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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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234.ゴブリンの英雄

 大勢のゴブリン達が俺を取り囲み、こちらをじっと見つめている。

 俺はそんな彼らを睥睨(へいげい)しながら、腰の魔剣をスラリと抜いた。


「グギャギャギャギャ! 貴様らをこれから血祭りにあげてくれる! 覚悟せい小童共め!」

「わーっ!」

「きゃーっ!」

(ひざまず)け! 命乞いをしろ! それともその武器で俺と勝負するか!? 決めろ! 三分間待ってやる! グーッギャッギャッギャッギャーッ!」


 魔剣を掲げて振り回すと、ゴブリン達が悲鳴を上げる。俺はそれを見下ろしながら、胸を張って高笑いをした。


「貴方様ー、ホシさーん。戻って来られたようですから、そろそろこちらへ」

「グギャギャ――え? あ、おう。分かった。ホシ、行くぞー」

「うんっ」


 だがそんな時スティアに呼ばれ、剣を収める。周囲から「えーっ!」と言う声が聞こえるが、呼ばれたなら仕方がない。

 俺はゴブリンの子供達にまた後でなと手を振る。ホシもばいばいと皆に手を振って、俺の後ろに付いて来た。


「随分と楽しそうでしたわねぇ」

「ガキンチョはノリが良いからな」


 そんな話をしながら、俺達は長の部屋へと足を運ぶ。そこにはすでに皆が集まっていた。

 彼らは皆、地面に置かれた敷物――円状に植物を編んだクッションのような物だ――に座っている。

 俺は空いていたバドの隣に座り前を向く。そこには一人のゴブリンが、俺達同様にあぐらをかいて座っていた。


 淡いベージュ色の、独特な服を着たゴブリン。彼は牙のような物をいくつか繋げ、ネックレス状にしたものを首から下げていた。

 他のゴブリン達はしていないため、長の印か何かだろうか。


「ようこそゴブリンの里へ。私はグラブと言う者です。この里の長をやっております。久々のお客様を出迎えられず申し訳ない」


 彼はそう言って軽く頭を下げる。再び上げた顔には、にこやかな笑顔が浮かんでいた。


 ゴブリン。もう五百年ほど前の話だが、彼らは魔物に分類され、人間と敵対していた歴史のある者達である。

 だがある時から始まった、彼ら自身や熱心な者達の活動により、今はもう彼らを魔物と呼ぶ者は殆ど見られなくなっていた。


 数百年経った今でもその活動は名残を残しており、各地で興行をしている程だ。

 実を言えば、魔族を押し返した俺達王国軍を励まそうと、その一団が王都へ訪れた事もあった。

 俺はその時見たのだ。五百年前に紡がれた、人族とゴブリンの熱い友情物語を。


 かつての人間はゴブリンを、人を食らうために狙う魔物だと認識し、見つけ次第殺さねばならない害虫のように考えていた。

 ゴブリンもゴブリンで、そんな人間を倒さねばならない敵だと認識しており、近くに村落など見つければそれを襲い、人を根絶やしに殺し尽くしていた。


 そんな殺伐とした仲であった二つの種族。それを変えようとしたのは、一人の人族であった。

 名をムッコロ。彼は未開の地に足を運んではその地の探索および調査するという、いわゆる探検家の男だった。


 ある日、また未開の地に踏み入り探索を行っていたムッコロだったが、不注意から足を踏み外し、崖の下に転落してしまった。

 一命を取り留めたものの両足を骨折し、到底動けない。未開の地での致命的な怪我に、自分の命もここまでかと、彼は覚悟をしたそうだ。


 だがそんな時だ。彼の元に足を運んだ存在があった。

 それが二人のゴブリンだったのだ。


 二人のゴブリンはムッコロを見つけると、何やら話をした後、彼を看病し始めたそうだ。

 当時ゴブリンは人族にとって魔物同様の敵である。ムッコロはゴブリン二人を警戒したが、しかし彼らは懸命にムッコロを看病し、数か月の間彼の面倒を見続けたそうだ。


 それだけの期間があれば、ムッコロの警戒が解けるには十分だった。彼は治療される傍ら、彼らの文化をその目にして、ゴブリンが魔物とは違う存在だと確信したそうだ。

 彼らは人間のように火を起こしたり、武器を作ったり、独自の言葉を喋り意思の疎通をしていた。

 何より二人のゴブリンは、ムッコロの話す言葉を片言でも口にするようになっており、彼とも意思の疎通ができるようになっていたと言う。


 この事実を知ったムッコロは奮起した! この事実を世間に公表し、ゴブリンの事を認めて貰おうと!

 これに、彼を助けた二人のゴブリン達も賛同する! だが当時、ゴブリンの立場は魔物と同様! しかも彼らに村を滅ぼされ、恨みを募らせる人族も多かったっ!


 三人の前には様々な苦難が降りかかる!

 ゴブリンを殺そうと武器を向ける戦士! 石を投げつける多くの人々!

 だが彼らの真摯な態度に徐々に賛同者が増えて行き――!


「貴方様。貴方様」


 勝手に一人で盛り上がっていると、俺を肘でスティアが小突いてくる。

 

「――ん? なんだ?」

「聞かれてますわよ、貴方様」

「え?」


 周りを見ると、皆が俺の顔をじっと見ている。その殆どが呆れたような、じっとりとしたものだった。

 な、何よ、照れるじゃないの! そんなに見つめないでよねっ! ふんだ!


「ちらと見かけたのですが、子らの面倒を見て頂けたようで。ありがとうございます」


 聞いていなかったのがバレバレだったのだろう。グラブがにこやかに話しかけてくる。

 流石にこう配慮されるとばつが悪い。俺はもぞもぞと居住まいを正す。


「大した事はしてないですがね。時間潰しに遊んでただけですし」

「いえ、それでもですよ。ここは何と言っても、外からの情報が入ってきません。外の話を聞くだけでも皆嬉しいのですよ」


 グラブは少し困ったように笑った。まあ彼の言う通りだ。ここは人の入らない山の中。しかも深い洞窟の中なのだから。


 ゴブリンは基本的に薄暗く静かな場所を好む。だから洞窟のような場所を棲家としている場合が多いのだ。

 グラブ達も例に漏れず崖の横穴を自分達で拡張し、もういつからか分からない程の長い間、里として利用をしているらしい。


 実際この里はかなりの広さがある。恐らく下手な村よりも大きいだろう。

 ちなみに洞窟に入ってしばらく歩くと、”ようこそ地下へウェルカムトゥアンダーグラウンド!”と言う横断幕が掲げられていた。人など来ないと言うのにだ。まったくファンキーな連中である。


「しかもそんなお客人が、我らが英雄の話をあそこまでご存じとは」


 そんな俺の気持ちなど知らず、グラブはにこにこと言葉を続ける。

 が、俺はそれにぴくりと反応した。


「英雄の話。つまりそれは――」

『ムッコロとバットの冒険記』

 

 俺とグラブの言葉がかぶる。立ち上がったのはどっちが先だったろう。

 俺とグラブは歩み寄り、そして握手を交わす。こんな場所に同志がいようとは思わなかった。

 あの話が好きな奴に悪い奴はいない。俺はニヤリと笑みを浮かべる。グラブもまたにっこりと深い笑みを見せた。


「貴方様、そのムッコロとバットの冒険記とは、一体なんですの?」

「何っ!? お前、知らんのかっ!?」

「知りませんが……」


 そんな時ありえない声が飛んできて、俺はくわと顔を向ける。そこには不思議そうに首を傾げるスティアがいた。


「お前、昔王都で公演があったろうが! 見て無いのか!?」

「え? え、ええ……見ていませんけれども」


 その答えに愕然とする。そんな貴重な機会を不意にするとは、一体こいつは何をやっていたんだ。らしくない。

 唖然としていると、誰かが俺のローブを小さく引っ張る。見るとそこには眉を八の字にしたホシがいた。


「すーちゃん、あの時ぼっちすーちゃんだったから……」

「ぐはっ!」


 容赦のない言葉にスティアが苦悶の声を漏らす。そんな彼女の肩に、バドが労し気に手を置いた。

 なるほど。確かにあの頃のスティアはまだ刺々しかった気もする。だから公演に来なかったんだな。

 当時のスティアだったら、人が多く集まる場所に来るはずが無い。「フン、下らん」とか言ってそうだ。


「ステフ。お前、聞いたことがあるか……?」


 納得していると、そんな小さな声が聞こえてくる。目を向れば、ティナが先ほどのスティアと同じような顔をして、ステフに聞いている所だった。

 何と言う事だ。こいつも知らんとは嘆かわしい。それにステフが奴隷だと言うのなら、きっと彼もまた知らないのだろう。

 全くけしからん事だと横目で見る。だが次に俺が目にしたのは、ステフの非常に良い表情だった。


 彼はにこりと頬を緩め、こくりと小さく頷いたのだ。俺はその表情で悟った。

 このステフという男は信頼できる、と。

 ティナ? 知らんこんな奴。


「なんだそりゃ。面白ぇのか?」

「この不心得者が! 罰が当たるぞ!」

「な、何だよ急に!? ってか大聖女に罰が当たるかっ!」


 マリアは論外だ。聖女大聖女以前に人として破綻している。信頼なんぞできる相手か。


「おいアレス……。お前知ってるか?」


 マリアはひそひそと隣のアレスに話しかけているが、奴も当然知らんだろう。

 真面目な顔で座っているが、所詮マリアという人間の護衛である。腹では何を思っているか分かったもんじゃない。


「もちろん知ってますよ。なかなか興味深い話ですから、マリア様も一度聞いてみてはいかがですか」

「ほーん……」


 だよな! 俺は、アレスはまともだと思ってたんだよ! じゃなきゃ常識のないマリアの護衛なんて務まらないからな!

 俺は笑顔でアレスを見る。するとなぜかマリアの奴が凄く嫌そうな顔をして返した。何だよその顔は。


「いやはや、嬉しい話です。我らが英雄バットを知っている方に悪い方はおりません。是非ゆるりと過ごして下さい。歓迎いたしますよ」


 俺達の様子を見て、グラブは笑みを見せる。見た目は人族と全然違うが、彼の見せる笑みは安心感を抱ける、非常に感じの良いものだ。

 昔こんな彼らを魔物扱いし、殺し合うのが普通だったとは信じられない。


 俺は両手を胸の前で合わせ、ゴブリン式の敬礼をする。ホシとバド、ステフ、アレスもまたそれに倣い、ゴブリン式の敬礼をした。


 知らないスティア、ティナ、マリアの三人は困惑の表情を浮かべている。だがグラブはそれを気にもせず、俺達へ微笑みながら同様にゴブリン式の敬礼を返した。

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