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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五_五章 待ち構える者達
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287.男達の画策

 ルーゼンバークを北から出て、一行は迷いの森へ向かう。案内人は二人の子供。カイと名乗った少年は先頭を歩きながら、ガイドよろしく得意そうに喋っていた。


「ここからちょっと歩いたところに迷いの森があるんだ! 今は魔物と遭う事はあんまりないから、そこまで心配しなくていいぜ!」

「全然いないというわけじゃないんですね」

「そりゃ町の外だからな! ねーちゃんは弱そうだから心配だろうけど、でも兄ちゃん達は強そうだから、もし何かあっても大丈夫だろ!」


 リリの言葉に少年は振り返りへへへと笑う。少し馬鹿にしたような物言いだったが、しかしリリは目くじらも立てず楽し気に笑っている。

 もしリリが白龍族だったらこうはいかなかったろう。命拾いしたねと、カークは少年へ生暖かい目を向ける。


「カイ、そんな事言っちゃ失礼だよ……」


 これを窘めたのは一緒にいた少女ルナだ。


「な、なんだよ。本当の事だろ! お前はねーちゃんが強そうに見えんのかよ」

「そ、それは。見えないけど……」


 ルナは遠慮してか、小さくもごもごと口にする。だが皆の耳には届いており、苦笑するしかなかった。リリ本人が苦笑しているものだから、尚更だった。


「それはそうとカイ。あんまり魔物がいないって言うのはどういう事?」


 そんな空気を変えるためか、カークがカイへ質問を投げる。カイは両手を頭の後ろで組んで、後ろ向きに歩き始めた。


「一年以上前に王国軍がこの町に来たのはにーちゃん達も知ってるだろ? 連中、迷いの森に入った魔族を倒すために来たんだけどさ、そん時に色々やってったんだよ」

「色々ですか?」

「うん。今歩いてる道もそう。歩きやすくするためってんで、町から森までの道を整備したんだ。こんな風にさ」


 リリの疑問に答えつつ、カイはつと目を下に向けた。

 彼らの足元には草原に伸びる一本の道がある。横幅十メートル近くある、馬車も通れる広い道だ。

 この道は町から迷いの森までの一本道だが、それを王国軍が作ったものなのだとカイは言った。


「あいつらそりゃもう大人数で作業してさ。凄く騒々しくやってたんだ。でもさ、そんな事してたら目立つだろ? だから魔物が襲ってくるわけだけど、当然全部返り討ちにしたんだよ。で、そのうち魔物は全部この辺りから逃げ出しちゃって、今でもまだあんまり魔物がいないんだ。だから安全に行き来できるってわけ!」

「助かってるよね」

「おう! 王国軍様々だな!」


 ルナがぽそりと言った一言に、カイはニッと白い歯を見せる。確かにガイドをやっている彼らからすれば、道中が安全なのは良い事しかないだろう。

 ただその時動員されていたカークからすると微妙な気分だ。あの時は魔族を追い詰めた勢いで必死に作業に当たったが、その苦労がこんな形で役立つなんて考えもしていなかった。


 カークはぽりほりと頬を掻く。

 と、ここでベルナルドが意外そうな声を上げた。


「カイ様はこの場所について随分とお詳しいですね。もしや、道ができる以前より来たことが?」

「えっ?」


 驚きの声を上げたのはカークだ。そうだろう、迷いの森は理解不能な現象が起きる危険な場所だ。入ったら最後、数日の遭難が確定する。

 それはつまり、十分な準備をしなければ死を意味すると言う事だ。


 足を踏み入れるなど、酔狂な者でなければありえない。ましてや二人は子供である。

 誰が入るものかと思うものの、しかし返ってきたのはまさかの、元気の良い肯定であった。


「そうだぜ! だって、なぁ?」

「うん」


 意味ありげに視線を向け合うカイとルナ。


「そうしなきゃ、暮らせなかったから……」


 呟く様なルナの言葉。だがそれには、彼らが生きて行くための難しさがはっきりと込められていた。


 カイとルナは子供である。それだけで仕事にありつく事が難しいと、容易に想像できるだろう。

 それに加えて二人はスラムの住民だ。信頼と言う点において彼らは、町の人間より遥かに劣った。


 そんな現実は生きる道を大きく狭めてしまう。

 選べたのは、やむにやまれぬ道だった。


「あの森、殆ど人が入らないからさ、薬草とか結構あるんだよ。何でか知らないけど魔物も少ないからそんなに危なくないし」

「で、でも。数日は迷い続けないといけないんですよ?」

「死ぬわけじゃないから……大丈夫、です」

「何だったら薬草食えばいいしな!」


 フィリーネが言っても二人はけろりとしたものだ。フィリーネからしたら数日間森で迷うなどぞっとしてしまう状況だ。

 だが子供達二人からすればそんな状況も、食うに困る現実には代えられないものだった。


「元気な子供達ですねぇ」


 唖然とするフィリーネ。そんな彼女の耳に聞こえたのは、リリののんびりとした声だった。



 ------------------



 町を出て十数分程歩いたところ、その森はやっと見えて来た。


 迷いの森。これは通称だが、しかし同時に正式な呼称でもある。

 国が付けたのではなく、民が呼ぶ名前が採用されたと言う、そんな特殊な事情のある森が今、彼らの目の前にその姿を現していた。

 現していた、のだが。


「見た目は普通の森ですねぇ」

「……です、ね」


 森のすぐ近くをうろうろしながらリリが呑気に口にする。その後ろではベルナルドを伴ったフィリーネが、険しい表情で森を凝視していた。彼女は背負っていた槍を手に持って、いつでも戦えるよう警戒している。

 これにルナが困惑しながら、


「おねえちゃん、ここ魔物そんなにいないから、大丈夫だよ……?」


 と見上げてくるも、フィリーネは森を睨み続けている。


「ここは魔王が最後に潜伏したと言う場所です。何が出てくるか分かりません。念のため。念のためです」


 そう返されてルナはどうしようかとカイに目を向けたが、彼が肩をすくめるのを見て察し、フィリーネを説得するのを諦める事にした。


 ルナが説得をしようと思ったのは、彼女の心配をしていたからではない。フィリーネのその姿がかなり場違いであったから、親切心でそう言ったのだ。

 何せ周りには他の観光客と思われる者もちらほらいる。皆が自由に森を見ている中で、そこで槍を持ち険しい顔をしているフィリーネは、見た目が美しい女性という事もあって実際かなり浮いていた。


 しかしそれを気にすることも無く、女性陣二人は迷いの森に興味津々で、森の近くをうろついている。

 一方でカークとオディロンはと言えば、苦い記憶のある迷いの森に、複雑そうな表情を浮かべていた。


「ここに来ると色々と思い出しますね。懐かしい、と言えば良いんでしょうか」

「もう来ることは無いと思っていたがね、私は」


 かつて魔族を追い詰め、最後に辿り着いた戦いの地。しかしこの森に逃げ込んだ魔族を追おうにも、迷いの森に阻まれて、一年近くをここで過ごすことになった。

 王国軍も何とかしようとはしたのだが、打開する事は終ぞできず。結局この状況を変えたのは、突如現れた一人の少女だった。


「聖女様が現れなかったら、僕らまだここにいたんでしょうねぇ……」

「それはない。あの方は運命に導かれしお方なのだ。あの方はここに来るべくして来たのだ。こうなる事は決まっていた」


 遠い目をして言うカークに対し、オディロンは当然のように断言する。これは当時、聖女自身が己を名乗る際に、教会の関係者を前に言った台詞だった。

 これを信じる者は少ない――かと思いきや、軍関係者においては殆どの者が信じている言葉となっていた。


 今から一年半ほど前の事だ。魔族に王都を強襲されてから四年が経ち、やっと敵を追い詰めた王国軍は、高い士気を持って迷いの森を取り囲んだ。

 多くの者が死んでいった戦争も、この森に逃げ込んだ魔族を倒せば終わりとなる。そんな思いでいた王国軍だったが、しかし思わぬ壁が立ちはだかる。それこそがこの迷いの森だった。


 進軍しても魔族の姿は無く、そればかりか数日迷って出てくる兵達。そんな状況に、無念を晴らそうと揚がった意気が苛立ちに変わるまで、時間はかからなかった。

 兵らの空気は最悪で、喧嘩は日常茶飯事。幹部がそろう軍議においても怒声が飛び交うような、悪い空気が王国軍を包んでいた。


 この状況を変えるには、迷いの森を突破するより他ない。しかしその手がかりは全くなく、ただいたずらに時間だけが過ぎていく。

 これはどうにもならないと、軍を率いるエーベルハルトが一時撤退を考え始めた、そんな時だった。


 王国軍を包み込む悪い空気は、いとも容易く振り払われる事になる。それを成したのはあまりにも美しく可憐な、たった一人の少女であった。


 信じる信じないという話ではない。彼女が聖女でなければ何なのだと、目の前に叩きつけられたのだ。

 彼女が現れて、王国軍が五か月かけても打開できなかった道が開けたのだ。ならば彼女の存在は間違いなく聖女なのだ。


 そう思うと同時に、彼らはこうも思った。聖女様が自分達についているのならば、きっと魔王を討ち果たせるはずだと。

 そうしてマリアは名実ともにこの国の聖女となったのだ。それを本人が嬉しく思ったのか、はたまた煩わしく思ったのかは、本人のみぞ知るところであるのだが。


「エイクさんの言ったように、森を焼き払ってたらどうなったんでしょうね」

「おいカーク君、君は本気でそのような事を言うのかね? であれば私は君を軽蔑するが」

「い、嫌だなぁオディロンさん。例えですよ、例え」


 カークはそんな当時の事を思い出しつつ、ついずっと気になっていた事を口にしてしまう。だが返ってきたのは冷たい目で、彼は焦って何とか取り繕った。


 そんな聖女が現れる前、軍がどうしていたかと言えばだ。当然迷いの森を攻略しようと幾度も軍議を開き、騎士団や王国軍の幹部らが顔を突き合わせ、それぞれが考案した策を机上に乗せ議論を進めていた。


 騎士団や第一、第二師団は、どうやって迷いの森の奥へ進むのか、その方法の調査を綿密に行っており、この森について知る者への聞き取りや、領主や各町の代官が持つ資料の調査、実際に森へ入り迷わないルートを開拓するなど、地道な結果を積み重ねていた。


 だが対して第三師団はと言えば、それらの方法とは全く異なる、よく言えば抜本的な、悪く言えば投げやりとも言える、そんな方法ばかりを上げていた。


「森を燃やすだの木を伐採して切り開けだの! あんなもの策とは言えんだろう! 奴は元々賊。戦いの流儀と言うものを知らんから、あのような事が言えるのだ!」


 森が魔族を守るなら、その森を無くせば良いだろう。彼らはそんな策ばかりを提示し、その結果騎士団や第一師団にかなりの反発を受ける事になったのだ。


 まず第三師団は森を焼き打ちする方法を提示した。だが正しきを重んじる騎士らにとって、退路のない相手を火攻めにするという方法は、相手が何者であれ――それが例えセントベルや王都を強襲した魔族であっても――非道な方法としか思えなかった。


 何より、貴族殺しなどとも揶揄される、山賊あがりの男の案に乗りたくないという気持ちが強かった。だがそうして異を唱えれば、なら木こりにでもなるかと第三師団長に鼻で笑われて。

 貴様に正義は無いのかと暴言が飛んだらしいが、そんなものは当然だとオディロンは思っていた。


「でも勝つためにはどんな手も考慮するって言うのは、冒険者も同じなんですよ。そういう手もありかなって、僕は思うんですけど」

「我らは蛮族ではない。英雄王ヴェインの遺志を継ぐ、誇り高き神聖アインシュバルツ王国の民なのだ。勝てば何事も許されるなどという粗暴極まりない考えは、我らの信念に反する」

「ではもし王子殿下の命令があったら、その時は?」

「むろん命令であれば従う。だがその仮定は無意味だ。殿下はそれを望まなかった。故に正しきは我らであり、奴らが間違っているのだ。あの男はそれが分からなかったようだがな。だからこの場から遠ざけられたのだ」


 そうして第三師団の案は蹴られたが、しかしその後も状況は進展せず、停滞の一途をたどる。

 結局進展しない状況にしびれを切らした第三師団は、その後しばらくして独断で軍事行動を起こしてしまう。


 森を取り囲んだ彼らは、森へ火矢を射かけると同時に、空を飛翔する鳥人達による雷を雨のように降らせ、森を破壊する行動を取ったのだ。


 結果分かったのは、この迷いの森は燃やす事も破壊する事もできない、という何とも不可思議な結論だったのだが。

 しかしこれにより軍の足並みを乱すとして、第三師団は帝国軍を相手取るという名目で、この戦場から遠ざけられる事になる。そのためエイクらが魔王をその目にする事は無く、戦争は終結を迎えたのであった。


 聖女が現れたのはその半月ほど後だ。迷いの森の進路を切り開いた後に、第三師団がいないと聞いた彼女がこの森から去って行ったのは未だに謎だったが。

 しかしこうして魔王を封印できている今の状況を見れば、自分達の判断は間違っていなかったのだと、オディロンは確信を抱いていた。


 カークとオディロンがそうして話をしていると、森を見飽きたのかリリ達が戻って来る。顔には何か落胆したような感情が浮かんでおり、期待に添えなかったのだなと、はっきり分かった。


「どうでした?」

「普通の森ですね。魔力の乱れも感じません」


 さもあろう。カークの問いかけに、リリは端的にそう答えた。


「本当にここが迷いの森なのですか? 何と言うか、それらしさが無いと言うか」


 フィリーネも複雑そうにそう言った。それらしさと言われても、漠然とし過ぎてよく分からない。けれどカークは「ですよね」と苦笑した。


「ちょっと入ればすぐに分かるんですけどね。でも流石に、ここで何日もさまよいたくはないでしょう?」


 女性二人は揃って首を縦に振る。それはそうだ。誰しも自分の身を危険に晒してまで、そんな事を知りたくないだろう。

 となれば迷いの森観光ツアーはここまでだ。子供達は彼らに近づき、


「あの、もう気が済んだ……?」

「気が済んだなら、もう町に戻ろうぜ!」


 と、皆を見上げながら声を上げた。

 どうしようかと顔を見合わせる一行。そして次に彼らの目が向いた先は、女性達の顔だった。

 リリとフィリーネは互いにちらりと視線を交わし合う。確かに迷いの森へ行きたいと言い出したのは自分達だ。しかし、まさかとんぼ返りになるとは思っていなかった。


 迷いの森を見ていた時間はたったの数分だ。折角案内を雇ってまで来たのに、こんなもので良いのだろうか。

 二人は視線で会話をし、そして結論を口にする。


「私はもう満足しました」

「わたくしも、もう結構です」


 その言葉に大きく頷いたカイとルナは、じゃあ戻ろうと笑顔を見せた。


 一行は子供達に続いて森から離れていく。女性達の顔には消化不良な感情が浮かんでいる。聖魔戦争決戦の地と聞いて来てみたが、森を見て帰るだけだったのだ。当然と言えば当然だ。


 だが男達と言えばどうだろう。意外な事に彼らが浮かべるのは、残念そうな表情でも、また想像通りだったという苦笑いでもなかった。


「戻りがてらで結構なのですが、話を聞いて下さいますか? カイ様、ルナ様」

「あん?」

「……?」


 なにせ男達の本題は、ここからだったのだから。


「町に戻ったら追加のお願いがございます。そうですよね、カーク様」

「ええ。スラムの子供達を追加でもう六人雇いたいんだ。どうかな?」


 報酬はこれくらいと言うカークに、カイとルナは目を丸くする。この案内役の報酬は銅貨1枚だ。それなのにその話は、一日あたり一人頭小銀貨1枚という高額だったからだ。


(町から森まで一本道。案内など必要ないと言うのに、スラムの子供を雇うとは何かがあると思ったが、やはりな)


 子供達に内容を説明するカークの背中を、オディロンはじっと見つめている。

 町で子供を案内に雇うと聞いた時から、彼はカークに何か考えがあるのだろうと思っていた。


(なるほど考えたなカーク君。やはり君は優秀だ。あの男の情報を集めるには文句のつけようもない手だ)


 彼の説明を聞きながら、オディロンはそう考える。

 いつの間にか拳は握りしめられ、眼差しも厳しさを増していた。


(この町で捕らえてやるぞ、エイク。そして貴様を王都へ連れ戻す……! 業腹ではある。だが、それを望んでいる方がいるのだ……!)


 魔王との戦いを終えたこのルーゼンバークで、この鬼ごっこも終わらせようと、彼は人知れず決意を固めていた。

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[一言] >それが例えセントベルや王都を強襲した魔族であっても――非道な方法としか思えなかった。 当時の王国には生存戦争してるって認識なかったのか でも最終的に勝ったって事は相手にもその自覚は無く盛大…
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