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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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232.傲慢不遜は嵐の予兆か

 結局門を塞いでいた連中はアレスの前に腰を抜かし、戦うどころではなくなってしまった。となればテストは不合格で、その場をどかざるを得なくなる。


 腰を抜かした五人はわたわたとその場を素直に譲ったが、しかし横を通り過ぎる時に間近で見たギルドマスターの表情があまりにも悔しそうに歪んでいて、それがどうにも俺の頭には、強く印象に残っていた。


「全く面倒臭ぇ奴らだったぜ。何なんだよどいつもこいつもよぉ」


 とは言えもう終わった事だ。町から出て十分程経った頃、誰の目も無くなった事で、マリアは大あくびをこきながらブー垂れ始める。

 全く、付いたり剥がれたり忙しいメッキだぜ。

 俺は呆れて肩をすくむ。だが同行する事になった二人には大事だったようだ。


「マ、マリア――様?」


 ティナが口をぱくぱくと動かす。後ろのステフも同様に、目を丸くして口をポカンと開けていた。


「こいつ、これが素なんだよ。お前らが想像しているような奴じゃねぇからな。関わった事を後悔してももう遅えぞ」

「な……!?」


 こいつらはもう護衛として付いて来てしまった。ならば一蓮托生である。

 俺がぶっちゃければ、ティナは信じられないものを見るような目を向ける。だがスティアもバドも、ティナへ憐れむ様な視線を向けていた。


「こんなアバズレに自分から引っ掛かって行くなんてな。ご愁傷さんだ」

「おっとお杖が滑った」

「ぐほっ!」


 みぞおちに杖を突き立てられ、胸から空気が飛び出した。体を折る俺に素早く近寄ったマリアは、俺の首を横から抱き込んだ。


「だーれがアバズレだ! この超絶美少女を捕まえて言う台詞か! おお!?」

「痛てててて! やめろ馬鹿、離せ!」

「誰が馬鹿だ! この溢れ出る高貴な知性が分からねぇか!?」

「溢れてんのはテメェの欲望だけだろうがっ!」


 マリアが俺にヘッドロックをかけている間も、ティナ達二人は立ち尽くし何も言わない。

 聖女が清廉な存在と信じる連中には、こいつの真実は残酷に過ぎたようだ。


 ばたばたと暴れる俺をマリアはぱっと離す。

 その顔を見れば小馬鹿にしたような表情を浮かべていた。


「ま、お前みてぇな匹夫(ひっぷ)には分からんよな、この俺の素晴らしさが」

「やかましいわ!」

「えーちゃん、匹夫(ひっぷ)って何?」


 俺が怒鳴り返すと、ホシがくりくりの目を向けてくる。


「教養のねぇ卑しい身分の奴の事だぜ、ホシちゃん」

「ならあたしも匹夫(ひっぷ)だ! ひっぷっぷー!」

「喜ぶな!」


 叱り飛ばすも、ホシはあははと笑って走って行ってしまった。駄目だこりゃ。

 ちなみにお前は匹夫(ひっぷ)じゃなくて匹婦(ひっぷ)だぞ。女だからな。まあ読み方は変わらんけども。

 

「マリアさん、ちょっとそれは聞き捨てなりませんわね」


 楽しそうなホシに呆れていると、今度はスティアが割って入る。


「教養など無くてもエイク様は素晴らしい方ですわ。訂正して下さいまし!」

「ちょっと待って?」


 匹夫(ひっぷ)は認めちゃうんだ。褒めるのかけなすのか、どっちかにしてくれない?

 そんな真剣な顔で言われると流石に傷つくんだけど。


 下らない事を話し合う俺達を、ティナはただ呆然と見ていた。

 だが少し間を置いたことで、ふと疑問に思ったらしい。


「あ、あの、マリア様。疑問なのですが、なぜあのような演技を? 演技などしなくとも、貴方様は紛う事なき聖女なのでしょう。わざわざ仮面をつける必要は無いと思うのですが」


 そんな事をクソ真面目に言い出した。

 大した理由なんてねぇよ。そう思う俺の目の前で、マリアはまた聖女の微笑みを作り、ティナと向き合う。


「わたくしは神にお仕えする身の上でございます。民を救済するという使命を帯び、各地を旅しているのです。この国に参りましたのもそのため……。わたくしは自身の使命を果たすため、神の御名の元、皆の前では聖女として、多くの方に祝福を授けんと己を律しているのです」

「な、なるほど。そんな使命が……」


 ティナは合点がいったようにふーむと唸る。こいつ素直すぎるんじゃねぇか。まんまと煙に巻かれてんじゃねーよ。


「んな事言ってるが、こいつの目当ては金だとかの即物的なもんだからな。清楚で奇麗な女ってのは、大体男にちやほやされるだろ?」

匹夫(ヒップ)アタック!!」

「ぐは!?」


 誤解を解こうと説明すれば、マリアの尻が飛んできて吹き飛ばされる。

 だから匹夫(ひっぷ)じゃねぇっての! 妙に推してくるの止めろや!


「うるせぇな! 俺は清楚に振舞って自分の可愛さを見せびらかす! 男は鼻の下を伸ばして供物を捧げる! Win-Winだろうが!」


 どこがWin-Winなのか理解に苦しむ。見ろ、これが聖女の本性だ。自分の利益を追求する事に余念がない。いっそ清々しいくらいだ。


 これは護衛であるアレスも当然知っている。私は関係ないですよと言った顔で立っているが、知っていて黙認しているのだから大概だ。

 護衛騎士なら諫めるとかしても良いと思うんだが。


 ティナはぽかんと立ち尽くしている。これにマリアはにやりと笑う。

 聖女らしからぬ悪どい笑み。この顔を教会の連中に見せたなら、一体どんな反応をするのだろう。

 一瞬それを想像する。だが俺はすぐに、きっとどうにもならないだろうなと、尻もちを突きながら頭を振った。


 マリアはこんなだが、しかしそれでも国に認められている、本物の聖女なのだ。

 つまり、それに相応しい功績を打ち立てたと言う事に他ならない。性格はアレだが、今は脇に置く。


 その功績を考えた時。そして、その奇跡を実際に目の当たりにした者達の事を考えた時。

 こいつが例え普段どんな表情を見せようと、聖女であるという事実はどうしたって揺るがない。俺にはそう思えてしまった。


 魔族との戦争、聖魔大戦。こいつがいなければ俺達はきっと、今でも魔王と戦い続けていただろうからな。


「えーちゃん大丈夫?」

「貴方様、お怪我は?」

「大丈夫だ。まったく、無茶苦茶やりやがる」


 奴に吹き飛ばされた俺の周りに三人が集まってくる。俺は尻を叩きながらバドの手を取り立ち上がった。

 目をやれば俺を指差して笑うマリアと、それを何とも言えない表情で見るティナ達が映る。


 マリアとアレスの実力は知っている。こいつらもスティア達同様の化け物連中だ。だからこれから向かう先は知らないが、そう危険な事にはならないだろう。

 俺はそんな事を漠然と思っていた。


 だがそれは、感じる不安を否定したかったからかもしれない。

 こいつら二人では頭数が足りなかった。だから俺達を引き込もうと思った。

 それだけであって欲しいと。


 だがもしそれ以上の何かがあったなら――。


 マリアはいつものように楽しそうに笑っている。その顔を見ていると、どうしてか俺の不安は膨らんでいく一方だった。



 ------------------



 冒険者ギルドに引き返したギルドマスタートビアスは、自室に戻って早々、いら立たしげな声を吐き出した。


「くっ……何なのだあいつらは! こちらの要求をあざ笑うように跳ね除けるとは、気に入らんっ!」


 拳でドンと机を打つ。すると机上のインク瓶がことりと跳び、横にぱたりと倒れてしまう。

 書類を黒に染め、床にも黒い斑点を作り始めた光景に、シルヴィアの取り巻き達は慌ててその場に駆け寄った。


「で、でもパパ。どうするの? あんなの私らじゃどうにもできないし……」

「むぅ……」


 シルヴィアは弱り切った声で父親の背中に目を向ける。だがこれを受けるトビアスも、眉間にしわを寄せていた。


 彼の脳裏には、先ほどの光景が鮮明にこびりついていた。

 あのハルバードを構えた男の威圧は、筆舌に尽くしがたい凄まじいものだった。

 戦うつもりの無かった彼も、冷や汗が止まらなかった程だ。一筋縄でいかない事は明白だった。


 だが、だからこそ彼らの力を借りる必要がある。

 同時にトビアスはそう思わされてもいた。


「どうする。このままでは計画が……」


 頭をいら立たし気に搔きながら、トビアスは部屋をぐるぐると歩き回り始める。


 この町を食い物にせんと企む集団、”赤蛇”。彼らは戦争の際、金銭を対価としてこの町の守護を引き受けていた。

 その額は一月当たり金貨3枚。もし傭兵団などに頼んだ場合なら、魔族相手を加味しても金貨1枚程度で済む話だったろう。


 あまりにも足元を見られたこの話。しかし他に頼りは無いと町はこれを飲み、”赤蛇”の庇護下に入る事を受け入れた。

 結果、彼らの力によってこの町は魔族の手から免れ、無事に今を過ごす事が出来ている。

 だが話はここで終わりでは無かった。


 戦争が終わった後も、”赤蛇”はこの町に金銭を要求してきたのだ。彼らとの縁を切りたい町は交渉に臨んだが、ならばと金貨30枚を要求してきた。

 こんな小さな町にそんな余裕などあるはずが無い。今も尚どうするか、彼らは悩み続けていた。


「聖女と”赤蛇”をぶつける事ができれば、連中を排除できるかも知れんと言うのに……」


 トビアスもまたそんな人間の内の一人。

 余計な動きを見せれば”赤蛇”に察知されるかもしれない。動くに動けず悩んでいたそんな時、聖女が護衛を募っていると聞き、彼はこれにピンときた。

 この偶然を利用して、聖女に”赤蛇”討伐を依頼しようと考えたのだ。


 ギルドから働きかけたのではなく、聖女から護衛を集めたとなれば、ギルドが近づいても不自然ではない。

 トビアスの信頼する人間を聖女の護衛に雇わせて、こっそりと町の現状をつづった手紙を渡すつもりだった。


 聖女と名乗る人物ならば、困っている人間を放置すまい。

 彼はこれを天啓だと思った。

 しかし彼の思う通りに事は運ばず、聖女は町を出て行ってしまった。


「このままではマリア様は行ってしまわれる……! くそ、何とか”赤蛇”共に感づかれないよう接触しなければ……!」


 この千載一遇の好機を逃せば、町は”赤蛇”に搾取され尽くし、干上がってしまうだろう。

 トビアスはこの町のギルドマスターになって長い。冒険者の長という責任感もあったが、それ以上に愛着の方が勝っていた。


 何としてもこの状況を打破したい。まずはそのキーマンを抑えなければ。

 トビアスは零れたインクや書類を片付ける男達へ顔を向ける。


「おい、そんなものはどうでも良い! とにかくお前達は、マリア様がどこへ行ったか抑えて来い! 早く行けっ!」


 トビアスに目を向けた男達は顔を見合わせた後、ちらりとシルヴィアの方にも目を向ける。


「そういう事だから、よろしくね~」

『はい』


 男達は立ち上がり、ドカドカと足音荒く部屋を出て行った。

 その背中にシルヴィアはふりふりと手を振っていた。


 シルヴィアは内心ほっとしていた。

 あの聖女の護衛が放った闘気は常軌を逸していた。まともにぶつかれば”赤蛇”とて無事には済まないだろう。

 父の見立ては正しい。それに加えて彼女には一つ、不安に思う事もあった。


(あのオヤジ……ランクEなんて言ってたけど、どうにも嫌な予感がしたのよね。さっさと行ってくれて良かったわ)


 父は夢にも思っていないだろう。自分の行動が既に筒抜けだと言う事を。


 先ほど出て行った四人は、この情報を”赤蛇”の頭、ガモンのもとへ持って行くだろう。

 トビアスの命運は既に”赤蛇”に絡め取られている。未だに悩み続ける父をチラリと見て、シルヴィアはふぅと息を吐いた。


(ごめんねパパ。孤児の私を育ててくれた事は感謝してるけど、でも私、何かといえば怒鳴り散らす貴方の事、あんまり好きじゃなかったの)


 良心の呵責など欠片もない謝罪を心の中で呟きながら、シルヴィアは窓から外を見下ろした。

 そこには先ほど出て行った四人の男達の背中が見える。彼らの姿は既に小さく、豆粒のようになっていた。

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