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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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265.明かされた役割

「バドッ!!」


 俺は名前を呼び、彼のもとへ走った。


「バド殿!」

「バドさん!」


 皆も口々に彼の名を叫ぶ。

 いつもならどんな攻撃も防ぎ、涼しい顔をしているバド。だが今その場に倒れる彼は、ぴくりとも動く気配がなかった。


「グァオ”オ”オ”オオオオーーッ!!」


 ニーズヘッグは一際大きな咆哮を上げる。その怒りは小さくなるどころかどんどんと大きく膨らんで行く。

 最大の攻撃を放ったと言うのに、俺達が無傷な事が気にくわないのかもしれない。


「ヴオ”ォォォォオオーーッ!」


 だがそんな奴へ、再びラーヴァドラゴンの群れが襲い掛かっていく。

 ブレスを吐いた直後の隙を狙われたニーズヘッグは、四肢をドラゴン達に噛みつかれ、マグマの中へ引きずり込まれていく。


 その隙にと、俺はバドの鎧へ手を伸ばす。だが手を焼くようなあまりの熱さに思わず手が引っ込んだ。

 バドはこんなもんの直撃を受けたってのか。俺の声は焦りから、半ば叫ぶようだった。


「オーリ、デュポ、シャドウに入ってバドを治療してくれ! 生命の秘薬(ポーション)でも何でも好きに使っていい! 早くしないと不味いかもしれん!」

「わ、分かったっ!」

「任せろ大将!」


 三人はずぶずぶと影の中へ沈んで行く。

 こんな事になるのならロナを置いてくるんじゃなかった。そんな後悔を倒れたバドの姿に思う。


「エイク殿、バド殿はきっと大丈夫だ。気落ちしている余裕はないぞ」

「分かってる!」


 だが今、俺達もバドの心配だけをしている余裕なんざ無い。生命の秘薬(ポーション)なら三等級まで買ってある。バドならきっとまた、しれっとした顔で復活するはずだ。

 彼のタフさを信じつつ、俺はアレスの声に振り返った。


「今のうちに逃げるぞ!」

「待てエイク殿。逃げるは良いが、あのブレスはどうする。”大精霊の守護結界(エレメンタル・シルト)”を突き破るとは信じられんが、対策を考えなければ俺達もバド殿の二の舞だぞ」


 確かにアレスの言うように、このまま逃げたとしても、あれをまたぶっ放されたら終わりだ。

 とは言え俺達に打てる手など殆どない。俺はアレスの背をばんと叩く。

 手が痺れる程強かったのは、弱気な自分への叱咤だったのかもしれない。


「お前の”大精霊の守護結界(エレメンタル・シルト)”と俺の”青き甲の守護者ブルーシェルガーディアン”でやってみるっきゃねぇ。バドの鎧は異様に熱を持っていた。重ね掛けで何とか耐えられるかもしれん」

「待ってくれ。俺も”暴圧の息吹(プレッシャーブレス)”を放ってみる。三人で同時に使ったなら――」

「確かに無事に済むかもしれないな。ふ、やってみる価値はありそうだ」


 俺達はこくりと頷き合う。精技(じんぎ)二つに魔法が一つ。何て大盤振る舞いだよクソッタレっ。

 これでもまだ防げるかどうか不安なんだから嫌になるぜ。


「もしこれで耐えられなかったらよ、この話をさかなにあの世で酒でも飲み交わそうや」

「縁起でもない話だ。私にはまだマリア様を守ると言う役目があるのだぞ」

「全くだ。俺に、子供に顔を見せろと言ったのはエイク殿、アンタだろう」

「へ、ならこんな所で死なねぇように、さっさとトンズラここうじゃねぇか」


 俺達は拳を付き合わせる。強がりか、二人の顔には笑みが浮かんでいた。


「行くぞラタ! 何ぼさっとしてやがる!」


 激しい咆哮が轟く場所に背を向け、俺達三人は走り出そうとする。だがどうしてか、ラタだけがその場から動かなかった。

 俺達に背中を向ける彼はなぜか俯いていて、丸い耳もへにゃりと垂れていた。


「……無理だよ。おっちゃん達じゃ」


 ぽつりと、小さな声が聞こえた。


「ニーズヘッグの力は今見たでしょ。あいつは誰にも止められない。走って逃げきれる者だけが、あいつを第三階層へ連れて行くことができるんだ」


 ラタは顔を上げ、ラーヴァドラゴンと激しく戦うニーズヘッグをじっと見つめる。

 感情に意識を向けてみれば、今までラタから感じたことの無いものが、今初めてむくりと頭をもたげていた。


「僕一人で行くよ。おっちゃん達はこの道から離れていて。空でも飛んでればきっと、ニーズヘッグは見向きもしないだろうから」

「あのな、俺達がなんでここまで来たのかお前は忘れたのか? 俺達はお前を助けるために――」

「僕はにえなんだよ」


 異様な言葉が小さな口から転がり出る。その言葉の意味を理解するために、俺は数秒の時間を要した。


「僕は生贄なんだ。あいつの気を引いて第三階層まで連れて行くための、ただの生餌いきえ。それが僕とクスの――ラタトクスの役割なんだよ」


 ラタの心には不自然にも、まだ楽しいと言う感情がある。しかし今はその楽しさを抑え込み、一つの感情が噴き出していた。


「この浄化システムを発動したら最後、僕はあいつに食われて死ぬ。これはどう足掻いても変えられない運命なんだ。見ただろ、あいつの凶悪さを」


 ラタの内に浮かぶ感情をはっきり知り、俺は今、ラタとクスに初めて会った時の事を思い出していた。

 あの時満面の笑顔だった二人。しかしその胸の内に、何か妙な感情があるような奇妙さを俺は覚えていた。


 しかしその僅かな感情を俺は正確に読み取ることができず、気になりつつもここまで来た。

 ニーズヘッグを前にしてラタが諦めを感じていた時には、不思議に思いつつもこれだったのかと、俺はそこで納得した。ラタが何かを諦めていて、その感情がかすかに浮かんだのだろう、と。


「浄化システムは世界樹が作ったものだけど……でも、世界樹は創造神が作ったもの。つまりこのシステムは神が作ったものなんだ。おっちゃん達みたいなただの人間が、神の御業みわざに抗えるわけが無いんだよ」


 もっとよく考えるべきだったのだ。諦めなんて、絶望の果てにしか生まれないはずなのに。

 俺は自分の無能さ加減に、自分を殴りつけたいような気持ちでいた。


 ラタは知っていたのだ。この先にあるのが自分の死だと。

 だから諦めていたのだ。当然だろう、死ぬ未来しかないのだから。


「だからさ、もうここまでで良いんだ。僕は楽しかったけど……。でも」


 今ラタの胸に初めてはっきり浮かんだ悲しみに、俺は歯を食いしばる。


「もう鬼ごっこは……ここで、おしまい」


 ラタは後ろに佇む俺達に顔だけを向ける。

 その顔にあったのは、悲し気な笑みだった。


 襲い来るラーヴァドラゴンをなぎ倒しながら、ニーズヘッグがマグマの中から足場へと上がって来る。

 奴はここに来てからもずっと。スルトと戦っている時でさえ、俺達――いや、ラタへの注意を逸らさなかった。


 奴はその内に抱えている世界樹への恨みを、ラタにぶつけることで晴らさんとしている。長きに渡りあんな白銀の世界に閉じ込められてきたのだ、確かにその怒りは頷けた。


 そして世界樹を浄化するために、その役目を担う管理番が事に当たるんだという理屈。それもまた頷けるものだった。


 でもな。

 だからと言って、その課せられた役割全てを飲み込めるなんて、俺はそんな物分かりの良い性格なんざしてねぇんだよ。


「ふざけんじゃねぇよ」

「……おっちゃん?」

「何でお前がそんな事に命を捨てる必要があんだよ。そんなもんはよ、そのシステムを作った創造神だの世界樹だのがやりゃ良いだろうがッ!」


 役割を果たすために死ねなんざ、到底頷ける話じゃねぇ。

 ぎりぎりと拳を握り締め、俺は唾を飛ばす勢いで怒鳴る。


「何言ってるんだよ。そんな馬鹿な事、できるわけ無いだろ……」

「その馬鹿な事をやらせてんのがその創造神なんだろうが! ユグドラシルの馬鹿だろうが! 少なくともお前は! そんな事を望んじゃいねぇんだろうがっ!」


 俺の≪感覚共有(センシズシェア)≫は、勝手に人の心が分かっちまう。嫌でも目の前の奴に共感を持っちまうんだ。

 お前の心だってな、強がったところで俺には分かっちまうんだよ。

 だが俺がここまで頭に来ている理由はそれだけじゃあない。


「今更尻尾撒いて逃げろだって!? 馬鹿言うんじゃねぇ! お前を第三階層まで連れて帰る! そういう約束で俺達はこんなクソみてぇな場所まで来たんだよ! だってのによぉ――!」


 俺の目の前に立つラタ。その姿は非常に幼い。

 口元は弧を描いているが、その顔は今にも泣きそうで。

 それを見れば俺の怒りは、瞬く間に頂点に達した。 


「ガキに全部おっかぶせた挙句、殺されるのを指咥えて見てたなんてよぉ……これから胸張って生きていけるかッ!! そんなクソ野郎共と一緒にするんじゃねぇッ!!」


 ラーヴァドラゴン達を吹き飛ばし、再びニーズヘッグが羽を広げる。


「グァオ”オ”オ”オオオオーーッ!!」

「水の精霊ウンディーネよッ!!」


 奴の咆哮に負けじと咆える。


「我が呼び声に応じ、我らに青き溟海の守護を! 暴虐たる邪の力、静穏なる守護にて打ち消し賜え!」


 アレスが俺達の前に立ちはだかり、ガザもその横に立ち並ぶ。

 二人の体からは既に、白いオーラが立ち上っていた。


「”青き甲の守護者ブルーシェルガーディアン”――ッ!」

「”大精霊の守護結界(エレメンタル・シルト)”ッ!!」


 俺とアレスがそう口にした瞬間、ニーズヘッグの口が大きく開く。

 激しい閃光が周囲を消し去り、白い空間が俺達を包み込んだ。


「お、おっちゃん達――!」


 俺の魔法は秒も持たず、あっという間に消し飛ばされた。


「カァアアアアーッ!」

「むおおおおおーっ!」


 ガザとアレスの咆哮が、白い世界にこだました。


「ガザ! アレス!」


 それは一瞬の事だったが、しかし俺にはとてつもなく長い時間に感じていた。


 白い世界が終わりを告げた時、俺の目にガザとアレスの背中が映り込む。

 先ほどのバドの姿が過ぎる。しかし二人は倒れることは無く、こちらにくるりと振り向いて。

 そして同時にニヤリと口を歪めた。


 それと時を同じくして、俺の足元から黒い手がにゅうと飛び出した。

 シャドウの手ではない。その手は重厚な黒い甲をまとっていた。


 その手はがしりと地面を掴むと、勢いよく飛び出してくる。ズシンと地面を踏んだバドは治療のためか兜を脱いでいたが、しかし俺をしっかりと見つめ、コクリと首を縦に振った。

 思わず俺の口からは笑みが漏れていた。


「へっ、見たかよラタ……! なーにが人間には抗えないだ。冗談じゃねぇぞ!」


 ニーズヘッグからほとばしるのは激しい怒り。それは今まで、俺を惑わせていたもののはずだった。

 だが覚悟が決まったからだろうか。俺は奴の深紅の瞳を真正面から睨み返し。

 そしてビシリと指を突き付ける。


「創造神が何だ! 世界樹が何だ! 人間様の力をよぉ――舐め腐ってんじゃねぇぞコラァッ!!」

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