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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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267.駆けよアンヴァル

 突然俺達の前に現れたアンヴァル。何が何だか分からないが、以前じゃ敵対した相手だ。

 俺は考えるよりも早くその場から飛び退り、前のアレスと背中合わせに立った。


「アレス、大丈夫か!?」

「くっ……。ああ、何とか大丈夫だ」


 そう言うアレスだが、声はかなり苦しそうだ。先ほどの様子を見ても、彼が何らかの手傷を負ったのは明白だった。


 ブレスは今まで通り、精技と魔法の合わせ技で防いだはずだ。それなのに一体どうしてと、俺は内心焦っていた。

 だがそんな俺へ、アンヴァルはゆっくり近づいてくる。俺は魔剣を抜きそれに相対するものの、奴は何もしかけてこようとはしなかった。


 アンヴァルはブルルと鼻を鳴らしつつ、俺をじっと見つめている。その瞳と感情からは、敵対の意思が感じられなかった。

 一体全体何なんだ。そう思っていると、遠くでいくつもの咆哮が上がった。


『ヴオ”ォォォォオオーーッ!』

「グァオ”オ”オ”オオオオーーッ!!」


 振り返り見れば、俺達から百メートル程離れたマグマの中で、ラーヴァドラゴンの群れがニーズヘッグへ襲い掛かっていた。

 ラーヴァドラゴンに巻き付かれてもがくニーズヘッグ。完全にマグマに引き込まれており、地の利はラーヴァドラゴン達にある状態だった。


 その様子に少し安心するものの、だが俺は、なぜあんな場所にニーズヘッグが移動しているのかすぐに理解ができなかった。


「ど、どうやら、助けられた、ようだな……くっ」

「アレス!?」


 アレスがそう言い膝を突く。助けられた? それはつまり、このアンヴァルにという事だろうか。


 先ほど吹き荒れた突風と、離れた場所にいるニーズヘッグ。アレスの言葉も合わせれば、俺の疑問はすぐに解けた。

 なぜアンヴァルが俺達を助けたのかという疑問だけは残るが、しかしもう状況が状況だ。アンヴァルからは敵意を感じないし、悩んでいる時間も惜しい。


「デュポ、オーリ! アレスの治療を頼む!」


 もうそう言う事で納得しようと、俺は声を張り上げた。


「了解だ!」

「ガッテン! 任せろ!」


 バドの時と同じように、二人はシャドウの中へ入って行った。

 アレスも膝を突いたままシャドウの中へ沈んで行く。だが彼は完全に姿を消す前に、俺達へ小さな警告を残していった。


「気をつけろエイク殿。奴は――ニーズヘッグは、どんどん力を増している。ブレスはもう受けるな……次はどうなるか分からん」


 三人が消えた後、嫌な空気だけが俺達の間に残った。

 思い出したが、ニーズヘッグは元々その力を、あの凍えるような世界で封じ込められていた。

 そこから出たと言う事はつまり、その力が徐々に本来のものに近づいているとも考えられるのではないか。


 アレスの警告はその事実に警鐘を鳴らすものだったのだろう。

 しかし。そうと言われたところで俺達には、あの方法以外にブレスを防ぐ手立ては無かった。


「ブルル……」


 それにこいつの事もある。鳴き声を上げるアンヴァルに目を向ける。

 俺達に敵意は無いようだが、こいつの目的がさっぱり分からない。下手に動けば以前のように、魔法をぶっ放される可能性もあった。


「こいつ……一体どうしてこんな場所に。エイク殿、ゆっくり離れるんだ」


 ガザもバドも警戒し、その場を動く事ができずにいた。

 その場で腰を落としながら低い声を出すガザ。俺はそんな彼の声を聞きつつ、更に注意深く奴の感情を探った。

 するとアンヴァルから感じられたのは、意外なことに焦燥感だった。


 自分からこんな場所に来て何を焦っているんだ。もしかして、ニーズヘッグをぶっ飛ばした事を焦っているんだろうか。


 ……これはチャンスかもしれないと思った。


 アンヴァルがニーズヘッグと敵対した事を焦っていると言うのなら――自分から仕掛けておいてちと情けなくはあるが――俺達と立場は同じだ。

 上手くやれば協力できるかもしれない。


 とは言えアンヴァルもランクSという驚異的な魔物だ。まずこちらに敵意がない事を示しておいた方が良いだろうと、俺は慎重に奴に近づいた。


「エイク殿! 危険だぞ!」

「デカい声出すなガザ。何、大丈夫だ。こいつが俺達を敵だと思ってんなら、こんな風に何もしないで突っ立ってねぇだろ」


 俺はゆっくりとアンヴァルとの距離を詰める。対してアンヴァルはやはりその場から動こうとしない。

 何かに焦りつつも尻尾をゆらゆら揺らし、近づく俺から視線を外さなかった。


「よく分からねぇが助けてくれたみたいだな。一応礼を言っておくぜ。ありがとよ」


 俺は努めて優しく声を掛けながらアンヴァルの首を軽く叩く。すると奴はブルルと気分良さそうに一つ鳴いた。


 馬ってのは基本臆病な生き物だ。こいつが動物の馬と同じかどうか分からなかったが、同じように扱ってとりあえず正解だったようだ。

 最初の接触には成功したようで俺はほっと息を吐く。だが。


「ぅぐぇっ!?」

 

 その隙をついて予想外の事が起こった。

 奴は目にも止まらぬ速さで俺の襟首をはむっと噛むと、自分の背中へぽいと投げ飛ばしやがったのだ。


「な、何しやがる!? ……まさか、乗れってのか?」


 またもブルルと鳴くアンヴァル。驚いてバドとガザが駆け寄ってくるが、そこへ轟いたのはニーズヘッグの怒号だった。


「グァオ”オ”オ”オオオオーーッ!!」


 マグマの中という完全に不利な状況でも、奴はラーヴァドラゴンを次々に霧へ返していく。前腕を振れば頭部を砕き、牙を剥けば首を食いちぎる。

 見る見るうちに数を減らしていくラーヴァドラゴン。このままじゃすぐにでもこちらに襲い掛かるだろう。

 もう、なんだかんだ迷っている暇は無かった。


 山賊心得その九 ―― 運が向いて来た時はその勢いに乗れ。


 出たとこ勝負で勢いに乗る。これが山賊の流儀ってな!


「よしっ! なら頼む!」

「ヒヒヒヒーンッ!!」


 アンヴァルがいななく。奴はトンと地面を蹴り、乗せた俺ごと浮き上がった。


「シャドウ! 皆を頼む!」

「待ってよ、僕もっ!」


 ラタがアンヴァルの後ろにぴょいと乗り、俺の背中に抱き着いてくる。他の面々も伸ばされたシャドウの腕を急いで掴み、影の中へ沈んで行った。

 ニーズヘッグがざばりとマグマから上がって来る。奴の双眸は怒りでマグマよりも赤く燃えていた。


「アンヴァル! あいつをブッちぎってくれッ!」

「ブル――ヒヒヒヒーンッ!!」


 俺がその首を掴むが早いか、アンヴァルは前足を上げて激しく嘶く。

 刹那、俺の世界はぐんと加速した。


 今までいた場所を置き去りに、一瞬で周囲が後方へ消し飛んだ。

 不思議と風の抵抗はない。しがみ付く力を弱めても、俺がアンヴァルの背中から転げ落ちることは無かった。


 アンヴァルは足場から一メートル程浮きながら、駆けるように足を動かし走る。

 溶岩の足場が、煮えたぎるマグマが、ぐんぐん後ろへ流れていく。前から向かって来る怪物モンスターも、まるで止まっているかのようだった。


 全く初めての体験に言葉が出ない。早すぎる世界に、まるで時すらも止まっているように俺には思えた。

 この速度ではさしもの奴も追いつけまい。そう思い後ろを向くも、信じられないものが目に映り、俺は絶句してしまった。


「グァオ”オ”オ”オオオオーーッ!!」


 なんと、ニーズヘッグとの距離は全く開いていなかったのだ。

 地面を揺らし、血走った眼で俺達を追って来るニーズヘッグ。

 俺達を追うためだろう、飛びかかるレッドドラゴンもマグマから現れるラーヴァドラゴンも、ニーズヘッグは見向きもせず跳ね飛ばして向かって来る。


「グァオ”オ”オ”アアアアーーッ!!」


 そして奴は再び悪夢の体勢を取る。背の四枚羽を大きく広げ、空気を震わせる咆哮を放ち。

 そして口を大きく開けたのだ。


「不味い! 避けろアンヴァル!!」


 俺が首をバシバシ叩くと、アンヴァルはブルルと嫌そうに鳴く。だが意図するところが分かったのか、すぐに俺達の周囲にバチバチと弾ける音が鳴り始めた。

 まさか魔法で迎撃するつもりか。俺がそうと思った次の瞬間、バチリと一層激しい光が弾ける。

 その光が消えた瞬間現れたものを目にした俺は、あまりの光景に歓喜の声を漏らしてしまった。


「こ、こりゃあ凄ぇ……っ!」


 右を見ても左を見てもアンヴァルがいる。いや、それだけじゃない。周囲に十程のアンヴァルが、同じように並走していたのだ。

 これは風魔法、上級魔法マスターマジックの”空蝉の幻影(ミラージュライト)”か……!

 だがこんなにも分身を生み出せるなんて信じられない。あのスティアでさえ二体が限界だと言っていたのに。


 突然増えた俺達の姿に惑わされ、ニーズヘッグは明後日の咆哮にブレスを放つ。激しい閃光は魔窟ダンジョンの岩盤を穿ち崩壊させるが、俺達は全くの無傷だった。


 がらがらと崩れる岩盤を見て、俺が先ほど覚えた感情は恐れだった。だが今心に浮かんだ感情は、それとは全く別のものであった。


「は――ハハハハッ! 凄ぇ……! 凄ぇぞ! アンヴァル、お前は最高だ!」


 あのニーズヘッグの攻撃を全く意に介していない。

 空を飛ぶように駆ける風の精霊馬アンヴァル。

 俺はニーズヘッグへの恐れなど忘れ、ただただ愉快にガハハと笑った。


「ラタ、振り落とされねぇようにしっかり捕まってろよ!」

「う、うんっ」


 俺はアンヴァルの首をばしばし叩く。アンヴァルも分かったとばかりに、ブルルルと機嫌良さそうに鳴いた。


「駆けろアンヴァルッ! 邪竜が何だ、ブッちぎれーッ!!」

「ブヒヒヒヒーンッ!!」


 ぐんと速度が更に上がる。風のように、ではない。もはや風そのものになって、俺達はマグマの海を飛んでいく。

 後ろでニーズヘッグが咆哮を上げている。だがその声すらも置き去りにして、俺達は第六階層を駆け抜けていった。

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