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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
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304.招かれざる客

 己の肉体をもって戦う体術には、武器を使用した場合と比べて明確な弱点がある。

 それは、攻撃の軽さだ。


 金属製の武器と比較すれば、破壊力が劣るのは自明の理。連撃には非常に向くため小さく素早い敵には適するものの、しかし巨大な相手に対してはめっぽう弱い。それが体術の特徴であった。


 だがそれは精技じんぎが使えない一般人の話。精技じんぎをいくつか修めれば、そこから一気に世界が変わる。

 精技じんぎによって攻撃の軽さは払拭される。そればかりかじんを使用した体術――体技には、特殊な効果をもたらすものも数多く存在していた。


 精霊を吹き飛ばすもの、相手のじんをかき消すもの、マナを打ち消すもの、等々。

 全て習得する事は人の身では不可能だが、しかしそれらの強力な精技じんぎを使用できるメリットは計り知れない。

 そのため一定以上の強さを持つ人間は一様にして、体技を習得している場合が多かった。


 今バドが使用した精技じんぎもまたその中の一つ。

 無双破重撃(インフィニティブロウ)

 攻撃の重量を底上げする上級精技(アルティメットクラス)である。


 攻撃の重量を増す。効果はそれだけで、他の精技じんぎのように破壊力の増大はない。だがしかし、この精技じんぎはそれだけで十分過ぎた。

 精技じんぎにより強化されたバドの拳の重量は、通常時の二十倍にも及んでいた。

 重量とは、それすなわち威力である。バドの拳は今、鎧を着た兵士であっても余裕でぶち抜く程の威力を有していた。


「ガハァッ!?」


 三メートルを超す大男もこれには流石に耐えられなかった。血反吐をまき散らしながら後方へと吹き飛んでいく。

 男の両足が地面をガリガリと削り、土煙が巻き上がる。巨人は凄まじい強靭さをみせ倒れこそしなかったが、しかし口からはダラダラと血が溢れており、受けたダメージの重さを物語っていた。


「す、げぇっ……!」


 デュポが思わず感嘆を漏らす。コルツも見入ってしまっており、二人の足は止まっていた。

 だが、ガザだけは違った。彼はすぐにバドに駆け寄り呼びかけた。


「バド殿! 大丈夫かっ!?」


 精技じんぎとは生命力をじんに変え放つものだ。それ故に必ず生命力を消費しなければならず、体には必ずある程度の負担がかかるデメリットがあった。


 その中でも上級精技(アルティメットクラス)は反動が非常に大きい。一日に数回使うのが限度と言われる程、使用には気を払わなければならないものだった。

 だがそんなものをバドは今、休むことなく繰り出したのだ。ガザが懸念した通り、バドはよろめき片膝を突く。激しい疲労に息は荒く、立つ事もままならない様子だった。


 額から流れる血と汗とが頬を滑り、バドの顎からぽたぽたと滴る。疲労だけでなく負傷も軽くはないのが分かる。

 こんな状態であの精技じんぎを放ったのかとガザは息を飲む。しかし今彼らには、休むどころか悠長にしていられる時間すらもなかった。


「バドさん、大丈夫ッスか!?」

「バド殿はもう限界だ! シャドウ殿、頼むッ!」


 ガザの呼びかけに応え、シャドウがバドを影の中へ引きずり込んで行く。

 今は一秒でも早くこの場を離れる必要がある。

 巨人は未だこちらをギラつく双眸で睨みつけている。ギィドもいつ追いついて来るか分からない。


「デュポ、コルツ! 押し通るぞ!」


 魔族達は一斉に走り出す。


「ヴガアァァァァアーッ!」


 迎える巨人は、天に向かって大きく吠えた。


「ここは、通さん! 俺はまだ、倒れていない! どうしても通りたいのなら、俺を倒して、行くがいい!」


 男は路地を封鎖するように、大きく両腕を広げて彼らを睨みつける。ガザはその時初めて、男の表情をしっかりと目にしていた。

 灰白色の長い癖毛を雑に垂らした、厳つい表情の男。その両目はギラギラと赤く光り、こちらを上から見下ろしている。


 怒りに満ち満ちた形相に、デュポとコルツの尻尾がぶわと膨らむ。だがガザはそんな表情よりも、その額へと目が行った。

 男の額から伸びる、肌と同じ色のそれ。天を突く牙のように生えるそれが男の額にはあったのだ。


「オーガ――!」


 ガザの頭に、緋色の髪の少女がぱっと浮かんで消えた。

 まるで似ていない二人。しかし額から二本角が生えているという確かな共通点があった。


 男はガザの台詞に応えることなく、牙を剥きだしにする。下あごから生える犬歯が、まるで牙のように上へと伸びていた。


「フゥー……ッ」


 男の剥き出しの牙の隙間から白い吐息がぶわりと漏れる。獣の威嚇を彷彿とさせるその行動が、男の重厚な戦意のようにも思えた。


「さあ来い! どうあろうと俺は、ここを通す気は、ないッ!」

「うおおおおおおッ!!」


 ガザは己を奮い立たせるように吠えていた。

 目の前の男はまるで壁だ。だがこれを越えなければエイクを助けられない。

 迷う理由はない。ガザはバドのように倒れる事覚悟で、走りつつじんを全力で練り始める。頭で考えた結果でなく、完全に無意識からくる行動だった。


「あらそうですの。それでは力づくでどかせて頂きますわね」


 だがそんな彼らの上から突然、場違いな程美しい声が聞こえて。

 その場にいた全員が、反射的に上を向いていた。


「風の精霊よ、縛りの光を! ”黄雷の波濤(サンダーウェイブ)”!」

「ウグッ!?」


 間髪入れず降り注ぐ、体を縛る電撃。巨人はたちまち体を麻痺させられ、地を揺らして片膝を突いた。


「スティア殿!」

「よっしゃ! やっぱ姐さんだぜ!」


 屋根の上に立っていたのは、輝く銀髪をなびかせたスティアだった。

 魔族達はたちまちのうちに巨人を跪かせた彼女に歓喜の声を上げる。


(ツヴァイ)、か。……やはり、(アインス)の読みが、当たったか」

「お久しぶりですわね(フィーア)。とは言え今は貴方と歓談している暇はありませんの」

「何だ、その、喋り方は。気味が悪い」

「放っておいて下さいまし」


 一方スティアは男と知り合いだったらしく、少しの言葉を交わしていた。


(アインス)は、どうした?」

「撒いて来ましたわ。仲間の協力で」

「そうか。なら俺が、ここで休んでいるわけには、いかないな……!」


 そう言うと同時に、(フィーア)の体から白いオーラが立ち上り始める。突いた膝がぐぐぐと上がり、巨人は再び二本の足で立ち上がった。

 まだ立つのかと魔族達は警戒を滲ませる。


「おーい! こっちこっち! 早く!」


 だがそんな彼らを高い声が呼んだ。真っすぐ前に目を向ければ、巨人の背後、ガザ達が向かうべき道の先に、大きく手を振るホシが立っていた。


(フィーア)はそう長く足止めできませんわ! 貴方達、早く行きなさい!」

「――分かった!」


 ガザ達は走るスピードを更に上げる。立ち上がるも未だ麻痺している(フィーア)の横を通り過ぎ、手招きするホシのもとへと彼らは走った。

 スティアはそれを見送った後、再び(フィーア)を見下ろした。


「グググ……!」

「それではこれで失礼しますわ。悪く思わないで下さいましね」


 そうして彼女は魔族達を追おうと彼らの背中に目を向ける。だがその瞬間、彼女は遠くの方で何か巨大なものが弾けたような、そんな気配を感じてしまった。

 それに心当たりのあったスティアは、慌ててその方角に目をやった。


「まさか――」


 自分達が戦っていた場所から感じたひりつくような気配。

 足止めを買って出てくれた仲間の事が、スティアの脳裏に一瞬過る。

 その時間はコンマ一秒にも満たない瞬間だった。

 だが、それを敵は見逃さなかった。


「グ――ヴオオオオオォォォーッ!!」


 じんを全開にした(フィーア)精技じんぎで魔法を弾き飛ばしてしまう。かと思えばすぐに後ろへと駆け出し、魔族達を追い始めたのだ。


「しま……っ! くっ、わたくしとした事がっ!」


 まるで地震のように、(フィーア)は地を揺らしながら路地を駆ける。スティアも即座にそれを追いかけた。


「相変わらず諦めの悪い奴ですわね! (フィーア)! 貴方、デカい図体をしてっ! もう少し遅く走りなさいな!」


 (フィーア)の速さは凄まじく、馬よりも早いはずの魔族達に全く引けを取っていない。

 ガザ達を猛追する男へ、屋根の上を走るスティアは顔をしかめて文句を言った。


「奴を置いて行けば、お前達は、見逃してもいい!」

「貴方、冗談のセンスが壊滅的ですわね! お断りですわ! 風の精霊よ――!」


 スティアは再び魔法を唱えようとする。だが(フィーア)は腕を伸ばしてレンガの壁に手を突っ込むと、ぐわと上へ振り上げて、レンガを派手に上空へまき散らした。

 それはスティアが走る先の家だった。目の前にレンガの雨が降り注ぎ、スティアはそれを横に跳んでかわす。

 しかしその間に(フィーア)は自分を置いて走っていく。魔法も不発に終わってしまった。


「くっ! でかい癖に小賢しいっ!」


 再び文句を言いつつ、スティアも急いで(フィーア)を追った。


 このままでは(フィーア)は迷いの森にまで追いかけてくるだろう。彼らを撒くために森に入ろうと言うのに、このままでは自分達と一緒にこの男も迷う事になる。

 このままでは(フィーア)との戦闘を避けられない。彼を良く知るスティアとしては、その事態はどうしても避けたい事だった。


 (フィーア)は見た目通り、強靭な肉体に物を言わせて戦うのが本領の男だ。だが暴力のみを頼りとするわけではなく、繊細な体術や己が苦手とする魔法にも対策も持っている、確かな実力者であった。


 更にこの男は”断罪の剣”という暗殺者集団にいるにも関わらず、己の信条を曲げる事を嫌うという実直な男でもある。任務を達成するために、最後の最後まで激しく抵抗するだろうことは想像に難しくなかった。


 スティアは屋根の上を走りながら(フィーア)を苦々しく見る。面倒な事態になる前に、どうしてもここで彼を撒いておく必要があった。


(エイク様だけは何としても逃がさなければ! こうなれば私が(フィーア)の足止めを――!?)


 最悪自分が残ってでも(フィーア)を止めよう。そうスティアが思い始めた時だった。

 ふと向かう先に見えたものに気付いて、スティアはそちらに目を向けた。

 こちらへ走って向かって来る一団がいる。それはローブを着てフードで顔を隠した、複数の人間達だった。


(五人――新手の追っ手か!?)


 スティアは一瞬警戒をする。しかし突然現れたその者達は、どうしてか(フィーア)に対して攻撃を仕掛け始めたのだ。


(一体何者……!?)


 突然の事に意味が分からないスティア。しかし、間違いなく好機だった。


「くっ、ウオオオオオオッ!!」


 (フィーア)は雨のように降りそそいだ短剣を右腕で薙ぎ払う。彼の鋼のような筋肉は短剣の鋭さをものともせず、全て弾いて地面に落としてしまった。

 だが(フィーア)はこの行動が誤りであったとすぐに気付く。自分が防御した隙を突いて、五人の人物が既に、自分の進路を塞ぐように立ちはだかっていたのだ。


 先程の奇襲は、自分の足を止める事を目的とするものだったのだ。となれば何者かは知らないが、彼らは自分の敵という事だ。

 自分を追い越していくスティアと一瞬だけ視線がかち合う。スティアは何も言うことはなく、そのまま彼を置き去りに走って行った。


 何というタイミングの悪い襲撃者だ。

 (フィーア)は体からオーラを立ち上らせながら、その者達を睨みつけた。


「お前達。俺の邪魔をするなら、容赦はしないぞ!」


 たぎる殺気を隠しもせず、(フィーア)は咆えるように宣言する。もしこれが並みの者であったなら、戦意を喪失していただろう。

 だがそこにいた者達は全く臆する様子がない。そればかりか望むところだと言わんばかりに、口に弧を描き、それぞれの武器を構えていた。


「さて、これで借りは返せましたかね」


 更にその内の一人が、そんな言葉を楽し気に溢すではないか。


「何?」

「いえいえ、こちらの事情です。どうかお気になさらず」


 聞くもへらりとはぐらかされて、(フィーア)の眉間にしわが寄る。だがそんな(フィーア)の苛立ちすら楽しいとでも言うようにその人物は小さく笑い、ローブを脱ぎ捨てると、かけていた丸眼鏡をおもむろに取り外した。


「諸事情あってここをお通しする事はできません。それでも通りたいと言うのであれば、どうか是非我らを殺してから行って下さい」


 眼鏡をぽいと放り捨てつつ、物騒な内容を軽薄な口調で話す男。その男の露になった左腕には、一つの刺青タトゥーが刻まれていた。


「蛇、か」


 (フィーア)はぽつりと溢す。


「おやご存じでしたか。あなた方に知られていると言うのは光栄な事ですね」

「知らんはずが、ない。俺を、揶揄っているのか?」

「そんなつもりはありませんでしたが。まあ気分を悪くされたのなら謝りますよ。あと謝りついでにもう一つ」


 警戒を滲ませる(フィーア)。だがこれを見た男は、実に楽しそうににんまりと笑った。


「こんな大変良い夜に、獲物を奪うような真似をした事を一応詫びさせてもらいますよ。ですが貴方には、どうしても我々の相手をして頂きます。良いですね? ”断罪の剣”の(フィーア)――オーガのクダリさん」


 そう言って彼、青蛇の頭リュードは、嬉しそうに剣の切っ先を(フィーア)へ向けた。

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