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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第二章 再興の町と空色の少女
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29.セントベル①

「ふぅ、やれやれ……。なんだかんだと色々あったが、とりあえず着いたか」

「わーい! 着いた着いた!」


 チサ村を発ってから二日目の今日。俺達一行はとりあえずの目的地としていたセントベルの町に、ようやっと足を踏み入れていた。


 チサ村からセントベルまでの旅路は、幸いにして悪天候に見舞われることも無く、非常に麗らかな日和が続いた。

 また面倒な出来事――追っ手に見つかったり、魔物に襲われたり――もなく、至極平穏な旅路であったこともあるだろう。俺自身も含め皆の足取りは非常に軽く、予定よりも早くに町に入ることができた。


 今日の空もまた突き抜けるほどに青く晴れ渡り、柔らかい日差しがいっぱいに降り注いでいる。気温も少し暖かいと感じる程で、非常に過ごしやすい。

 まさに町の散策にはもってこいの日和だった。


 そんな麗らかな日差しが降り注ぐ中、三メートルほどの石柱が二本立てられた門を潜り町へ入ると、早速緋色の髪の少女――ホシが楽しそうな声を上げパタパタと駆けて行った。


 まるで小動物よろしく跳ねるようにかけて行くその姿は、年端も行かない少女にしか見えない。髪で隠れた額に並んだ小さなツノさえ見なければ、きっと誰にも分からないだろう。

 

「ホシさん! あまり遠くへ行っては駄目ですわよ!」

「はーい!」


 俺の隣に並ぶスティアが駆けて行くホシへと声をかけると、非常に元気の良い返事が返ってきた。まるでその様子が子供を心配する母親のようだとついつい笑ってしまうと、それを不思議に思ったのか、彼女がこちらに顔を向けた。


 俺を見つめる二つの瞳はまるでルビーのように赤く輝き、息を呑むような美しさを放っている。真紅の瞳を中央から半分に断ち切るような縦に細長い瞳孔が、俺の顔をしっかりと捉えていた。


 笑った意図を問うように彼女が首をかしげると、長い銀髪がさらりと流れ、陽光を反射しきらきらと美しく輝く。

 ヴァンパイアは日光が苦手らしく、出没するなら夜だと聞くが、しかしスティアはハーフのためか、全く気にした様子がない。


 今も俺の言葉を待って不思議そうな顔をしている以外、特に辛そうにもしていなかった。


「少しヒヤッとしたが、気づかれなくて良かったな」


 母親のようだと言えばきっと面倒なことになるだろうと、答えをはぐらかす。するとスティアは面白くなさそうに眉をひそめてしまった。


「貴方様の顔を知らないなんて、ありえませんわっ」


 拗ねたように言うスティアに苦笑いを返し、何気なしに脇に立っている男へと視線を送る。

 そこにいた黒一色の全身鎧(プレートアーマー)姿の男。バドは、ゆっくりと右手を持ち上げると、フルフェイスヘルム越しにこめかみ辺りを人差し指でポリポリと掻いて見せた。


 さて。今俺に同行しているこの三人は、王国軍第三師団長であった俺ことエイクの部下であり、それぞれ第一部隊、第二部隊、第三部隊の隊長だった者達だ。

 そんな俺達がどうしてここにいるのかと言えば。それは、俺が国での面倒事をほっぽり出し、出奔したことが発端だった。

 当初俺は一人で出奔する気でいた。しかしそれを悟られた彼らに道中で待ち伏せを食らい、その結果彼らもこうして奇特にも一緒についてくることになったのだ。


 ただ出奔したはいいが、俺の場合置手紙を黙って置いて出てきただけなので、王国から追っ手が差し向けられる可能性がある。

 そこで俺達一行は今、王都から速やかに離れようと、身元を隠しながらこうして旅をしている、というわけだ。


 出だしから三人に待ち伏せを食らい、予定が滅茶苦茶になったこの旅。引き返すこともできず、支障はないかとそのまま続けることにしたのだが。

 しかしここセントベルに来る前に立ち寄った村、チサ村で、早速けったいな拾い物をすることになってしまった。


《あのぅ……町に着いたのでしょうか?》


 どこからとも無く、おどおどとした様子の声が耳に届く。


「セントベルだ。貴様らも良く知っているはずだろう?」

《あ……す、すみません……》


 スティアが冷たく言い放つと、その声は申し訳なさそうな音を出し、それ以降聞こえなくなってしまう。

 今スティアは唯でさえへそが曲がっているのに、タイミングが悪かったな。そう思いつつ視線を送ると、スティアはばつが悪そうにぷいと顔を背けてしまった。


 どうしたものかと足元へと視線を向ければ、まるで気にするなとでも言うかのように、俺の影がゆらゆらと揺れていた。


 この俺の影には、実は奇妙な生物が住み着いている。何でもナイトストーカーという名前の魔物らしいのだが、こちらの話は理解するし、高い戦闘能力と特殊技能で俺のサポートをしてくれるしで、始めは不気味に思っていたものの今では頼れる相棒だ。


 今現在もその影の中の謎スペースに色々な物を収納して貰っているおかげで、俺達は大荷物を背負わず旅をすることができている。彼か彼女かは知らないが、非常にその恩恵に預かっていた。

 なお安直ではあるが彼にはシャドウと名前をつけていて、それを彼も理解している。なんとも不思議な謎生物だ。


 そして、先ほどの声の正体がまさにその影の中に潜んでいるのだが……チサ村でのけったいな拾い物というのが、まさしくそれだった。


 彼らの正体は、ついこの間まで俺達と戦争をしていた魔族の敗残兵達であった。


 魔族が撤退する際に逃げそびれたために、チサ村の近くの村で隠れ住んでいた彼ら。

 その一人であるガザがアクアサーペントにより致命傷を負ってしまったところに俺達が偶々出くわすことになり、放置もできないと、こうして保護することになったのだ。


 なお、魔族達の頭部はほぼ動物のそれであり、保護しているのは狼頭四人に狸頭が一人の総勢五人だ。

 先ほど話しかけてきたのは狸頭のロナ。彼女は非戦闘員であり、後方支援の薬師をしていたそうだ。


 他の狼頭は全員戦闘員であり、中隊長のガザと、隊員のオーリ、コルツにデュポだ。

 なお今もガザの怪我は治っていない。大地の穢れに冒されてもいるため意識も殆ど戻らず、かなり危険な状態のままだ。

 魔族である彼をどこかで療養させるわけにも行かないため、治療するには生命の秘薬(ポーション)が必要になるだろう。この町にあればいいのだが。


 さて話を戻そう。

 なぜスティアが今ご機嫌斜めかと言うと、それはまあ下らない理由だ。


 ごくごく小さな村ならともかくとして、普通町に立ち入る際には検問を通過しなければならない。不審者を入れるわけにも行かないため、当然と言えば当然だ。

 ここセントベルもその例に漏れず、町への入り口となる門に衛兵が二人配置されている。当然避けて通るわけにもいかず、俺達もその列に大人しく並ぶことになった。


 戦争直後の影響だろうか。列と言っても殆ど人はおらず、五人程度しか並んでいなかった。

 なので待つというほどのことも無く俺達の順番はすぐに回ってきたのだが。


 門を守るように立っていた衛兵達は、フードを脱いだ俺達の顔を眠そうな目でチラリと一瞥しただけで、さっさと金――町に入るための税金だ――を徴収し、おざなりに中へ通してしまったのだ。実にやる気のない事である。


 俺達はこれでも王国軍の幹部だ。もし顔が割れていれば何かとうるさかったと思う。なのでこの反応には助かったと、俺は胸を撫で下ろした。

 だが、それについてスティアは大分気に入らなかったらしい。

 先ほどロナが話しかけてきたためか余計機嫌が悪くなってしまったようで、今もなおぶつぶつと文句を垂れていた。


「分からないほうが都合がいいんだから、それでいいんだよ」

「そうですけれどぉ……」


 苦笑して宥めるも、まだ面白くないのかスティアは軽く口を尖らせてぶーたれる。

 これは何を言っても駄目そうだ。俺は肩をすくめると、諦めて彼女から視線を外すことにした。


「この町、まだボロボロだね」


 大通りのど真ん中で立ち止まっていたホシ。俺達が追いついた気配を感じてか、ホシは前を指差しながらくるりと振り向き声を上げる。

 その指が差す先へ視線を向けると、木造の壁が壊れ、穴が開いている民家が目に映った。


 その民家に穿たれた穴は子供が通り抜けできるくらいに大きい。穴越しに、中に誰も住んでいない様子を伺うことができるほどだ。

 その家の住人は既にどこかへと移っているのだろうが、全く生活感を感じないからか、その大きな穴が、まるで家の嘆きの様にも見えてしまった。


 ただ、そんな状態なのはその民家だけではない。ぐるりと見渡せば、壁に穴が開いていたり、壊れた窓がぶら下がっていたりという家があちらこちらで目に入る。

 この町の石畳もそうだ。所々抉れたような跡が残っており、地面が見えているような箇所が沢山ある。お世辞にも綺麗だとは言えないような有様だった。


「ホシ、まだまだ復興の最中だ。あんまり町中でそういうことを言わないようにな。気を悪くする奴がいるかもしれん」


 俺がホシの頭に手を置きながら言うと、彼女も分かっていたのか素直にこくんと頷いた。


 この町セントベルは、五年前の第二次聖魔大戦の折、魔族の襲撃を最初に受けた町だった。


 何の前触れも無く現れた魔族達に強襲されたこの町は、抵抗も空しくあっという間に侵略し尽くされた。この町にいた兵士や冒険者は、逃げた者、交戦した者を問わず、皆殺されてしまったと聞いている。


 もしここで伝令が王都へ走ることができたら、王都は魔族の強襲を受けることも無く、盤石な布陣によって迎え撃てていたことだろう。

 そうなればエーベルハルト王子が王都から出ることはなかったかもしれないし、俺が王国軍に加わるなんて未来も無かったかもしれない。


 しかし現実は非情であり、伝令が走る間すらもなく、あっという間にセントベルは魔族の手に陥落することとなった。


 その後、王子軍の手によってセントベルは魔族の手から奪還されるが、それでもまだ今から二年半前のことでしかない。

 もっと言えば、魔王が封印され戦争が終結してから、まだ一月しか経っていないのだ。この町が元の姿を取り戻すには、まだまだ時間が必要だろう。

 復興が遅々として進んでいないのも、致し方のない事だった。

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