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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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251.対抗戦! 浄化システムを起動せよ

 その後俺達は精霊モドキだと言う二人――ラタとクスを加え、次の階層に進む場所へと向かうこととなった。

 そのうろはずっと続いた荒野の果てに、ぽつんと立つ木の幹にあった。なおその近くには灰色の崖がそびえ立ち、俺達の行く手を阻んでいる。


 見上げれば、灰色の壁は雲を突き抜けて伸びている。左右に目をやっても、見える限りずっと灰色の壁が続いている。

 この階層から出たいなら、また木のうろをくぐれという事なんだろう。


 初め、皆はうろよりもその崖の事が気になり、思い思いに観察をしていた。だが俺達はここに冒険をしに来たのではない。世界樹の浄化に来たのだ。

 気にはなるが、それは見た事のない光景だからであり、それ以上の意味は無い。へぇほぉと観察すればすぐに興味も失せ、再びうろの前に集まっていた。


「おほほほーっ! 凄い! この崖を登ったらどこへ辿り着くんだろう!? まさか天国にまで続いているとか!? よし、行ってみよう!」

「本当に死にかねないから止めて」

「ふげっ!?」


 ……オーリの事はもうコルツに任せた。


「じゃ、スティア。また先頭頼むわ」

「承知しましたわ」


 俺はまた彼女に声をかける。スティアはこちらに笑顔を見せた後、いつものように一番にうろの中へと入っていった。

 俺は暗闇に消えていくスティアの背中を見送り、そして傍にいるラタに目を向けた。


「ここから何が分かるってんだ?」

「まーまー、いいからいいから。ここを抜けてのお楽しみさ!」


 ラタはそんな俺にニシシと笑って返す。俺は肩をすくめるしかなかった。


 この世界樹の最上層と最下層にいるという、強力な怪物モンスター。そいつらを一体どんなふうに浄化に使うのかと聞けば、ラタとクスはそろってこう答えた。


「次の階層に行けば分かるんだぜ!」

「次の階層に行けば分かりますです!」


 だが二人が悪戯っぽい笑みを浮かべるもんだから、どうにも嫌な予感がしてならず、再度聞いてみたのだが、やはり答える気は無いらしい。


 俺は諦めて、うろの中に消えて行ったホシに続きうろをくぐる。そこはやはり今まで通りの、何もない暗闇の一本道だった。

 前後の様子など何も分からない。俺は真っすぐに、前を歩いているだろうホシを追う。


 この先にあるのはまた森か。はたまた荒野かそれ以外か。

 一体何が待ち受けるのかと、嫌な予感もしながら黙って先へと足を進める。


 そして数分歩き続けた俺は、次の階層へと足を踏み入れたのだが。

 そこには俺の想像とは全く異なる、異様な光景が広がっていた。


「な、なんだこの暑い場所は……」

「あっちい~っ! 何だこりゃ!?」

「わははは! 暑いぞ! この光景はまるで地獄だな!」


 うろから出て来た魔族達が困惑したように独り言つ。だがそれは俺達全員の気持ちの代弁だったろう。

 その場所はぐつぐつと泡立ち、赤々と光る粘性の高い液体が広がる、世にも奇妙な場所だったのだから。


「これは、マグマか!? まるで火口の中のようだ! 面白いっ!」


 オーリが楽しそうな声を上げる。実際に見たことは無いが、あれが火山が噴火した時に噴き上げると言う奴か。

 更に見れば、足場はボロボロで赤黒い色の、岩のような物が広がっている。あの液体がマグマと言う事は、これはまさか溶岩か?


「ど、どうなってんだこりゃ……うん?」


 薄暗い魔窟ダンジョンの中、俺は皆の様子にも目を向ける。だが、いつも目に入るはずのものが見当たらず、俺の胸がドキリと跳ねた。


「スティア! ホシ! どこだ!?」


 焦りながら周囲を見回す。だが探し人の姿はどこにも見当たらない。

 当然返事が返って来るはずも――

 

《貴方様ぁぁぁっ! どこですのぉぉぉぉっ!》


 返ってきた。そうだ、そういや皆に聴覚の≪感覚共有(センシズシェア)≫を使っていたんだった。

 ユグドラシルとの会話にしか使わないと思っていたから忘れてたよ。

 まさかこんな場所で役に立つとは、何がどう転ぶか分からんな。


「おいスティア、お前どこ行った!?」

《それはわたくしの方がお聞きしたいですわっ! 貴方様、一体今どこにいらっしゃいますの!?》

《おい落ち着けよスティア。声が聞こえてんだから向こうは何ともねぇよ》

《これが落ち着いていられますかっ! どうなってますの!?》


 スティアの慌てた声に混じり、マリアの声も聞こえてくる。そういやマリアもこっちにいないな。

 見ればアレスだけがこっちに立っている。彼には焦った様子も無いが、これじゃ護衛も形無しだ。


「ホシもそっちにいるのか?」

《いるよー》


 いるっぽい。のほほんとした声が返ってきた。

 アイツは本当に感心するほど動じないな。焦っているのを見たことがない。

 能天気過ぎて焦るって事を知らないだけかもしれないが。


「ティナ様!? ティナ様はどこですかっ!?」


 一方こっちには滅茶苦茶焦っている男が一人。

 ステフは可哀想な程にあわあわと狼狽えていた。もうどうしたら良いか分からないと言った様子で、まるで母親とはぐれた子供のようにも見えてしまう。


《……ステフ、私は無事だ》

「ティナ様っ! ああ、良かった!」

《本当に会話ができるのだな。どうにも妙な感じだ……》


 一応ティナには聞こえていたらしく、返ってきた声にステフは胸を撫で下ろしていた。


「お前ら、そっちに一緒にいるのか?」

《そうだよ、皆一緒! コルツもいるよ!》

《ええ、私もこちらに――》

《そんな事どうでも良いですわ! それより貴方様は無事ですの!?》


 そんな事扱いされるコルツ……。まあ、ともかく状況は分かった。

 向こうにいるのはスティア、ホシ、マリアにティナ、そしてコルツか。

 そしてこっちにいるのは俺とバドにアレス、ステフ、ガザとデュポとオーリだ。

 数は半々程度でバラけたみたいだ。だがしかし、どうして分かれてしまったんだろう。


「やっぱこうなったみたいだな~」

《クスはこうなると分かっていましたです!》


 ひょこりとうろから顔を出したのはラタだ。どうやらクスは向こうに行ったらしい。

 しかしこいつら、どうも薄々分かっていた様子。


「どういう事だ?」

「へっへーん。おっちゃん、気付かないか?」


 俺達が一斉に顔を向けると、ラタは鼻を得意そうにこすった。

 気付く? つまり何かの法則があると言うことか? 俺はここに残った面子の顔をぐるりと見る。


 黒い全身鎧プレートアーマーを着た巨漢に、白い神殿騎士の鎧を着た巨漢。弱り顔をした青年戦士に狼顔の三人組。そして元山賊のおっさんが一人。

 なんてムサイ面子だ……華が無いにも程がある。


 ん? 華が無い? もしや――


「気づいたみたいだな、おっちゃん。そうだぜ!」

《そうなのですます!》


 俺の顔を見て、ラタは楽しそうに笑顔を見せる。

 向こうのクスも楽し気な声を上げていた。


「男子チームと」

《女子チームに分かれて》

「男女対抗、浄化システム起動競争――」

《始まり始まり~なのです!》


 二人は打ち合わせでもしていたかのように言い放つ。


「な――」


 それに対して俺達は――


『なんだってぇぇぇぇぇっ!?』


 これまた打ち合わせていたかのように、一斉に驚愕の声を上げたのだった。



 ------------------



「僕達はいっちばん下の神獣を第三階層まで連れてくるんだ!」

《私達はいっちばん上の神獣を第三階層まで連れてきますです!》

「要するに手分けしろって話か……」

「そうだぜ!」

《そうですます!》


 ラタとクスの元気な声がいやに耳に響く。俺はため息を吐きつつローブを抜ぎ、伸びて来たシャドウに手渡した。


 どうせ手分けをするのなら、適当に分けずにこっちに選択権が欲しかった。

 俺はちらりとそれを見る。アレスとステフ、二人の護衛が、護衛対象を失いぽつんと立っている。

 アレスはいつも通りしれっとした表情だ。反面ステフはおろおろと、情けないくらいに狼狽えていた。


「これは男と女で別れないといけないものなのか?」

「う~ん、どうだろう? 知らないけど、たぶんそう!」


 ガザに目を向けられて、ラタは元気に首を縦に振る。納得のいかない答えだったが、今はこれで行くより他なさそうだ。

 オーリは「なるほど興味深い!」などと興奮しているが、なるほどで済む話じゃない。今まで連携をとってきた仲間と強制的に分断されたのだ。

 数が半分だから戦力も半減だー、なんて、単純な状況じゃあなかった。


「……魔法使える奴、この中でいるか?」


 俺はぐるりと皆の顔を見回す。

 バドは喋れないため当然無理。魔族は魔法を使えない種族のため無理。

 なら残りはアレスとステフだが――


「私は無理だぞ」


 早速一つの希望が潰えた。答えたのはアレスだった。

 まあこいつが魔法を使っている所なんて見た事がない。これはある程度予想できた事だと、俺は最後の希望に目を向けた。


 皆に目を向けられたステフは、これにバツの悪そうな顔をする。まさかステフも駄目なのか。

 そう思う俺の前で、ステフはすまなそうに口を開いた。


「僕は下級ビギナー程度なら使えますが、こんな難易度の高い場所じゃ、実戦レベルではとても……。詠唱は遅いですし、そもそも戦士ですし」


 確かに前に出て戦うのなら魔法など使う余裕はない。とは言え先程の言い方は、状況次第で魔法をある程度使っていると言う事だ。


「よしよし、なら俺とステフで二人だな。悪いがここからは前じゃなく後ろに回ってもらうぞ」

「え……でも」

「大丈夫だ、気にするこたぁねぇ。俺にはな、詠唱なんぞする必要のない道具があるんだよ」


 体内の魔力は魔法を放つことで鍛えられる。ならステフもそれなりに魔力はあるはずだ。

 魔力の欠乏症状が起きにくい人間がいるなら、魔法陣を使わせる価値はある。なんせこっちにゃ、魔法陣すら使えない奴がわんさといるからな。


 しかしここは暑いな。俺は両腕の袖もくるくるとまくる。


「あっ」

「ん?」


 だが左腕をまくっていた時、ステフが小さく声を上げたのが聞こえた。見ると彼の目は、僅かに見えた俺の刺青タトゥーをしっかりと捉えていた。


「あ、ああ、いえ、すみません。何でもないですっ」


 俺は口を開こうとするが、その前にステフは両手を慌てて振って、早足で歩いて行ってしまった。

 あー、ちょっと不味かったかもしれん。刺青タトゥーは基本的にカタギの人間は入れないからな。

 しまったと彼の背中を見ていると、今度は情けない声が聞こえてくる。


《貴方様ぁ~っ!》

「そんな声出すんじゃねぇよ。こうなりゃ、やってやるしかないだろ? お前らはその一番上にいるっていう奴を引きずり降ろして来いよ。こっちは下にいるって奴を引っ張ってくるからよ」

《うう~……っ。バド! くれぐれも、頼みますわよ!!》


 スティアの声に、バドはガンと胸を叩いた。


「マリア、そいつら頼んだぜ」

《ケッ、誰に物言ってやがる。そっちこそしくじるんじゃねぇぞ。アレスの奴はこき使って良いからな》

「だってよ」

「うむ」


 アレスに視線を向けると、彼は軽く頷いて返した。なら存分に頼りにさせてもらいますかねぇ。


 こっちの主戦力はバド、アレス、ガザの三人だ。

 だがいずれも前線で戦う戦士。後衛は俺とデュポ、そして少し不安もあるがステフで何とかするしかない。


 数こそ七、五とこちらが多いが、戦力的には向こうの方が高い。高位の魔法を使えるスティアとマリアが固まった事が痛すぎた。

 バドとスティア、もしくはアレスとマリアが逆だったなら良かったが、これは言ってどうにかなるもんでもなさそうだ。


「よし、では早速行こうじゃないか!」

「お前が仕切るんじゃねーよオーリ。それに前は俺だ」


 目の前にはぐつぐつと煮えたぎるマグマが広がっている。本来なら息をするにも厳しい熱気だろうに、汗ばむ程度で済んでいるのは魔窟ダンジョンだからか。

 とは言え流石に飛び込みでもしたら無事では済まないだろう。足場も多くなく、隊列は非常に重要になりそうだ。


「大将、俺が前で良いよな?」


 デュポがこちらに顔を向ける。自然と皆の視線が俺に集まった。


「よし、デュポ、また先頭を頼む。その後ろはアレスとガザだ。ステフとオーリはその次で、バドはその後ろだ。最後尾は俺がつく」

「なぁなぁ、おっちゃん俺は!?」

「あー、ラタはじゃあ、俺の前だ」


 前後を斥候と盾役で挟み、不意打ちを完全に防ごうと言うわけだ。

 それにこの隊列なら、前から来ても後ろから来ても、同程度には戦える。


「では出発だ、デュポ!」

「だからお前が仕切るんじゃねーっつーの!」


 オーリに文句を言いつつ、デュポが前へと歩き出す。皆がそれに続くのを見届けて、最後に俺も足を踏み出した。


 内部の様相は完全に洞窟で、ごつごつとした焦げ茶色の岩盤が全体を形作っている。

 天井は高く、十メートルはありそうだ。何が光っているのか知らないが、内部は薄暗く照らされている。

 だが天井までは光源から遠いらしく、見通しが悪くなっていた。


 ここは魔窟ダンジョンだ、どこから何が出てくるか分からない。あのマグマから怪物モンスターが飛び出してきた、なんて事も、ありえなくはないだろう。

 俺達が進む足場はマグマから二メートル程の高さしかない、ボロボロの溶岩だ。足を踏み外しでもしたら最悪あの世へ一直線だ。


 そんなマヌケな死に方は是非ともしたくない所存である。

 何も分からない場所だ、細心の注意を払って行こう。


「おっちゃん、それじゃ頼んだぜ!」


 大きな尻尾をふりふり揺らして歩くラタ。彼は振り向き、俺へ元気にそう言った。


 能天気な奴だ。そう思うも、俺はラタの顔にはたと気付く。

 そう言えば、こいつはこの浄化システムの管理番だった。ならこの階層に出てくる怪物モンスターについても知っているのではなかろうか。


「なあラタ。お前、ここに出てくる怪物モンスターって、どんなのがいるか知ってるか?」


 もし知っているのなら非常に助かるのだがどうだろう。そう思う俺に対して、ラタは何も答えなかった。


 何も言葉を発しないラタ。だがその代わり、彼はその表情でもって、俺の疑問に答えを返してきた。

 ラタの口元に見える並んだ白い歯。答えはそれで十分だった。

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