296.過去と今
「どうした、なぜ何も話さない。まさか説明できないような理由なのか?」
男の呟くような問いにスティアは答えられなかった。口を真一文字に結んだまま微動だにせず立つばかりで、その場は再び静寂に包まれた。
その間、男は黙るスティアをじっと見つめていたが、彼女が口を開かない事を理解したらしい。今度はまるで言い聞かせるように、彼はスティアへ言葉をかけた。
「お前はこの”断罪の剣”のⅡ。他の者ならともかく、お前なら離反する事も無いと俺は考えている。だが俺達は仲間ではなく、それぞれの目的を果たすため手を組んでいるに過ぎない。いつ誰が敵となるか分からん以上、念を入れる必要がある事はお前も理解しているはずだ。違うか?」
そうして話した男だが、しかしスティアはピクリとも動かず、固く口を閉ざしたままだ。
どうあっても話す気が無いと理解したのだろう。男は少し間をおいた後、
「……まあいい」
平坦にそう言って話を変えた。
「お前にも伝えておくが、次の依頼だ。ターゲットはこの国の第三師団長、元天秤山賊団、頭目のエイク。俺達は今、奴を始末するためこの町に来ている」
白いフードの奥で、僅かにスティアの眉が動いた。
「お前は奴の部下だったそうだな。お前に連絡が取れないため俺達が処理しようと思っていたが、丁度良い。始末はお前に任せる。お前の得意分野だ、簡単だろう」
「オリヴェル」
「今は任務中だ。Ⅰと呼べ」
スティアが男の名を呼ぶも、しかし態度はすげないものだった。
任務中はコードネームで呼び合うのが”断罪の剣”のルールであった。そのため本名すら知らないメンバーもいるが、しかしオリヴェルとスティアは”断罪の剣”の初期メンバーで、発足前からの知り合いでもある。
付き合いは長い。互いの過去を良く知っていた。
「Ⅰ。彼を始末する理由は何だ」
「……聞いてどうする」
「知りたいと思うのは当然だろう。私達”断罪の剣”は、大罪人をこの世から消す事を目的としている。だが今回のその依頼、私はそれに該当するとは思えない。納得できる理由を聞きたい」
”断罪の剣”の掲げる目的はただ一つ。それは、悪人を殺す事のみにある。
それもただの悪人ではなく、容易に殺せない悪人だけをだ。
時に権力に守られた為政者を。時に暴力により世を乱す変革者を。
思うままに力を振るう事を是とし、他を虐げる事をいとわぬ、悪意を悪意とも思わぬ輩。彼らはそんな者らを大罪人と称し、今まで数え切れぬ程葬って来た。
大罪人を断罪する剣。
例え神が許そうとも我らが許さない。
そうして”断罪の剣”は自分達の掲げる大義のもと、その刃を振るってきた。
基本的に自らの判断で動くが、今回のように依頼を受けて動く事もある。
だがその理念は絶対に不変だ。それ故に、彼らを利用せんとする依頼者を逆に葬る事も少なくなかった。
そんな理由があるからこそ、スティアはその理由を問う。
”断罪の剣”が狙うからには、それに相応しい理由が必ずある。ならばそれを覆せればと、そう願っての事だった。
「奴は争いを生み出す芽だ」
だがオリヴェルはそんなスティアの疑問を、そう端的に言って捨てた。
「今この国は魔族との戦いで疲弊し、大きく揺れている。今この国に必要なのは安定だが、しかし奴の存在がそれを大きく乱している。このまま野放しにするのは危険と判断した」
「何を言うかと思えば、そんな話か」
オリヴェルは当然のように理由を話す。
だがこれをスティアは鼻で笑った。
「彼は既に出奔しているのだぞ? 既に国政には関わらぬ立場だ、そんな可能性など既に立ち消えている」
「奴の存在自体が問題なのだ。奴を不当に扱ったとして、異種族が不満を大きく募らせている。元々異種族は人族に対して友好的ではない。これを切っ掛けに、次の戦の引き金にならんとも限らない」
それに、とオリヴェルは続ける。
「この国の特権階級でも、奴の要不要が真っ二つに割れている。お前には言っておくが、表向き同じ方向を向く王族と公爵家でも、裏では意見が割れている状態だ。更に奴は少し前に、辺境伯にまで押し上げられた。奴の意思に関係なく、この国のうねりに奴はもう取り込まれているのだ」
この国における公爵家の役割についはスティアも知っている。公爵家は王家を支え守る盾であると同時に、王家が堕落した場合打ち倒すための剣でもあった。
王家と公爵家が違う方向を向いているとオリヴェルは語った。つまり、その原因の核であるエイクが争いの火種となり得ると、オリヴェルはそう指摘したのだ。
エイクが辺境伯となった事はスティアも今初めて知った。そして同時に”断罪の剣”が狙う理由も理解した。
嫌われ者の元山賊が辺境伯に成り上がった。この事実だけで貴族社会に与える混乱は計り知れない。
そこに公爵家も反対している事実もあれば、これを推し進めた王家を崩そうと画策する者も出かねない状況とも取れた。
その事だけでも悪いと言うのに、そこに貴族を嫌う異種族達も絡んでくるのだ。
仮に人族同士で争う事になっても彼らは動かないだろう。しかしそこにエイクが関わったのならどうなるか。
最悪の状況が揃ってしまった場合、その火種は国をも燃やす大火となり、この国を襲う結果となるだろう。
エイクが望んだわけではない。だが”断罪の剣”はそんな事態を起こし得る可能性を危険視し、エイクを変革者と断定したのだ。
スティアはこれに反論しようと口を開く。
しかし、できなかった。
これに反論すると言う事はつまり、自分が彼と共にいる事もまた、否定するに等しい事に思えたからだった。
王国軍は元々、人族と魔族との争いだった。だがそこにエイクら山賊達が加わった事で、その情勢に変化が生じる事となった。
エイクがバドを受け入れたことで、森人族が共に行く事になった。
エイクがウルルガ――鳥人族の戦士長、ククウルの従弟だ――を助け交友を結んだ事で、それを恩義に感じた鳥人族が手を貸してくれる事になった。
エイクがアゼルノと出会った事で、白龍族が軍に加わる切っ掛けとなり。
第三師団はそうしてこの国に、大きな影響を与えてきたのだ。
そしてそれは自分も同じ。今まで人族と馴染めなかった自分を、彼は何の気にもせず仲間として受け入れてくれた。
人族ではない自分の事を信頼してくれている。今も当たり前のように傍にいさせてくれる。
彼が彼であったからこそ、今こうして自分に居場所ができたのだ。それを否定する事を、スティアは絶対にできなかった。
確かに彼の存在は明らかに保守からかけ離れている。
思うように生き、何者にも媚びへつらわない彼をスティアは内心羨ましく思っていたが、しかしその態度は多くの貴族や騎士から大きな反発を受ける原因ともなっていた。
だからオリヴェルの言う事に理解できる部分はある。
しかし、ずっと傍にいたからこそ、スティアは頷く事ができなかった。
それに争いの要因になり得るからと言って、それを悪とする事も納得ができなかった。
「確かに彼の気質はお前の言う通り変革者に近い……! だが彼は自らの意思で、この国の歴史から消える選択をしたのだぞ! 自らの功績を覆い隠し、与えられるべき物を蹴る事もいとわず……! そんな人間を、お前は消えるべき悪だと断じるのかっ!?」
スティアは強くオリヴェルの考えを否定する。彼女がこうまで否定するのにはわけがある。
”断罪の剣”は今まで依頼を違えた事は一度もない。依頼に名が挙がった人間は数多いが、これを仕留め損ねた事は一度たりとも無かった。
その中にはあの聖王さえもいた。
例えスティアがエイク側に付いたとて、彼らから逃げきる事は不可能だった。
「彼は世を乱すことなど望んでいない! そんな男でないことを、私はこの目でずっと見て来たっ! この世から消える必要など決して無い人間だっ!」
それを理解するスティアは、必死でオリヴェルの言葉を否定した。こうまで熱く語るのは、彼女にしては非常に珍しい事だったはずだ。
だが、それを知るオリヴェルは眉をぴくりとも動かさない。そればかりか冷たい表情を彼女に向けていた。
「奴は戦時、多くの貴族と敵対したな。そしてそんな者達を奴は消して来た。奴を見て来たと言うのであれば、奴のそんな行動がこの国の乱れに繋がる事もまた、お前は理解しているはずだ」
「――っ!? そ、それは……っ!」
スティアは答えられなかった。確かにエイクは敵対してきた貴族を問答無用で葬って来た。その事はスティア自身何とも思っていなかったが、しかしそれが原因で貴族社会が乱れている事も、彼女は認識していたのだ。
エイクは元山賊で、貴族のあしらい方を知らない。だから貴族の反感を買い、攻撃され、それに反撃し、最終的に貴族が消えて。それで憎しみを買い、攻撃され、反撃し、の連鎖だった。
だが貴族はこの国のため働く者達だ。事情はどうあれ要職の者が突然消えてしまえば、大なり小なり混乱を招くのは必然だった。
そして彼が辺境伯ともなれば、その反感は更に増すと想像できる。
エイクの行動の結果だと言われれば、反論はできなかった。
「だ、だがそれは、相手が害してきた結果であって――!」
「お前がどう言おうと、奴が短絡的に貴族を殺してきた事実は変わらない。思うままに力を振い、世を乱し得る存在は全て、俺達の排除対象だ」
スティアはそれでもオリヴェルの考えを変えようと必死に説得する。
だがオリヴェルの意思はほんの僅かすら曲がらない。
「しかし――ッ!」
「やはりな」
そればかりかその説得は、皮肉にも相手の疑念を固める最後の一押しとなってしまう。
「お前のその態度で、俺の考えは確信に変わった」
スティアへ発した男の言葉は、あまりにも冷え切っていた。
「奴の持つ人を引き付ける力は想像以上に強いらしい。だからこそ異人種達も、この国のために力を貸したのだろうな。……他ならない、お前自身も」
オリヴェルはそう言うとローブを脱ぎ捨てた。
彼の表情が露になる。黒く短い髪に精悍な顔。その表情にはやはり、昔のような穏やかさは欠片もない。
「お前は忘れてしまったのか? あの日、あの場所で聞いた怨嗟の声を。俺は今でも思い出す……。そしてうずくんだよ。無いはずの右目が今でも。大罪人を絶対に許すなとな」
オリヴェルの眉間に深い皺が刻まれる。額から右目へと刻まれた傷が、怒りにか大きく歪んだ。
「あの日俺は誓った。この世に不当にのさばる者を、この手で全て消し去ってやると。その思いは今もなお、俺の中では変わっていない」
「オ、オリヴェルッ! 私は――!」
「残念だスティア。お前だけは俺の同志だと思っていたが……どうやら間違いだったようだ」
彼は静かに剣を抜く。銀に輝く彼の魔剣が、暗闇の中殺意を放ち始める。
彼の体から闘気が立ち上り、ビリビリとスティアの全身をひりつかせる。
「今回の依頼、お前が最大の障害となる可能性は想定済みだ。だからこそ俺はこちらに来たのだ。奴の始末を他に任せてな」
「な、何だと!? ――はっ!?」
オリヴェルの言葉に問いかけるスティア。だがその意味を理解するよりも前に、スティアの耳に聞き慣れた男の叫びが届いていた。
《う、おおおおおおーっ!!??》
「エ、エイク様!?」
スティアは零れ落ちそうなほど目を見開く。彼女の意識は一瞬で、この場からエイクのもとへ飛ぼうとし――
「諦めろ。奴はもう助からない。そしてお前もここから逃げられない。奴に絆されたのが運の尽きだ……。お前達の旅はもう、ここで終わりだ!」
その隙をついてオリヴェルが地面を蹴り飛ばした。
既に精を練っていたのだろう、彼は一足飛びでスティアに肉薄し、二人の距離を一瞬で詰め切った。
「――ッ!?」
「お前は俺の手で葬ってやる。死ねⅡ! かつての同志よ!」
スティアが意識を戻せば既に、オリヴェルの剣は振り下ろされていた。
スティアの目が迫る銀色を捉える。反射的に腰の短剣に手を伸ばし、その軌道に滑り込ませれば、激しい金属音が耳朶を打った。
「くぅ……ッ!」
受けた右手がビリビリと痺れる。一旦立て直さねばと後方へ跳び退るスティアだが、しかしオリヴェルはそれを許さない。
殺気を隠しもしないオリヴェルに、汗が一筋頬を流れた。
(何とかオリヴェルをやり過ごさなければ! エイク様が! エイク様っ!!)
不利な状況を強いられたスティア。だがオリヴェルの攻撃を受けつつもスティアの頭に浮かぶのは、今危機に陥っているだろうエイクの事ばかりだった。
次々繰り出されるオリヴェルの攻撃を短剣で受けながら、スティアは逃走手段を模索し続ける。だがそれを妨害するように、オリヴェルは激しい攻撃を次々と繰り出してくる。その一撃はどれもが重く、当たれば致命傷を免れなかった。
激しい金属音が鳴る度に腕がビリビリと痺れ、顔が歪む。だが彼女にそんな顔をさせているオリヴェルはと言えば、どうしてか面白くもなさそうな表情を浮かべていた。
「弱くなったなⅡ。かつてのお前なら、俺にこうまで押されなかったろう」
叩きつけられるように振り下ろされた魔剣を、スティアは両手の短剣で辛うじて受ける。
「――残念だ」
だが次の瞬間スティアの胴に、オリヴェルの足刀が突き刺さっていた。
「ぐぅ!?」
翼竜の革鎧がミシミシと悲鳴を上げる。苦悶の声が口から漏れるが、しかしスティアも反射的に後ろへ飛んでおり、ダメージは抑えられていた。
スティアは足で地面を削りながら後退する。攻撃を受けたことは不味かったが、しかしその勢いで今、二人の間には距離が生まれている。
これにスティアは一瞬逡巡する。今が逃げるチャンスか否か。しかし相手はあのオリヴェルだ、こんな容易に逃げられるはずがない。
考え直し、スティアは再び目の前に意識を戻す。その思考は本当に一瞬でしかなかった。コンマ一秒にも満たない、刹那の時間のはずだった。
だが今この時においては、その一瞬が致命的だった。
オリヴェルの体から立ち上った白い靄が、彼の魔剣を淡く輝かせる。暗い路地に光る剣は、次の瞬間彼女を切り裂く刃となって襲い掛かっていた。
「”烈光輝剣”!」
光速で振るわれる白刃の剣。中級精技がスティアに迫った。
(――避けられない!)
そう思った時にはもう遅すぎて。彼女の体を引き裂かんと、魔剣が吸い込まれるように振り下ろされる。
人は最後の時、昔の記憶を思い出すと言う。しかしスティアには思い出せるような記憶はなかったらしい。何を思い出すことも無く、どうしてかゆっくりと迫る銀の輝きをその目に捉え続けていた。
暗闇の中に輝く一振りの剣。美しさすら感じるその光景を、スティアは動けない時間の中、ただ立ち尽くして見つめている。
この闇の中で動けるものはこの剣だけなのだ。そんな事を頭のどこかで感じていたスティア。
だがそんな時、彼女は視界の隅に何か動くものを捉えた。
その動くものはこちらへ徐々に迫って来る。
それは赤い、子供の形をしていた。
「すーちゃんを虐めるなーっ!!」
弾丸のように飛んできたそれは、オリヴェルの魔剣にメイスを叩きつける。派手に火花が飛び散って、そして白いオーラを帯びた剣はスティアの横を素通りして行った。
「てやぁーっ!!」
「チィ……ッ!」
ホシはメイスを振るった勢いで回転しながら、その遠心力を乗せた一撃をオリヴェルの胴に叩きつける。オリヴェルはこれに剣を合わせるが、力比べはホシに分があったようだ。
剣とメイスが激しくぶつかり合う轟音が打ち鳴らされた後、オリヴェルは後方へ吹き飛んでいった。
ダメージ自体は無かったらしく、オリヴェルは態勢を立て直し地面に両足を突くも、ガリガリと地面を削りながら後ろへ流されていく。
小さくなっていくオリヴェルを、スティアは呆然と見つめていた。
「すーちゃん!」
ホシが大声を上げる。これにスティアははっと我に返った。
「ホ、ホシ……さん」
「あいつ凄いね! 思いっきり殴ってもピンピンしてる!」
ホシはオリヴェルに指を差して楽しそうな声を出す。その目はキラキラと輝いていたが、スティアからすればそんなものは今どうでも良かった。
「そ、そうだっ! わたくし達は早くエイク様を助けに行かなければっ!」
焦りつつ大声を上げるスティア。
「大丈夫だよ。えーちゃんは、腐ってもえーちゃんだからね!」
しかしホシはそう言ってニシシと笑った。
「く、腐っても……?」
「うん!」
それは一体どういう意味だ。良い意味なのか悪い意味なのかすら分からない。
困惑するスティアは適切な言葉を選べず言葉に詰まる。結局それに突っ込んだのは、ここにいる人間の誰でもなかった。
《おいコラァッ! 勝手に腐らすんじゃねぇ! 俺ぁまだピンピンしてるわ!》
スティアの耳に飛び込んできたのは、今一番聞きたかった声だった。先程叫び声を聞いて気が気でなかったスティアは、思わず大声で問いかけていた。
「貴方様!! ご無事ですのっ!?」
《まあ何とかな。全くこんな夜中に勘弁してほしいぜ、折角良い夢見て寝てたってのによ。無粋な連中だぜ》
返ってきたのはいつもの軽口。これにほっと安堵するも、しかし彼らのおかれた状況は、全く好転していなかった。
「そいつはお前の仲間か。なかなかの力だ、子供とは思えんな」
かけられた声に目を向ける。既にオリヴェルは飛ばされた距離を詰め、一足飛びで間合いに入れる距離の、一歩手前まで近づいていた。
発した台詞は警戒するようなものだ。しかし全く感情の無い声が、ホシを相手にも思っていない事を滲ませていた。
そんなオリヴェルはいつの間にか、大盾を左手に持っていた。盾もまた剣同様に銀の輝きを放っており、ただの盾では無い事がすぐに分かる。
純ミスリル製の長剣と大盾。これがオリヴェル愛用の装備だとスティアは良く知っていた。
「すーちゃん! 来るよ!」
《こっちは気にすんな! お前らはお前らの方を優先しろ!》
逃げるべきか戦うべきか。迷うスティアに二人の声が重なる。
《後で合流するぞ! 場所は――迷いの森だ!》
「了解!」
ホシが元気に返事をする。スティアはすぐに声を返せなかったが、しかしエイクの意図はすぐに察する事ができた。
迷いの森は数日間、入った者を必ず迷わせる。食料があれば話は別だが、何もなしに入る事は自殺行為だった。
”断罪の剣”ですら例外ではない。だが自分達にはシャドウがいる。
一旦逃げ込むなら打ってつけの場所だった。
「……了解、しましたわ」
小さく返した後、スティアはフードをばさりと脱ぎ、短剣を両手に構える。
目の前に立つかつての仲間も、これに構えを取って返した。
「邪魔をする者は何者だろうと切り捨てる。覚悟しろⅡ」
オリヴェルはそう低い声を上げるも、
「ツバイじゃない! すーちゃんの名前は、すーちゃんだ!」
場違いに明るい声があがって、スティアの顔にふっと笑みが浮かんだ。
「……そうですわね」
隣に立つホシをチラリと見たスティアは、昔からの友にこう返す。
「オリヴェル。今のわたくしはスティア。”エイク様親衛隊”のナンバー1、スティア・フェルディールですわ」
「そうか」
二人の視線が交錯し、互いにじりと間合いを詰める。弾かれるように地を蹴ったのは、全く同じ瞬間だった。