234.ゴブリンの英雄
大勢のゴブリン達が俺を取り囲み、こちらをじっと見つめている。
俺はそんな彼らを睥睨しながら、腰の魔剣をスラリと抜いた。
「グギャギャギャギャ! 貴様らをこれから血祭りにあげてくれる! 覚悟せい小童共め!」
「わーっ!」
「きゃーっ!」
「跪け! 命乞いをしろ! それともその武器で俺と勝負するか!? 決めろ! 三分間待ってやる! グーッギャッギャッギャッギャーッ!」
魔剣を掲げて振り回すと、ゴブリン達が悲鳴を上げる。俺はそれを見下ろしながら、胸を張って高笑いをした。
「貴方様ー、ホシさーん。戻って来られたようですから、そろそろこちらへ」
「グギャギャ――え? あ、おう。分かった。ホシ、行くぞー」
「うんっ」
だがそんな時スティアに呼ばれ、剣を収める。周囲から「えーっ!」と言う声が聞こえるが、呼ばれたなら仕方がない。
俺はゴブリンの子供達にまた後でなと手を振る。ホシもばいばいと皆に手を振って、俺の後ろに付いて来た。
「随分と楽しそうでしたわねぇ」
「ガキンチョはノリが良いからな」
そんな話をしながら、俺達は長の部屋へと足を運ぶ。そこにはすでに皆が集まっていた。
彼らは皆、地面に置かれた敷物――円状に植物を編んだクッションのような物だ――に座っている。
俺は空いていたバドの隣に座り前を向く。そこには一人のゴブリンが、俺達同様にあぐらをかいて座っていた。
淡いベージュ色の、独特な服を着たゴブリン。彼は牙のような物をいくつか繋げ、ネックレス状にしたものを首から下げていた。
他のゴブリン達はしていないため、長の印か何かだろうか。
「ようこそゴブリンの里へ。私はグラブと言う者です。この里の長をやっております。久々のお客様を出迎えられず申し訳ない」
彼はそう言って軽く頭を下げる。再び上げた顔には、にこやかな笑顔が浮かんでいた。
ゴブリン。もう五百年ほど前の話だが、彼らは魔物に分類され、人間と敵対していた歴史のある者達である。
だがある時から始まった、彼ら自身や熱心な者達の活動により、今はもう彼らを魔物と呼ぶ者は殆ど見られなくなっていた。
数百年経った今でもその活動は名残を残しており、各地で興行をしている程だ。
実を言えば、魔族を押し返した俺達王国軍を励まそうと、その一団が王都へ訪れた事もあった。
俺はその時見たのだ。五百年前に紡がれた、人族とゴブリンの熱い友情物語を。
かつての人間はゴブリンを、人を食らうために狙う魔物だと認識し、見つけ次第殺さねばならない害虫のように考えていた。
ゴブリンもゴブリンで、そんな人間を倒さねばならない敵だと認識しており、近くに村落など見つければそれを襲い、人を根絶やしに殺し尽くしていた。
そんな殺伐とした仲であった二つの種族。それを変えようとしたのは、一人の人族であった。
名をムッコロ。彼は未開の地に足を運んではその地の探索および調査するという、いわゆる探検家の男だった。
ある日、また未開の地に踏み入り探索を行っていたムッコロだったが、不注意から足を踏み外し、崖の下に転落してしまった。
一命を取り留めたものの両足を骨折し、到底動けない。未開の地での致命的な怪我に、自分の命もここまでかと、彼は覚悟をしたそうだ。
だがそんな時だ。彼の元に足を運んだ存在があった。
それが二人のゴブリンだったのだ。
二人のゴブリンはムッコロを見つけると、何やら話をした後、彼を看病し始めたそうだ。
当時ゴブリンは人族にとって魔物同様の敵である。ムッコロはゴブリン二人を警戒したが、しかし彼らは懸命にムッコロを看病し、数か月の間彼の面倒を見続けたそうだ。
それだけの期間があれば、ムッコロの警戒が解けるには十分だった。彼は治療される傍ら、彼らの文化をその目にして、ゴブリンが魔物とは違う存在だと確信したそうだ。
彼らは人間のように火を起こしたり、武器を作ったり、独自の言葉を喋り意思の疎通をしていた。
何より二人のゴブリンは、ムッコロの話す言葉を片言でも口にするようになっており、彼とも意思の疎通ができるようになっていたと言う。
この事実を知ったムッコロは奮起した! この事実を世間に公表し、ゴブリンの事を認めて貰おうと!
これに、彼を助けた二人のゴブリン達も賛同する! だが当時、ゴブリンの立場は魔物と同様! しかも彼らに村を滅ぼされ、恨みを募らせる人族も多かったっ!
三人の前には様々な苦難が降りかかる!
ゴブリンを殺そうと武器を向ける戦士! 石を投げつける多くの人々!
だが彼らの真摯な態度に徐々に賛同者が増えて行き――!
「貴方様。貴方様」
勝手に一人で盛り上がっていると、俺を肘でスティアが小突いてくる。
「――ん? なんだ?」
「聞かれてますわよ、貴方様」
「え?」
周りを見ると、皆が俺の顔をじっと見ている。その殆どが呆れたような、じっとりとしたものだった。
な、何よ、照れるじゃないの! そんなに見つめないでよねっ! ふんだ!
「ちらと見かけたのですが、子らの面倒を見て頂けたようで。ありがとうございます」
聞いていなかったのがバレバレだったのだろう。グラブがにこやかに話しかけてくる。
流石にこう配慮されるとばつが悪い。俺はもぞもぞと居住まいを正す。
「大した事はしてないですがね。時間潰しに遊んでただけですし」
「いえ、それでもですよ。ここは何と言っても、外からの情報が入ってきません。外の話を聞くだけでも皆嬉しいのですよ」
グラブは少し困ったように笑った。まあ彼の言う通りだ。ここは人の入らない山の中。しかも深い洞窟の中なのだから。
ゴブリンは基本的に薄暗く静かな場所を好む。だから洞窟のような場所を棲家としている場合が多いのだ。
グラブ達も例に漏れず崖の横穴を自分達で拡張し、もういつからか分からない程の長い間、里として利用をしているらしい。
実際この里はかなりの広さがある。恐らく下手な村よりも大きいだろう。
ちなみに洞窟に入ってしばらく歩くと、”ようこそ地下へ!”と言う横断幕が掲げられていた。人など来ないと言うのにだ。まったくファンキーな連中である。
「しかもそんなお客人が、我らが英雄の話をあそこまでご存じとは」
そんな俺の気持ちなど知らず、グラブはにこにこと言葉を続ける。
が、俺はそれにぴくりと反応した。
「英雄の話。つまりそれは――」
『ムッコロとバットの冒険記』
俺とグラブの言葉がかぶる。立ち上がったのはどっちが先だったろう。
俺とグラブは歩み寄り、そして握手を交わす。こんな場所に同志がいようとは思わなかった。
あの話が好きな奴に悪い奴はいない。俺はニヤリと笑みを浮かべる。グラブもまたにっこりと深い笑みを見せた。
「貴方様、そのムッコロとバットの冒険記とは、一体なんですの?」
「何っ!? お前、知らんのかっ!?」
「知りませんが……」
そんな時ありえない声が飛んできて、俺はくわと顔を向ける。そこには不思議そうに首を傾げるスティアがいた。
「お前、昔王都で公演があったろうが! 見て無いのか!?」
「え? え、ええ……見ていませんけれども」
その答えに愕然とする。そんな貴重な機会を不意にするとは、一体こいつは何をやっていたんだ。らしくない。
唖然としていると、誰かが俺のローブを小さく引っ張る。見るとそこには眉を八の字にしたホシがいた。
「すーちゃん、あの時ぼっちすーちゃんだったから……」
「ぐはっ!」
容赦のない言葉にスティアが苦悶の声を漏らす。そんな彼女の肩に、バドが労し気に手を置いた。
なるほど。確かにあの頃のスティアはまだ刺々しかった気もする。だから公演に来なかったんだな。
当時のスティアだったら、人が多く集まる場所に来るはずが無い。「フン、下らん」とか言ってそうだ。
「ステフ。お前、聞いたことがあるか……?」
納得していると、そんな小さな声が聞こえてくる。目を向れば、ティナが先ほどのスティアと同じような顔をして、ステフに聞いている所だった。
何と言う事だ。こいつも知らんとは嘆かわしい。それにステフが奴隷だと言うのなら、きっと彼もまた知らないのだろう。
全くけしからん事だと横目で見る。だが次に俺が目にしたのは、ステフの非常に良い表情だった。
彼はにこりと頬を緩め、こくりと小さく頷いたのだ。俺はその表情で悟った。
このステフという男は信頼できる、と。
ティナ? 知らんこんな奴。
「なんだそりゃ。面白ぇのか?」
「この不心得者が! 罰が当たるぞ!」
「な、何だよ急に!? ってか大聖女に罰が当たるかっ!」
マリアは論外だ。聖女大聖女以前に人として破綻している。信頼なんぞできる相手か。
「おいアレス……。お前知ってるか?」
マリアはひそひそと隣のアレスに話しかけているが、奴も当然知らんだろう。
真面目な顔で座っているが、所詮マリアという人間の護衛である。腹では何を思っているか分かったもんじゃない。
「もちろん知ってますよ。なかなか興味深い話ですから、マリア様も一度聞いてみてはいかがですか」
「ほーん……」
だよな! 俺は、アレスはまともだと思ってたんだよ! じゃなきゃ常識のないマリアの護衛なんて務まらないからな!
俺は笑顔でアレスを見る。するとなぜかマリアの奴が凄く嫌そうな顔をして返した。何だよその顔は。
「いやはや、嬉しい話です。我らが英雄バットを知っている方に悪い方はおりません。是非ゆるりと過ごして下さい。歓迎いたしますよ」
俺達の様子を見て、グラブは笑みを見せる。見た目は人族と全然違うが、彼の見せる笑みは安心感を抱ける、非常に感じの良いものだ。
昔こんな彼らを魔物扱いし、殺し合うのが普通だったとは信じられない。
俺は両手を胸の前で合わせ、ゴブリン式の敬礼をする。ホシとバド、ステフ、アレスもまたそれに倣い、ゴブリン式の敬礼をした。
知らないスティア、ティナ、マリアの三人は困惑の表情を浮かべている。だがグラブはそれを気にもせず、俺達へ微笑みながら同様にゴブリン式の敬礼を返した。