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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第一章 元師団長と孤軍の残兵
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28.王都にて 王国軍からの同行者

 捜索隊に任命されたオディロンは、早速旅の準備に取り掛かかろうと騎士団寮の自室にこもり、必要になりそうなものを整理していた。


 しかし貴族であり、また騎士としての修練に明け暮れていた彼にとって、一人旅というものは初めての経験となる。

 とりあえず荷物を見繕ったはいいものの、背嚢一つどころか、三つでも到底納まらないような量になってしまった。

 山になった荷物を前にして、どうやって持って行こうかと、オディロンは難しい顔をしている最中だった。


「ううむ……。馬が使えればいいのだが」


 彼が一番悩んでいるのは徒歩で行かなければならない、という事だ。

 先の戦争で人間もそうだが、馬の数もかなり少なくなっており、いくら師団長の捜索とは言えそれを望まない者も多い中、おいそれと融通できるものではなかったのだ。


 馬がいれば言わずもがな捜索が捗るほか、色々と荷物も持たせることができる。

 当然馬で行くものと思い込んでいたオディロンは、徒歩での旅になると知り、愕然としてしまった。


「しかし、この荷物どうすべきか――ん?」


 彼が腕を(こまね)いて唸っていたそんな時、ドアをノックする音が部屋に響いた。反射的にそちらに顔が向く。しかしその表情は来客を歓迎するようなものではなかった。


 彼の部屋を訪れる者はそう多くない。近衛騎士というのは王宮騎士の中でも立場が非常に高く、気軽に彼の部屋に行こうと考える人間がいないからだ。

 もし彼の部屋に訪れる者があるというならそれは、任務関連や呼び出しなど、この状況ではあまり歓迎できないものが大半だった。


 決して友人がいないと言うわけではない。確かにオディロンには数えるほどしかいなかったが、まあ、それはそれである。

 そんな理由もあって無意識に眉間にしわが寄るオディロンだったが、流石に無視するわけにもいかない。

 そうして彼は心当たりの無い来客を迎えるため、ドアへと足を向けたのだが――


「どちら様か……む? 貴方は――」

「すまない、失礼する」

「失礼します!」


 そこには、面識はないものの見知った顔の女性が一人と、知らない男が一人立っていた。


「オディロン殿、で間違いなかっただろうか。私は第二師団長のジェナスという。急に邪魔をしてすまない」

「いえお気になさらず。オディロンは私で間違いありません。お会いできて光栄です、ジェナス殿」


 予想だにしていなかった人物が目の前に立っていたため、思わず面食らったオディロン。

 しかしその彼女からの律儀な挨拶に反射的に返答が口から出てきて、なんとかその場を取り繕うことができた。


 挨拶で一呼吸置けたおかげか、やっと頭が動いてくる。しかしオディロンの頭は、あの第二師団長が目の前に立っているという現実に高揚してしまい、来客を訝しく思う気持ちがどこぞへと吹き飛んでしまっていた。


 この神聖アインシュバルツ王国が誇る王国軍は三つの師団から成り立つ。

 主な認識としては、攻勢を主体とする第一師団、防衛を主体とする第二師団、遊撃を主体とする第三師団とされている。

 そしてこの三つの師団の中で特に高い人気を誇っているのが、彼女、ジェナス・ルードリヒトが率いる第二師団であった。


 通称”盾の第二”。王子が帰還してから一年の間、魔族の侵攻を完璧に防いで見せた第二師団の姿は、絶望の淵にあった王都の民や騎士団に計り知れないほどの希望を与えた。

 そのため民衆の支持は非常に高く、騎士団からの信頼も厚い。まさに王国軍の花形師団と言っても良い存在になっていた。


 かくいうオディロンも同様で、彼女を前に頬に赤みがさしていた。少々早口になっていたのは、一国民として見れば自然なことだった、のかもしれない。


「ジェナス殿のことはもちろん存じております。第二師団はこの王都の守護を担う揺ぎ無き盾。王都に住んでいる者なら、”堅牢地神”ジェナス・ルードリヒト殿の顔くらい子供でも知っているでしょう。ええ間違いありません!」

「そ、そこまで有名人ではないと思うが、うん。なんともむず痒いものだな。しかし、その異名はなんとかならないものか。私には重過ぎる」


 自分には過ぎた異名だと、少し困った顔をしながら顔を赤く染めたジェナス。だがここへ足を運んだ理由を思い出し、気恥ずかしさを誤魔化すように一つ咳払いをすると、彼女は真面目な顔つきへと戻った。


「オディロン殿。第三師団長の捜索隊を募集しているとイーノ殿から伺ったのだが、率いるのが貴殿だと知り、お願いに参ったのだ」

「お、お願い? ですか?」

「ああ。カーク!」


 ジェナスが名前を呼ぶと、控えていた男が前に出てきて彼女の隣に立った。彼はその場で足をそろえて立ち止まると、綺麗に敬礼をして見せる。その立ち振る舞いから良く訓練を受けている兵士だとオディロンの目には映った。


「オディロン殿。第二師団も捜索に協力させてもらいたい。このカークはこう見えて旅慣れているし、足手まといにならない程度の腕もある。貴殿の邪魔にはならないと私が保証する。どうだろうか」

「カークです。軍に入る前は冒険者をしていましたので旅には慣れています」

「ほう、冒険者。ランクは?」

「Dです。オディロン様の共には頼りないかもしれませんが、旅には雑事が付き物。その点私なら色々とお役に立てると思いますよ」


 オディロンは冒険者のランクについてはよく知らなかったが、目の前の彼が足手まといになるようには思えなかった。口にした言葉に反して自信が感じられたし、なにせ、あのジェナスの眼鏡に適ったのだ。


「足手まといになるとは思えないが、そうだな……。ランクDというとどの程度の実力があるのだろうか? 聞いておいてすまないが、冒険者事情には疎くてな」

「あ、はい。ランクDは、冒険者としては中堅程度と言われていますね。冒険者のランクはGの見習いから始まり、初心者がFからE。D以上になるとそこでやっと一人前でしょうか」

「ふむ。つまり、冒険者の中でもなかなかの経験を積んでいるということか」

「ありがとうございます。ランクEからは貴族様方の護衛依頼もギルドの推薦があれば受けることができますが、冒険者をやっていた頃に何度か受けたこともあります。お褒め頂いたこともありますし、自分のことながら腕は悪くないと思っています」


 カークが嬉しそうな声を出す様子を横目で見ていたジェナスは、ちらりと視線をオディロンへ向ける。そして表情から好感触であったと悟り、にこりと笑みを浮かべた。


「では、カークを同行させて貰えるということで宜しいか?」

「ええ。実は荷物の整理がまったく捗っていないのです。旅慣れているカーク君を同行させてもらえるのは、こちらにとってもありがたい」

「分かった。少人数で捜索隊が編成されると聞いて慌てていたのだが、こちらに伺って正解だったようだ。それでは、カークは本日より捜索隊に加わり、オディロン殿のサポートをするように。頼んだぞ」

「はっ! お任せください!」


 彼らの様子を見ていたオディロンは、出奔した第三師団長の捜索を率先して行おうという彼らの強い意思を感じ、不意に疑問に思った。

 何せ騎士団では、オディロン一人集めるのに一週間もかかったのだ。


「ジェナス殿。お聞きしても構わないだろうか」

「うん?」

「なぜ捜索隊に彼を加えようと?」

「なぜ? いや、騎士団長殿より徒歩の旅と聞いたので、旅慣れた者がいた方が良いだろうと思ってのことだが?」


 ジェナスは首を傾げながらそう答えた。確かに普通ならそうなのだろう。

 当然だろうと言う視線を浴びたオディロンは後ろめたさを感じて、口ごもってしまった。


 ついフォローして貰えないかとカークの方に視線を移す。しかし残念ながら、その意図は彼にも伝わらなかったようだ。

 目の前の二人が不思議そうな顔を向ける。オディロンはそれを見て、質問を口にしたことを後悔した。

 だが既に口にした言葉を無かった事にはできないし、協力者として来てくれた彼らに不誠実な真似もしたくは無い。


 彼は観念したように口を開いた。


「いえ……騎士団では、私一人見つけるのに一週間もかかったのです。それだけこの任務は敬遠されているはずなのに、貴方達の様子を見る限りそのようには見えない。それがどうにも不思議に思えて、つい」

「なんだ、そんなことか」


 不甲斐なさを恥じるような目をして答えるオディロンに、ジェナスは大したことではないと笑って返した。


「第三師団長には大変世話になったのでな。それに、彼とは戦友でもある。このまま彼を誤解させたままにしておくのは忍びなくてな。私としても、彼には何とか帰って来て欲しいのだ」

「貴方が、世話に? それはどういった……?」

「ん? 言葉通りだが。それに、私個人というより第二師団として、だな。我ら盾が盾たり得たのは、ひとえに第三師団のおかげさ。まあ残念なことに、それを知る者は少ないが」


 その言葉をオディロンは理解することができず、知らず眉をひそめた。騎士団にとって第三師団は、何をしているか全く理解できない有象無象の集団という認識であったからだ。


 実際第三師団のうち、バド率いる第二部隊とアゼルノ率いる第四部隊だけは遊撃などに参戦していたため、その働きを把握している者は多かった。

 しかし、第一部隊、第三部隊そして第五部隊に関しては、どのような任務を帯びているか知っているものは少なかった。


 更には師団長自身も彼らに加わり、王都や城内で騒いでいる姿も散見されたため、戦うこともせず遊んでいると誤解すらされていた。

 そうと思われるのも仕方のないことで、彼がジェナスの言葉を理解できなくても無理は無かっただろう。


「それではカークをお願いする。私はこれで。道中の無事を祈っているよ」


 ジェナスもそれを知ってか、オディロンの表情を見て寂しそうに笑いながら瞑目する。 

 しかしそれも束の間の事。彼らに軽く笑いかけ、踵を返してその場を去っていった。


 第二師団が王都を防衛していた当時のこと。その守護を崩そうと魔族の工作員があらゆる手段の破壊活動を画策し、数え切れないほど闇や人に紛れて王都を襲ってきた。

 だがそれらを未然に防ぎ、また情報を第二師団へと流していたのが第三師団であり、スティア率いる第一部隊とホシ率いる第三部隊の面々による諜報、哨戒そして暗殺などの活動の結果によるものであった。


 しかし、なるべく軍の行動を魔族へ悟らせないように隠密性を重視し、それを行っている者達の情報はエイクの意向によって可能な限り伏せられていた。

 それ故その事実を知る者は、共に防衛についていた第二師団以外では非常に少なかったのだ。


 またそれだけではない。

 王都の防衛に関してのみでなく幾多の戦場においても、第三師団は主に人族とは異なる種族の人間を主力としているという特殊性から、その能力を発揮するために人知れず行うような任務ばかり行っていた。その事もまた周囲の理解が得られなかった理由の一つとなっていただろう。


 勝利を掴むため、戦場を有利に運ぼうと影で働く。裏方に徹したその行為が今、彼ら自身の首を絞める結果になるとは皮肉なものだと、ジェナスは湧き上がる悔しさと無念さに一人下唇を噛んだ。


(カーク、エイクに確かに伝えてくれ。白龍族の者が何かを企み追っ手を放ったと。今戻っては身が危ないと。どうか、私の友を頼む……っ!)


 白龍族の目が光る中、今のジェナスにできるエイク達への精一杯の支援であった。

 カークは彼女の思いを心に刻むように、遠ざかって行くその背中を自分の視界から消えるまで、ずっと見つめていた。



 ------------------



 カークが同行することが決まってから、オディロンは自分が想像していたよりもずっと旅というものが過酷なのだと理解し、打ち拉がれていた。

 思った以上にカークの判定が厳しく、持って行こうと思っていたものの三分の一も持たせてくれなかったのである。


 捜索隊の隊長を任命されたその日に捜索隊を辞そうかと真剣に悩んだほどなのだから、彼にとっては相当堪えたようである。

 なおカークの名誉のために断っておくが、彼に一切の非はない。全てはオディロンの想像が甘すぎた結果なのだ。


「これはいりません。これも、これも、これもです。これは……うん、これもですね」

「ま、待ってくれ! これは私の聖書(バイブル)とも言うべきものであって――!」

「旅に本は必要ありません! ”神聖アインシュバルツ王宮騎士団の歴史”なんて、こんな本は不要です! かさばるし重いし持っていく理由は欠片もありません! この剣術指南書とか……趣味嗜好は控えてください! それと、なんですかこれは? 枕? 必要ないですね」

「いや! 恥ずかしながら私は枕が変わると寝付けない性質(たち)でな!? 王子と共にこの国を出た時にも運命を共にした我が人生の相棒なのだ! それを――」

「ではいい機会なので慣れて下さい。置いて行きます。あと、着替えは十日分もいりません。せいぜい二日分にして下さい」

「待て! 待ってくれ! せめて七日! 七日分! 後生だ! 頼む!」

「では下着だけ四日分にしましょう。他は二日分で」

「あああああっ! 下着だけっ!? カーク君! それはあんまりだぁっ!」


 頭を抱えて騒ぐオディロンを尻目に、カークは必要ないものを容赦なく切り捨てていく。

 なんとかカークを説得しようとするオディロンだったが、有無を言わさずテキパキと荷造りする彼を押し留めることは叶わなかった。


 カークの指摘は至極当然のものだったが、それでもオディロンは必死に自分の意見を主張した。自分の旅には欠かせないものなのだと。カークの心に響くよう、それはもう懸命に説得した。


 しかしあまりのしつこさにうんざりしたカークが怒涛のようにダメ出しを行った結果、今オディロンは部屋の隅でがっくりとうな垂れていた。人生の相棒を胸に抱き、運命を共にできない己の無力さを心から詫び続けることしかできなかったのだ。


 翌日は食料や必要なものの買出しがあると朝早くからカークに誘われ街へ繰り出したが、旅に向けて気分が引き締まるどころか憂鬱になっていくばかりで、オディロンの気分は一向に晴れず。

 結局出発するために王都の正門に立った今もなお、彼の心は深く沈んだままであった。


「オディロンさん、それでは行きましょう!」


 対するカークは、軍人になってからというもの集団生活が基本となっていたため、久々の少人数での旅に冒険者時代を思い出し、非常にうきうきとしていた。声も心なしか普段よりも弾んでいる。


 初めこそ貴族であるオディロンに気を使っていたカークだったが、思ったより良い意味で貴族然としていない彼に好感を持ったこともあり、”様”付けで彼を呼んでいたのが、オディロンも気づかないうちにいつしか”さん”付けになっていた。

 同行者に貴族としての気遣いがあまり必要ない、という理由もまたカークの高揚感を邪魔せず、彼の足取りを軽いものとしていたのは間違いない。


「……うむ。それでは行くとしようか」


 にこやかな同行者とは対照的に、どんよりと哀愁漂わせる捜索隊隊長の足取りは牛歩の如く重い。なぜこのような任務を受けたのか、オディロンは一昨日の自分を呪いたくなるほど恨めしい気持ちで一杯だった。


 カークの言葉に背中を押されるように、オディロンは渋々と一歩を踏み出す。

 それはエイクが王城を発ってから約二週間後のことだった。

これにて第一章は終わりです。いかがでしたでしょうか。

楽しんで頂けたら幸いです。


この後人物紹介と、本編とは殆ど関係の無いおまけもありますので、よろしければご覧ください。


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