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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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253.光輝く者、それは

 マグマの熱気に汗を掻きつつ、前進する事一時間ほど。この階層は今までと違い、ぐねぐねと蛇行しているものの一本道で、全く迷いようが無いものとなっていた。


 今までマッピングをしていたのはスティアだ。だが彼女と別れてしまった事で、俺達はマッパーを別に立てる必要に迫られた。

 誰がするかと相談した結果、起用することになったのはオーリ。彼はなぜか嬉しそうに道具を受け取ると、ここまでマッピングをしながら歩いて来た。


 だが、こうも一本道ではマッピングなど必要ない。嫌がるオーリから、半ば奪うように道具を受け取ると、そこにあったのはフレイムドレイクやラーヴァヒッポのスケッチで。

 オーリの脳天にガザが拳骨を振り折ろしたのは言うまでも無い事だった。


 まるで魔窟ダンジョンに誘われるように、道に従い進む俺達一行。今頭上には、二十程のヴォルケノバットが羽をはためかせて滞空していた。


「おらあっ! お前ら降りて来いやぁ! あちちちっ!」

「うーむ! どうやって火の粉を降らせているのか全く分からんな! 見れば見る程面白いっ」


 デュポが上を見て怒鳴るが、当然降りてくるはずもない。空を飛ぶコウモリと地面にいる俺達でにらみ合いが続く。


 だが連中、羽ばたく度に大量の火の粉を降らせるため、こちらは悠長に立ち止まってもいられない。

 火が体に燃え移らないよう、火の粉を振り払うのにてんやわんやだ。


「お、おいオーリ。お前頭が燃えてるぞ。大丈夫か」 


 オーリは面白そうに観察しているが、火の粉を払いもしないため、ついには頭髪に火がついたらしい。


「え? 何か言いましたかガザ様」

「だからお前、頭に火が付いてるぞ!」

「は? あはは、そんなわけあちゃちゃちゃちゃっ!」


 手を伸ばし、やっとオーリは慌て始める。何をやってんだ何を。こんな場所でアホな事やってんじゃねぇよ。


「エイクさん、またラーヴァヒッポが!」


 呆れて見ている俺にステフが声を掛けてくる。

 この騒ぎに乗じてカバまで浮上して来たらしい。


「こいつで防いでくれ!」

「分かりましたっ! ”岩盤の大盾(ストーンウォール)”!」


 差し出した羊皮紙を受け取ったステフは、地面に置いて魔法を唱える。ズンとそびえ立った岩盤は、俺が使った時同様に、手前に傾斜がついていた。


 ステフは慣れない魔法陣にも柔軟に対応し、手際よく使い始めている。

 ランクB冒険者ともなれば、多くの実戦を経験してきているはずだ。この柔軟性もきっと、その賜物なんだろう。


 カバの口から飛んできた溶岩弾は”岩盤の大盾(ストーンウォール)”に衝突するも、上方に逸れてヴォルケノバットの群れへと飛んで行く。

 これに慌てたヴォルケノバット達は、泡を食ってその場から散る。

 予想外の結果だったが、これで火の粉攻撃が僅かに止んだ。この好機を逃す手はないな。


「風の精霊シルフよ!」


 俺は即座に詠唱を始める。


「”荒れ狂う颶風(バーストストーム)”!」


 再び集まり始めたコウモリ達に、”荒れ狂う颶風(バーストストーム)”をお見舞いする。突然洞窟内に吹き荒れた颶風ぐふうは、敵を飲み込んで吹き荒れた。


 コウモリの羽は鳥よりも脆弱な作りをしている。ヴォルケノバット達も同様らしく、暴風に弄ばれた後、ボトボトと地面に落ちていった。

 中にはマグマへ落ちて行く奴もいる。どぼんと沈んだコウモリ達は、ジュウッと嫌な音を鳴らしていた。


 足場に転がるコウモリを仲間に任せ、俺とステフはカバへ容赦なく魔法を放つ。

 そうして怪物モンスターの姿が無くなった後、俺達はボロボロと落ちているくず魔石を拾い、ふぅと一息吐き出した。


 ここに来るまでに精技じんぎや魔法をかなり使っている。異様な暑さもあるだろうが、皆の疲労がたまり始めているように見える。

 俺の魔力もとうに半分を切っているし、そろそろ休憩をしたいところだが、目的地はまだ先なんだろうか。

 ……と、そうだ。


「なぁラタ。次の階層に行く場所まで、あとどのくらいある?」


 知っている奴がいるのだから聞いてみればいいのだ。なぜこんな事も思いつかなかったのだろう。

 見た事もない空間に放り投げられ、仲間とも分断された。俺も少々狼狽えていたのかもしれない。


「んー? そうだなぁ。たぶん、半分は過ぎたってところかな!」

「半分、か」


 皆の目がこちらに向いている。やはり皆も気になっていたらしい。


「先に進もう、エイク殿。ここで休んでいても仕方がない」

「その意見には賛成だ。ここはいるだけで体力を使う。体力のある内に進まなければ、休憩所に辿り着く前に力を使い果たしてしまいかねん」


 ガザが口を開くと、珍しくアレスもそれに続いた。寡黙なアレスがこうも口を利くとは、やはり彼も余裕が薄れてきているんだろう。

 何気なくバドに視線を向けると、彼もこくりと首肯する。うちの主力は頼もしいね。言う事ももっともだし、先に進むとしましょうかい。


「向こうはどうなってんのかね。こっちみたいな状況なのか、それとも――」


 ≪感覚共有(センシズシェア)≫を通じて何やら声は聞こえるが、しかしこちらに呼びかける様子はない。それに雑談をする余裕も無いため、特に聞くでもなくここまで来た。

 こちらはマグマがたぎる異様な場所だが、向こうも向こうでおかしな場所なんだろうか。こことは真逆で雪でも降ってたりしてな。


 まあ、まずはこちらが休憩所まで辿り着くのが先決か。想像した雪景色を頭から消し去り、進み始めた皆の背に続く。

 頬に流れた汗を拭いながら、俺は周囲の警戒を続ける。ぼこぼこと泡出つマグマの音がただ、洞窟の中に小さく響いていた。



 ------------------



 第四階層、下層を行くエイク達。彼らは既に折り返し地点を過ぎ、順調に進んでいるようである。


 一方こちらは第四階層、上層。女性陣が今いるのは、エイク達が進むような薄暗い洞窟ではない。

 それとは全く真逆の、明るく開放感溢れすぎる雲の上であった。


「た、高いぃ……っ!」


 下を見て声を震わせるティナ。彼女の足は先ほどから、ガクガクと震えっぱなしだった。


「だから下を見るなと言っておりますのに」

「そ、そう言われてもだな! どうしても見てしまうのだっ! と言うか見なくても駄目だぁっ!」


 彼女達が今立っているのは、あまりにも巨大な枝の上だった。

 それはずっと先まで伸び、彼女達の足場となっている。だがそこから足を滑らせでもしたら下へ真っ逆さまだ。


 眼下は白い雲が漂う以外は空色のみで、地上の様子など全く見えない。高所の苦手なティナにとっては、いるだけで泣きたくなる悪夢の場所だった。


「ここは魔窟ダンジョンだって言ってんのに、どうしてこう真に受けるのかね」


 そんなティナの様子を見ながら、マリアは呆れてため息を吐く。

 ここは世界樹が生み出す魔窟ダンジョンの中。魔窟ダンジョンは異界とも呼ばれる不可思議な場所で、きっとこの光景も偽りなのだ。


 自分達が高所にいるわけではなく、下に青空が広がっているわけでもない。ティナ本人だってそれと分かっているだろうに、しかし現実はへっぴり腰でへなへなと情けない。


 まあ、足を踏み外したら死、と言う点は変わらないけれども。しかし高ランク冒険者が聞いて呆れる。

 彼女を連れて来たのは間違いだったかと、マリアは今更後悔し始めていた。


 エイクの方は、ステフがいてくれた事を幸いだったと評価していた。

 しかしこちらの一行は、全く役に立たないティナに頭が痛い様子であった。


「もう目隠しでもしたらどうですか?」

「おまっ――! そ、そんな恐ろしい事を言うなっ! 魔族には人の心が無いのか!?」


 コルツがどうしようもないと投げやりになれば、ティナはもう半泣きだった。


「このままじゃ、ラタが先に着いちゃいますです……」


 この様子では、男性陣が先に事を成してしまうだろう。クスの大きな尻尾はへにょりと垂れている。

 マリアは額を手で揉んでから、重いため息を一つ吐く。そして何かを決意したように、顔をくいと空へ上げた。


「おい、これじゃあ世界樹の浄化ができねぇ。見てるんだろ? ああ、そこのお前だよ。降りてきて手ぇ貸しやがれ」


 虚空に向かってマリアはそんな事を言い始める。

 これには皆、何を言っているのかと不思議そうな目を向ける。

 だがそれも僅かの間だった。


「なんかこっちに来る!」


 ホシが空を指差し大きな声を上げる。見上げれば確かに空に輝く何かが一つ、こちらに向かって飛んで来ていた。

 それは黄金に輝きながら、真っすぐ空から降りてくる。そしてマリアの前にバサバサと着地すれば、その輝きはふわりと消えて行った。


 皆は何かとマリアの背中越しに覗き込む。

 そして一様に絶句した。


「お呼びですか? 金色の美しいお嬢さん」


 そこにいたのは、一羽の喋る雄鶏だったのだから。


「な、なぜニワトリが空から……?」


 スティアの声には困惑が滲む。本来なら他にも言うべき疑問があったはずだ。

 しかし色々と衝撃的すぎて、それ以外の言葉が上手く出てこなかったのだ。

 何せ目の前の生物は、ニワトリはニワトリでも、絵本に出てくるような丸みを帯びた、デフォルメされたニワトリだったのだから。


「それは世界樹ですから。ニワトリの一羽くらいいても、おかしく無いとお思いになりませんか? 麗しきお嬢様方」

「い、いや。その理屈はおかしい」


 首を左右に揺らしながらニワトリが流暢に反論する。だがそもそもニワトリは喋らない。それに光らないし、空を飛ぶこともあり得ないのだ。

 ティナが困惑気味に返すと、ニワトリはこっこっと小さく鳴いた。その仕草はティナの目に、可笑しそうに笑ったように見えた。


「私はヴィゾーと申します。ヴィゾーちゃん、と呼んで頂けると光栄です」

「うぃぞーちゃん、アンタ精霊なの?」


 こっこっこと鳴きながら首を揺らすニワトリ。そんな彼をひょいと持ち、ホシが不思議そうに声を上げる。


「んー、半分正解、ですね。そこのクスさんのようなもの、と言えばお分かりになりますか? しかしよく分かりましたね、小さなお嬢さん」


 つまり精霊モドキというわけだ。ならば世界樹にいる事も、空を飛んでいた事も、話す事もニワトリなのも何とか飲み込めそうだ。理由は理解不能だが。

 突然の異常事態に目を白黒させるスティア達。そんな面々を尻目にして、ヴィゾーはこっことクスを見た。


「いらっしゃったんですね、クスさん。私はもう、その可愛らしいお顔をこの目にできないかと、寂しく思っておりましたよ」


 やはり精霊モドキ同士、面識があったらしい。どうやら世界樹の浄化システムが働かなくなって以降、二人は顔を合わせていなかったようだ。


「ごめんなさいです……」

「いえいえ、そうではありません」


 丸い耳をぺたりと垂らし、しゅんと肩を落としたクス。

 管理番である彼女はずっと責任を感じていたのだろう。その小さな眉を八の字にして、申しわけなさそうに俯いていた。

 しかしヴィゾーは気にした様子もなく、ホシの腕の中で毛繕いを始めた。マイペースなニワトリである。


「私が残念だったのは、愛らしい貴方を目にできない事。それだけでしたからね。このニワトリめの戯言ですよ。どうぞお気になさらずに」


 そしてニワトリは器用にぱちりとウインクをする。

 それを見たクスの顔に小さな笑みが戻った。


「ヴィゾーさん……。ありがとうございますです」

「ふふふ、やはり貴方には笑顔が良く似合う。キュートです」


 翼を器用に折り曲げて、ぐっと親指を立てる仕草をするニワトリ。


「って、んなこたぁどーでもいいんだよ」


 しんみりした雰囲気が和らぎを見せる。だがそんな空気を思いきり蹴飛ばして、無理やり割って入ったのは当然聖女のマリアであった。

 彼女はホシに抱かれたニワトリに、不機嫌そうな顔をぐいと近づける。


「こっちに高い場所が苦手な奴がいる。何とかしろ」


 そして、低い声でそう言い放った。


「そんな無茶苦茶を良く仰いますね」

「この光景を作り出せるくらいなんだからできるだろ」

「……やれやれ、確かに世界樹の浄化は私達の仕事であります。致し方ありませんね。微力ながら力をお貸し致しましょう」


 ヴィゾーは台詞に反して楽しそうな声を出す。そしてホシの腕からバタバタと飛び上がり、ティナの頭にチョンと着地した。


「うわっ! な、何だ貴様!」

「緑の黒髪のお嬢さん、そんなに驚かれては折角の凛々しい貴方が台無しですよ。もっと言えば、貴方の上に乗る私が大変ですので今すぐ落ち着いて下さい」


 いきなりの事に慌てるティナだが、頭に引っ付いたニワトリは離れない。

 そればかりかバッと翼を広げると、その双眸からカッと目映い光を放った。


「うっ!? まぶしっ!」


 ティナは思わず目を瞑る。突然頭上で光り輝かれたのだから、これは当然の反応である。

 だがその後彼女が目を開いて見た光景は、思ってもみないものだった。


「な、なんだ――これは」


 今まで空色一色だった眼下に、緑の絨毯が敷き詰められている。足場にしている巨大な枝が、一瞬にして葉を生やしたのだ。

 そればかりではない。上方にも緑のアーチが現れ、空の青を覆い尽くしてしまっている。見れば色取り取りの花も咲いている。

 さながらどこかの庭園のように、周囲の様相が変わってしまっていたのだ。


「いかがですお嬢さん。これなら何も見えないでしょう?」

「あ、ああ……」


 こっこっこ、とニワトリが笑うも、ティナはぱしぱしと瞬きをしつつ呆然とそんな台詞を返す。


「では私はしばらく、お嬢さんの頭の上で休憩させて貰う事にしましょう」

「あ、ああ……分かった……。ん? 何だって?」


 だからだろう、彼の言う事に首を縦に振ってしまい、ティナは最後に疑問の声を漏らしたのだった。


 こうして女性陣一行に、ティナの頭に乗りっぱなしの変なニワトリが加わった。

 それ以降ティナは高所におびえることは無く、普段通りの動きを見せ始める。

 しかし彼女以外の女性達は不思議に思った。どうして目の前の光景が何も変わっていないのに、ティナが急に恐れなくなったのかと。


「いい仕事するじゃねぇか。これでやっとまともに進めるぜ」


 その理由を彼女だけは知っていた。ティナの目元にだけオドが厚くまとわりついている事を、聖女マリアは認識していたのだ。


「マリア様、大変失礼致しました。護衛として見苦しい姿をお見せし、言いわけのしようもありません。ですが、ここからは挽回致します。さあ参りましょう!」

「全くだ。頼むぜおい」


 とは言え無駄な事を言って問題を蒸し返す必要はない。

 不思議そうな顔をする他の面々に対して、マリアはちらりと目を流す。そしてその唇に、そっと人差し指を立てたのだった。

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