんがそんな事を言ったような気もした。

 俺達の視線が集まれば、親父さんは首を縦に振った。


「そうだ。妻は今から百年以上前に突然この森に現れたのだが、その時は大精霊になって間もない頃だったそうだ。彼女がここに来た理由は特になく、何か強大な闇の力を感じて来てみただけだと言っていたが……だが我ら闇夜(あんや)族にとってはそんな穏便な事態では済まなくてな。当然だな、天敵が強襲してきたに等しい出来事だったのだから」


 彼が話し始めた内容は、少々不穏な匂いを感じさせるものである。だがそれに反して話す親父さんの目は、まるで懐かしむような穏やかで優し気なものだった。


「上へ下への大騒ぎとなり、突然現れた敵にどう対応するか話し合いが行われた。とは言え誰もが手を上げなくてな、結局私が対応する事になり……そうして私とラスティエトラは出会う事になったのだ」

「でも、大丈夫だったのですか? お母様は光の精霊だったのでしょう? 普通に考えれば近寄る事すらできないのでは」


 スティアが言う事はもっともだ。闇夜(あんや)族は光の下暮らす事ができない種族。ならその根源ともいえる光の精霊になど近寄る事すらできないのではないだろうか。


「私も妻に出会う前はそう思い、光を疎ましく思っていた。だが、違ったのだ」


 だがそんな当たり前に抱いた疑問は、親父さんによって否定された。


「妻が言うには我らが耐えられないのは光では無く、光に含まれる別の力であり、光自体に体を焼かれるわけでは無いそうなのだ。事実私は妻に近づこうが触れようが、火傷を負う事は全くなかった。私だけでなくこのノエルもだ」


 親父さんが横目を向けると、ノエルも小さく頷いて見せた。


「光と闇は互いを打ち消すが、しかし互いを必要としている関係にある。故にその存在は二律背反。光と闇は互いを否定しあうが、同時に求めあってもいる。光と闇は双子の兄弟のような存在なのだと、ラスティエトラは言っていた」

「なるほどな……」


 俺はふぅむと腕を組む。すると俺の太ももをホシがちょんちょんと突いてきた。


「えーちゃんえーちゃん。にりつはいはん、って何?」

「分かんね」


 親父さんがずっこける。見かねてかノエルが声を上げた。


「例えで申しますと、光が無ければ影も生じないでしょう。光と影というものはどちらかだけでは成立せず、どちらが欠けても存在できません。言うなれば共生の関係にあるのです」

『おおっ』


 俺とホシはポンと手を打つ。ホシが理解できたか怪しいが、俺が分かったからそれでいいや。


「私は妻の説明で、光と闇は敵対関係では無いのだと納得した。我らと光の精霊の関係もな。だからその話を町の者達にもし、妻が滞在する事や娘が生まれる事を納得させたのだが……結果は見ての通りだ。あの時の自分を思い出すと、その愚かさに今でも腹が立つくらいだ」

「お父様……」


 下唇を噛む親父さんへ、スティアが痛ましそうな眼差しを向ける。親父さんが闇夜(あんや)族を説得したというのはそういう事だったのか。


 確かに光の精霊が自分達を害する者でないと分かった事は、光を苦手としていた闇夜(あんや)族にとっては吉報であっただろう。そこに妻もできたとなれば、親父さんが舞い上がったのも当然の事である。


 だが一方で、それを話だけしか聞いていない側からすると、こんな理屈はにわかには信じられなかった事だろう。

 特に闇夜(あんや)族は日光を避けるため、千年以上前からこの森に住んでいたくらいだ。

 突然光は自分達を害さないなどと言われても、はいそうですかと言う方がありえない事だと思えた。


 親父さんの認識が甘すぎたというのは彼自身が言う通りだ。だがそれはもう過去の事で、今更言っても詮無い話だった。

 だから俺は話を変えるため、ずっと気になっていた事を親父さんに振ってみた。


「ところでよ。アンタの妻ってのは、このシャドウみたいな感じだったのか? それだとアンタ、大分……その、何だ。猛者って気がするが……」

「猛者とは何だ!?」


 彼は俺に食って掛かった後、ゴホゴホとむせ始めてしまう。おいおい年なんだから無理するなよな。

 ノエルに背中をさすられながらだが、彼は疑問に答えてくれた。


「妻はちゃんとした人間の姿だった。光のように輝く金の髪に、全てを慈しむ様な穏やかな微笑み……。あれほど美しい女性はこの世界のどこにもいまい」


 惚れた欲目という奴か。そりゃ俺も昔は自分の妻サティラを世界一可愛いと思――いや、その話は今いいか。

 まあスティアも相当の美人だから事実なのかもしれないが、本人がいなくなった今はもう、俺達が知る術はなかった。


「となると、シャドウもそのうち人間みたいになるのか?」

「しゃどちん人になるの? 見てみたい!」


 ホシに同意見だとバドもうんうんと頷いている。それは俺も見て見たいが、人になっても俺の影にへばりついていたら怖すぎるぞ。

 シャドウは何も答えずにぷるぷる震えている。だがその姿はどこか楽し気に俺には見えた。


「あの、お父様。その……」


 そんな会話をしていると、スティアが親父さんへ躊躇いがちに言葉を投げかけた。


「何だ、ラスティ」

「お母様の姿絵などは、この屋敷には無いのでしょうか」


 おお、そう言えば貴族は家族の姿絵を描かせる事が多いんだったな。この部屋にも絵画がある、可能性としてはありそうではあった。

 だがそんな期待を裏切るように、親父さんは渋い顔を見せる。


「残念だが……」

「そう、ですか……」


 それはつまり、スティアが母親の姿を見る事は絶対に叶わないという事に他ならない。肩を落とすスティア。これに親父さんも痛ましそうな目を向ける。

 俺達もかけられる言葉などあるはずも無く、黙るより他ない。だがただ一人、この人物だけができる事を口にした。


「旦那様。もし宜しければ、お嬢様を奥様の部屋にお通ししてはいかがでしょうか」


 そう提案したのはノエルだった。確かに母親の部屋に行けば何か残っている可能性もある。だが親父さんはそれを躊躇った。理由があった。


「だがあの部屋は……あそこはラスティを閉じ込めていた部屋だ。ラスティには良い思い出も無いだろう、無理に行く必要はない」


 俺はすっかり忘れていた。その部屋はスティアを長い間軟禁していた場所でもあったのだ。

 親父さんの言うように良い思い出があるはずも無い。一瞬喜んでしまった俺は、スティアの様子をチラリと伺った。


 彼女は逡巡しているのか、静かに目を閉じて座っていた。だが悩んでいると言っても感情を読めば、どうやら彼女にはほぼ決定事項であったようだった。


「いえ。案内して頂いても宜しいですか? お母様の部屋に。私がずっと過ごしていた、あの場所に……」


 やはり親父さんは渋い顔をする。だがその後ろに控えるノエルは、小さくカーテシーをしてそれに応えた。

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