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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第六章 迷いの森と闇の精霊
336/389

299.一番重要な事

「おらぁッ! ”練精剣(オーラブレイド)”ォッ!」


 ジジイの脳天目掛けて魔剣を振り下ろす。だがその刃が迫る中、ジジイは意外な素早さを見せた。

 奴はこれを紙一重で避け、すぐに後ろへ飛び退ったのだ。

 なんとか距離を取ろうと言う心算だろう。だが折角詰めた間合いを易々と開けさせるものかよ!


「逃がすかってんだよッ!」

「くっ!」


 俺もすぐさま地を蹴り飛ばし奴へ肉薄、追撃の横薙ぎを振るう。

 だが奴はこれをまたも避ける。そしてまた距離をとろうと後ろへ跳んだ。


 なんて元気な爺さんだ。あの曲がった腰でひょいひょいと攻撃を避けやがる。

 接近しても中々どうして侮れない。だが余裕なのかと奴の感情を読めば、僅かな焦りが感じられた。


 苦しい状況なのは間違いないらしい。ならやはりここは畳み掛けどころだ。

 俺は迷わず奴へ迫るも、だがそんな時。奴の敵意が膨らんだ事を察知して、俺は瞬時に懐へ手を突っ込んだ。


「”水の(アクア)―”!」

「させねぇ!」


 取り出した短剣をジジイ目掛けて投げつける。顔面に向かい飛んだそれを奴はかわすが、しかし僅かに横っ面をかすめた攻撃に、言葉はそこでぷつりと途切れた。


 無詠唱といっても発動の言葉さえ言わせなきゃ魔法は発動しない。そして俺はこいつが攻撃するタイミングを完璧に把握できる。

 こんな絶好の機会をそう簡単に逃すはずがねぇッ!


「く――!」


 接近する俺に苦しそうな声を漏らしつつ、ジジイはまたも下がろうとする。

 粘着されて苦しいのだろう、胸にも苦々しい感情が浮かんでいる。だがそう同じ行動ばかり見せられちゃあ、狩って下さいって言ってんのと同じだぜ?


「シャドウ!」


 呼びかけに俺の影がぶるりと震えた。ジジイの足元に一本の黒い手がにゅうと生える。そしてジジイの下がろうとした右足を、パシリと横へ打ち払った。


「な!?」


 シャドウの貧弱な力でも、老体をよろめかせる程度の効果はあった。

 ジジイの体がぐらりと揺れる。それを俺は見逃さない。


「往生しやがれやァッ! ”練精剣(オーラブレイド)”ッ!!」


 間髪入れず白く輝く魔剣を振り下ろした。

 対してジジイは魔剣を受けようと杖を上に構えて応じる。だが俺の魔剣はミスリル製だ。加えて今は精技(じんぎ)まで使っている。

 鋼の剣ですら両断するそれを、ただの木の杖が受けられるわけがなかった。


 命を断ち切る剣閃がジジイへ真っすぐに振り下ろされる。


「――何!?」


 だが次の瞬間、予想外の事が起こった。


 俺が振り下ろした魔剣と奴の杖とがぶつかり合った時、手に伝わったのは木を切ったような軽い感触では無かった。

 まるで金属同士がぶつかったような重い衝撃が手に伝わる。見れば俺の魔剣は杖を両断するどころか、食い込んですらいなかった。


 言葉を失う俺。それをジジイがじろりと見上げた。


「この杖はただの杖ではない。我ら森人族に伝わる、世界樹の枝から削り出したユグドラシルの杖じゃ。どのような物質だろうと断ち切る事はできぬ」


 じゃが、とジジイは言葉を紡ぐ。今まで飄々(ひょうひょう)とした態度を崩さなかったジジイだが、ここに来て初めて奴は険しい表情を見せた。


 銀の義眼が俺を真っすぐに睨みつける。ぐりぐりと回転するそれを、俺は初めて近くでこの目にしていた。

 そして、そこで気付く。回転しているためよく分からないが、しかし確かに。

 その義眼に何か複雑な文様が刻まれている事を。


「この杖に攻撃された事は、我ら森人族にとっては誇りを汚された事に等しい。お主は必ず儂の手で葬り去ってくれるっ!」


 そしてジジイの瞳が回転をぴたりと止めた時。

 俺は奴の魔法のからくりを、そこではっきりと理解した。


(義眼に精霊文字……っ! やはりそうかっ、無詠唱の理由は俺と同じ――!)


 右の義眼に刻まれた多くの文様。それに俺の背筋がぞわりとする。

 瞬間俺は地面を蹴り飛ばしていた。


「”稲妻の宝槍(サンダーランス)”!!」


 俺が地面を転がるが早いか、ジジイの義眼から閃光がほとばしった。その雷光は路地を真っすぐに跳び、どこかの家屋に突っ込んで爆散する。

 遠くで誰かの悲鳴が上がるのを俺の耳が捉えていた。


 俺は転がった勢いを利用して立ち上がる。避け損ねたらしく左肩には鋭い痛みがあった。

 とは言えあんなもん至近距離で食らったら一瞬であの世行きだった。この程度で済んで良かったと言うべきか。

 まったく目から光線なんか出しやがって……! バケモンかテメーはふざけんじゃねぇぞ!


「ほ……良くかわしたな。消し飛ばしてやろうと思うたのにの」

「ちと避け損ねたがな。チッ、危ねぇ真似をしてくれるじゃねえかクソが。だがよ、やっと尻尾を見せやがったな。おかげでテメェの無詠唱のタネが分かったぜ」


 俺は奴をじろりと見る。すでに距離を取られたらしく、奴は俺の間合いの外に立っていた。抜け目ないジジイだぜ。

 まあいい。俺は奴へビッと指をつき付けた。


「その義眼。そしてその杖。そこに仕込まれてんのはミスリルだな? 複数の魔法陣を刻んだ、な」


 ジジイの眉がぴくりと動いた。


「義眼って奴はよ、普通木だの蝋だので作るじゃねぇか。だからお前の義眼を見た時から不思議に思ってたんだ。何で金属なんかで作っていやがるんだってな」


 義眼は失った眼の代わりだ。それ故に、軽い素材で作るのが普通だ。眼と同じ重量でなければ違和感があるからな。

 それを知っている俺は、奴がそこに金属を入れている事に、初めから違和感を感じていたのだ。


 それに疑問はもう一つあった。義眼は見た目を良くするためにつける意味合いもある。だが奴の義眼はそれとは逆に気味が悪いくらいで、その役割を半分以上放棄するような代物だった。


 何か理由があるんだろうとは思っていた。だがまさかそこに魔法陣を刻んでいやがるとは、流石の俺も予想してなかったぜ。


 魔法陣は基本使い捨てだ。その理由は、魔法を発動する際の衝撃などで、魔法陣を破壊してしまう事にある。

 だから俺は羊皮紙など、壊れても構わない物に魔法陣を書いているわけだが、しかしこれがミスリルに書かれているなら話は別だった。


 ミスリルは魔力を流すと硬度を増す性質がある。ミスリルに魔法陣を刻めば、魔法陣に流した魔力がミスリル自体にも作用し、その硬度を高めさせる。

 硬度を増したミスリルならば、魔法発動時に破壊されることは無い。半永久的に使える魔法陣の完成というわけだ。


 ただミスリルは馬鹿みたいに高価な上、魔力を通していなくともかなり固い物質で、魔法陣を正確に刻む事自体が難しい。

 だってのにそれをあんな小さな義眼に複数刻むなんて、一体どんな奴がやった仕事だろう。


 少なくとも俺にはできない芸当だ。自分の目で見た事だがまだ信じられねぇ。

 だがそれが明らかになった事で、今までの諸々全てに合点もいっていた。


「どうりで設置系の魔法の制御が今一なわけだぜ。魔法陣は魔法を正面にぶっ放すしかねぇからな」

「……お主も魔法陣を使うようじゃからな。流石に見破られるか」


 これは魔法陣を使う者にしか分からない事だろう。


 魔法は手元から発動する放出系と、場所を指定して発動する設置系の二種類に大別される。

 だが魔法陣は、必ず魔法陣の正面から魔法を発動するという特徴がある。そのため放出系と相性は良いものの、設置系となると使い勝手は今一つなのだ。


 先程奴が放った”大地の足枷(グランドフェッターズ)”や”氷柱の豪雨(アイシクルレイン)”は設置系の魔法だが、奴は目の前全域に魔法を展開していた。

 そう、わざわざ俺の真下や頭上でなく、目の前全域に展開したのだ。


 設置系の一番の特徴はその奇襲性にある。だのにそうしなかったのは余裕の表れでも何でもなく、魔法陣を使った魔法だったからというわけだ。


 ちなみに最初の”灼熱の縛鎖(バーニングバインド)”も設置系だが、あれはきっとギィドに魔力を込めた魔法陣を持たせていたんだろう。

 厄介な事は厄介だ。だが、タネが割れれば何て事が無い理由だったな。


「義眼をずっと回してるのも魔法陣を隠すためか。義眼に隙間なく魔法陣を刻んでいたんなら、目を開いた瞬間ばれるからな」


 ジジイは無言で俺の言葉を聞いている。だが図星なんだろう、奴の感情がぴくりと跳ねた。


「だが発動する時はどうしても魔法陣を前に向けなきゃならねぇ。ばれるタイミングとしちゃここだが……今は夜で、しかも明かりのない路地だ。俺も近づかなきゃ分からなかったぜ。ふん、ずいぶんと用意周到じゃねぇか」

「……この僅かな時間でそこまで看破されるとはの。お主を侮っておった。大したものじゃと言っておこう」

 

 しかし、とジジイは杖を俺に向ける。


「見破られたからと言って、儂が退けられる理由にはなり得ぬ。今までこれを見破った輩がいなかったわけでない。じゃがそ奴らは儂の手で全て葬ってきた。お主もまたその中の一人となる未来は変わらんのだ」


 ジジイは殺気を漲らせて俺の前に立つ。なるほど、今までは遊びで、本気じゃ無かったって事かい。

 ならここからが本気の戦いになるってわけだが、その前にだ。


「なあ。山賊にとって一番重要な事って何か分かるか?」


 俺はそう言ってジジイを見返す。


「何……?」

「基本的に山賊ってのは切った張ったが生業だ。だから強さってのも重要だが、そいつは一番じゃねぇんだよ。一番重要な奴ってのは、こいつさ」


 俺は自分の目を指差す。って、こいつには見えねぇんだったな。


「観察眼さ。敵の実力を探り、手の内を見破る。僅かでも不可思議な点があればそれを看破する。そういう観察力がある奴じゃなきゃ生き残れねぇんだよ」

「つまり、その観察眼とやらで儂の手の内を見破ったと、そう言いたいのか?」

「そうだ。そして俺はその観察眼で、テメェの弱点も見つけたぜ」


 俺は魔剣を奴に向ける。俺の魔力とじんが込められた魔剣は、輝きながら炎を発し始める。

 見えないながらも何かを感じたのだろう、ジジイはじりと一歩下がった。


「見えねぇだろうから教えてやる。この剣はただの魔剣じゃねぇ。炎を放つ煉獄れんごくの魔剣よ。こいつはどんな魔法でも断ち切る事ができるんだ。お前の魔法もさっきぶった切ってやったろう? どんな魔法を使えようと、無詠唱でぶっ放せようと、俺の敵じゃあねぇんだよ」


 俺はジジイを見ながら”そいつ”に魔力を込める。俺が一歩踏み出せば、ジジイもじりと一歩下がった。

 最初とは異なりかなりの警戒を見せている。再び開いた間合いを詰めるのは容易ではないだろう。

 だが。


 ジジイはまた一歩じりと下がる。奴は気づいていまい。俺の足元から奴へと伸びる黒い影を。暗い路地に隠された俺の相棒の存在を。

 じりじりと下がるジジイを見ながら、俺はニヤリと目を細めた。


「さあ始めるぜ。覚悟しなジジイ」


 そして俺はダメ押しの魔力を”そいつ”に送る。

 俺の声に警戒したジジイが更に一歩下がり、そして”そいつ”を踏む。

 ザリ、と土が乾いた音を立て、そしてシャドウが慌てたように、ピュッと俺の足元に戻って来た。


「む? ――ぐ、がああああぁぁぁッ!?」


 刹那、現れたのは天を突くような強大な竜巻だった。

 その暴風はうねり狂い、ゴウゴウと激しく渦を巻く。

 中に放り込まれたジジイの体は、まるでボロきれのように捻じり上げられる。激痛にジジイは叫び声をあげていた。


 先ほどの攻防の際、俺はある仕込みをした。

 一つは魔法陣を使ったトラップ。俺はシャドウに頼み、ジジイの後方に魔石を仕込んだ”荒れ狂う颶風(バーストストーム)”の魔法陣を設置していたのだ。


 俺はシャドウを経由して、そいつに暴発するまで魔力を込めてやった。必要量を遥かに超えた魔力を注がれた魔法陣は暴発し荒れ狂う。威力は完全に”荒れ狂う颶風(バーストストーム)”の枠を超えていた。


 もう上級並みだろう。暴発してるから制御なんて全然できないけどな。あの暴風は込めた魔力を消費し尽くすまで暴れ狂うのだ。

 突如発生した竜巻は周囲の家屋も破壊して巻き込みながら、更に大きさを増していく。俺の体もずりずりと引き込まれそうになり、慌てて魔剣を地面に突き立てた。


 普通に魔法を使う場合なら、暴発なんてさせたら自分がその魔法を食らう羽目になる。

 だが魔法陣ならそれも状況次第。遠くから魔力を供給さえできれば、暴発しようと危険は無いのだ。


 魔法陣に魔力を供給する場合、直接触れるか、ロスが少ない何かを媒介に――魔力を通しやすい金属が一般的だ――して送るのが一般的だ。

 だが俺には自在に姿を変えられる奇妙な相棒がいる。遠くから魔力を送るなんてのは他愛のない事だった。


 俺は魔法陣に関わってからずっと、それを壊さない用法ばかりを模索してきた。

 だが俺はこの旅で、魔法陣が持つ様々な可能性を知った。その中にはわざと失敗するなんて、思わず爆笑してしまった考えもあった。


 そして俺はそんな経験から、最近一つの着想を得たのだ。

 それはこうだ。


 どうせ壊れるなら、徹底的に壊してやったらどうなるのか? と――


「俺の魔力の半分をくれてやったんだ。遠慮しねぇで持って行けや!」

「がああああああっ!!」


 まだ実験段階のこれは、その実戦第一号よ。実験には犠牲がつきものだ、こんな時に仕掛けて来た自分を恨むんだなジジイ!

 馬鹿みてぇに魔力を食うのが難点だが、威力は見ての通り折り紙つきよ!

 大竜巻に飲まれ叫ぶジジイに、俺はガハハと哄笑した。


「ぐ――! フ、”飛翔の風翼(フライトウィング)”ーッ!!」


 だが敵もさる者。ジジイはすぐに魔法を唱え、竜巻の中から逃げ出そうとする。

 へ、頑張るじゃねぇか。ならもう一押しってところかね。

 それでは第二の仕込みをとくと御覧じろ、ってなぁ!


「”焔の爆裂球(バーストフレイム)”!」


 俺がそう口にすると、ジジイの胸元にぽうと明かりが灯る。

 それは炎の揺らめきを示す赤い光だった。


「な――!?」


 ジジイの目が驚愕に開かれる。

 先ほど肉薄した際、俺はジジイの懐へ、魔力を込めた魔法陣をこっそり入れておいたのだ。スリができるならその逆だってできる。ちょろいもんだったぜ。


 ま、目が見える相手だったなら、あの状況じゃ流石にばれていただろうがな。

 相手の弱みを突くのは戦闘の基本だ、悪く思うんじゃねぇぜ。


「ぐがはあぁーッ!?」


 あの状況では逃れようもない。魔法を食らった爺さんは、激しい爆音と共に爆発に飲み込まれる。

 そしてそれとほぼ同時。魔力を吐き出し尽くしたのだろう、一瞬膨張した竜巻が、突風をまき散らしながら弾け飛んだ。


「うおぉっ!?」


 叩きつけるような突風に体が浮きあがりかける。俺は身をかがめながら慌てて魔剣にしがみついた。

 全身を突き飛ばすような突風に俺は必死で耐え続ける。だがそんな中でも俺の目は、ジジイが煙を噴き上げながら街の上空をすっ飛んで行くのをはっきりと捉えていた。


 ジジイの姿が見えなくなってから数秒程、突風は嘘のように静まり返り、俺は魔剣を地面から引き抜く。


「精々夜空の散歩を楽しんでくれや。あばよ」


 残ったのは破壊されたレンガがまき散らされた路地。被害が拡大したせいで、あちこちから悲鳴が聞こえていた。


「ああ、そうだ」


 そしてその場に立つ俺は一人、ぽつりと溢す。


「山賊に一番重要なのが観察眼ってのは嘘だ。一番重要なのはな――」


 山賊心得その十 ―― 油断なく裏をかき、容赦なく騙せ。


「相手をおとしいれる演技力だよ」


 煉獄れんごくの魔剣なんてのは奴を警戒させるためのハッタリだ。全ての魔法を断ち切れるか何てのも俺ぁ知らねぇよ。


 山賊の話はまともに聞くもんじゃあねぇぜ。次からは気を付けるんだな。

 ま、次があったらの話だがなぁ!

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