246.二階層に見た敵
手に武器を持ち、皮の鎧を装備して、プラチナブロンドを振り乱して駆けてくる人間の姿。
長い耳に端正な顔つき、そして透き通るような白い肌。
見間違えようはずもない。間違いなくあれは軍で幾度も見た、ライトエルフの姿だった。
「な、何でこんな場所にエルフがいやがるんだっ!?」
思わず彼らの顔が頭を過ぎる。
「えーちゃん! 来るよ!」
ホシが声を上げるが早いか、左右の森から無数の矢が飛んでくる。だが流石に俺だって、森に敵が潜んでいた事くらい察していた。
「”風の障壁”!」
懐から取り出した羊皮紙に魔力を注ぎ、風の防御を展開する。飛んできた矢は狙いを外れ、俺達の頭上を通り過ぎて行った。
この隙にと素早く森に目を走らせる。すると木々の影や上に、皮鎧をまとった褐色肌の人間達が見えた。
おいおいこっちはダークエルフか。褐色の肌が森の暗さに溶け込み分かりにくいが、どうやら左右の森を合わせて三十くらいは隠れていそうだ。
正面から姿を現したライトエルフと、物陰から奇襲をかけるダークエルフ。上手い事連携取ってくるじゃねぇか。
というかこいつら仲が悪いんじゃ無かったんかい! なんで一緒にいやがるんだよ!?
「どういう事ですの!? 白と黒が仲良くしてますが!」
「そんなもんこっちが聞きてぇよ!」
スティアの声にも困惑が滲んでいる。ティナ達はすでにライトエルフと戦闘になっており、剣戟の音がこちらまで聞こえていた。
”風の障壁”で当たらないが、依然として森からの矢も止んでいない。とは言えこちらから手を出す事は躊躇われた。
「エイク殿っ、どうするんだ!?」
後ろからガザの声が飛んでくる。だが下手をしたらヴェティペールやドロテア達の仲間かもしれないのだ。
攻撃してきたからと言って、ならばと容赦なく切りかかる気にはなれなかった。
「おいエイク! 何ボサッとしてやがる。今が攻撃のチャンスだろうが」
マリアが当然のように言うが、そういう問題じゃない。こいつには血も涙もねぇってのかっ。
「うるせぇな! おいどうなってんだユグドラシルッ! 何でここにエルフがいる!?」
俺は事情を知っているだろうユグドラシルへがなる。だが返ってきたのは苛立たしそうな声だった。
《じゃから言ったじゃろう、そやつらを成敗してくれと。我の中にいると思うだけで腹立たしいのじゃ。では頼んだぞ》
「はぁ!? なっ、お前――!」
そっけない言い方に上手く言葉が出てこない。確かにこの世界樹に入る前、ユグドラシルがエルフを毛嫌いしている理由を聞いた。
しかし殺してやりたい程に憎んでいるとは思わなかった。
ユグドラシルはエルフ達を成敗してくれと言った。
そして、その意味はほぼ明言されている。
懲らしめるのではなく始末してくれ、と。
「おいエイク落ち着けよ」
「馬鹿野郎お前これが落ち着いていられるかっ!」
マリアに宥められるが、そんなもん落ち着けるわけがない。バドなんて相手が同族だ。防御一辺倒の上、明らかに動きが鈍くなっている。
だがそれは他の皆も同様で、動きにはかなりの戸惑いが見えた。
「Ανάθεμά το!」
「Καλούπι!」
対してエルフ達は攻撃の手を全く緩めていない。何か言葉を話しながら武器をこちらへ容赦なく振るってくる。
とにかく今は退却した方が得策か。前と左右を囲まれているが、幸い後方から敵は来ていない。
「おいお前ら、一旦退却するぞ! ホシ、バドのフォロー頼む! スティアは殿、先導はデュポだ! 急げ!」
「おっけー!」
「了解!」
「ガッテン!」
声を張り上げると、皆が徐々に後退し始めた。
人族に敵対心があるエルフとは言え、話ができない相手では無い。一旦距離を取って、どうするか対策を考えよう。
「チッ……全く、仕方がねぇ奴らだ」
だが、こいつはそれが不服だったようだ。
「アレス!」
「はっ」
マリアは傍にいたアレスに顎をしゃくる。彼もその意味を理解したらしく、短く声を返した後、ティナ達と交戦しているエルフ達に目を向けた。
――おい。まさかとは思うが。
そんな事を思うも、声を発するのは遅きに失した。
「ハッ!」
ハルバードを構え、アレスは強く地面を蹴った。
彼は真っすぐ、戦闘を繰り広げる先頭集団のもとへ突っ込んで行く。そこでは一人のエルフが今まさに、細剣を突き出そうとしているところだった。
これを受けようと、ステフが盾を構えている。彼もまたエルフに攻撃して良いかどうか迷っているのか、防御一辺倒だった。
そんなところに割り込んだアレス。
「止めろアレスーッ!」
「ハァアッ!」
制止するも、その斧槍が止まることは無く。
彼は目の前のエルフを、ハルバードで頭から両断してしまった。
その光景から目が離せない。エルフの手から離れた細剣が力なく地面へ落ちていくのが、嫌にはっきりと俺には見えた。
二つになったエルフはゆっくり倒れて行く。
「……ん?」
が、そこで俺は気づいた。
そのエルフの体から出てきたのは赤い血ではない。黒い靄のようなものが噴き出してきたのだ。
「やっと気づきやがったか。エイク」
マリアがやれやれと言った様子で近づいてくる。
「ありゃ怪物だ。エルフ型怪物とでも言った方が良いか」
「……エルフ型、怪物?」
もう一度倒れたエルフを見る。エルフの体は黒い霧を勢いよく噴き出していたが、すぐにパッと離散して、俺の目から姿を消してしまった。
そんな事があるんだろうか。もう一度よく見てみるが、そこにはもう霧の残渣しか残っていなかった。エルフの死体などどこにも無い。
「匹夫アタック!!」
「ごへっ!?」
「さっさと目を覚ましやがれ! こんな相手に手こずってんじゃねぇぞ!」
呆然とする俺にマリアの尻が突き刺さった。
だからそれ止めろっつーの! 地味に痛ぇんだよ!
「ヤベェぞ大将! 何か来るっ!」
ごほごほとむせていると、デュポが慌てた声を上げる。彼が指を差す場所を見れば、森に隠れたダークエルフ達の中に、杖を構えている者がいるのが目に映った。
彼らの口がごにょごにょと動いている。これはマジでヤバイ。
「魔法が来るぞ! お前ら気ぃつけろ!」
「γιγαντιαίος βομβαρδισμός!」
「συντριβή κεραυνού!」
何やら聞き取れない言葉でこちらに杖を向けたエルフ達。瞬間、巨大な岩やら雷やら、水やら火やらが飛んで来て、俺達の目前を覆い尽くした。大歓迎だな止めてくれ!
「えーいっ!」
「シィヤッ! ”練精蹴”ッ!」
「あばばばばっ!」
「うおおぉっ!」
思い思いに回避行動をとる面々。ホシやガザは真正面から魔法を叩き落とし、マリアは謎シールドで自分を防いでいる。
だがそんな芸当はこいつらにしかできん。
俺は魔剣を地面に突き刺した後、地面を転がり”火炎”を回避する。こちらに伸びて来た麻痺の魔法”黄雷の波濤”は魔剣を伝い地面に流れ、何とか第一陣はやり過ごせた。
だがこれは非常に不味い状況だ。魔法への対処方法は非常に少ない。手を拱けばそれだけ被害が大きくなってしまう。
「あばばばば……」
「デュポは一旦シャドウの中に入れ! ガザ、コルツ、オーリは右のダークエルフ共を頼む! 後退は止めだ! バド達はそのまま戦闘を維持しろ!」
魔法を食らい麻痺したデュポは一旦影の中へ。
「分かった!」
「了解!」
「凄いぞ、エルフ型怪物なんて初めてだ! わはははーっ!」
それを尻目に魔族達はだっと森へ突っ込んで行く。
「ホシ、スティア、俺達は反対側だ!」
「あはは、りょーかいっ!」
「了解っ!」
逆に俺達は左側の森へと走った。
暗い森の中、遠くに見えるダークエルフ達はこちらへ杖を向けている。口元を見れば既に何かを詠唱中だった。
俺達の進撃を止めようと、矢も次々に飛んでくる。魔法使いを守ろうと言うのだろうが、しかし”風の障壁”が展開中の今、ただの矢など牽制にもなっていなかった。
「まず魔法使いを潰すぞ!」
俺は魔法を唱えるエルフに向かって突っ走る。俺へ向けられた杖の先端に水球が現れたのを見て、俺も懐から魔法陣を取り出した。
「σφαίρα νερού!」
「”水の弾丸”!」
二つの水弾がぶつかりバシィと弾ける。小雨のように飛沫が振る中を、俺は地面を蹴り飛ばし、一気に魔法使いに肉薄した。
「Πνεύμα νερού――」
魔法使いはその杖をなお俺に向けるが――
「シッ!」
振るった魔剣が相手の腕を斬り飛ばす。杖を持つ腕がぼとりと落ちて、ブシッと黒い霧が噴き出した。
やっぱりこいつも怪物なのか。なら加減はもう要らねぇな。
「αυτοί που στέκονται εμπόδιο――」
「ふんっ!」
腕を斬られたと言うのになお詠唱を中断しないダークエルフへ、俺は返す剣で体を切り裂いた。
胴から黒い霧を噴き出しながら、膝から崩れ落ちる相手。だがその姿はすぐに消え、代わりにポトリと魔石が落ちた。
「おりゃあーっ!」
「はっ!」
ホシとスティアも杖を持つエルフを優先して潰している。強力な魔法を使う敵も懐にまで入られては、ただ倒されるだけの獲物だった。
俺も近くの魔法使いへ接近し魔剣を振るう。エルフはあっけないくらい剣をまともに食らい、黒い霧へと変わっていった。
何だか調子が狂うが、それはこいつらが怪物だからだろうか。普通懐に入られた魔法使いは距離を取ろうとするはずなのに、このエルフ達は迎撃しようと魔法を詠唱し始めるのだ。
そんなもん倒してくれと言っているのと変わらない。俺達は魔法使いを次々に倒して行った。
「とりゃあっ!」
ホシがぶんとメイスを振るう。ぐしゃりと顔を陥没させたエルフは、ぐらりと後ろへ倒れて行った。
これであらかたの魔法使いは倒せただろうか。俺はそんな事を思いながら、その倒れていくエルフの姿を見ていた。
だがその先に見えた光景に、俺は目を見開いた。倒れたエルフの向こう側。その先に、ホシへ弓を構えているエルフがいたのだ。
ホシに気付いた様子はない。番えられた矢は淡い光を放っていた。
「ホシッ! 避けろーっ!」
俺の声に、ホシが弾かれたように地面を蹴る。敵も一瞬遅れた後、その弦から指を離した。
ピゥ! と甲高い音が森に響く。白いオーラをまとう矢は、次の瞬間ホシの眼前に迫っていた。
ホシはその赤い目を丸く見開く。
かと思えば、
「匹夫アターック!」
メイスを思いきり振り抜いて、矢を明後日の方向に殴り飛ばしてしまった。
「あははは! 見て見て! メイスが欠けちゃった!」
笑いながらメイスを掲げるホシ。まったく冷や冷やさせるんじゃない。
”貫通矢”を弾き飛ばされたエルフは再び弓に矢をつがえようと動く。だが横合いから投げナイフが飛んできて、その首筋にザクリと刺さった。
それだけではない。木の上からもダークエルフがどさどさと落ちて来る。こちらも見れば喉に投げナイフが刺さっていた。
相変わらず仕事が早いな。仲間の危機とくれば余計に、だ。
「ホシさん! 怪我はありませんか!?」
「うん、大丈夫だよ! ありがとー、すーちゃん!」
慌てたスティアがホシへ一目散に駆け寄ってくる。これにホシはにっこりと笑顔で返した。
周囲にはすでにエルフ達の姿は無い。こちらの森は掃討したようだ。ならこんな場所で管を撒いている暇は無いな。
「ホシ、スティア。ここは終わったんだ、向こうと合流するぞ!」
「おっけー!」
「あ、は、はいっ!」
軍にいたエルフ達程でないにしても、ここのエルフ達もかなりの実力を備えていた。他の皆も苦戦しているに違いない。
特にバドに関しては見た目が同族という理由もある。早く行ってやった方が良いだろう。
「と言うかな、ホシ。匹夫アタックってのは止めろ」
「なんで?」
「何でも何もねぇんだよ……」
俺達はその場を駆け出した。まさかエルフが敵だとは、これも魔窟が異界と言われる所以か。
森から出た俺達は、未だ戦闘中の仲間の姿を目にする。魔族達はかなり優位に戦っていたが、しかし先頭を任せたバド達はかなり苦戦している様子だった。
俺達は視線を交わした後、先頭に向かって走り始める。
いつもは頼もし過ぎるバドの背中。だが今の彼の後姿は、いつもよりも小さく見えてしまった。




