248.二階層を終えて
第二階層はユグドラシルの言った通り、大量に湧くエルフ達との闘いだった。
一度遭遇すると確実に二、三十程との乱戦になる。相手は剣士、暗殺者、魔法使いに射手と、かなりバランスよく現れる。
加えて数と地形を巧みに利用してくるため、俺達は常に後手に回らざるを得なかった。
「Ανάθεμά το!」
俺へ武器を振り上げるライトエルフ。その剣は淡い光を放っている。
精技だ。俺は思わず舌を打つ。
「チィ……ッ!」
振り下ろされたその軌道に、俺は魔剣を叩きつける。腹を叩かれた剣は火花を散らしながら軌道を曲げて、俺のすぐ横を通り過ぎた。
「Αυτό――」
「フンッ!」
手首を返しつつ更に踏み込み、横凪ぎ一閃。胴に叩き込んだ一撃で、エルフは霧へと帰って行った。
周囲にはもう敵の姿は無い。あるのは隣に立つコルツだけだった。
殿を襲って来た敵はこれで終わりか。息を吐きつつ後ろを見れば、右の森からガザ達が丁度出てきたところだった。
かと思えば左の森からホシもぴょいと飛び出してくる。森からの奇襲組は撃退し終わったらしい。
「無事か?」
「大丈夫だよ!」
「問題ありませんわ。丁度向こうも終わったようですわね」
声を掛けると、ホシが楽しそうな笑顔を返してくる。スティアも前で戦うバド達を見てから、安心したようにそう言った。
俺も目を向けるとこちらを向いたバドと目が合った。彼は俺へ軽く手を上げて見せる。
これで襲撃は終わりのようだ。俺は短く息を吐き、長剣を鞘に戻したのだった。
二階層に入ってから、もう襲撃は何度目になるだろうか。両手で数えられる分を超えてからは、もう数えるのを止めていた。
ここのエルフ達は怪物だからか動きがかなり単調で、一言で言えば攻撃一辺倒なのが特徴だ。
だから隙が生まれやすいし、突きやすくもある。これは対処がしやすい点だった。
だがそれ故に逆に対処しづらい点もあった。怪我をしてもお構いなしに突っ込んでくる点だ。
ひるむという事をしないため、多少の怪我では全く止まらない。確実に倒さなければならない点が、なかなかどうしてやりづらかった。
それはエルフという見た目をしているせいもあったと思う。どうしても人として見てしまうのだ。
致命傷を負わせたと少し気を抜いたところに剣を飛ばされ、ひやりとした時もあった。
見た目がエルフでさえなければ、無駄に気疲れしないんだが。さっさと次の階層へ行きたいと、俺は切に思っていた。
エルフ達を退け一旦集まる俺達。ひっきりなしに襲われているため、一部を除く皆の顔からは余裕が消えていた。
「ふぅ……」
「おい、大丈夫か?」
「……ふん。少し、油断しただけだ。問題はない」
怪我が増えてきた者もいる。今も腕を浅く切られたティナへ、ステフが傷薬を塗っている。
ティナは俺に強がるが、表情を見れば明らかに疲労が見て取れた。
スティアが言うには、ここのエルフ達はランクB相当の強さがあるらしい。一度に二十を超える数が奇襲をかけてくるため、討伐難度で言えば間違いなくA以上だ。
ティナ達のパーティランクはAと言っていた。ならこの状況は、彼女達の実力的には相当厳しい展開だろう。
上がった息と流れる汗、そしてあちこち赤く滲んだ衣服を見れば明白だった。
「そろそろ俺も休憩したくなってきたなぁ」
「何!? デュポ、お前情けないぞ! まだ第二階層の途中だと言うのに! ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……!」
「お前もしっかり疲れてんじゃねぇかよ……」
「私もちょっと、流石に疲れてきたかな」
さしもの魔族達も疲れを感じ始めたようだ。この階層に来てから戦い続きでどのくらい経ったか微妙だが、二、三時間は経っているように思う。
この世界樹に入ったのは昼過ぎ。一階層にいたのは二時間くらいだから、もう外は夕暮れだろう。
俺も体に重さを覚えている。マンドレイクの恩恵はここに来てからひしひしと感じているが、それでも皆同様に、この辺りで少し休憩を入れたい気持ちだった。
その場に腰を下ろしている面々。だがこのままではいつ襲われるか分からない。
「お前ら、いつまでそうしてるつもりだ? そんな事してるとまた襲われるだろが。一生三階層につかねぇぞ? おら、立った立った!」
案の定マリアが発破をかけてくる。皆は渋々と疲れを押して立ち上がった。
ユグドラシルの話では、怪物の行動を世界樹が上手い事調整しているらしい。
大量のエルフがいるというこの階層で、対処できない程の敵に取り囲まれるという事が無いのはきっと、世界樹のおかげなんだろう。
戦闘の後にこうして少しでも休める時間がある事も、もしかしたらそうなのかもしれない。
だがマリアの言う通り、その時間はほんの数分。休んでばかりいれば進む時間が取れず、ジリ貧で最悪あの世行きだ。
「もう少しで洞があるのを期待するしかねぇな」
バドもこくりと頷く。疲れがまだ見えないのはホシとスティア、ガザ、そしてマリアとアレスくらいだ。
バドにもまだ疲れた様子が見えないが、このクソ重い全身鎧じゃ流石に消耗していると思う。
「マリア様」
「ちっ……しゃあねぇな。おいお前ら、ちっと待ってろ」
動きの緩慢な皆を見て、アレスがマリアへ横目を向ける。マリアは渋い顔を見せた後、俺達を呼び止め、そして両目を静かに閉じた。
一体何だと言うのだろう。皆が不思議そうに見つめる中、マリアは右の人差し指を前に出し、何かを探るようにゆっくりと動かしている。
その間十数秒。マリアはぱちりと目を開く。
「何だ、もうすぐじゃねぇか。この先を真っすぐ行った後、二つに分かれた道を左だ。そこでこの階層は終わりだぜ」
そしてそんな事を言い出した。
「わ、分かるのですか!?」
「あん? そりゃ俺は大聖女だからな」
ティナは驚きに目を丸くする。だが当のマリアはまたそんな言葉で煙に巻こうとする。
「なんで分かるんだよ」
「そうだ! 分かる方法があるならば教えて頂きたいっ!」
俺とオーリが声を上げると、マリアは面倒くさそうに舌打ちをした。
「魔窟ってのはオドが充満してんだよ。だが階層を移動する場所だけは薄く作ってあってな、だから怪物が寄り付かねぇんだが。それを探っただけの事だ。んな特別な事はしてねぇよ」
「オドを探る……。そんな事が。いえ、でも――」
そんな事ができるんだろうか。少なくとも俺はオドなんて全く分からない。
スティアはあごに手を当てて難しい顔をしている。かと思えば目を静かに閉じて、何か集中し始めた。
早速試してみようというところか。スティアらしい。
反面俺にできる事と言えば、ただ文句を言うことくらいである。
「そんな事ができるんなら初めからしとけよ……」
「特別な事じゃねぇけど面倒臭ぇんだよ!」
マリアはこれに怒鳴って返すが、それが面倒事に付き合わせている張本人が言う台詞か?
じっとりと見つめると流石にバツが悪かったのか、
「おらお前ら、さっさと行くぞ!」
そう言って一人で歩き出してしまった。やれやれ。
俺達は視線をかわした後、マリアの後に続いて足を動かし始める。その後二度の襲撃があったものの、マリアの言う通り二つの分かれ道に突き当たり、左に曲がるとすぐに大きな洞が目の前に現れた。
疲労の溜まっていた面々は、そこに着いた途端どかりと地面に尻を突く。俺もまたその一員であり、座り込んで重い息を吐いていた。
「お疲れさまでした、貴方様」
スティアが隣に座ってくる。彼女の顔にはいつもの笑みがあり疲労は見えない。まったく大した奴である。
他の奴はと見回すと、バドは先の階層と同じように、周囲の木から果実をもいでいる。マメな事だ。
一方ホシは信じがたい事にガザと軽い組み手をし始めた。元気すぎるだろうオイ。呆れたもんだ。
「流石に今回は疲れたな。一体どんだけのエルフと戦ったんだか」
「そうですわね……。ざっと五百程ではないでしょうか」
多過ぎるだろがい。でかい村一つ潰したぐらいあるぞ。これが怪物でなきゃ大惨事だ。世界樹エルフ村、村民大量虐殺事件と言ったところか。
くず魔石を回収して進んでいたが、もう数えるのも嫌になるくらいの数が手元にある。一体いくつ革袋を使っただろう。片手じゃ済まない数になっているのは間違いないな。
バドがこちらにやってきて、例の怪しい果実を差し出してくる。俺は手で礼を言ってからそれを一つ受け取った。
「今日はここでキャンプだな。このまま進むのはちと厳しいだろ」
むしゃりと噛り付きながら言う。一階層も二階層も敵は非常に厄介だった。なら第三階層も同様か、それ以上となるはずだ。
皆にはかなり疲労が溜まっている。今日はもう体を休めた方が良い。
「そうですわね。恐らく外はもう夜でしょうし、丁度良いかと思いますわ」
バドも座りつつこくりと頷く。魔窟の中と言う事もあって分かりにくいが、時間的な都合も確かにあるな。
俺達が話していると、マリアとアレスが近づいてくる。これはごねるか、と不安が過ぎるが、
「先を急ぎてぇところだが、まあしょうがねぇな。――よし、なら飯だ飯! バド、頼んだぜ!」
ドカリとその場に胡坐をかいて、マリアはパンと膝を叩いた。仕草は完全におっさんだ。
俺はバドの手から果実を採り、マリアへ放り投げる。奴はそれを受け取ると、ニヤリと笑った後、大口を開けてむしゃりと齧り付く。
「まじぃ」
色々と問題行動の多いマリア。だが、その意見にだけは同感だった。
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「おい、起きろ」
体を揺すられ目を開ける。俺の視界に映ったのは、覗き込むステフの顔と、そのすぐ後ろで腕を組んでいるティナの姿だった。
「ん……もう時間か。おいホシ、起きろ」
「んにゃー……」
隣で寝ているホシを起こす。ホシはむにゃむにゃと呟きつつも、目をこすりながら素直にむくりと体を起こした。
あの後食事を取った俺達は、見張り番を交代しつつ睡眠をとる事となった。
いくら怪物が出ない場所と言ってもここは魔窟だ。皆で眠りこけて何かあったでは笑い話にもならないからな。
と言うわけで、まず最初は魔族達が二組に分かれて見張りを。次にティナとステフの二人が。そしてその次は俺とホシ、次がアレスで最後にスティアとバドという割り振りだ。
なおマリアの馬鹿は、
「お前ら護衛だろ? 後は頼むぜ」
と言って一人でぐーすか眠りやがった。
言っている事は正論なんだが態度と言うものがあろう。皆もそれを横目で見て、何とも言えない表情を浮かべていた。
そうして飯を食った後、見張りをガザとオーリに任つつ、俺はごろりと横になった。俺自身疲労が溜まっていたようで、腹も満たされた事もあり、眠りに落ちたのはすぐだった。
俺は立ち上がり体を伸ばす。ホシもぴょこりと立ち上がり、うーんと俺の隣で大きく伸びをする。
ぐっすり眠れたおかげだろうか、体に重さは感じなかった。
「よし、こっからは俺達が見張りだ」
「うん」
ニッと白い歯を見せるホシ。俺はその頭をぐりぐりと撫でた。
「それじゃ交代だ。もう良いぜ」
「ぜ!」
こちらを見ていたティナ達に声を掛ける。だがどうしてか二人はこちらを見たまま、そこに黙って立っていた。
「……? 何だよ」
その目は何かを問いたそうだ。聞いてみるも二人は黙って目を逸らし、何も話してこなかった。
ならこちらから話しかけることも無いか。肩をすくめ、寝床から離れようとした、そんな時だった。
「なぜだ。なぜお前達は、その強さを隠している」
ティナがそんな事を言い出したのだ。