279.”赤蛇”の正体
「おりゃああああーっ!」
戦場へ飛び込んで行くバド。そのすぐ後にホシも続き、彼らは森から飛び出して行ってしまった。
その行動はあまりにも早すぎて、止める間もなかった。
二人の背中に伸ばした手が非常に虚しい。俺は右手をゆるゆる下げながら、二人の姿を見送った。
「行ってしまいましたわねぇ」
「行ってしまったなぁ……」
少し様子を見ようと思ったのにこれだ。まあバドの性格では、知り合いを見捨てるという選択が無いのは分かっていたが。
だが今目の前で戦っているのは、冒険者と傭兵だ。明らかな悪人ならともかく、これだけではどっちが悪いのかよく分からなかった。
下手に攻撃をして、こちらに不利益になるような事は避けたい。なので様子見をしようと思ったのだが、もう何もかも手遅れである。俺は呆れてため息を吐いた。
「全く、考えなしに動くなよな」
「ホシさんには何か確信があったのではないですか? 傭兵達だけに攻撃しているようですし」
スティアの言うように、ホシは傭兵を敵と見たようだ。シルヴィアがどうも冒険者側であるらしい事もあって、”蛇”の関係者側につくのもどうかと迷うが、しかし俺達も一応冒険者だ。
もし冒険者側が悪だとしても、同じ冒険者が他の人間と争っていたから加勢したと言い張れば、言いわけとしては立ちそうだ。
「しゃーねえ。俺達も行くか」
「ええ。――それでは参りましょう!」
俺は長剣を抜き放つ。スティアも腰の短剣をすらりと抜き、そしてたんと地面を蹴った。
俺を置いて戦場へ飛び込んで行くスティアに苦笑しつつ、俺もすぐにその後を追う。そして森を飛び出して、冒険者に武器を振るおうとしている傭兵の、その背中に魔剣を振り下ろした。
「がはっ!?」
「な、何だ!?」
倒れる傭兵と驚く冒険者。
「助太刀する! 状況を教えてくれ!」
「わ、分かった! 助かる!」
こちらを見る冒険者の男へ声を掛けると、彼は次に襲い掛かってきた傭兵の武器を受け止めながら説明を始めた。
「こいつらはミゼナの町を襲おうとしている”赤蛇”一味だ! 俺達はこいつらを倒すため、連中のアジトに向かっていたんだ! だが内通者がいて急襲された!」
彼は必死の形相で、体のあちこちに血が滲んでいる。かなり苦戦しているのはすぐに分かった。
「ああ? ”赤蛇”だぁ?」
「そうだ!」
だがそれよりも。俺は聞きなれない言葉に、思わず復唱してしまった。
彼は苦しそうな声で、傭兵達が”赤蛇”なのだと端的に言った。だが”赤蛇”ってなんだ。ミゼナは”蛇”の手が回っていると聞いていたが、”赤蛇”なんて聞いた事が無かった。
”蛇”はその役割を色で分けている。”青蛇”や”白蛇”などがそうだ。だが以前聞いた話では、奴らは赤という単語を使わないらしいのだ。
赤とは血。人の血の色だ。そして奴らは自分達が、人間社会で生きていけない人間だと言う事を理解していた。
”自分達は人間ではない”。
人間社会からの決別を示すため、赤という色を徹底して避けるそうなのだ。蛇の血は青だしな。それともかけているのかもしれない。
とまぁもっともらしく言うものの、奴らのそんなポリシーは俺にも良く分からない。はぁそうですかと言うのが正直なところだ。
だが、奴らが赤という色を使わないのは間違いのない事実だった。
「何が何だか分からねぇが、今考えたところで分かるはずもねぇか。それよりも、この混戦はちと面倒臭ぇな」
俺は襲い掛かって来る傭兵の剣を魔剣で弾くと、お返しにとその胴を横に薙ぐ。銀の剣閃はまるで紙切れのように傭兵の胴体鎧を切り裂いた。いつもにも増して凄い切れ味だ。
崩れ落ちる傭兵を尻目に、俺は周囲の様子に素早く目を巡らせる。
冒険者達は敵に包囲され、かなり不利な状況にあった。だがそんな包囲網の後ろを俺達が突いたことで、傭兵達は僅かに混乱した様子を見せている。
包囲網に綻びが出来た今を見逃す手はない。
冒険者達を一旦逃がし、体勢を立て直す。
「ホシ! スティア! 冒険者達を後ろの森へ逃がす! 頼んだ!」
「分かった!」
「承知しましたわ!」
「バド、スティアのフォロー頼む! ホシはこいつを使え!」
俺は懐へ手を突っ込み、えいやと大槌をぶん投げる。宙を舞うそれを片手に取ったホシが、ニッと楽しそうな笑みを見せた。
同時に詠唱を始めるスティアと、彼女を守るため最前でバドが傭兵達を相手取る。
少ない言葉で意思が通じるのはこういう時強い。スティアとホシはチラリと目を合わせ、仕掛けるタイミングを示し合った。
「ばどちんちょっと背中貸して!」
ホシはたんと地面を蹴って、バドの背中を駆け上がる。そしてバドの肩に足をかけると、ぴょいと高く飛び上がった。
「そーれっ!!」
ホシは大槌を振りかぶる。そして、地面に思いきり叩きつけた。
『うおおおおおっ!?』
まるで隕石でも落ちたかのような衝撃で、足元が大きく揺さぶられる。ビキビキと激しく地面がひび割れて、大きなクレーターがその場に生まれた。
立っている事も難しく、敵味方関係なく慌てた声を上げている。だがここにスティアの追撃が襲い掛かった。
「荒ぶ颶風となりて今、遮る者を消し去り賜え! ”荒れ狂う颶風”!」
『ぐおおおおおっ!?』
突然吹き荒れた強風に森がぎしぎしと悲鳴を上げる。動きを縛る強風で、その場の皆の体が硬直した。
だがこの風はそれだけでは終わらない。さらに勢いを増し、冒険者達を中心に激しい渦を巻いていく。
『う、うわあああああっ!?』
冒険者を巻き込んだ竜巻は、彼らを乗せて後ろの森へと飛んでいく。そしてそこでふわりと解けて、冒険者達はドサドサと地面に落ちて行った。
「あははは! 見て見て! 大槌が壊れちゃった!」
「あらあら……。根元からぽっきりと折れてしまってますわねぇ……」
流石の手並みに惚れ惚れするぜ。だから大槌を壊した事は目を瞑っておいてやろう。
ひん曲がった大槌を楽しそうに掲げるホシに呆れつつ、俺達は立ち塞がるように森の前に立つ。
そんな俺達の前には当然ながら、今まで冒険者達と戦っていた”赤蛇”の連中がずらりと並んだ。
その表情は怒りに醜く歪んでいる。まあ奴らにとっては急に獲物を奪われたわけだし、当たり前の事ではあるんだが。
「なんだテメェ。冒険者――ランクEだと?」
奴らの先頭に立つ男は、俺達を見回してからそう言って鼻を鳴らす。だがその口調には警戒が滲み、侮ったようなものを感じなかった。
先程の攻防で実力がある程度割れたからな。ランクが当てにならないとばれたんだろう。
とは言え、それがどうしたという話だ。俺はそいつをじろりと見返した。
「お前ら、”赤蛇”……とか言ったか?」
「ああ? そうだ。そして俺がその頭のガモン。”赤蛇”のガモンだ!」
ガモンと名乗った男は、そう言って腕を組む。どうだとでも言うのだろうか。だが俺には、だから何? としか言えなかった。
「貴方様、”赤蛇”ってご存じですか?」
「いや……知らねぇな」
「何? テメェらはミゼナの関係者じゃねぇのか? チッ! 別の場所から来た冒険者か……面倒な事をしやがったな」
俺とスティアの話に、ガモンが不機嫌そうに眉を動かす。
「この大陸中に名を轟かせる、凶悪な悪人共を束ねる組織。それが俺達”蛇”だ! ……まあカタギにゃあ縁のねぇ話だ、知らねぇのも無理はねぇがな」
ガモンの呆れたような笑いに、後ろの部下達もいやらしく笑った。
目の前が見下すような笑みで埋め尽くされる。だが俺は、そんなものは全く気にならなかった。
「なるほどな。よく分かったぜ」
「そうか。俺達に盾突く事がどういう事か分かったんなら――」
「お前らが”蛇”とは無関係な、どっかの馬鹿だって事がな」
「な――!?」
俺が彼らを指差すと、”赤蛇”を名乗る集団は途端に視線を強くする。
同時に後ろに逃がした冒険者達も、ざわざわと困惑にどよめいていた。
「何を言っていやがる。俺達が”蛇”じゃねぇって証拠でもあるってか?」
ガモンは眉間にしわを寄せて俺を睨みつける。看破されたことが無いのだろう、胸には強いいら立ちがあった。
だが証拠なぞ、”蛇”の事を知っていればすぐに分かる事だ。俺はそいつを指差して、気になる点を指摘する。
「”蛇”って組織はな、大別して三つに分かれてんだよ。この国で活動してる”青蛇”に、帝国にいる”黒蛇”。そして聖王国に潜伏してる”白蛇”。その三つを合わせて”蛇”ってんだ。”赤蛇”なんてのは無ぇんだよ」
以前”青蛇”の奴に、その色に何か意味があるのか聞いた事がある。白と黒はそれぞれ聖王国と帝国の国章の色から取っているらしく、どの国で活動しているかを示していると言っていた。
だが青に関してはこの王国の国章ではなく、別の意味から来ているそうだ。
青とはつまり蛇の血液だ。その事から俺は三色の蛇の内、一番力があるのが”青蛇”なのだろうと察していた。
「はっ! 馬鹿言え。そこに新しく加わったのが、俺達”赤蛇”――」
「そしてもう一つ。奴らの体には、ある刺青が必ずあるんだ。普段は隠してるもんだが、アイツらは任務の際には必ずそいつを露出する。だがお前達の体にはそれが一つもねぇ。それがお前らが”蛇”じゃねぇ証拠だ」
そして一番気になったのがここだった。奴らは自分の体に入れた、三匹の蛇が絡み合う刺青を誇りに思っている。
”蛇”として活動しているのなら、そいつを隠すはずが無かったのだ。
俺の指摘にガモンはぐっと奥歯を噛んで黙り込む。そして何か思案するような表情をしていたが、すぐにはっと目を見開き、
「まさか――まさかっ! テメェが”蛇”か!?」
そう焦り声を上げたのだ。
「はぁ? 何言って――」
そこまで言って、俺はガモンの目が俺の左腕をしっかりと捉えているのに気づいた。
世界樹での激しい戦闘で、俺の恰好は浮浪者のようにボロボロだ。そのせいで、いつもなら隠しているはずの刺青が露になっていたのだ。
”蛇”とは違う刺青だが、そんなものを奴らが分かるはずもない。俺を”蛇”の構成員と勘違いしたガモンは、激しい焦りを顔に浮かべてがなる。
「お前ら! こいつを、こいつを殺せ! 絶対に逃がすんじゃねぇ! 死ぬ気で殺すんだぁッ! 馬鹿野郎、何ボサっとしていやがる!!」
”蛇”の連中は自分が”蛇”である事を誇りとしている。ならばそれを騙った馬鹿共は、一体どんな末路をたどるだろう。
それが分からないのか、部下達はガモンの豹変に困惑し動く気配が無い。これにまた怒鳴り散らすガモンに、スティアが呆れたような声を上げた。
「浅はかな連中ですわねぇ。呆れて物も言えませんわ」
全くだ。その程度の覚悟もできてねぇなら”蛇”なんざ名乗らなきゃ良いものを。あいつら自分達を舐めた相手は地の果てまで追いかけて潰しに来るぞ。
俺だったら冗談でも言わないね。寝るときくらい安心して寝たいからな。
「えーちゃん、こいつらもう潰していい?」
「いや、もうちょい待て。バドもな」
目の前で動揺する馬鹿共にしびれを切らしたのか、ホシがうずうずと指をさす。バドも一歩踏み出そうとするが、だがちょっと待って欲しい。
俺はそれらに小さく声を掛けると、小指で耳をほじりつつ魔剣を軽く前に構えた。
「お前なんかに興味はねぇが、一応聞いておいてやるよ。結局お前はどこの誰なんだ? ええ? ”赤蛇”のガモンさんよ」
ガモンに向けて、小指の先にふっと息を吹く。焦り怒鳴り散らしていたガモンだったが、こちらに相手にもされていない事が分かったらしく、途端に顔を真っ赤に染めた。
「ぐ……余裕を見せやがるじゃねぇか……。だが状況が見えてんのか? 例えテメェが”蛇”だろうと、この数相手じゃこっちが有利なのは変わらねえんだ!」
「そうかい。まあお前らみてぇな三下は、集まらなきゃ何もできねぇだろうしな。そう自慢げに言わなくても、オムツも取れねぇ連中に卑怯だ何だと言うつもりはねぇよ」
「さ、三下だと!? この俺に向かって、オ、オムツが取れねぇだと!?」
適当に煽るとガモンは簡単に乗って来る。煽り耐性の無い奴は人生生きづらそうだよな、同情するぜ。
「あらまぁ。オムツとはまた随分可愛らしいことですわね」
「あのおじちゃん、まだオムツ取れないの? あ、ちほーって奴?」
更にスティアとホシが追撃すると、わなわなと震えるガモンのこめかみに、むくりむくりと青筋が立った。
「お、お、お、俺を誰だと思っていやがるッ!」
「だからそれをさっきから聞いてんじゃねぇか。オツムも悪いたぁ参ったな」
「こ、の、野郎――! 言わせておけばぁッ! いいだろう……俺達が誰か、教えてやるッ!」
ガモンは歯をギリギリと鳴らし、そして俺にビシリと指を突き付けた。
「俺達は”紅焔傭兵団”! バルトルト領じゃあ無敵無敗の大傭兵団だッ! 俺達の名を聞いて震え上がらねぇ奴はいねぇ! 貴族だろうと、領主だろうとッ! 俺達を敵に回して生き残った奴はいねぇ! これ以上俺に――舐めた口を利くんじゃねぇぇぇぇえッ!!」
そうかい。情報ご苦労さん。
こいつらを始末すれば”蛇”に恩を売れるかもしれないと、情報を引き出そうと挑発してみたが、まんまとうまく引っかかったようだ。
バルトルト領の”紅焔傭兵団”ね。明日には忘れそうだし後でメモしておくか。
「聞いた事ねぇが、しかし肛門傭兵団とは汚ぇな。さっさとかかってきやがれ。その口からこれ以上糞が垂れねぇように叩き潰してやるからよ」
「テメェェェーッ! 後悔してももう遅ぇぞ! ただブッ殺すなんぞ生温い! その四肢切り飛ばして死ぬまでテメェを引きずり回してやるァァアーッ!!」
”赤蛇”改め”紅焔傭兵団”は、武器を手に飛びかかって来る。俺達はこれに悠々と構え、敵を真正面から迎え撃った。