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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
342/389

305.一難去って

「みんなこっちだよ! 早く早く!」

「遅れるなよデュポ!」

「分かってますって! ――って、なんで俺にだけ言うんっスか!?」


 緋色の髪を弾ませて、薄明るい路地をホシが駆ける。それを追って走るのは、気を失ったエイクを担ぐガザ達三人だ。

 謎の一団が乱入した事で、期せずして(フィーア)を撒く事ができたのは運が良かった。しかし後ろから感じる強い気配は未だ衰えていない。

 ”断罪の剣”の力を直に知った事もあって、彼らの足は相手の姿が見えなくなろうと微かすら鈍る気配を見せなかった。


「コルツ、後ろから来ているか!?」

「いえ、まだ来ていません!」

「良し! だが油断するな! このまま突っ切るぞ!」


 路地を全力で疾走する彼らはいくつもの十字路を右へ左へと走り抜ける。そして先に見えた大きな通り――北門へと続く大通りへと、彼らはスピードを落とすことなく飛び出して行く。


 ここまで来れば北門はもう目と鼻の先だ。門を抜ければ迷いの森まで一直線である。彼らの目的地はもう後少しまで来ていた。だが彼らは一つの重要な事を失念していた。


 それは自分達が人族の怨敵、魔族であり、本来なら人の目につかないよう注意を払わなければならない立場だと言う事だった。


「む!? 何者だっ!?」

「ま、魔族!? ――魔族だぁーッ!」


 今は日も変わった深夜だ、普段なら人が全くいない時間帯であり、騒ぎになどなり得なかったはずだ。

 しかし今夜は事情が違っていた。その通りには鎧と兜を装備した、大勢の兵士達が整列していたのだ。


 いつもなら静寂に包まれているルーゼンバークが、今夜に限ってはあちこちから悲鳴が上がる事態となっている。兵士達はその事態を収めるため、今まさに出動しようとしていた所であったのだ。

 ガザ達はタイミング悪く、その目の前に飛び出してしまう事になった。そんな事をすればどうなるか。子供でも想像ができる事だった。


「皆の者、抜剣しろ! 魔族共を生かして返すなーっ!」

『おぉぉぉぉーッ!!』


 魔族憎しの感情も手伝い、兵士達はこの騒ぎの原因が彼らだろうと疑いもせず、次々に腰の剣を抜き放ち、彼らを睨みつけたのだ。

 大通りを塞ぐように、五十余りの兵士達が厳めしい顔で並び立つ。これにガザ達は困惑と迷いから足が止まった。


(これでは大通りを通るのは不可能だ! だが迂回をしている暇はない……! どうする!?)


 折角”断罪の剣”を撒いたのに、今度は町を守る衛兵とぶつかってしまうとは、どうしてこう運が悪いのだろう。

 ガザはこの状況に歯噛みする。しかしどう行動すべきか彼が考えるよりも早く、通りに高い声が響いた。


「風の精霊よ、縛りの光を! ”黄雷の波濤(サンダーウェイブ)”!」


 屋根の上からスティアの声が轟けば、弾ける雷が通りを埋め尽くすように降り注ぐ。これを受けた兵士達は突然の事になすすべもなく、麻痺させられて次々に膝を突いていった。


「今のうちですわ! 早く!」

「ありがとーすーちゃん! それ行けーっ!」

「さっすが姐さん、頼りになるぜ!」

「だから姐さんと言うなと――! ああもう早く行きなさいっ!」


 いち早く駆け出したホシに続き、ガザ達も一様に駆け出した。麻痺する兵士達の間を縫い、大通りを駆け抜ける。

 その後も彼らの姿に驚く兵士達がちらほらいたが、しかしガザ達はそれには目もくれず真っすぐに、北門だけを目指しひた走った。


「見えたぞ、北門だっ!」

「でも兵士達が固めていますよ!?」


 数分程して辿り着いた北門は十人程の兵士達が封鎖していたが、ここまで来ればもう手段に構う必要もなかった。


「構わねぇ、突破しちまえっ!」

「それ行けーっ!」


 彼らは足を緩めもせず、目を丸くする兵士達へ猛然と突っ込んで行った。


「死にたくなければそこをどけ―ッ!」

「うりゃうりゃうりゃーっ!」

『うわああああああーッ!?』


 そして兵士達を力づくでなぎ倒し、北門から飛び出したのだ。


 吹き飛ばされた兵士達の悲鳴を後ろに、一行は迷いの森へ続く道を駆けて行く。

 瞬く間に消えて行く彼らの背中を、弾き飛ばされた兵士達は尻を突きながら、呆然と見送る事しかできなかった。



 ------------------



「ん、ん……?」

「気づかれましたか? 貴方様」


 俺が目を開けると、俺の顔を覗き込むスティアの顔が視界のど真ん中に映った。

 どうやらどこかに寝かされているようだ。だが一体ここはどこだろう。

 ぼんやりとした頭でそんな事を一瞬思ったものの、


「ウゲェェェェエッ! 臭っ! クッッッサ!!」


 すぐに耐えがたい異臭が鼻にツンときて、地べたに寝かされていた俺はスティアの膝から転げ落ちた。


「ぐおおおお……っ! シャ、シャドウ、何かくれ、何かっ! ――そうだっ、食い物! 何でもいいから食い物を出してくれぇっ!」


 おかげですぐに頭が覚醒したが、今はそれどころじゃ無い。まずはこの異臭を何とかしなければ話もままならない。

 シャドウがポンと出したバド特製ソーセージに飢えた狼のようにかぶりつく。そんな俺をスティアは心配そうな表情で見つめていた。


「貴方様、アレを使ったんですの? 止めておけば宜しいのに。何か副作用でもあったら大変ですわよ?」

「一応確認してるから問題ねぇって……ウェッ! それに俺だってあんなモン使いたくて使ったわけじゃオェッ!」


 スティアは何だかんだ言いつつも、ソーセージに串を刺して焚火で炙り始めてくれる。はいと手渡されたそれに遠慮なく齧り付けば、じゅわりと肉汁が口の中に溢れ凄まじい異臭を押し流す。

 この調子だと追加で頬張れば、俺を苦しめていた悪臭は徐々に薄れ、五本目を食ったところで何とか耐えられる程度には弱まっていた。


「あー、やっとマシになったぜ。全く、酷ぇ目に遭った。もうあんな事をするのは御免被りたいもんだ。……で、だ」


 そうして俺は初めて、周囲の状況に目をやる事ができたのだが。

 見渡せば、ここは暗闇に包まれた深い森の中だった。


「ここは、迷いの森か? どうやら無事に逃げられたみたいだが」

「ええ。最後の最後まで抵抗されましたが、何とか撒く事ができましたわ」


 ふぅ、と小さな息を吐くスティア。その仕草から、彼女が口にした抵抗というものが、非常に激しかったのだろうと容易に想像できた。


「とりあえず一難去ったってわけか。全く、とんでもねぇ目に遭ったぜ。これで諦めてくれると助かるんだがな」

「それは……」

「無理だってんだろ。分かってるよ」


 言葉を詰まらせたスティアに俺は肩をすくめる。しつこそうな連中だ、一度失敗したくらいですごすご帰るような事はないだろう。

 それくらいは想像の範疇だ。だがスティアがどうにも済まなそうな顔をするため、俺は彼女から視線を外して隣に座る奴を見た。


「ホシ、お前も無事だったみたいだな」

「ほへ?」


 俺はいつの間にか隣に座り、ソーセージをむさぼっていたホシに声を掛ける。ソーセージを火で炙り、むしゃむしゃと頬張る姿はいつも通りけろりとしたものだ。だが恰好はかなりボロボロで、向こうもかなり苦戦をしていた事が良く分かった。


 俺も余裕がなく、こいつらの様子に気を向けている暇があまり無かったが、≪感覚共有(センシズシェア)≫で断片的に聞こえていた限りでは、スティアと合流できたのはホシの手柄のようだった。


 スティアがいなくなったのに気づいたのもホシだったし、随分と活躍したようだ。ソーセージに齧り付くホシに手を伸ばし、跳ねた髪を梳かすように頭を撫でると、ホシはくすぐったそうにニヘヘと笑った。


 ホシとスティアは大した怪我も負わず元気な様子である。だが俺達の方はそうはいかず、皆かなり負傷をしていたはずだった。

 俺は少し離れた場所に集まって座る、バドやガザら魔族達の様子をそっと伺った。皆疲労からかどうにも覇気がなく、肩を落として地べたに座っている。そんな彼らの近くにはロナもいて、今はデュポの体に包帯を巻いていた。


「バド、ガザ。デュポとコルツも。お前ら、怪我は大丈夫か?」

「気が付いたようだなエイク殿。まあ一応な……。全員、大した事は無い」


 俺の声にはガザが応える。バドもこちらに顔を向けはしたが、だが彼にしては珍しく、何の反応もせずにすぐに地面に目を落としていた。


 体のあちこちに包帯が巻かれている彼らだが、命に別状はないようで、ガザの言う通りひとまず無事と言って良いのだろう。

 だがあいつらがあんなにも怪我をするとは信じられない。あの地獄みたいな世界樹でだってそこまで怪我を負わなかった連中だってのに。


 と、そういえば俺も肩を負傷していたんだった。そう思い目をやると誰かが巻いてくれたらしく、すでに包帯で処置してあった。

 少し赤く滲んでいるが、早く傷薬を使ったおかげか痛みは見た目ほども無い。一度ぐるりと腕を回すが、動かすのに問題はなさそうだった。


「クソ……ッ!」


 悔しそうに地面を拳で殴りつけるガザ。皆Sランク相当という”断罪の剣”の下馬評に間違いはなかったと言う事か。

 デュポやコルツも奥歯を噛み締めるような表情で地面を睨みつけている。

 俺は厄介な事になったなと舌を打った。


「面倒な連中に目を付けられたな……。こうしちゃいられねぇ」


 皆の治療も済んだようだし、俺も動けるようになった。なら行動するのに支障は無いな。

 俺は尻を軽くはたきながら立ち上がる。


「貴方様?」

「ここが迷いの森だっつっても、アイツらが追って来ないとも限らないだろ? こんな場所で焚火なんてしてたら目立つからな、場所を変えようぜ」


 暗闇の中で火を焚くなんて、自分達の位置を知らせるようなものだ。俺だったら土魔法で地下に空間作って、そこで一晩明かすくらいは対策をする。

 まるで襲って下さいとでも言っているような現状に、俺はこちらを見上げるスティアに提案するが、しかし彼女はふるふると軽く首を振った。


「心配ありませんわ。今わたくしたちがいる場所は既に、人を迷わせる迷いの森の深部です。わたくし達は一緒に入りましたからこうして共にいられますが、後から入った人間は絶対にここには来られませんわ。”断罪の剣”であろうとも、絶対に」


 スティアははっきりとそう言い切った。彼女の情報が間違っていたことは殆ど無いため、これは間違いのない事実なんだろう。

 だが。


「言い切るんだな、お前は」


 俺はその情報よりも、スティアが言い切った事の方が気になってしまった。

 じっと見つめればスティアは地面に目を落としてしまう。俺達の様子をきょろきょろと見たホシが、不思議そうな目を俺に向けた。


「えーちゃん? どうしたの?」

「忘れたか? 前の年に、俺達はこの迷いの森を散々調べたじゃねぇか。実際中に入って調査した連中からも報告を受けたが、そん中に、森の中で別の隊の連中を見た、何て言う話もたまーにだがあっただろ」

「んー? そうだったっけ?」


 ホシはきょとんとした顔で首を傾げる。お前、覚えておいてやれよ。三日もこんな森で彷徨い歩いて報告してきた部下達が泣くぞ。

 けどまあ、それはいいか。今は些細な問題だ。


「迷っても別に行動してる奴らと会う可能性はゼロじゃなかった。でも今スティアは”絶対にない”って言い切っただろ。……何か根拠があるんだな? スティア」


 俺はスティアから目を離さない。しかしスティアはこちらに目を向けることは無く、座って地面を見つめ続けていた。


「……信じて頂けるんですの? 貴方様もお聞きになったでしょう? わたくしは、”断罪の剣”のメンバーだったのですよ?」


 少しの間をおいて、スティアは自嘲するようにぽつりと溢した。まあ状況的にそう言いたくなる気持ちは分からんでもない。

 それに、もしスティアがまだ”断罪の剣”側だったなら、焚火をしても大丈夫だと俺達に信じさせた方が利があるからな。


 けどな。見くびるんじゃねぇぜ。

 俺からしたら、やれやれと肩をすくめる程度でしかねぇ事だ。

 スティアの、この自己肯定感の低い所に対してな。


「何言ってんだバカ。お前を信じられなかった事なんて、俺ぁ一度もねぇんだよ」

「え……?」

「それにお前、自分から奴らに絶縁状を叩きつけてたじゃねぇか。お前がお前を信じられなくてもな、俺達がお前を疑う理由にはならねぇんだよ。なあホシ」

「うんっ! そうだぞ、すーちゃん!」


 スティアは出会ってから今まで、俺達を全力で支えてくれた。まあ初めの方はちと問題も多かったが、しかし今更ちょっとやそっとで揺らぐような安い信頼関係は築いちゃいない。

 何より俺は相手の感情が分かるんだぞ。目の前の相手がどんな気持ちでいるかなんて、俺にはまるっとお見通しよ。


 目を大きく開いてこちらを見ていたスティア。だがすぐに顔を背けると、彼女は目尻を指でそっと拭うような仕草を見せた。


「あーっ、えーちゃんダメだよ、すーちゃん泣かせたら! めっ! だよ!」

「ああ? バカ、俺のせいじゃねぇ――ってうわっ!?」


 と、なぜかここでゴウと音を立ててメイスが飛んで来る。俺は慌てて頭を下げ、そのメイスをかわす。だがホシは再びメイスを振り回し、俺へと襲い掛かってきた。


「止めろ! 俺は怪我人だぞ!? もっと優しく労わりやがれ!」

「アタシだって怪我人だもん!」

「もっと悪いわ! 自慢するな、座ってろ!」


 逃げてもホシはどこまでも追いかけてくる。スティアの周りをバタバタと走り周る俺とホシ。

 初めはぽかんと見ていたスティアもしばらくすると、思わずと言ったようにプッと噴き出してしまった。


「も、もう止めて下さいまし。ホシさんも。わたくしは大丈夫ですから」

「すーちゃん、本当に大丈夫?」

「……ええ。もう、大丈夫ですわ」


 スティアが静止して、やっとホシの足も止まる。やれやれ、突然何なんだよ。まるで意味が分からんぞ。

 俺ががりがり頭を掻くと、二人に楽し気に笑われた。酷くない?


「全く、何て事しやがるんだホシ。死ぬかと思っただろうが」

「えーちゃんが悪いんだもーん」

「何も悪くねぇよ! っつーかお前、そのメイスぼろぼろじゃねぇか! また壊しやがったな! いくつ壊せば気が済むんだよ!」

「アタシのせいじゃないもーん!」


 ぷいと顔を背けるホシに、スティアはころころと笑っている。くそう、こうなると俺に勝ち目はない。とりあえず話でも元に戻しておこう。


「全く……。そんで、だ。俺達が奴らと遭わないでいられる理由ってのを、話してくれんだろ? スティア」

「ええ。ですが、申しわけありません。その話は後にさせて貰いますわ。話すと長くなりそうですし、それにどうやら……貴方様に来客のようですから」

「客だって?」


 少しの嫌悪感を口調に滲ませながら、スティアが森の奥へ顔を向ける。

 客だと? こんな迷いの森の中で? 彼女の言う事を理解できないまま、俺は彼女の視線を自然と追った。


 果たしてその言葉の真偽は、すぐに俺達の前に現れる。

 暗闇の中から現れたのは白い頭髪に妙に白い肌、そして真っ赤な目を持った、執事とメイドの四人組だった。

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