表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
345/389

308.侯爵との面会

 執事が俺達を呼びに来たのは、食事を取って三十分程経った後の頃だった。


「エイク様、お待たせ致しました。面会の準備が整いましたので、恐れ入りますがご一緒においで下さいませ」


 深々と頭を下げた事と言い言い方と言い、非常に慇懃である。しかし口調にはどこか否と言わせない響きがあった。

 少し気に食わないでもないが、まあ元々拒否するつもりも無く、俺はソファから立ち上がる。これに倣いバドやホシ、スティア達も一斉に立ち上がった。


「申しわけありません。エイク様以外の方はご遠慮頂きたいのですが」


 これに執事が困ったような顔をするが、そういうわけにはいかない。俺達にとってここは敵地だ。奴らが何を企んでいるか分からない以上、戦力を分断するなんて不利な状況を作るべきではない。

 すでに魔族達もシャドウの中に待機しており、聴覚も≪感覚共有(センシズシェア)≫で皆と共有済みだ。誰が何と言おうとこの万全の状態を崩す気は無かった。


「こいつらが信頼できないってのか? 俺の仲間だぞ」

「しかし、エイク様以外はここでお待ち頂きたいと……」

「ならアンタの主に聞いて来てくれ。別に仲間が一緒でも構わないだろ? それとも何か問題でもあるって言うのか? あるならその理由を詳しく教えてくれ」


 なので俺は仲間と一緒でないと行かないと言い張った。執事は少し困っていたが、俺が梃子でも動かないことを理解したらしく、頭を下げた後素直に部屋から出て行って。

 再びその執事が戻ってきたのは、それから数分後の事だった。


「他の方もご一緒で構わないとの事です。皆様、どうぞこちらへ」


 そう言って彼は俺達を主の元へと通したのであった。


 執事の後に続きぞろぞろと屋敷の廊下を歩く俺達。しばらく歩いて辿り着いたのは、見事な装飾がなされた大きな両開きのドアの前だった。


「旦那様、お客様方をお連れしました」

「入れ」


 執事がドアをノックすると、中から低い声が返ってきた。了解を得た執事がドアを開き目で促したため、俺は躊躇なくその部屋へ足を踏み入れて行く。入ってまず目に入ったのは、上にぶら下がった巨大なシャンデリアだった。


 部屋は少し薄暗かったが、シャンデリアに加えて部屋のあちこちにも燭台が飾られており、深夜と考えれば十分過ぎる明るさがあった。

 部屋の中央にも背の高い金の燭台が二つ立っており、煌々と明かりを放っている。それを挟んで配置されるのは、二つの五人掛けの長テーブルだ。


 左右のどちらも、凝った意匠の白を基調としたテーブルクロスが掛けられている。左側は全て空席だが、右側の机には既に四人の男と一人の女――皆白髪赤目のヴァンパイアだ――が座っていた。

 そいつらはまるで貴族のような装いで、皆黒の礼服やドレスといった姿であった。


 男達は皆壮年といった見た目だが、女は若く二十代前半くらいに見える。無論人族換算のため実年齢は不明だが、ヴァンパイアの貴族達なんだろう。

 だがお高くとまっているかと思いきや、彼らは俺が入って来ると皆立ち上がり、笑顔で俺達を迎え入れたのだ。


 素直に見れば歓迎しますといった態度である。だが俺からすると、何を考えているか分からない連中が揃って笑みを見せる光景は、かなり不気味にしか見えなかった。

 そして――


「ようこそ、我がキールストラ家の屋敷に。エイク殿、我々は貴方を歓迎しよう」


 部屋の一番奥にはもう一つテーブルがある。そこには他のヴァンパイア達と同じような恰好をした一人の男が掛けており、俺の姿を認めると他の五人より少し遅れて鷹揚に立ち上がり、歓迎の意を示すように両腕を広げて笑顔を見せた。


「まずはそちらに席を用意したため、掛けて欲しい。さあ、他の方も」


 男は左側のテーブルへ手をやる。これが罠だと言う事も無いだろうと、俺は警戒しながらも男の言葉に従いテーブルに着いた。

 他の三人も俺に続いて席に着き、こちらとあちらが向かい合う格好となった。


 さて、一体全体これから何が始まるのか。歓迎しようという態度は見られたが、しかし俺は何の目的も無く、ただの好意で迎え入れられたとは思っていない。だからまずは相手の話を聞いてみようと、俺は黙ってその男に目を向けていた。


「私はこのキールストラ侯爵家の屋敷の主である、オズヴァルド・ロランド・ダッジエ・キールストラだ。エイク殿を迎えた事は昨日家臣より報告があったが、そちらにいる者達に声を掛けていたため挨拶が遅れてしまった。その事をまずはお詫びしよう」


 男――キールストラ侯爵は、特に悪びれもせずにそう言って、向かいのテーブルに座る者達を次々に紹介し始めた。

 左端がなんたら侯爵で、その隣がかんたら伯爵で。なるほど他のお偉いさんを呼んでこうして紹介したかったと言うわけか。


 俺は紹介をふんふんと適当に聞き流しつつ、向かいに座る連中を順繰りに見ていった。


「そして最後に」


 キールストラ侯爵がそう言うと、向かいのテーブルの右端に座っていた女がすっと立ち上がった。


「我が娘、ルチアだ。ルチア、ご挨拶を」

「はい、お父様」


 その黒いタイトなドレスを着た女は、俺の目からでも優雅に見えるカーテシーをした。


「キールストラ侯爵が娘、ルチア・オルテイシア・カティナ・キールストラでございます。エイク様にお目文字叶い、大変嬉しく存じます」


 俺は隣に座るスティアと、更にその隣に座っていたホシを横目で見た。スティアは俯いており聞いているのかどうか分からなかったが、しかしホシはと言えば、こちらを横目で見返していた。

 その向こうのバドも小さく頷いている。


 やっぱりな。

 この声、間違いねぇ。


 俺達が目で会話をしている間に、ヴァンパイア達はどうでも良い話で盛り上がっている。というかこいつら侯爵とか伯爵とか爵位を名乗っているが、人族みたいな、あー……封建制度だったか? を敷いているんだろうか。

 こんな森に住んでちゃ領地なんてものもなさそうだが。

 って、まあそれは良いか。


 聞き流すのも飽きたため、俺は盛り上がっている連中に水を差す事にした。


「なあ、ちょっと良いか」

「おお、何だろうか」


 呼べばキールストラ侯爵がこちらを向く。


「俺は一体何のためにここに連れて来られたんだ? その割に事情を何も聞いてなくてな、落ち着かねぇんだ。丁度いいから聞かせて欲しいんだが」

「ふむ……。エイク殿、それは本当の事かね?」

「ああ」


 彼は少し考えるような素振りを見せた後、視線を俺から隣に座るスティアへずらす。途端にその表情には険しさが浮かび上がった。


「やはりそこの者は使えなかったか。報告も満足に返さないため想定はしていたが……全く。コレが我らと同じ一族の血を少しでも引いているなど、考えるだけでも辟易する。冗談であって欲しいものだな」


 俺は思わずスティアに目を向ける。しかし彼女は俯いたままで、こちらに顔を向けなかった。


「一体何の事だ?」

「そこの者には何度も連絡を送ったのだよ、エイク殿をお迎えするようにと。その理由は一族の者なら誰であろうと話さずともすぐに理解できる使命なのだが。いやはや何も説明をしていないとは。ここまで使えないとは思わなかったぞ」


 彼はスティアに見下すような視線を向けた後、呆れた様子でふるふると首を振る。それがどうにもイラついて、俺は話の先を促した。


「それで? 結局目的は何なんだよ。早く教えて欲しいんだがな」

「宜しい、私からご説明しよう」


 そうしてようやく彼はその使命とやらを話し始めたのだ。


「まず聞きたいのだが。エイク殿は我らの事をどこまで知っている?」

「あんたらヴァンパイアの事か? そうだな……。日光に弱く、血を吸うとか……そんな程度か」

「ふむ。噂を聞きかじった程度、というところか。まあエイク殿は人族であるため、これは致し方ない事だな。宜しい、そこから説明をするとしよう」


 キールストラ侯爵はふんと鼻で笑ってから、その間違いを正すかのように語り始めた。


「まず訂正させてもらうが、我らをヴァンパイアなどと言う輩もいるが、それは誤りだ。ヴァンパイアとはそもそも怪物(モンスター)の一種であり、我らとは全く異なる生き物なのだよ」


 へぇ、と小さく呟く。そう言われて思い出したが、そういや世界樹の中にも見た目エルフの怪物(モンスター)がいたっけな。

 ならコイツらっぽい怪物(モンスター)がいても不思議じゃあないかと、俺は黙って続きを聞いた。


「説明するのも馬鹿馬鹿しいが、我らは赤き血の流れるれっきとした人間なのだ。月の女神ルピナス様の加護をその身に受ける尊き一族。それが我ら、闇夜(あんや)族なのだよ」


 彼の語り口調はどこか自慢げだ。向かいの五人も自慢そうに聞いているため、それが連中の誇りなのだろう。

 だがなぁ、月の女神ルピナスなんて俺は聞いた事がねぇぞ。エルフ達が崇める森の神の……えーっと、何だ。トゥドゥカスだっけか? みたいなもんだろうか。

 不思議に思いつつも口には挟まず、俺は話を大人しく聞いた。


「ルピナス様の加護を得た代償に、我らは確かに日の光の下での生活ができなくはなったが……。しかしそれは女神を心より信仰する証でもある。その事を煩わしく思う闇夜(あんや)族はいない。まあ、少々例外はいるようだがな……フン」


 彼はついとスティアを見る。その目には明らかに侮蔑の意思が含まれていた。

 お前らがスティアをどう考えてるかは分かったよ。だがな、一々話の腰を折るんじゃねぇ。

 考えるよりも早く、口が勝手に動いていた。


「で? それと俺を呼んだ話と、どう関係があるんだよ」

「おお失礼。目障りな者が目に入ったので思わず……」


 侯爵はまた俺に目を向けると、ゴホンと一つ咳ばらいをする。

 スティアは明確に敵意を向けられたと言うのに、先程から変わらず俯き黙ったままだ。それがどうにも癪に障った。


「つまり我々は月の女神ルピナス様を信仰する一族だという事を理解してもらいたかったのだ。そしてそこに貴殿を招いた理由がある。ルピナス様の寵愛を賜りしエイク殿を」

「何を言ってるのかさっぱりだぜ。月の女神ルピナス? 悪いが俺はそんなもん今まで聞いた事もねぇ。寵愛だのなんだのもな。何かの間違いだろ」


 キールストラ侯爵は嬉しそうに見つめてくるが、だがそれを受ける俺はと言えばそんなものには全く心当たりがない。

 月の女神の寵愛だ? 一体何の話ですかって話だ。


 知りもしない自分の話を他人が自慢げに言うなんて、そんな馬鹿な話があるか。

 きっと俺は阿呆を見る表情で相手を見ていたと思う。だがキールストラ侯爵はそれを責めもせず、また怒りもしない。


「信じられないのも無理はない。しかしそれは揺ぎ無い事実なのだ。我ら闇夜(あんや)族の中から生まれなかった事は残念だったが……。選ばれた貴殿は実に幸福だ。ルピナス様に感謝すると良い」


 彼はそんな羨む様な声を俺へかけるばかりだった。


 何が幸福なんだかさっぱり分からんが、寵愛を受けているかもさっぱり分からないため、それはもうどうでもいいや。

 まだこいつらの目的が何も分かっていないのだ、とにかく話を進めよう。


「で、俺がそのルピナスって神の寵愛を受けているとしてだ。それがあんたらに何か関係があるのか?」

「関係ないわけがない。エイク殿は我々がこの森に住み始めて、どのくらいの年月が経つのか知っているだろうか?」

「そりゃ三百年前の聖魔戦争に負けてからだろ?」


 確かそのはずだった。俺はそう思っていたのだが――


「何を言うか! 我らが人族に敗北した事実などありはしないッ!」


 俺の言葉に、キールストラ侯爵が突然テーブルに拳を叩きつけ、かと思えば怒鳴り声をあげながら立ち上がったのだ。

 半分寝ていたホシがビクッとしたのが目の端に映る。気楽でいいなコイツはよ。つーか起きとけ。お前には仕事があるんだぞ。

 じろりと睨むと、ホシは慌てて背筋を伸ばしていた。頼むぜ二十超才児。


「確かに三百年前、我らは人族に押されこの森へと戻った! しかしそれは敗北を認めたからではない! いつの日か反撃に打って出るべく、雌伏の時を過ごしていたに過ぎんのだっ!」


 ただの負け惜しみにしか聞こえないもののその剣幕は非常に激しく、そう口にする事を許さぬ迫力があった。

 向こうのテーブルに座る連中を見ても揃って不快そうな顔をしているため、こいつらとしては人族に敗北したなど絶対に認められない事実なんだろう。

 まあ俺にとってこだわりがある話でもなし、とりあえず訂正しておく事にしよう。


「そうかい。ま、アンタらにも事情があるってのは分かった。だがそうなると、一体いつからここにいたって言うんだよ」

「……もう千年以上は前になると、残された記録にはある」


 キールストラ侯爵は一度俺をじろりと睨んだが、しかしそれ以上何も言わずにゆっくりと椅子に腰を下ろした。


「千年前ねぇ。随分と前だな。戦争以前からもうここにいたってわけか」

「そうだ。この森は我ら闇夜(あんや)族が帰る場所であり、魂の故郷なのだ。だが」


 侯爵はそう言って俺に険しい目を向けた。


「三百年前より人族はこの森を伐採し、我らの故郷を破壊し続けて来た。木々が育つには膨大な年月が必要となる。このままではこの森は跡形もなく消え失せる事になると、我らはずっと憂慮をしていたのだ」


 あー、うん、まあ、確かに? ルーゼンバークの町を作ろうとした三百年前、この森の木を滅茶苦茶伐採しまくったらしいし、こいつらが怒るのも無理ないかもしれない。


 というか俺もつい最近、この森を切り開こうとしたり焼き尽くそうとしたりと色々したんだが。流石にばれてない事は、ない……よなぁ。

 若干の気まずさを覚える俺の内心など知らず、侯爵は更に言葉を続けた。


「だがそこに現れたのが、貴殿だ」

「俺?」

「そう。ルピナス様の寵愛を受けし貴殿、エイク殿。この森は元々ルピナス様の力により守護された聖域と言われている。貴殿の力があればもしかしたら、この森を再生する事も可能かもしれんと我らは考えているのだよ。どうか我らの願いを叶えるため、力を貸してはもらえんか」

「んな事言ったってなぁ」


 奴らの目的を知るために話を聞いていたのに、何だか余計によく分からなくなってきて、俺は頭をガリガリと掻いた。

 なんで俺の力で森が再生するんだよ。植林でもしろってのか俺に。一体何年かかると思ってんだ、森が再生する前に俺がジジイになって先に死ぬわ。

 お前らみてぇに長寿じゃねぇんだ、人族の寿命の短さ舐めんじゃねぇぞ。


「何、ただとは言わん。 ルチア」

「はい」


 だが俺のそんな困惑を否定と取ったのか、侯爵は更に話を先に進める。声を掛けられたのは俺でなく娘の方だったが、彼女は急に話を振られたにも関わらず、はっきりと返事をして迷いなく立ち上がった。


「エイク殿。もし我らの願いを叶えてくれると言うのなら、我が娘を貴殿の妻として(めと)る事を許そうと思う。私の大切な一人娘だが、貴殿になら喜んで差し出そう。いかがかな?」


 ……こいつらは一体、何を言ってるんだ? もうわけが分からねぇ。

 呆然とする俺を前にして、ルチアは頬を染めて侯爵の後に続いた。


「エイク様。ルピナス様の寵愛を受けた貴方様が私をお望みと言うのでしたら、私は喜んで妻に参ります。ですのでどうか……どうか、我らをお助け下さい」


 ルチアは両手を胸の前で組み、潤んだ瞳で俺を見つめた。

 何という事だ。確かにわけが分からないが、だがたった一つだけはっきりしている事がある。まずはそいつをやっちまうか。

 俺は彼女を真っすぐに見つめ返すと、はっきりとこう口にした。


「何言ってんだ。すっこんでろ、このブスッ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ