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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五_五章 待ち構える者達
321/389

幕間.挑戦者達

「うおおおおーっ!」


 気迫のこもった声が魔窟(ダンジョン)に轟く。サイラスはロングソードを振り下ろすが、オークナイトの守りは堅く、盾に阻まれ弾かれてしまう。


「グアァァァァアッ!!」

「こんのぉ……っ!」


 相手はお返しと、手に持つ槍を突き出してくる。だがサイラスは盾を操り、これを左へ受け流し――


「さっさと、倒れろぉッ!」

「ブガッ!?」


 相手の兜の隙間へと、間髪入れず剣を突き刺す。顔面に刃を突き立てられたオークナイトは一瞬ビクリと動いたものの、しかしこの一撃は致命傷だった。

 ナイトの手から槍が離れ、ガランと乾いた音を立てる。オークナイトはたちまち黒い霧へと変わり、空気に溶けて消えて行った。


 それを見送りつつサイラスはふぅと小さく息を吐き出す。だがそんな時間も束の間の事で、すぐに切羽詰まったような声が彼の背中に飛んできた。


「サイラス! そっちからもまた来てるっ!」

「――分かってる!」


 彼の幼馴染、ウォードが指差す方向には、新手のオークウォリアーが二匹、猛然と走って来る姿があった。

 サイラスがそちらに向けて盾を構えれば、オークウォリアー達も一直線に彼へと迫る。そして間合いに入ったその瞬間。オークウォリアーは咆哮と共に、斧を頭上に振り上げた。


「グォォォォオーッ!」

「グガアァァッ!!」

「く――おおおおおっ!!」


 サイラスは右へと地面を蹴った。振り下ろされた斧に横から盾をぶつけ、初撃をかわしつつ更にその勢いを利用して、彼はオークウォリアー二体が一直線に並ぶような位置まで素早く移動する。

 二体一では明らかに不利。まずは一体を確実に仕留めようという心算だった。


 勢いを上手くいなされたオークウォリアー達はたたらを踏んでいる。この機を逃す手はなかった。

 サイラスは口から大きく、しかしゆっくりと息を吸い込み(じん)を練り上げる。


「はぁぁああ……ッ!」


 サイラスの声に呼応するように長剣が白く輝きだす。その間にオークウォリアー達もまた態勢を整え、再び彼へと襲い掛かって来る。


『グォォオーッ!!』


 力任せに、横から斧を叩きつけてくるオークウォリアー達。だがこれを迎えるサイラスの目には、怯んだ感情は一欠けらも無かった。


「”疾風斬(ゲイルスラッシュ)”ッ!」


 サイラスの声が魔窟(ダンジョン)に轟く。彼の振るった精技(じんぎ)は、二体のオークウォリアーの体に吸い込まれるように入っていった。

 

「グガアァァーーッ!!」

「グォオッ!?」


 一体の右腕を切り飛ばし、もう一体は胴を横に薙ぐ。二体の体からはたちまち黒い霧が吹き出し、口からは苦悶の咆哮が上がった。


「くそっ、浅かったっ!」


 だがサイラスはこれに舌打ちをする。一体の腕を切ったまでは良かったが、もう一体は鎧が邪魔をして深手には至っていなかったのだ。

 自分の技量の拙さに歯噛みをするサイラスだが、しかし相手は僅かな時間も待ってくれず、再び彼へと襲い掛かる。


「グオオアァァァァアーーッ!!」

「くっ!」


 腕を失ったオークは怒りのままに地を蹴り飛ばし、咆哮と共にサイラスへ飛びかかる。オークの巨体を生かしたぶちかましはあまりにも厄介で、サイラスもこれを嫌と言う程理解をしていた。


 サイラスはすぐに意識を目の前へ戻し、迎え撃とうと盾を構える。目の前にはオークウォリアーの巨大な肩。

 衝撃に備えサイラスは、下半身にあらん限りの力を込めた。


「”巨巌の砲撃(ロックブラスト)”!」


 だが、その時だった。

 横合いから飛んでくる何かの影が、彼の視界の端に映った。


「ゥガ――!?」


 突如飛来した巨岩に、オークウォリアーは体の砕ける音と苦悶の声、そして濃い黒い霧をその場に残し、激しく吹き飛ばされ消えて行った。


「――”大地の矛(アースグレイブ)”!」

「グァァアッ!?」


 その巨岩を放ったのはウォードだ。彼がもう一発と魔法を唱えれば、もう一体のオークウォリアーの足元から鋭い岩盤が突き出し、空高く弾き飛ばされる。

 黒い霧を吹きだしながら舞い上がったオークは受け身も取れず、激しく地面に叩きつけられた。


「止めだぁッ!」


 機を逃さず、サイラスは地面に転がったオークウォリアーへ追撃を繰り出す。彼の一振りは起き上がりかけたオークウォリアーの首を跳ね飛ばし、相手を黒い霧へと返した。


「サイラス! 大丈夫!?」

「おう! ナイスだウォード!」


 駆け寄ってきたウォードにサイラスはニッと白い歯を見せる。これで彼らが相手をしていた敵は周囲から消え去った。

 一瞬空気が弛緩しかけるが、しかし彼らの戦いはまだ終わってはいなかった。


「おいサイラス、ウォード! 予定変更だ! 終わったなら早くこっちを手伝いやがれぇっ!」


 二人に声を張り上げるのは、パーティ”雪鳴りの銀嶺ぎんれい”のヴェンデルだった。


「ウ”ウ”オ”オ”ォォォォーーッ!!」


 ヴェンデルの目の前には今、オークジェネラルがそびえていた。

 オークジェネラルは右手に握る柱のようなロングソードを掲げると、咆哮と共に振り下ろす。空気を切り裂くような音と共に、剣がヴェンデルの頭上に迫った。


「うおおおああっ!」


 ヴェンデルはそれを咄嗟に右へと避けた。オークジェネラルの大きさは三メートルを優に超える。まともに打ち合っては人間など簡単に押し潰されるだろう。


 その証左とでも言うように、ジェネラルの長剣はヴェンデルが先ほどまでいた足場を軽々と砕き、地面を大きく揺さぶった。

 破壊音がビリビリと洞窟を震わせ、面々の耳朶じだを激しく叩く。力量に圧倒的な差がある事が、その音だけで嫌でも分かる。


 だがここで怯む様な人間は、この場には一人もいなかった。


「いい加減死にやがれっ! ”練精剣(オーラブレイド)”ォッ!」


 敵が長剣を振り下ろした隙をつき、畳みかけるのは剣士カイゼル。彼の精技(じんぎ)はオークジェネラルの右腕を切り裂き、黒い霧が傷口からブシッと噴き出した。


「チィ! どんな筋肉してやがる!」


 だがカイゼルはこれに思わず舌打ちをした。ジェネラルの強靭さは想像を絶するもので、それは小さな傷に留まっていたのだ。


 これまで彼は何度も攻撃を繰り出していたが、そのいずれも致命傷を与えられていない。

 渾身の精技(じんぎ)をもってしてもあの有様では、到底自分は倒せるレベルにない。そんな実力の差が否が応にも分かってしまい、彼は苛立ちを覚えずにはいられなかった。


 未だにこの程度の実力しかない自分自身にも腹立たしさを覚える。彼は手の魔剣を握りしめ、ジェネラルを憎々し気に睨みつけていた。


「カイゼル、アンタもっと強力な精技(じんぎ)無いの!? ずっと練習してるクセに! こんなやつパパッと倒してよ!」


 だがそんな彼へ、なぜかここで仲間からヤジが飛んだ。


「――チッ! やかましいぞ! 文句言うならテメェがやれケティ!」

「ジェネラルの相手は俺だァッ! なーんて言って飛び出したのはアンタでしょうが! 責任持ちなさいよ! こっちだって忙しいの見て分かるでしょ!?」


 文句を言ったのは”雪鳴りの銀嶺ぎんれい”斥候役のケティである。だがそんな彼女もまた複数のオークナイトを相手取り、短剣を巧みに操りその槍を捌いていた。

 ヤジを飛ばしたのは余裕からではなく、逆に余裕のなさの表れである。そしてそれは他の者も同じであった。


「ちょっと二人共、目の前の相手に集中して下さいよ! 痴話げんかは後で気が済むまでして下さい!」

「痴話げんかじゃねぇ!」

「痴話げんかなわけないでしょ!?」

「なら無駄話は止めて下さい! オークの前に貴方達に魔法ぶつけますよ!」

「本気で止めろ!」

「怖いから止めて!?」


 魔法使いアーレンからの叱咤も飛ぶ。これにカイゼルは再び目の前に立つ倒すべき敵に戦意を向ける。

 ジェネラルは太々しい程に、自分を高みから見下ろしていた。


「うおおおおおーっ!」

「ウ”ウ”オ”オ”ォォォォーーッ!!」


 カイゼルは再びジェネラルへ突っ込んで行く。相手もまた呼応するように、魔窟(ダンジョン)全体を揺らすような咆哮を上げた。


 彼ら”雪鳴りの銀嶺ぎんれい”はサイラスとウォードの二人を加え、オーク魔窟(ダンジョン)第四階層に挑戦しているところであった。


 この階層はかなり開放感のある場所となっており、天井はかなり高く、道幅も十メートル程もある空間となっている。

 全周灰色の岩盤で形作られているのは上の階層とも同じである。とは言え厄介さは当然上の階層の比では無かった。


 この階層に現れるオークジェネラルはランクBの大物である。しかもそれに加えて、複数のオークナイトやオークウォリアーを伴って現れる特徴もあった。

 故に討伐難度はA。ランクBパーティである”雪鳴りの銀嶺ぎんれい”では、相手取る事も困難な相手である。


 今もジェネラルの取り巻きに手を取られ、”雪鳴りの銀嶺ぎんれい”は戦力を分散せざるを得ない状況を強いられている。しかも悪い事に、倒すのに時間をかければ他の怪物モンスターも寄って来て、更に状況が悪化する。


 本来なら彼らが挑むにはまだ早い階層だ。だがしかし、そんな事は彼らにも分かっていた。

 分かっていて挑む理由が、彼らにはあったのだ。


 二年と少し前に起きた魔族の襲撃、シュレンツィア防衛戦。それから少ししてから、彼らは第四階層へ挑もうとした事があった。

 仲間が多く死んだ中生き残った彼らは、もっと強くなりたいと渇望しており、そんな強い思いがあり、彼らは自分達の未踏破である四階層に足を踏み入れたのだ。


 だがその結果はあまりにも惨めなものだった。

 数多くのオークを取り巻きにする、強大な威圧感を放つオークジェネラルを目にした彼らは、その場ですぐに引き返したのだ。


 四階層への挑戦は、今は見送ろう。そう結論付けた彼らだったが、だがそれは正確に言えば見送ると言うよりも、諦めたと言ったほうがよいものだった。

 自分達では逆立ちをしてもオークジェネラルを倒す事などできはしないと、深層心理で屈してしまっていたのだ。


 いつか強くなって挑戦してみせる。そう思うも、見ぬふりをして二年程。きっとそのままであったなら、彼らは挑戦することも無く冒険者を引退し、老いて死んでいっただろう。


 しかし運命はそれを拒絶した。彼らの前に訪れた大海嘯(スタンピード)という転機は、バラバラだった彼らの心を再び一つとしたのだ。


 再び挑戦者となった”雪鳴りの銀嶺ぎんれい”は、また前へと足を進め始める。

 腕試しに共に行きたいと申し出たサイラスとウォードを連れて。

 しかしジェネラルだけは自分達の力で倒すと決意して。


 今こうして挑むのは、更なる頂を目指す彼らにとっての、避けては通れない試練であったのだ。


「ウ”オ”オ”ォォーッ!!」

「おおおーッ! ”練精盾(オーラシールド)”ォッ!」


 ジェネラルが振り下ろした鉄柱のような長剣を、ヴェンデルは今度は避けずに真正面から受け止めた。

 長剣と大盾とが真正面からぶつかり合い、激しい金属音を打ち鳴らす。体全体を押しつぶすような衝撃に、ヴェンデルの体が悲鳴を上げた。


「う――おらああああっ!! どうだあッ!」

「グオオオ……ッ!?」


 だがヴェンデルの精技(じんぎ)が一層輝きを増せば、その鉄の塊は大きく弾き飛ばされる。

 敵に向かって大きく咆えるヴェンデル。一方撃ち負けたオークジェネラルは、驚愕と共に大きくのけ反った。

 

「ヴェンデル、避けて!」


 そこへ後ろから声が飛ぶ。


「”烈火の投槍(ブレイズジャベリン)”!!」


 声の主は魔法使いのジエナだった。彼女は手に羊皮紙を持ち、ジェネラルに向けて言い放つ。それはヴェンデルが咄嗟に身をかがめたのとほぼ同時であった。

 羊皮紙は途端に燃え尽きるが、そこに書かれた魔法陣から炎の槍が一つ飛び出しジェネラルへ向かっていく。

 狙いは頭部。

 だが炎の槍は僅かに狙いを外し、ジェネラルの左肩を吹き飛ばした。


「グオ”オ”オ”オ”-ッ!!」

「――外された! ごめん!」

「気にすんなジエナ! 次に備えろ! うおおおおっ!」


 痛みに暴れ始めたジェネラルへ、ヴェンデルが声を張り上げて突っ込んで行く。


「ヴェンデルさん、加勢します!」

「奴の攻撃はまともに受けるんじゃねぇぞ! 受けるなら精技(じんぎ)を使え! 体がぶっ壊れるぞ!」

「分かってます! ウォード、援護頼む!」

「任せて!」


 これにサイラスとウォードも加わり、オークジェネラルへ向かって行く。


「やっとザコがいなくなったっ! アタシ達も行くよ!」

「ええ、一気に片付けてしまいましょう! ケティ、念のためにこの魔法陣を!」

「さんきゅっ!」


 更に取り巻きを相手取っていたケティやアーレン達も加わり、オークジェネラルの前に立つ。

 ”雪鳴りの銀嶺ぎんれい”五人と、サイラス、そして――


《ウォード! そこよ!》

「うわああああーッ!!」


 土の勇者、ウォード。

 彼は”地女神の抱擁(ライア・エンブレイス)”の声に応え、神剣を力強く振り抜いた。


「ウ”オ”オ”ォォッ!?」


 彼の一撃はジェネラルの長剣を弾き飛ばし、その巨体も大きく揺れる。


「今だっ! 畳みかけろーッ!」


 カイゼルの怒号が魔窟(ダンジョン)に響く。七人の猛攻に抗うも、しかし耐えきる事は敵わずに。ついにジェネラルは黒い霧に変わり、その姿を消して行く。


 代わりに落ちたのは歪な魔石。それはくず石と呼ばれる価値のない物だ。

 だがそれを拾い上げたカイゼルは、それをまじまじと見詰めた後。

 皆に見せつけるように、右手を上げて高く掲げた。


『いよっしゃああああっ!!』


 次に魔窟(ダンジョン)に響いたのは、彼らの歓喜の声だった。


「ケッ! 何がランクBだ! 討伐難度Aだ! 大したこたぁねぇじゃねぇか!」

「おう! 今の俺らの敵じゃねぇな!」


 カイゼルとヴェンデルは満面の笑みで拳をぶつけ合う。


「結局、サイラス達に手を借りちゃったけどね」

「それでも勝ちは勝ち。これなら次もきっと勝てる。ね、アーレン」

「そうですね。皆負傷もありませんし、もう少し対策を練れば僕らだけでもいけそうです」


 ケティがそんな二人に困ったように目を向けるも、ジエナとアーレンに笑顔を向けられて、彼女もまた「そうだね」と、そこで初めて笑顔を見せた。


「対策と言えばだけど。魔法陣、詠唱が無いのはやっぱり良いけど、狙いをつけるのがちょっと難しいな……。アーレン、何とかならない?」

「それ、魔法陣のせいじゃなくてアンタのセンスの問題だからね? 真っすぐ飛ぶのに何で狙いつけられないのアンタは」

「私のせいじゃない。絶対、他に問題があるはず」


 早速三人は今回の戦闘の問題点について話を始める。やはりオークには魔法が有効だ。魔法陣と言う攻撃方法は良い選択だったが、ジエナはこれを満足に使う事ができずにいた。

 改善を要求するジエナ。だがこれにケティは呆れた目を向ける。


「アンタのせい以外にないじゃないの……何で無駄に抵抗するの」

「姉様の意外な一面ですね……。うーん、何とか、ですか。後で師匠に聞いてみましょう」


 これにアーレンは最近指導を受けている師匠、オーギュスティーヌなら何か知っているかもと、神妙な顔でふむと頷いていた。


「ウォード、やったな! ……ウォード?」


 そうして皆が勝利を喜んでいる中、サイラスは勝利への道筋を切り開いた相棒へ嬉しそうに顔を向ける。しかしそこにいたのは予想に反して、難しそうな顔をしたウォードだった。


「どうした?」

「ん? ああ、ごめん」


 歩いて近寄ると、ウォードは少し困ったように彼へちらりと横目を向ける。だがそれはほんの僅かで、すぐに視線を下へ向けた。

 サイラスもウォードの視線を追う。そこにはウォードの手に握られた神剣が鈍い輝きを放っていた。


「ちょっとエンブレイスさんが、何か気になる事があるみたいで……」

「何だって?」


 サイラスはウォードから神剣が話すという事を聞いている。しかしだからと言って、彼が神剣の声を聞く事は出来ない。

 ウォードの言う事を神剣に問うわけにもいかないサイラスは、どうして良いか分からずに、口を噤むより他なかった。


「どうしたの? エンブレイスさん」

《……感じたの。さっき、私と同じ存在を》

「私と同じ存在? それって――」

《でも、応えないの。私の呼びかけに、応えないのよ……》


 サイラスは二人が何を話しているのか分からない。しかし、ウォードが動揺している事だけははっきりと分かった。


《”水女神の涙(ティリスティアブルー)”……どうして? アンタ、一体今どうなっているの――?》


 エンブレイスは小さな困惑を呟いている。だがそれを聞く事のできないサイラスも、そしてそれを聞く事ができるはずのウォードも、答える事は出来ないままで。 

 二人は困惑を滲ませたまま、その場に立ち続ける事しかできなかった。



 ------------------



「……どうやら助力の必要はなかったようですね」


 遠くから響いてくる歓声を聞き、彼女、神殿騎士ミフィーナはぽつりと呟いた。


「では先を急ぎましょう」


 彼女は首元で縛った赤い髪を揺らしながら振り向き、後ろの同行者に目を向ける。そこにいたのは二人の神殿騎士と一人の青年。そしてあまりにも美しい少女とその護衛の五人だった。


「でも声を聞く限りじゃジェネラル程度に苦戦してるみたいだしー? それだとこの階層はきつそうだけどなー。ね、ミフィーナさんもそう思うっしょ?」


 ミフィーナには一人の神殿騎士が軽く答える。彼の名はカッツォ。四天剣――神殿騎士の中でも最上位の四人に送られる称号だ――と呼ばれる一人で、天才的な剣の腕を持つ青年である。


 だが年若い故か性格は軽く、今も一人へらへらと軽薄な笑みを浮かべている。そんな彼は固い性格のミフィーナとはあまり馬が合わなかった。

 彼女はプイと目を逸らし、


「彼らは冒険者だ。己の身は己で守るのが不文律のはず。その程度の事は彼ら自身が一番よく分かっている事だ」


 そうとだけカッツォに返した。


「なんだよー、冷たいなぁ。ね、ネイサンさん」 

「いや、ミフィーナの言う通りだ。彼らもこの階層に来るくらいだ、己の実力はわきまえているだろう。我らには我らの使命がある。先に進もう」

「はーい、筆頭騎士様に言われちゃしょうがないね。了解しましたっと」


 ネイサンに同意を求めるも、首を横に振られてしまう。カッツォは緩やかにうねるプラチナブロンドの後ろで両手を組み、また軽い返事をする。

 ミフィーナが軽く息を吐く音が聞こえたが、カッツォはそれも面白いとでも言うように、その笑みを崩さなかった。


 ちなみに、このミフィーナも四天剣の一人である。彼女はかつてネイサンと筆頭騎士を争った程の女傑だった。

 そんな経緯もあってネイサンとは付き合いが長く、互いの性格はある程度理解をしている。だからネイサンは彼女の眉間にできたシワを見て、また始まったかと内心ため息を吐いていた。


「……本当に、あのまま放っておいて良いのか?」


 少し険悪な空気が皆の間に漂うそんな中、今度は一人の男が声を上げる。彼は銀に輝く胴体鎧ブレストプレートをまとい、腰には神剣”水女神の涙(ティリスティアブルー)”を吊るしている。

 彼の名はナレシュ。水の勇者、ナレシュ・ラジェス・ウル=ガウタムである。

 

「この階層にいる程です。無理だと判断すれば引く程度の判断はできましょう。冒険者は愚か者の集団ではありません。熟練の冒険者ともなれば、警戒心も強いはずです。問題ありませんよ」

「そんなものか……。私は冒険者事情には疎いが、君が言うならそうなのだろうな。分かった、先に進むとしよう」


 ナレシュはネイサンの言葉を素直に受け入れ、一つ小さく頷く。そして次に隣に立つ少女へと、顔を向けて声を掛けた。


「では行こうか、聖女殿」

「かしこまりました。第五階層への道はこちらへ」


 彼女はそう言って左の分かれ道を指差した。ここまでの階層を迷わず進んできた一行は、聖女マリアの言葉を疑わず、指示通りに左の通路へと足を進めていく。


 皆がその場を立ち去る中、マリアは一度立ち止まり、歓喜の声が響く先をチラリと見やる。護衛のアレスはそんな彼女の隣に立ち、横目で彼女の顔を盗み見た。

 彼の目に映ったのはほんの小さな薄い笑み。右側の口角が少し上がったそれに、アレスは僅かに目を細めた。

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