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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
303/389

274.生還、突貫、無頼漢

 世界樹から無事に出て来た俺達は、その足で真っすぐにユグドラシルのもとへと向かっていた。

 なおすでにアンヴァルの姿は無い。世界樹を出た時には既に、あいつの姿はどこにも無かったのだ。


 助けられた手前何か礼でもしたかったが、いなくなっては仕方がない。もし今度会う事でもあればその時にでもするとしようと、あまり気にしない事にした。


 道中、一本のマンドレイクの前で何か作業をしていたロナと、そのそばで俺達を待っていたらしいアルラウネがおり、二人は俺達の姿を見ると走ってこちらへやってきた。


 アルラウネが俺に抱き着いてきてスティアが激怒したり、ロナが俺達の無事に泣き出したりと一悶着はあったが、それはそれ。

 色々と話したい事もあるが、しかし今はそれよりも優先すべき事がある。

 俺達はそんな彼女らも加えて、一際でかいブロッコリー(リッコロ)型施設に向かい、そして中へとずかずか入って行った。


「おおっ! お主ら、よく戻ったな!」


 最奥でふんぞり返って座っていたのは当然あのクソアマ――もといユグドラシル。

 クソア――彼女は俺達の顔を見たとたん顔をほころばせ、そう言って身を乗り出した。


「浄化システムを無事稼働できた事、我もはっきりと分かったぞ! うむ、褒めて遣わす!」


 何か言ってるがそんなものには構わず、俺は真っすぐに彼女へ近づく。

 そしてその頭をわし掴みにした。


「褒めて遣わすじゃねえーッ!!」

「うがっ!? いだだだだだぁーっ!?」


 ユグドラシルの頭をギリギリと締め上げる。もうこいつ相手に手加減なんぞ微塵も必要ねぇ。

 ユグドラシルは悲鳴を上げて足をバタつかせるが、こんなもんじゃ収まらねぇ。こいつは俺達を死地に放り込んだのだ。無事に生きて帰れたのだから、その分たっぷりと礼をしてやるのが人情ってもんだよなコラァッ!


「な、何をするんじゃあこの我に向かって! いだだだあ! ぶ、無礼者! 止めいぃっ!」

「何をするじゃねぇんだよ! よくもあんな目に遭わせてくれたなこのクソアマ! 危うくあの世に逝きかけたじゃねぇか! お前を代わりにあの世に送ってやろうか!? ああっ!?」

「ぐあああああぁっ!?」


 ユグドラシルは抵抗するが、その弱々しい力ではまるで意味をなしていない。

 彼女は俺のアイアンクローに悲鳴を上げる事しかできない様子だった。


「それにだ! ラタとクスを犠牲にしようとしやがった癖に楽しそうにしやがって! 何が浄化だテメーが独りで枯れてやがれ馬鹿が!」

「ぐああああっ!? ぎ、犠牲じゃと!? 犠牲になど、しとらんわっ!」

「してただろうが! あいつら死ぬ事前提で事を進めやがって! 俺達がいなきゃあの二人、確実に死んでたぞ!」

「あ、あやつらは不死身じゃあっ! 死してもまた蘇る! じゃから犠牲になどなっとらんんっ!」

「死んでもまた生き返るだあ?」


 にわかには信じられないが、あいつらは精霊モドキだ。だから死んでも生き返ると言われれば、そうなのかもしれない。だがな。


 ――それはつまり、永遠に死に続けなきゃならねぇって事じゃねぇか。


「ふざけんじゃねぇこのクソアマがァーッ!!」

「ぎゃあああああぁーッ!!」


 生き返ったところで死ぬ事が確定してるなら、生きる希望なんてねぇじゃねぇか。ラタとクスが抱いていた諦めの意味が理解でき、俺の腕には更に力が入った。


「~~~~~! ~~~~~っ!」


 そうしていると、アルラウネが俺の腕をぐいぐいと引っ張って来る。その顔には、ユグドラシルを離してくれと書いてあった。

 俺は「ケッ!」と悪態を飛ばしながら彼女を玉座へ投げつける。背もたれに体をぶつけた彼女は「ぐぅ!」とくぐもった声を上げるが、俺はそんな事には全く構わず、その頭を指先でピンと弾いた。


「世界樹なんつっても所詮木か。このオツムの中にはどうやら何にも入ってねぇらしいな。馬鹿なのも当然か」

「な、ば、馬鹿じゃと!? 貴様、この我が一体誰か分かって言っとるのかっ!」

「言ってんだよ低能世界樹が。馬鹿じゃねぇって言うんなら、誰も死なせずに浄化くらいパパッとしてみやがれ!」

「ぐ、ぐぬぬぬぬぬぬっ!!」


 悔しそうにギリギリと歯ぎしりをするユグドラシル。だが反論らしいものは出て来ず、そのまま俺との睨み合いが続いた。

 険悪な空気が俺達の間に流れる。そこに割り込んできたのは、やはりと言うかあいつだった。


「落ち着けよエイク。さっき俺が言っただろ? ラタトクスの役割を破棄する事はもうできねぇってよ」

「マリア。だがな……」


 彼女は俺の肩に手を置いて声を掛けてきた。俺はマリアを横目でチラリと見た後、再びユグドラシルに目を向けた。


「おい低能世界樹。こいつの言う事は本当か?」

「ま、また低能などと! くっ……! ほ、本当じゃ。じゃがなぜそれを? そんな事、一介の人間が知るはずが――」

「まあ良いじゃねぇかそんな事。それよりも、だ」


 ユグドラシルの疑問をぶった切り、マリアは肩にかけた杖でとんとんと肩を叩く。その顔には意地の悪そうな笑みが浮かんでいる。完全にチンピラである。


「俺達は死ぬ思いで浄化を終えてきたわけだ。で、まあ色々言いたい事はあるわけだが……よこすモンよこせば勘弁してやっても良いぜ。ほら」


 マリアはそう言ってずいと左手を伸ばす。だがその手をまじまじと見つめるユグドラシルは、困惑するように眉間にしわを寄せた。


「よ、よこすモンとは何じゃ? それに何じゃ、この手は」

「しらばっくれやがって。報酬だよ、報酬。まさかただ働きさせる気じゃねぇだろうな? 人にあんな苦労をさせておいてよ」

「ほ、報酬? そんなもの――」

「ねぇとは言わせねぇ。言いやがったらその口にこの杖突っ込んで、そのどてっぱらを掻きまわしてやる」


 表現が怖ぇよ。およそ聖女の言う事じゃねぇ。

 マリアは杖の先端をぐいとユグドラシルに近づけ迫る。その迫力は凄まじく、カタギのものでは全く無かった。

 ユグドラシルも危機を感じてか、開きかけた口をぐっと結んだ。


「知ってるか? 人の世じゃ、報酬も無しに人に頼みごとをするってのはブッ殺されても文句は言えねぇんだぜ?」

「殺伐とした世界から来た聖女ですわねぇ……」

「すーちゃん、しーっだよ!」


 スティアが呆れたように突っ込みを入れるが、ホシが口に人差し指を当てて黙らせる。


「ひ、人の世界の事情になど我には関係――」

「無ぇだろうが、それを言ったら俺達だってお前の事情なんて知らねぇな。報酬がねぇならここでお前を始末して帰るまでだ。そうだなエイク」

「おう」


 報酬とかは正直どうでも良いが、面白そうだから乗っておくか。それにユグドラシルには少々痛い目に遭ってもらいたいしな。


「な、なんじゃと……!」


 ユグドラシルは驚愕に目を見開き、助けを求めるように周囲を見回す。だが助けの手を伸ばす者はここには誰もいなかった。

 人望がねぇなざまあ見ろい。


「う、うぅぅぅぅ……っ。じゃ、じゃが、この里に人間が喜ぶような物なぞ何もないぞ。あるのは草花くらいなもので……。それで良いなら好きなだけ持って行っても構わんが」


 孤立無援である事をようやく理解し、ユグドラシルが急におろおろし始める。

 一応ティナやステフからは割と同情的な感情が感じられるが、しかし口を挟まないのはかけられた苦労によるものか、はたまた詰め寄るのがマリアだからか。


 だが俺には分からなかった。マリアが欲しがる物と言って思い当たるのは、酒だの金だの、そう言った俗な物ばかりだ。

 だからこんな里にマリアが欲しがりそうな物があるはずもない。それはマリア自身も分かっているはずだ。

 だと言うのにこんな事を言い出した理由が、全く思い当たらなかったのだ。


 俺はチラリと彼女を見る。だがその時マリアもこちらをチラリと見て、そしてその目を一瞬だけ後ろへ向けた。

 俺はその視線の先を追う。そしてニヤリと口角を上げた。

 そこにいた二人の姿を見て、マリアの思惑の凡そを理解できたのだ。


(なるほどな。へっ、珍しく粋な事しやがるじゃねぇか)

 

 そこにいたのはティナとステフの二人だった。

 つまり、二人に必要な何かを貰ってやろうと、そういうわけだ。

 柄にもねぇ事しやがって。人助けをしようだなんて、これじゃチンピラじゃなくて聖女じゃねぇかよ。


「つまりこの里にある物なら何でも持って行っていいと。そういう事だな?」

「う、うむ。まあ、それで気が済むのなら特別に許そう」


 俺が言えば、ユグドラシルは渋々首肯する。俺とマリアは顔を見合わせてニヤリと笑った。


「言質は取ったぜ。ならあのマンドレイクを、好きなだけ持って行かせてもらおうじゃねぇか」


 世界樹の実であるマンドレイクは、不老不死や延命長寿の薬になるとも言われるという。

 実際は眉唾だったが、しかし人間の身体能力を大幅に上げる効果があるというだけで、その価値は計り知れなかった。


 そいつを持って行く先が帝国というのがちと不安だが、まあ背に腹は代えられないな。


「そ、それは! それだけじゃ駄目じゃ!」


 そう思う俺だったが、しかしユグドラシルが途端に焦り出し、声を荒げる。

 彼女はいやいやをするように首を振り、眉を八の字にする。


「あれは我の実なのじゃぞ!? それが世に出回ってしまえば、我の存在が世に露見してしまうじゃろうがっ!」

「ん? それに何の問題があるんだよ」

「森人族に嗅ぎつけられたら困ると言っておるのじゃっ! もうあ奴らの顔など我は見たくも無いのじゃあっ!」


 叫ぶように大声を上げて、ユグドラシルは激しくかぶりを振った。

 そう言えばそんな話もあったな。ユグドラシルは自分を枯らせた森人族を激しく嫌悪しているのだった。


 人知れずバドがショックを受けているが、とりあえず。


「ならエルフ達に知られなきゃ良いんだろ? お前はあまり知らないだろうが、エルフと人族は今殆ど交流が無くてな。はっきり言って断絶してる状態だ。帝国もそんなもんだろ? ステフ」

「え? あ、ああ。はい。帝国ではエルフは全く見ませんね。僕も実際に見たのはバドさんが初めてです」

「ほらな」


 俺達が再び目を向けるも、ユグドラシルは依然として渋り、難しい表情で口を一文字に閉じていた。

 急にピタリと会話がやんで、場がしんと静まり返る。そこに聞こえたのは誰かのため息だった。


「貴方、また忘れているんですの?」


 呆れたような顔でスティアが言う。


「ここは結界で覆われているのでしょう? ならわたくし達がマンドレイクを持って外に出たとて、ここの場所が割れることには繋がりませんわよ」

「う、うむ。いや、忘れてはおらんぞ。忘れては」


 それを聞きはっと顔を上げたユグドラシルは、焦ったようにそう言った。


 忘れてたなコイツ……。

 その場の皆が思っただろう。

 そんな視線を一身に浴びて、無能世界樹はついと目を逸らした。



 ------------------



 再び畑に来た俺達は、早速マンドレイクの乱獲を始めていた。

 こういう時役に立つのはホシだ。彼女は楽しそうに座り込み、ひょんひょんと伸びる葉に手を伸ばして次々と引っこ抜いていく。


「げっへっへ……可愛い嬢ちゃん。どうだい俺と――」

「ぐへへへへ! お嬢ちゃん一人かい? おじさんと一緒に――」

「ほい、ほい、ほいっ!」


 何か言っているが耳も貸さず、ホシは引っこ抜いたマンドレイクをこちらにぽいぽいと投げてくる。


「おいテメェコラ! 汚ぇ手で触るんじゃ――!」

「はい、はい、はい、と」


 それを受け取る俺は、何か喚いている面白野菜の声も聞かず、問答無用で麻の袋に突っ込んでいく。

 袋の中から「ふぐっ!」とか「はがっ!」とかくぐもった声が聞こえてくるが、もう慣れたもので気にもしない。

 俺達は畑に生えるマンドレイクを手当たり次第に収穫していった。


 そんな光景を皆と共に、ユグドラシルとアルラウネも見つめている。不安そうな顔をするユグドラシルだが、もう異論はないらしい。

 数分もすると袋はマンドレイクでいっぱいになる。俺はそれを持ってティナの前に立つと、ぐいと突き出した。


「ほらよ」

「な、何だ? これは」


 二十は入っている袋を見つめた後、ティナは困惑の表情をこちらへ向ける。俺はそれにニヤリと笑って返した。


「こいつを持って、皇帝に直訴してくれや。不老不死や延命長寿の薬になるなんてのは眉唾だったみたいだが、でも巷じゃ貴重な植物なんだろ? 交渉の材料くらいにはなるんじゃねぇか? なあマリア」

「そうだな。俺が見た限り、そいつは生意気にもオドを多少吸い上げてやがる。不老なんかは到底無理だが、人間が食えば病弱な奴も飛び起きて走り回るくらいは効果があると思うぜ」


 それが事実なら凄い事だ。まさに秘薬と言っても良い代物だろう。

 秘薬と言うと生命の秘薬(ポーション)を想像するが、あれは主に怪我などに作用するもので、病気にはあまり効果がないからな。

 それが病魔を吹き飛ばす薬なんてものが出てきたら、喉から手が出る程欲しがる者も多いだろう。交渉材料としては十分だ。


「だってよ。そいつを餌に皇帝の奴を強請ってくれや。奴隷の事、頼んだぜ」


 俺がそう言うと、ティナは眉を僅かに釣り上げた。


「お前という奴は……皇帝陛下に何たる口を。不敬に過ぎるぞ。帝国なら首が飛んでもおかしくない暴言だ」

「俺は帝国民じゃねぇし知らねぇよそんな事。それにこの間なんかこっちに攻めて来やがったんだぞ? 今まで苦しめられてきた相手だ、むしろ助走つけてぶん殴ってやりたいくらいさ」


 まあこの国に攻めて来たのは俺にとってはそう大きな事じゃない。どちらかと言えば故郷にいた時の方が重要だった。

 帝国が奴隷制度を敷いているせいで、俺のいたオーレンドルフ領には奴隷狩りが横行してたからな。

 ただでさえ荒れた領が更に荒れる結果になったのは言うまでもない。帝国に良い感情など持てるわけがなかった。


「まったく……お前と言う男は」


 呆れたように言いながら嘆息した彼女は、諦めたように軽く首を振る。

 だがその後彼女の見せた表情は、俺の思うようなものでは無かった。


「――すまなかった」

「あん?」

「私達のためだったのだろう? 先程の茶番は。……お前の事を、私は信じられないと言ったのに」


 眉を八の字にしてティナが言う。どうやらばれていたようだ。隣のステフが「ちゃ、茶番?」とか言っているため、彼には分からなかったようだが。

 とは言え彼女の言う事は少し違う。俺はティナの言葉に首を振った。


「お前らのためだけじゃねえんだよ。言ったろ? 俺だって何とかできるなら、奴隷制度を何とかしてもらいたいってよ。芝居を打つくらいなんてこたぁねえさ」

「い、いや。私がすまないと言ったのはだな。それについてでは無くてだな――」


 何かもごもごと言っていたティナ。だがそれは結局言葉としては出て来ず、ニコニコと笑うステフをどつくだけで終わった。

 ティナは少し赤くなっているし、どつかれてもステフは笑っているし。

 何だったんだろう一体。俺はそれを無言で見ているしかなかった。

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