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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
301/389

272.全てを終えて

誤字報告下さった方、ありがとうございます。

 戦場を離れしばらく荒野を行くと、俺達の行く手に二、三百メートルはあろうかと言う巨大な樹木が現れた。

 荒野に立つ、たった一つの巨大な木。俺達が根元へ降りて行くと、そこにはぽっかりと口を開ける、大きなうろが一つあった。


「ここから外に出られるはずだよ」


 アンヴァルから降りた俺の影から、ポンとラタが飛び出してくる。


「そのはずですます!」


 続いてクスもぴょんと飛び出した。

 二人はニーズヘッグとフレスヴェルグに常に狙われていた。だからシャドウの中に匿っていたが、かなり距離を取った今、向こうからは何も聞こえて来ない。きっともう大丈夫だろう。


 ヴィゾフニルからぴょいとホシ達が飛び降りる。影の中から他の仲間達もぽんぽんと飛び出してきた。

 見ると男達はあちこち傷を作ったらしく、処置の跡が見て取れた。ニーズヘッグを相手に戦った負傷だろう。よくこの程度で済んだと今でも思う。


「……何とか生きて帰れたか」

「そう、みたいですね……」


 声を掛け合うティナとステフは、まるで夢でも見ていたかのような表情を浮かべている。

 気持ちは分かる。と言うか俺も同じ気持ちだった。

 ここに入ってからの事を思えば、無事に帰れたのが奇跡に思える。


 いや、実際奇跡だったのだろう。ユグドラシルにはちとお説教が必要のようだな。何だったら手が出るぞ。

 俺は五日前から掛け続けていた≪感覚共有(センシズシェア)≫を解除した。


「貴方様?」


 いち早く察知したスティアが俺を見る。それに目だけで応えた俺は、並んで立つラタとクスに目をやった。


「なんとか無事に帰って来れたな」

「うん」

「誰一人欠けずにな」

「はい」


 クスとラタの顔には笑みがある。だが五日――特に、今日と言う日を経て彼らを真に理解した俺は、これが本当の気持ちでは無いと分かっていた。

 俺は二人へ手を伸ばす。


「≪感覚共有(センシズシェア)≫」


 共有するのはもちろん感情だった。


「なあラタ、クス。最初、手に負えなくなったから浄化を手伝ってくれって、そんな話だったよな。そんときゃそれで納得したが……やっと分かったぜ」


 こいつらに会った時、僅かに感じた諦めの感情。その時は何か分からなかったが、ここまで行動を共にして、俺はその答えにやっとたどり着いていた。


「この世界樹の浄化システムが働いてなかったのは、お前らが浄化するのを止めたからだったんだな」

『え?』


 皆の声が重なる。集まった視線に耐えかねたのか、二人は俯き丸い耳をへにゃりと下げた。


 成すべき仕事を放り投げていたと言う事実。今回はそれに加え、下手をすれば俺達も死んでいた。

 当然責任を感じているんだろう、二人は顔を上げないままだ。

 そんな彼らに更に声を掛けようとしたのだが、そこへずいと大きな影が差す。


「お待ち下さい」

「お前は……」

「ヴィゾフニルと申します。先ほどはご助力頂き感謝いたします、名も知らぬ方」


 それは黄金の巨大な鳥、ヴィゾフニルだった。

 彼――声から恐らく彼だと思うが――は何かすまなそうに目を細めつつ、しかし俺を真っすぐに見つめてきた。 


「クスさんは――いえ。お二人は確かに管理番としての責任を放棄していました。それは紛れもない事実です。ですがお待ち頂きたい。それにはどうしようもない事情がお二人にあったのです」


 妙に凛々しい声で話すでかい鳥。だが何か勘違いをしているようだし、話も長くなりそうだ。


「言っとくが、俺はこいつらを責める気はねぇぞ」

「は?」

『え?』


 俺は先手を打って言葉をかぶせる。するとヴィゾフニルが呆けたような声を出したが、同時にラタとクスの不思議そうな声もまた聞こえた。


「そりゃ俺達も死ぬ思いをしたからな、気にすんな……とは簡単に言えねぇが」


 俺は見上げてくる二人の頭に、そっと手を置く。


「だがこれはお前らの責任じゃねぇ。お前らに責務を丸投げしやがった、ユグドラシルや創造神の責任だろ」


 ラタもクスも、自分の役割を嫌がっていた。管理番の彼らがこんな状態じゃ、上手く浄化できないのは当然だった。


 だが、それも仕方がないと思う。自分が最後に死ぬと分かって、誰がそれを喜んでやるだろうか。

 そもそも、誰かを無理やり犠牲にしようなんて計画自体に無理がある。その役目を果たさない事よりも、その役目を押し付けた奴が無能だとしか思えなかった。


 何より。他人にそんな役割を押し付けて解決した気になっている奴の、その根性が俺は気に食わなかった。


 何か後ろから舌打ちが聞こえる。それで思い出したが、そういやマリアの奴、創造神の名代とか言ってやがったな。

 だが俺がじろりと横目で見ると、奴は面白くなさそうにしながらも目を逸らしやがった。どうやら反論する気は無いらしい。


 俺との争いを避けたんだろう。ああそうだよ、反論があろうとなかろうと、もし口を挟もうなら俺は噛み付いてたぜ。

 ムカついてんだ俺は。その創造神って奴によ!


「むしろお前らは良くやったじゃねぇか。クソみてぇな役目押し付けられた上に、あんな奴ら相手に戦ってよ」

「おっちゃん……」

「おじさま……」


 二人から感じられるのは、今この場にそぐわない違和感の大きな楽しさ。

 だがそれを除けばあるのは二つ。


 一つはどうしたら良いかという困惑。これは責められるどころか、まさか褒められるとは思っていなかったからだろう。

 そしてもう一つは喜び。生き残れたと言う事実からくるだろう、二人の紛れもない歓喜だった。


 見上げる二対の小さな瞳に、俺はニヤリと笑みを返す。


「それでだ。俺達はこれから向こうに戻るわけだがな。もちろんユグドラシルにも話をしに行くわけだ。お前ら、あいつに言ってやりたい事はあるか?」


 で、当然ユグドラシルの奴にもムカついてるわけだ。このシステムを作ったのがそもそも世界樹なわけだし、それに加えて至極いい加減な説明で俺達は死にかけたんだからな。


 もうかち込む気満々である。俺はもう止まんねぇからよ。だからよ、誰も止めるんじゃねえぞ!


「何でもいいぞ。あんな目にあわされたんだ、何言っても許されると思うぞ俺は。何だったら俺が代わりにぶん殴ってきてやる。どうだ?」

「はいはい! アタシもやりたい!」

「へっ……だとよ?」


 俺がぐっと握り拳を作ると、ホシも元気よく手を上げる。だがこれを見たラタとクスは、どうしたら良いのかと言った様子で顔を見合わせていた。


 二人はそのままだんまりで、何かを話すそぶりもない。こんな目に合わされたなら、俺だったら文句の一つや二つ……いや。罵詈雑言を叩きつけないと収まらない自信がある。

 だから二人にも何かあるだろうと思ったのに、本当に何もないんだろうか。


 眉尻を下げた二人は何も言わず、その場には沈黙が続いている。

 ここで彼らの代わりに声を上げたのは、何か難しい顔を見せるスティアだった。


「そんなに嫌なら、変えてもらったらいかがですか?」

「変えるって何を――ああ、管理番の役割を、か?」

「ええ、まあ」


 確かに世界樹が作った役割ならば、それを世界樹が破棄する事も可能ではないかと、そういう事か。

 それならラタとクスがこんな目にあう必要は無くなる。何だ、滅茶苦茶簡単な話じゃねぇかよ。


「それは無理だぜ」


 だがそうと思った俺の思考を一つの言葉が断ち切った。

 それはマリアの端的な声だった。


「ああ? テメェ、こいつらをテメェらのご都合通り使い倒す役目から外すのに反対だってのかコラ」

「睨むんじゃねぇバカ。俺は事実を言っただけなんだからよ」


 そうは言うが、こいつも創造神側の人間だ。次に何を言いやがるかと睨んでいると、マリアはわざとらしく大きなため息を吐き出した。


「あのな、こいつらは浄化システムの管理番としてもう組み込まれてんだよ。役目を変えるってんなら、一旦その存在を消すしかねぇ。存在を消すってことはまぁ、あれだ。分かんだろ?」


 いつもならずけずけと物を言うマリアも、今回ばかりは言葉を濁した。その当事者であるラタとクスが、しょんぼりと足元を見ているからだろうか。

 こいつにも良心の呵責ってもんがあるのかと、俺は意外な事実に少し驚く。


「で、ですがマリア様。マリア様なら何とかできるのではありませんか?」


 だがマリアの言う事は到底納得できない内容だった。ティナもそう思ったらしく、身を乗り出して声を上げた。


「ヴィゾーをヴィゾフニルにしたように、二人にも奇跡を起こして頂ければ、最低でも彼らが死ぬような事は無くなるのではないですか!?」


 俺はちらりとヴィゾフニルを見る。俺は向こうで起きた事を聞いている余裕がなくて断片的にしか分からなかったが、しかしマリアがこいつに何かをしたと言うのはちゃんと聞こえていた。


 それをラタとクスにすれば何とかなるのではないかと、そういう事か。

 俺達の視線は一斉にマリアへと向かう。だが返ってきたのはいら立たしそうな舌打ちが一つだった。


「おいマリア。お前――」

「うるせー、言いたい事ぁ分かってる。だがさっきも言ったが無理だぞ。不可能だ。この俺様にもな」


 いつも通り不機嫌そうな声を上げるマリア。だがその時の彼女は珍しくも、少しばかり困ったような表情をして首をふるふると振っていた。


「でも貴方、ティナさんが言うように、ヴィゾーの件では彼の役目を変えていたではありませんか」


 スティアがそう疑問を口にするも、


「変えたんじゃねぇ。与えたんだ。こいつはクスをフレスヴェルグから守るって役割があったからな、それに”最後まで”守れって一言付け加えたに過ぎねぇんだよ。その程度の変更なら俺でもできる。ヴィゾーにはそれができる器もあったしな。だがこいつらは――」


 マリアはそう言って、スティアに向けていた視線をラタとクスに送った。


「……こいつらに何かを与えたとして、それが何になる? 結局やることは変わらねぇ。役割からは切り離せねぇんだよ。どうやってもな」


 そう断言し、マリアは二人から視線を外した。自信家で傲慢な彼女にこうも言わせると言う事は、それが紛れもない事実なのだろう。

 彼女の様子に皆押し黙る。するとそこに小さな一つの声が上がった。


「皆、ありがとう。でも、もう良いんだ」


 それはラタの声だった。


「本当に、もう十分なんだよ。責められるどころかこんなにも助けてもらって。貰い過ぎちゃったくらいさ。ね? クス」

「はいです。何もお礼ができない事が申しわけなく思う程に。ですから皆さん、あまり気にしないで下さいです」


 俺は二人の顔を見る。こちらに向けられている表情は、この数日の間、幾度も目にした笑顔だった。


 この笑顔に皆はそれぞれの反応を見せる。

 痛ましそうに顔を歪める者。消沈したように眉を八の字にする者。

 良い感情が見えないのは、これが彼ら自身の気持ちに反するものだと分かっているからだろう。


 ――だが、俺にだけは分かっていた。その笑顔の本当の意味が。


「ならお前らがしたい事は何も無いのか? ラタ、クス」

「本当に……したい、事?」

「ああ。何かねぇのか? 一つくらいよ」


 二人は顔を見合わせる。そしてくすりと小さく笑った。


「それなら一つだけだけど」

「私達から皆様へ、お願い事があるのです」


 二人はおもむろにそう言って、俺達の顔をぐるりと見る。


「出来ればでいいんだけどさ……」

「出来ればで構わないのですけれど……」


 二人は言いにくそうにもじもじとしていたが、意を決したように顔を上げる。


「もし次にまた浄化が必要になったらさ……」

「また皆さんに協力して貰いたいのですます……」


 見上げるように俺達を見るラタとクス。次の浄化なんつっても、たぶん、いや間違いなく、俺は生きていないはずだ。

 だが今そんな理屈はきっと、どうでも良い事だったのだろう。


「そんなもん決まってらぁ。なぁ?」


 俺は振り向いてぐるりと皆を見る。


「そう言われては断れませんわ。覚えていたら、来ますわよ」

「次はアタシがフレスヴェルグを倒して見せるもんね!」


 困ったような笑みを見せるスティアと、楽し気な声を上げるホシ。バドもこくりと頷いて、力こぶを作るように、両方の腕をぐいと上げて見せた。


「今回、俺は奴と戦う事すら出来なかった。絶対にニーズヘッグにリベンジしてやる。そのためには、まずはもっと強くならなければな」

「そうですね。私もガザ様に倣って、もっと強くなり挑みたいものです」

「当然、俺もまた来るぞ! ここは情報の宝庫だ! 魔窟ダンジョンの謎を解き上がすのが俺の使命だからな!」

「その情報、忘れて無けりゃあいいけどな……」


 魔族達もまた興奮気味に、そう言って二人に返していた。


「……そうだな。ここの事を忘れないでいられたなら、その時は私もきっと力を貸そう。約束する」

「僕も約束するよ。ラタ君。クスちゃん。二人にばかり苦しい思いをさせてちゃ、大人として恥ずかしいからね」


 真面目腐った顔でティナが言えば、ステフは目を細めて二人に笑いかける。

 彼らもまた二人の願いに、快い肯定を返していた。


 そんな中でマリアだけは口を一文字に結び、仏頂面を見せている。

 だがそんな彼女へ横目を向けて、アレスが小さく言葉をかけた。


「もし必要なら力を貸すこともやぶさかではない。でしょう?」

「……フン。気が向いたらな」


 素直じゃないのはいつもの事か。ぷいと顔をそむけた彼女の口元は、俺には少し上がっていたように見えた。

 俺は再び前を向き、見上げる二人へ視線を戻す。


「任せとけ。仲間が困ってんなら助けるのは当然だ。次も駆けつけてやるからよ、大船にでも乗った気で待ってろや」


 ニッと歯を見せて俺は笑う。二人はきょろりと俺を見上げ、そして周囲の皆にも目を向けて。


 そうして大きな笑みを見せる。

 笑顔の胸の内からは、ただ嬉しさだけが溢れていた。


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