247.なぜエルフか、そのわけは
何とかエルフ達を撃退した俺達は、一旦その場で足を止め、ユグドラシルから詳しい話を聞くことにした。
なぜここにエルフ型の怪物がいるのか。いや、なぜ怪物がエルフなのかを彼女に聞くためだ。
《面倒臭いのぉ。どうでも良いじゃろう、そんな事は》
「どうでも良くないから聞いてんだろうがっ。さっさと話しやがれこの唐変木!」
《と、唐変木じゃと!? この世界樹である我に向かって!?》
先程の戦闘ではこちらにそう大きな被害は無かった。ティナとステフが軽傷を負い、デュポが麻痺して行動不能になったくらいだ。
先に進めない程の負傷があったわけでは無い。だが、だからと済ませて良い問題では無かった。
「こちらにはそのエルフがいるのですよ? 急に同族を殺せと言われて気分が良いはずがありませんわ。もう少し配慮があっても良いでしょうに」
「そーだそーだ!」
「そうだそうだ!」
「大将、何か楽しそうじゃねぇ? あっ、止めっ! まだ足痺れてるからぁっ! あばばばばぁっ!」
スティアに追従するホシに俺もまた追従する。デュポが何か言ってるが、足をつついて黙らせた。
《エルフの機微なんぞ知らんわっ!》
「だがそれはエルフに限った話では無いだろう。理由もなく同族と戦えと言われれば、誰しも困惑するはずだ。そこに種族など関係ない。エルフも人族も……むろん俺達魔族もな」
いら立たし気に怒鳴るユグドラシル。だがこれに反論したのはガザだった。
「そーだそーだ!」
「そうだそうだ!」
《お主らは黙っとれいっ!》
「あっ、だから何で俺の足をぉっ! あばばばばぁっ!」
ガザに追従するホシに再び俺も追従する。だが流石に悪ふざけが過ぎたらしく、ユグドラシルに怒られてしまった。
とりあえずデュポの足を突っついておく。悶えるデュポに俺はにっこり。
さて、こっからは真面目にいこう。
「でもな、お前も言ってただろが。ここの怪物を倒せってよ。そりゃ構わねぇが、何の説明も無しにぶん投げられたんじゃこっちだって気持ちよく戦えねぇ。ただ説明するだけの何が面倒だ、そのくらい骨折っても大した手間じゃないと思うがね」
《むぅ……そんなに知りたいか?》
「当然だろ。こっちは仲間があの有様よ――って、お前には見えないんだったな。半端なく落ち込んでるぞ」
さっきから消沈した様子のバドを親指で指差す。彼は先程の戦いでも、戸惑いから満足に戦えないでいた。
敵と見ればいつも先頭に立つバド。だがその性根はあまりにも優しい。
先程の戦いでも前に立ち続けてはいたものの、その剣を振るう事は結局できないままだった。
このままバドの気持ちを蔑ろにして進むのは、流石にできない相談だ。
そう思う俺はまた口を開こうとしたのだが、
「いいからさっさと話せよ」
先に声を出したのはマリアだった。
「俺達がここで引き返したら困るのはお前の方だろ。こんなどうって事の無い話、ぱっと答えろよな」
《……もし我が枯れたら困るのはお主らじゃぞ? この大陸の豊かさは失われ、人の暮らしは今よりも厳しくなるからの》
「ふん、知るかよ。どうせ俺達が死んだ後の話だろ。死後にお前が枯れようと、俺の知った事じゃねぇ」
その言葉に皆が目を丸くする。確かに言われりゃそうなんだが、それを聖女のお前が言うかね。
ユグドラシルも流石に絶句している。彼女からしたら、お前が死のうが知らんと言われたに等しいからな。当然と言えば当然か。
「マ、マリア様。その言い方は流石に……」
「何言ってんだ。死んだ後に起こった事で人間が困るか? 困るわけねぇだろ死んでんだから。真理だよ、真理」
ティナがおずおずと口を挟むが、マリアは下らないとばかりに鼻で笑い飛ばす。
「とは言え、だ。一応俺は大聖女なんてやってるからな、そこに一銅貨の価値が無くても、大聖女的にやった方が良い事はやるつもりでいる。ここに来たのもそんな理由だ。じゃなきゃ、こんな何の得にもならない場所まで足を延ばすもんかよ」
何でこんな奴が聖女なんて言われてるんだ。そんな事を思ってしまう程には、マリアの理屈は勝手に過ぎた。
その言い様に皆唖然とする。誰もが何も言い出せず、完全にマリアの独壇場と化していた。
「だってのに、当人の唐変木が協力的じゃないと来た。得られたはずの情報を与えられないまま、満足に戦えず死んでもいいってか? 俺は御免だね。そんなら帰って酒飲んで寝る。あー酒が飲みてぇ」
「そ、それは――って、え? 酒?」
しかしマリアが真理と言ったように、彼女の言う事はそこまで異質なものでもなかった。
やはり人間、誰しも自分が可愛いものだ。
今が良ければいい。自分が良ければいい。人間なんてそれが普通で、不利益を承知で行動できる奴なんて、どれだけいるか分かったもんじゃない。
まあそれが聖女じゃ大問題なんだけども。
「お前はどうだよエイク」
「……情報は力だ。連中の事が聞けるってんなら逃す手はねぇよ。俺だってこんな場所で死ぬのは御免だ」
俺の答えに満足したらしく、マリアはけけけと悪魔のように笑った。
「だとよ? ここで戦えませーんって引き返しても良いんだぜ? おら、勿体付けねぇでさっさと話せよ。俺達の機嫌を損ねねぇうちにな」
《ぐ、ぐぬぬぬぬ……! 何て奴じゃっ》
マリアの暴論に悔し気な声を出すも、ユグドラシルは反論する事ができない。
俺達が帰れば世界樹はいずれ枯れる。彼女は俺達ばかりが困るように言うが、実際のところ自分だって困るのだ。
俺達が今やっていることはどちらがどうこうという話ではない。双方に利のある話なのだから。
《……ふん、まあ良いわ。特別に話をしてやる事にする。じゃがその代わり一言一句聞き漏らすでないぞ。良いな!》
結局ユグドラシルが折れ、この内部についての説明が始まる。俺達は口を閉じて彼女の話に耳を傾けた。
《お主らには既に話したが、神獣は我が神の力によって作り出しておる。じゃがどんな神獣を作るかにおいて、我や世界樹の意思はあまり反映されん》
「無秩序に作られる、という事でしょうか」
《それはちと違う》
スティアの言葉を軽く否定し、
《そこに作用するのは我の――いや、世界樹の感情じゃ》
そうユグドラシルは言葉を紡いだ。
怪物を作り出す時、どんな怪物が生まれるのか。階層によって傾向はほぼ決まっており、この森の第二階層では、森に適した怪物が生み出される事になるのだそうだ。
だが最終的に作り出す怪物を決定づけるのは、その時世界樹が抱いている感情だとユグドラシルは言う。
とは言え世界樹は木である。木に感情と言われても全くピンと来ない。
俺が小首を傾げていると、それを見透かしてかユグドラシルが不機嫌そうな声を出した。
《言っておくが世界樹にも感情はある。でなければ我など生み出さんからな。感情があるからこそ分体を生んだ。感情があるからこそ多種多様な神獣を生む。そして――感情があるからこそ、今枯れようとしておるのじゃ》
「どういう事だ?」
《お主ら知っとるか? 精霊共が好き勝手しとる……そう。お主らが言っていた、魔窟とか言う場所で起きる災害を》
魔窟で発生する災害。そうと聞いて思い出すのはたった一つだった。
大海嘯。魔窟に生息する怪物が大量に溢れ出る現象である。
俺達もつい最近、大海嘯と遭遇したばかりだ。あの時はシュレンツィアの町で抑えきったが、最悪国が滅茶苦茶になってもおかしくない状況だった。
ユグドラシルに問えば、そうだと返って来る。
そして彼女は次にこうとも言った。
《ならなぜこの世界樹で、その、大海嘯か? が起きていないと思う? 三百年もの間、誰も神獣を駆除して来なかったと言うのに》
この世界樹内部は魔窟と同じ。ならそんな長い間間引きをされない状況で、大海嘯が起きないはずがない。
ではなぜ起きないのか。つまりそれが、世界樹の感情によるものなのだとユグドラシルは言いたいんだろう。
彼女の口から出てきた言葉は、思った通り肯定だった。
《世界樹が抑えておるのじゃよ。こんな人目に付かない場所で起きてしまえば、確実にこの大陸は滅びる。それを理解しておる世界樹は、己の体内で大量の神獣を飼う事に決めたのじゃ。己の身を犠牲にしてな。……昔、我が枯れた時と同じ状況じゃ》
大量の怪物が内部に生息すれば、世界樹に大きな負担がかかる。その結果自分が枯れるとしても、それを覚悟で世界樹は決断をしたのだと言う。
そりゃ八人乗りの馬車に三倍、四倍の人間が常に乗り込んでいたら、馬車がすぐに壊れるわな。百人乗っても大丈夫ってわけにもいかんだろう。当然の理屈だ。
《とは言え世界樹には内部の浄化システムがある。じゃから本来なら問題無いはずなのじゃが……。それがいつの頃からか、なぜか上手く機能しなくなっての。昔枯れた一番の要因はそれじゃ》
と、突然ユグドラシルが重要そうな事を口にした。
なんだそりゃ。浄化システム? 初めて聞く話だが。ってかシステムって何?
「その浄化システムはなぜ機能して無いんですの? それがあれば枯れないはずなのですわよね?」
《分からん……。我も世界樹自身も、内部の事情までは分からんのじゃ。こればっかりは中に入った者に確認して貰わなければならん》
スティアが投げかけた疑問には、珍しく弱ったような声が返ってきた。ユグドラシルもその点については本当に困っているらしい。
「つまり我々が先に進み、確認する以外に無いと言う事ですね」
だがコルツよ、お前はなぜ嬉しそうな声を出しているのだ。そんなに先に進みたいか、この戦闘狂め。尻尾を振るんじゃない。
「でも確認ったって、俺達、何を確認すりゃいいんだ? オーリ、何か知ってるか?」
「知るわけが無いだろう! ああくそっ、この知識を持って外に出られたら、もう俺は死んだっていいと言うのにっ!」
「ええ……。お前どんだけだよ」
一方この二人は変わらずだ。のほほんと聞いたデュポに対して、オーリが頭を掻きむしっている。オーリもここでやっと、結界から出たら記憶が消える事に気付いたみたいだ。
ご愁傷様と言うより他ないが、死ぬのは遠慮して貰いたい。デュポも流石に引いてるぞ。
《ああ、確認については問題ない。もう少し進むと、そこに浄化システムの管理番がおる。向こうから接触して来るじゃろうから、そやつらに聞くが良い。きっと事情を知っておるはずじゃ》
「管理番だ? そんな奴らがいるのか?」
《うむ。ラタトクスと言う精霊モドキじゃ》
「精霊モドキ?」
《意思を持たせて作った神獣みたいなものじゃ。生成の過程が精霊に似とるんでな、精霊モドキと呼んでおる》
何か凄ぇ話になって来たなぁ。世界樹って精霊が作れるのか。ってか精霊って作れるもんなのか?
考えるとわけが分からなくなりそうだ。オーリなんて一人で爆笑し始めたぞ。大丈夫かアイツ。
と、そこで誰かが俺の肩をつつく。振り返ればバドだった。
バドは必死にぐねぐねと目の前でうねる。
何かと思ったが、そうだ。話がずれまくって、元々聞きたかった話とは全然違う内容になってたな。
「そのラタトクスって奴に聞くってのは分かった。でだ。エルフが怪物なのは一体なんでなんだ?」
バドが激しく頷く。ユグドラシルも、ああと言って話を戻した。
《神獣を生み出す過程で作用するのは、世界樹の感情じゃと言ったな。で、お主らも知っての通り、世界樹が枯れる一旦を担ったのは森人族じゃ。当然世界樹も森人族を毛嫌いしておる》
ユグドラシルはエルフを憎んでいた。そしてユグドラシルは世界樹の分体。それなら本体の世界樹だって、エルフを憎んでいるのは自明の理。
「つまりその憎悪が作用して、エルフ型の怪物を生成してしまったと」
《然もありなんと言う奴じゃな》
ユグドラシルは言う。長い間世界樹の間引きは行われなかった。つまりこの第二階層に生息している怪物の内、大部分、もしくは全てがエルフであろうと。
なんてこったいオーマイガー。この世に神はおらんのか。
「だってよ、バド」
「ばどちん、元気だして」
がっくりと肩を落とすバド。残念だが、しかし腑に落ちた理由だった。
バドよ。可哀想だが怪物なのだからと腹をくくってくれい。
《神獣共の動きに、世界樹も少しばかり干渉できるのじゃがな。そろそろ抑えるのも限界じゃろう。話はここまでじゃな》
俺とホシがバドを慰めていると、ユグドラシルがそんな不吉な事を言う。
突然スティアがばっと顔を上げた。
「っ! 何かが近づいてきますわ! 皆様、迎撃準備をっ!」
「お、おうっ!」
珍しくスティアが切羽詰まった声を上げる。話に聞き入っていて、どうも気付くのが遅れたようだ。
俺達は弾かれたように戦闘の準備をし始める。
《我は少し疲れた……。しばらく休む。後は頼んだぞ》
「だとよ。おらお前ら、気が済んだだろ? そのラタトクスんとこにさっさと行くぞ!」
ユグドラシルがそう言えば、マリアが発破をかけてくる。
俺達は慌ただしく陣形を整える。武器を抜いて前を向けば、そこにはこちらに駆けてくるエルフ達の姿があった。