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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
338/389

301.予期しなかった再会

 北の方角から突然、凄まじい轟音が鳴り響いた。

 空気がビリビリと振動し、地面も微かにだが、少し揺れた。

 何かが大爆発を起こしたのだ。その証拠に少し離れたこの場所でも、見上げれば黒一色だった空が仄かに赤みを帯びていた。


「む。これは……?」


 オリヴェルが動きを止め、何かと様子を伺っている。しかしスティア達はこれが一体どうして起きたのか、はっきりと理解をしていた。


「エイク様……っ!」


 ≪感覚共有(センシズシェア)≫で共有している聴覚が拾った、エイク達の会話。世界樹で強化された魔剣の力を解放する声が届いていたのだ。


 意識がそちらへと飛びそうになるスティア。

 しかしホシがこれをすぐに叱責する。


「すーちゃん!」

「――はっ!?」


 気がつけば、オリヴェルが目前にまで迫っていた。


「戦闘中に気を抜くとは、随分と腑抜けたなスティア!」


 いつの間にか彼の魔剣は白い輝きをまとっていた。明らかな隙を見せたスティアをここで始末しようと言うのだろう。

 棒立ちになっていたスティアへオリヴェルは突っ込んで行く。しかしその前にホシが立ちはだかり、メイスを大きく振りかぶった。


「”螺旋槍(スパイラルスラスト)”!!」

「おりゃあーっ!!」


 オリヴェルはホシの心臓目掛け、鋭い突きを繰り出す。これにホシはメイスを思いきり振り下ろした。

 高速回転するオーラをまとう魔剣と、類稀な馬鹿力で振るわれたメイスとが真正面からぶつかりあう。二つの武器は耳障りな金属音を鳴らしながら、激しい火花をバチバチと散らした。


 オリヴェルとホシは奥歯を噛み締め、力を振り絞る。

 結果は、互角だった。


 魔剣とメイスはキィンと高い金属音を鳴らし、互いに勢いよく弾かれた。二人の力比べは完全に五分と五分。押し切れると思っていたオリヴェルは、この結果にホシへの警戒レベルを更に引き上げていた。


 だが、攻撃が互角だったとはいえ、結果が五分とは限らない。”螺旋槍(スパイラルスラスト)”の回転力に煽られホシの重心が僅かに崩れた事を、オリヴェルは見逃さなかった。


「邪魔だッ!」

「うわわっ!?」


 踏み込み、盾ですくうように殴り飛ばす。メイスの柄でガードしたものの、小さなホシはそのまま蹴られたボールのように、後方へ飛んで行ってしまった。

 当然次に狙われるのは彼女だった。


「死ねスティア!」

「くっ、そう易々とやられるものかっ!」


 短剣と長剣がぶつかり合う。重い金属音を打ち鳴らした二つの魔剣はギリギリと押し合った後、どちらともなく弾かれた様に離れる。


 オリヴェルが突きを繰り出せばスティアはこれをくるりと避け、踊るように連続で短剣を繰り出す。オリヴェルはこれを半歩下がり、大盾で全て受け止めた。

 オリヴェルはそのまま盾をスティアに押し付けるように前へ出て、魔剣を切り上げる。だがスティアはこれを二本の短剣で受けつつ彼の死角へと潜り込み、逆手に構えた短剣で攻撃を繰り出した。


 卓越した剣技と盾技を駆使するオリヴェルと、素早い体術と両手の短剣を生かして立ち回るスティア。二人の攻防はほぼ互角だった。

 二人は鬼気迫る表情で幾度もぶつかり合う。じんを常に消費しながら戦う二人の額には、大粒の汗が浮かんでいた。


「すーちゃんから離れろーっ!」


 その戦場へ、再び飛び込んで行くホシ。彼女はいつもメイスを片手で振り回しているが、今のホシは珍しく、メイスを両手で持っていた。

 スティアはホシの意を察してこれに合わせて後ろへ引く。そしてすぐさま詠唱を始めた。


「火の精霊サラマンダーよ――!」

「させんぞ!」


 オリヴェルがこれを追おうとするも、再びホシがその行く手を阻んだ。


「とりゃあーっ!!」

「チィ!」


 ぴょいと跳ねたホシは、オリヴェルの顔目がけてメイスを横薙ぎに振るった。空気を叩き潰すような音を立てながらメイスが迫る。

 オリヴェルが体を逸らして避けると、ゴウと轟音を立て、顔すれすれをメイスが通った。オリヴェルは思わず奥歯をぐっと噛む。あの一撃を食った結果を、嫌でも理解させられた。


 だが避けた。ならば今度はこちらの番。反撃に出ようと体が無意識に前に出る。

 鈍器は先端に重心がある武器であり、破壊力は凄まじいが連撃は絶望的だ。オリヴェルの反応は至極真っ当であり、鈍器相手に戦う常套手段でもあった。


 しかし彼は即座に踏みとどまる。武器を振り抜き隙ができるはずのその瞬間、しかし相手はその勢いを逆に利用して、空中で体をくるりと一回転させていたのだ。


 振り抜いた勢いを回転力に変え、速度と威力に転化させ、次の攻撃を繰り出す。強靭な体幹と膂力りょりょくが無ければ不可能な、滅茶苦茶な戦法だ。

 だがホシはその滅茶苦茶を当然のように実行する、ハチャメチャな存在だった。


 彼女の赤い瞳が、オリヴェルを捉えていた。


「まだまだだーっ!!」


 このような攻撃をする人間はホシ以外にない。故に、初見なら誰しも対応できないはずだった。


(――追撃!)


 だがオリヴェルは今日一度だけだが、この滅茶苦茶な戦法を既に見て、そして食らってもいた。

 ホシのメイスがオリヴェルへ襲い掛かる。

 オリヴェルも攻撃から一転、すでに盾を構えていた。


「おりゃああああーっ!!」

「”練精盾(オーラシールド)”ッ!!」


 追撃で迫るメイスの一撃を、彼は精技じんぎで受け止めた。

 ”練精盾(オーラシールド)”は下級精技ノーマルクラスであり、防御力から言えば弱い部類だ。しかし下級(ノーマル)故素早く出せる利点があり、かつオリヴェルはかつてランクSの魔物の攻撃をこれで防いだ事もあった。


 だからこそこの追撃も余裕をもって防げると、彼は疑っていなかった。

 ――だが。


「う、おおぉぉっ!?」


 ホシの一撃を食った大盾がメキメキと悲鳴を上げ始める。そればかりかホシのメイスは、オリヴェルの体すら砕こうと、盾を持つ左腕を押し返してくる。

 精技じんぎをまとうミスリルの盾が、ただの鉄の塊に押されている。

 オリヴェルは驚愕に目を見開いた。


(こ、この力! この小さな体で! この俺が見誤ったか……っ! だがッ!)


 汗が眉間を滑り落ちて行く。

 彼は即座にじんを練り上げ、自分の全力を左腕にこめた。


「おおおおおおーッ!!」


 オリヴェルは腹の底から大声を上げ、ホシの怪力に抗った。盾はにわかに輝きを増し、劣勢から一転メイスを大きく弾き飛ばした。


「うわわわっ!?」


 あらぬ方向に飛んだメイスに、跳んでいるホシも大きく態勢を崩す。オリヴェルは鋭い目をホシに向けると、間髪入れず長剣を振るった。


「はっ!」

「うわっと!」


 ホシはメイスを雑に振って攻撃を器用に弾く。だがオリヴェルは今度こそ、その隙を見逃さなかった。


「お前は後で相手をしてやる。今はどいていろ小娘!」

「ぅぐっ!」


 ホシの腹にオリヴェルの蹴りが突き刺さる。もろに攻撃を受けたホシはそのまま吹き飛び、レンガの壁を破壊しながら家屋の中へ消えて行った。


 この路地は彼らが戦う影響で、既にあちこち破壊されてしまっている。レンガの壁はあちこち崩れ、地面も大きく抉れている。

 ホシが突っ込んで行った家屋の壁も廃墟のようにボロボロだ。住人は既に逃げてしまった後らしく、レンガが崩れる派手な音だけが路地に響いた。


罪人つみびとを焼き尽くす奈落の炎よ、我らが敵を打ち払い賜えっ! ”地獄の(クリムゾン)――!」

「そう易々と使わせるかっ! ”疾風斬(ゲイルスラッシュ)”!」


 最後の言葉を言いかけるスティアへ、オリヴェルは再び飛びかかった。接近戦も難なくこなすスティアだが、しかし魔法が彼女の本領であることをオリヴェルは良く知っていたのだ。


「くぅ……っ!」


 襲い掛かる連撃を短剣で捌くスティア。”疾風斬(ゲイルスラッシュ)”は速度に特化した精技じんぎだが、その分重さが犠牲になり軽い。

 そのため短剣で捌く事は難しくなかったが、しかし防御に徹しなけらばならず、魔法を中断せざるを得なかった。


 発動まであと一言だったというのに。スティアは小さな舌打ちをした。


「手の内が互いに分かっていると言うのも、中々面倒ですわね!」

「全くだ。だが今はこれで良い。俺の目的はお前を倒す事ではないからな!」


 そう、”断罪の剣”が狙うのはスティアではなくエイクの方なのだ。ここでスティア達を足止め出来れば彼らは目的の成就へ近づく。

 それが分かるスティアは悔しそうに顔を歪める。しかしオリヴェルは彼女を絶対に逃がさぬと、間合いを詰めて攻撃を仕掛けてくる。


 二体一という状況ながら、容赦なく精技じんぎを使い責め立てるオリヴェルに、スティア達は優位に戦いを進められていなかった。

 むろん相手はじんの消費が激しいため、このままなら先にばてるのはオリヴェルだ。だから普通なら分があるのはスティア達だったはずだ。


 しかし今、持久戦で勝つ事に意味は無い。何とか早く状況を崩したいのは相手ではなくスティア達なのだ。


 エイクの側にも”断罪の剣”がいる以上、向こうで戦えるだけの余力を残しておかなければならない。そう思いじんを節約しながら戦っていたが、このままではオリヴェルを倒す事すらままならない。


 それに先ほどの爆発だ。戦いに集中するため向こうの会話を聞き取る余裕があまりなかったが、しかし向こうの状況はきっと、こちらより切迫しているのだろう。


(余力を残しておきたかったのですが、仕方がありませんわね。わたくしも全力を出さなければならないようですわ……!)


 スティアは更にじんを練り、体を活性化させる。その気配を察してか、オリヴェルの動きがピタリと止まった。


「……覚悟を決めたようだな」

「ええ。そもそも、貴方相手に消費を考えていた事自体が間違いでした」


 スティアを睨むように見ていた彼は、不意に眼だけを動かして横を見た。


「真っすぐ突っ込むだけかと思いきや、それは不意打ちの布石だったか? 意外と頭も回るようだな」

「ありゃりゃ、ばれちった」


 崩れたレンガ壁の陰からひょこりと顔を見せたのはホシである。彼女は頭を掻きながらスティアへ近寄ると、彼女を見上げつつ口を尖らせて文句を言った。


「後ろから挟み撃ちにしようと思ってたのに、何で戦うの止めちゃったの?」


 ホシの狙いは激しい戦いに乗じての不意打ちだったようだ。しかしスティアが戦いを止めてしまい、上手く相手の後ろを突く事が出来なくなってしまった。

 ホシの表情は不満をありありと物語っている。しかしそれを向けられたスティアの視線は、オリヴェルに向けられたままだった。


「……ホシさん。お願いがありますの」

「うん?」

「先にエイク様のもとへ行って欲しいんですの。向こうはどうやら切羽詰まった状況のようです。ここはわたくし一人で受け持ちますわ」


 スティアは、自分とオリヴェルの実力は互角だと思っている。今まで自分がじんを抑えて戦っていた分をホシが埋めてくれていたが、自分が全力を出すのならば二人で戦う必要も無いだろう。


 できれば自分が助けに行きたかった。けれど、今はそんな我がままを優先していられる状況では無かった。


「エイク様の事、お任せしても宜しいですか?」

「すーちゃんは大丈夫?」

「あら。わたくしが負けるとお思いですか?」


 スティアはホシに目を向けてにこりと微笑む。ホシも二ッと白い歯を見せた。


「どうやらエイク様は北の方角にいるようです。分りますか? 北は向こう。あちらです」

「大丈夫だよ、さっき音がしたもん。それじゃあ先に行ってるからね!」


 スティアが指を差せば、ホシも自信満々に頷いた。

 そして言うが早いか、ホシはその場から走り出そうとする。

 しかし。


「”旋風盾(シールドストライク)”!」


 そこに襲い掛かったのは回転する大盾。飛来したそれを二人は即座に横に跳んでかわすも、しかし機先を制される形となってしまった。


「むーっ、邪魔するなっ!」

「悪いがお前を行かせてやるわけにはいかんな」


 行動を邪魔されホシは頬を膨らませる。だがオリヴェルは戻って来た盾を片手で受け止めながら、これをさらりと受け流した。


「小物なら逃がしても良かったが、見た目に似合わず相当の実力があるようだ。お前が行ってどうなる事もないとは思うが、しかし任務を考えればここで俺が相手をするのが最善だろう」


 オリヴェルはその場に立ち、二人を見据えながら言葉を紡いでいる。だがその間にも彼から放たれる気迫は増していき、まるで生き物のように二人を締め付けた。

 安直な行動をしたらすぐに命が無くなる。そんな明確な殺意を、二人は目の前の相手からはっきりと感じていた。


「簡単に逃げられると思ってくれるなよ。俺を舐めるようなら、お前達を今すぐ殺してやる……!」


 彼が足を踏み出す。ざり、と地面が鳴った。

 来る。スティアも一歩踏み出しながら短剣を構えた。


 昔から知る友が目の前で鋭利な殺気を放っている。この状況にスティアは一人奥歯を噛み締めた。

 何としてもホシをここから逃がさなければならない。だが今のオリヴェルを一人で止めるのなら、自分もまた彼を殺すつもりで戦わなければいけなかった。


(ただ止めるだけでは、済まないかもしれない)


 自分の覚悟が甘かった事を理解して、無意識に短剣を握る手に力がこもる。しかし状況は彼女の決意が固まるまで待ってはくれなかった。

 オリヴェルが腰を落とし剣を構える。その剣が眩く輝き始めるのを目にして、スティアの頬を汗が滑り落ちて行った。 


「”氷の突槍(アイスランス)”」


 だが、そんな時だった。

 その場にいた誰のものでもない声がして、三人ははっと目を見開いた。


「くっ!?」


 突然現れたのは複数の氷の槍。それらが路地を真っすぐに飛び、オリヴェルへと襲い掛かったのだ。

 突然の攻撃に彼は後ろへ大きく飛ぶ。”氷の突槍(アイスランス)”は彼の立っていた地面に深々と突き刺さり、氷のオブジェを作り上げた。


「それならここは私が引き受けます。あの人の事は私に任せて、どうかお二人は行って下さい」


 後ろから聞こえた声は、どこかで聞いたような声だった。

 スティアとホシは弾かれたように振り返る。そして声の主をその目にして、二人は大きく目を見開いた。


「りりちん!」

「お久しぶりです、アンソニーさん、ウィンディアさん。お会いできて本当に嬉しいです。ただ……今は再開を喜んでいる時間はなさそうですね」


 そこに立っていたのはアクアサーペントのローブに身を包み、杖を前に構えたかつての仲間。

 青龍族の姫、リリであった。

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