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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園

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246.二階層に見た敵

 手に武器を持ち、皮の鎧を装備して、プラチナブロンドを振り乱して駆けてくる人間の姿。

 長い耳に端正な顔つき、そして透き通るような白い肌。

 見間違えようはずもない。間違いなくあれは軍で幾度も見た、ライトエルフの姿だった。


「な、何でこんな場所にエルフがいやがるんだっ!?」


 思わず彼らの顔が頭を過ぎる。


「えーちゃん! 来るよ!」


 ホシが声を上げるが早いか、左右の森から無数の矢が飛んでくる。だが流石に俺だって、森に敵が潜んでいた事くらい察していた。


「”風の障壁(ウィンドバリア)”!」


 懐から取り出した羊皮紙に魔力を注ぎ、風の防御を展開する。飛んできた矢は狙いを外れ、俺達の頭上を通り過ぎて行った。

 この隙にと素早く森に目を走らせる。すると木々の影や上に、皮鎧をまとった褐色肌の人間達が見えた。


 おいおいこっちはダークエルフか。褐色の肌が森の暗さに溶け込み分かりにくいが、どうやら左右の森を合わせて三十くらいは隠れていそうだ。

 正面から姿を現したライトエルフと、物陰から奇襲をかけるダークエルフ。上手い事連携取ってくるじゃねぇか。

 というかこいつら仲が悪いんじゃ無かったんかい! なんで一緒にいやがるんだよ!?


「どういう事ですの!? 白と黒が仲良くしてますが!」

「そんなもんこっちが聞きてぇよ!」


 スティアの声にも困惑が滲んでいる。ティナ達はすでにライトエルフと戦闘になっており、剣戟の音がこちらまで聞こえていた。

 ”風の障壁(ウィンドバリア)”で当たらないが、依然として森からの矢も止んでいない。とは言えこちらから手を出す事は躊躇われた。


「エイク殿っ、どうするんだ!?」


 後ろからガザの声が飛んでくる。だが下手をしたらヴェティペールやドロテア達の仲間かもしれないのだ。

 攻撃してきたからと言って、ならばと容赦なく切りかかる気にはなれなかった。


「おいエイク! 何ボサッとしてやがる。今が攻撃のチャンスだろうが」


 マリアが当然のように言うが、そういう問題じゃない。こいつには血も涙もねぇってのかっ。


「うるせぇな! おいどうなってんだユグドラシルッ! 何でここにエルフがいる!?」


 俺は事情を知っているだろうユグドラシルへがなる。だが返ってきたのは苛立たしそうな声だった。


《じゃから言ったじゃろう、そやつらを成敗してくれと。我の中にいると思うだけで腹立たしいのじゃ。では頼んだぞ》

「はぁ!? なっ、お前――!」


 そっけない言い方に上手く言葉が出てこない。確かにこの世界樹に入る前、ユグドラシルがエルフを毛嫌いしている理由を聞いた。

 しかし殺してやりたい程に憎んでいるとは思わなかった。


 ユグドラシルはエルフ達を成敗してくれと言った。

 そして、その意味はほぼ明言されている。

 懲らしめるのではなく始末してくれ、と。


「おいエイク落ち着けよ」

「馬鹿野郎お前これが落ち着いていられるかっ!」


 マリアに宥められるが、そんなもん落ち着けるわけがない。バドなんて相手が同族だ。防御一辺倒の上、明らかに動きが鈍くなっている。

 だがそれは他の皆も同様で、動きにはかなりの戸惑いが見えた。


「Ανάθεμά το!」

「Καλούπι!」


 対してエルフ達は攻撃の手を全く緩めていない。何か言葉を話しながら武器をこちらへ容赦なく振るってくる。

 とにかく今は退却した方が得策か。前と左右を囲まれているが、幸い後方から敵は来ていない。


「おいお前ら、一旦退却するぞ! ホシ、バドのフォロー頼む! スティアは殿(しんがり)、先導はデュポだ! 急げ!」

「おっけー!」

「了解!」

「ガッテン!」


 声を張り上げると、皆が徐々に後退し始めた。

 人族に敵対心があるエルフとは言え、話ができない相手では無い。一旦距離を取って、どうするか対策を考えよう。


「チッ……全く、仕方がねぇ奴らだ」


 だが、こいつはそれが不服だったようだ。


「アレス!」

「はっ」


 マリアは傍にいたアレスに顎をしゃくる。彼もその意味を理解したらしく、短く声を返した後、ティナ達と交戦しているエルフ達に目を向けた。


 ――おい。まさかとは思うが。

 そんな事を思うも、声を発するのは遅きに失した。


「ハッ!」


 ハルバードを構え、アレスは強く地面を蹴った。

 彼は真っすぐ、戦闘を繰り広げる先頭集団のもとへ突っ込んで行く。そこでは一人のエルフが今まさに、細剣を突き出そうとしているところだった。


 これを受けようと、ステフが盾を構えている。彼もまたエルフに攻撃して良いかどうか迷っているのか、防御一辺倒だった。


 そんなところに割り込んだアレス。


「止めろアレスーッ!」

「ハァアッ!」


 制止するも、その斧槍が止まることは無く。

 彼は目の前のエルフを、ハルバードで頭から両断してしまった。


 その光景から目が離せない。エルフの手から離れた細剣が力なく地面へ落ちていくのが、嫌にはっきりと俺には見えた。

 二つになったエルフはゆっくり倒れて行く。


「……ん?」


 が、そこで俺は気づいた。

 そのエルフの体から出てきたのは赤い血ではない。黒い靄のようなものが噴き出してきたのだ。


「やっと気づきやがったか。エイク」


 マリアがやれやれと言った様子で近づいてくる。


「ありゃ怪物(モンスター)だ。エルフ型怪物(モンスター)とでも言った方が良いか」

「……エルフ型、怪物(モンスター)?」


 もう一度倒れたエルフを見る。エルフの体は黒い霧を勢いよく噴き出していたが、すぐにパッと離散して、俺の目から姿を消してしまった。

 そんな事があるんだろうか。もう一度よく見てみるが、そこにはもう霧の残渣しか残っていなかった。エルフの死体などどこにも無い。


匹夫ひっぷアタック!!」

「ごへっ!?」

「さっさと目を覚ましやがれ! こんな相手に手こずってんじゃねぇぞ!」


 呆然とする俺にマリアの尻が突き刺さった。

 だからそれ止めろっつーの! 地味に痛ぇんだよ!


「ヤベェぞ大将! 何か来るっ!」


 ごほごほとむせていると、デュポが慌てた声を上げる。彼が指を差す場所を見れば、森に隠れたダークエルフ達の中に、杖を構えている者がいるのが目に映った。

 彼らの口がごにょごにょと動いている。これはマジでヤバイ。


「魔法が来るぞ! お前ら気ぃつけろ!」

「γιγαντιαίος βομβαρδισμός!」

「συντριβή κεραυνού!」


 何やら聞き取れない言葉でこちらに杖を向けたエルフ達。瞬間、巨大な岩やら雷やら、水やら火やらが飛んで来て、俺達の目前を覆い尽くした。大歓迎だな止めてくれ!


「えーいっ!」

「シィヤッ! ”練精蹴オーラキック”ッ!」

「あばばばばっ!」

「うおおぉっ!」


 思い思いに回避行動をとる面々。ホシやガザは真正面から魔法を叩き落とし、マリアは謎シールドで自分を防いでいる。

 だがそんな芸当はこいつらにしかできん。


 俺は魔剣を地面に突き刺した後、地面を転がり”火炎ファイア”を回避する。こちらに伸びて来た麻痺の魔法”黄雷の波濤(サンダーウェイブ)”は魔剣を伝い地面に流れ、何とか第一陣はやり過ごせた。


 だがこれは非常に不味い状況だ。魔法への対処方法は非常に少ない。手をこまねけばそれだけ被害が大きくなってしまう。


「あばばばば……」

「デュポは一旦シャドウの中に入れ! ガザ、コルツ、オーリは右のダークエルフ共を頼む! 後退は止めだ! バド達はそのまま戦闘を維持しろ!」


 魔法を食らい麻痺したデュポは一旦影の中へ。


「分かった!」

「了解!」

「凄いぞ、エルフ型怪物(モンスター)なんて初めてだ! わはははーっ!」


 それを尻目に魔族達はだっと森へ突っ込んで行く。


「ホシ、スティア、俺達は反対側だ!」

「あはは、りょーかいっ!」

「了解っ!」


 逆に俺達は左側の森へと走った。

 暗い森の中、遠くに見えるダークエルフ達はこちらへ杖を向けている。口元を見れば既に何かを詠唱中だった。


 俺達の進撃を止めようと、矢も次々に飛んでくる。魔法使いを守ろうと言うのだろうが、しかし”風の障壁(ウィンドバリア)”が展開中の今、ただの矢など牽制にもなっていなかった。


「まず魔法使いを潰すぞ!」


 俺は魔法を唱えるエルフに向かって突っ走る。俺へ向けられた杖の先端に水球が現れたのを見て、俺も懐から魔法陣を取り出した。


「σφαίρα νερού!」

「”水の弾丸(アクアバレット)”!」


 二つの水弾がぶつかりバシィと弾ける。小雨のように飛沫が振る中を、俺は地面を蹴り飛ばし、一気に魔法使いに肉薄した。


「Πνεύμα νερού――」


 魔法使いはその杖をなお俺に向けるが――


「シッ!」


 振るった魔剣が相手の腕を斬り飛ばす。杖を持つ腕がぼとりと落ちて、ブシッと黒い霧が噴き出した。

 やっぱりこいつも怪物(モンスター)なのか。なら加減はもう要らねぇな。


「αυτοί που στέκονται εμπόδιο――」

「ふんっ!」


 腕を斬られたと言うのになお詠唱を中断しないダークエルフへ、俺は返す剣で体を切り裂いた。

 胴から黒い霧を噴き出しながら、膝から崩れ落ちる相手。だがその姿はすぐに消え、代わりにポトリと魔石が落ちた。


「おりゃあーっ!」

「はっ!」


 ホシとスティアも杖を持つエルフを優先して潰している。強力な魔法を使う敵も懐にまで入られては、ただ倒されるだけの獲物だった。

 俺も近くの魔法使いへ接近し魔剣を振るう。エルフはあっけないくらい剣をまともに食らい、黒い霧へと変わっていった。


 何だか調子が狂うが、それはこいつらが怪物(モンスター)だからだろうか。普通懐に入られた魔法使いは距離を取ろうとするはずなのに、このエルフ達は迎撃しようと魔法を詠唱し始めるのだ。

 そんなもん倒してくれと言っているのと変わらない。俺達は魔法使いを次々に倒して行った。


「とりゃあっ!」


 ホシがぶんとメイスを振るう。ぐしゃりと顔を陥没させたエルフは、ぐらりと後ろへ倒れて行った。

 これであらかたの魔法使いは倒せただろうか。俺はそんな事を思いながら、その倒れていくエルフの姿を見ていた。


 だがその先に見えた光景に、俺は目を見開いた。倒れたエルフの向こう側。その先に、ホシへ弓を構えているエルフがいたのだ。

 ホシに気付いた様子はない。番えられた矢は淡い光を放っていた。


「ホシッ! 避けろーっ!」


 俺の声に、ホシが弾かれたように地面を蹴る。敵も一瞬遅れた後、その弦から指を離した。

 ピゥ! と甲高い音が森に響く。白いオーラをまとう矢は、次の瞬間ホシの眼前に迫っていた。


 ホシはその赤い目を丸く見開く。

 かと思えば、


匹夫ひっぷアターック!」


 メイスを思いきり振り抜いて、矢を明後日の方向に殴り飛ばしてしまった。


「あははは! 見て見て! メイスが欠けちゃった!」


 笑いながらメイスを掲げるホシ。まったく冷や冷やさせるんじゃない。

 ”貫通矢(ペネトレイトアロー)”を弾き飛ばされたエルフは再び弓に矢をつがえようと動く。だが横合いから投げナイフが飛んできて、その首筋にザクリと刺さった。


 それだけではない。木の上からもダークエルフがどさどさと落ちて来る。こちらも見れば喉に投げナイフが刺さっていた。

 相変わらず仕事が早いな。仲間の危機とくれば余計に、だ。


「ホシさん! 怪我はありませんか!?」

「うん、大丈夫だよ! ありがとー、すーちゃん!」


 慌てたスティアがホシへ一目散に駆け寄ってくる。これにホシはにっこりと笑顔で返した。

 周囲にはすでにエルフ達の姿は無い。こちらの森は掃討したようだ。ならこんな場所で管を撒いている暇は無いな。


「ホシ、スティア。ここは終わったんだ、向こうと合流するぞ!」

「おっけー!」

「あ、は、はいっ!」


 軍にいたエルフ達程でないにしても、ここのエルフ達もかなりの実力を備えていた。他の皆も苦戦しているに違いない。

 特にバドに関しては見た目が同族という理由もある。早く行ってやった方が良いだろう。


「と言うかな、ホシ。匹夫ひっぷアタックってのは止めろ」

「なんで?」

「何でも何もねぇんだよ……」


 俺達はその場を駆け出した。まさかエルフが敵だとは、これも魔窟ダンジョンが異界と言われる所以か。


 森から出た俺達は、未だ戦闘中の仲間の姿を目にする。魔族達はかなり優位に戦っていたが、しかし先頭を任せたバド達はかなり苦戦している様子だった。


 俺達は視線を交わした後、先頭に向かって走り始める。

 いつもは頼もし過ぎるバドの背中。だが今の彼の後姿は、いつもよりも小さく見えてしまった。

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