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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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231.聖女の嫌うもの

「おら、もう朝だぞ! 起きやがれ!」


 マリアが大声をあげて仁王立ちで見下ろしてくる。床に転がる俺とバドは無様に呻きながら、じっとりとした視線を向ける彼女を気だるげに見上げて返した。


「あ、頭痛ぇ……」

「いつまでそうやってるつもりだ! ほら起きろ起きろ!」


 割れるように痛む頭にマリアの高い声がガンガンと響く。頭を押さえながら体を起こすが、しかしこれ以上動く気にはなれなかった。

 隣にいたバドも同じようで、体を起こすもそれ以上動く気配がない。彼も彼で頭を押さえ、その痛さを訴えていた。


 そんな俺達を呆れたように見るマリアとアレス。昨日夜通しで飲み続けたって言うのに全くケロリとしてやがる。

 ザル過ぎるだろう。どんな体質してんだ。こいつら人間じゃねぇ。


「なっさけねぇな! チッ、仕方ねぇ。ほら大聖女様の癒しだ! もっちゃらほい!」


 指を俺に向け、気が抜けるような言葉を放つマリア。だが効果は覿面だった。

 指先が仄かに光ればたちまち頭痛は無くなり、体調は万全になる。

 バドも同様に治してもらい、すぐにむくりと起き上がる。これにマリアはフンと鼻を鳴らした。


 昨日シルヴィアが去っていった後、用事も済んだ俺達は、分かれたマリア達を探すことにした。

 向こうもこちらを探していたらしく、しばらくして二人と合流する事が出来たのだが、意外にもそこにはシルヴィアの連れである四人の男の姿は見え無かった。


 話を聞けば、用事が済んだ後マリアが解散させたらしい。特におかしな素振りも無かったらしく、彼らは素直に帰って行ったそうだ。

 これにマリアは、


「このか弱い超美少女があれだけ隙を見せてやったってのに、何も手を出さねぇでやがる。ケッ」


 と小声でブツクサ言っていた。


 この台詞から察するに、男だけ四人も連れて行ったのは、自分を餌にして連中の狙いを明らかにしてやろうと言う目論見だったようだ。

 らしいと言えばらしいが、か弱いとは一体どの口が言うのか。こいつに手を出したら最後、まともに帰って来れないのは確実だと言うのに。


 とにもかくにも、マリア達の方は収穫無しという事で、情報収集はそこで終わりとなった。

 ティナ達二人にも怪しい素振りが無く、すでに”蛇”と無関係だと断定している。つまりもう一緒にいる意味は無い。

 そうしてティナ達も解散させた俺達は、情報共有のため、マリア達が取ったと言う宿に早々に入ったのだった。


 まあそこまでは良かった。だが部屋に入った瞬間マリアが当然のように酒を開け、酒盛りが始まり、結局情報の共有どころでなくなってしまう。

 ”蛇”が何か仕掛けてくるかと言う不安はあったが、しかし結局その日は何事もなく時間が過ぎて行き。


 で、潰れるまで酒盛りを続ける事になってこの様だ。

 全く自分の事ながら情けない。俺も頭を振りつつバドに続いて立ち上がった。


 今俺達がいるのは宿の二人部屋だ。とは言えマリアが取ったのはこの辺りでは一番高い宿で、二人部屋にしてはかなり広いスペースがある。四人でいても十分な広さがあった。

 内装もなかなか凝っていて、普通なら板張りである床には厚めのカーペットも敷いてある。

 そのおかげで床に転がっていたものの、特に体に痛みはなかった。


「全く面倒かけやがる。あの程度でダウンしてんじゃねぇよ」


 立ち上がった俺達を前に、マリアは腕を組んで不満そうだ。治して貰った事についてはありがたく思うが、しかしどうにも微妙な気分になってしまう。

 効果は確かなんだが、かける本人の性格と態度、そして一番は詠唱が適当過ぎるんだもの。


 でも、これをありがたく思う奴らもいるんだよなぁ。

 事実を知っている俺としては、そんな奴らが哀れにも思えてしまう。


「おはようさんさん!」


 そうこうしていると、ホシがノックも無しに部屋に入ってきた。こいつもずっと俺達と飲んでいたのだが、いつも通りケロリとしてやがる。

 俺が呆れて目を向けると、それにホシはこてりと小首を傾げた。

 いつもの事だがザル過ぎる。全く、こいつも一体どうなってんだ。子供みたいなナリしやがってよ。


「ん? ホシ、スティアはどうした?」


 姿の見えない仲間に気が付き、ホシに尋ねる。ホシとスティアは隣の二人部屋で、昨日――と言っても夜明け前だが――は就寝したはずだった。


「頭が痛いって!」

「あいつもか……」


 だが遅くまで飲んでいた事には変わらない。同じ状態かと頭をかけば、マリアがため息を吐きながらすたすたと部屋を出て行った。


「顔でも洗ってくるわ……」


 やれやれ、この調子じゃ出かけるまでもう少しかかりそうだ。

 俺はアレスにそう言い残して部屋を出る。バドも付いて来たらしく、後ろから大きな足音も聞こえた。


 俺達二人は酒臭い息を吐きながら階段を下りて行く。慌てたような足音が上の方から聞こえたが、それが誰のものかは考えるまでも無かった。



 ------------------



 それから一時間経過して。出立の支度を済ませた俺達は、宿を引き払い外へと足を踏み出した。

 結局マリアの目的は分からないままだ。俺達はマリアのペースに飲まれたまま、その背中に魚の糞よろしく続こうとしていた。


「お待ち下さい!」


 だが、そんな足はすぐに止まった。

 宿の前で待ち構えていた二人の冒険者。ティナとその連れの男が俺達の前に立ちはだかり、そんな声を上げたのだ。


「聖女様、やはり我々も共に行かせて下さい! 貴方様の護衛として、そこの者達は信用できません!」


 ティナはそう声を上げる。俺達は顔を見合わせてしまった。


「信用ですって。何様でしょうか」

「あそこまではっきり言えるって逆に凄ぇよな」

「おバカ様?」

「様を付ければ良いというものではありませんわよ、ホシさん」


 昨日今日少し合っただけの、俺達の一体何を知っていると言うんだろう。

 俺達はぼそぼそと小声で話す。だがティナの方はそんな様子など目に入らないらしく、マリアへ必死の顔を向けていた。


「チッ、面倒臭ぇな。んんっ……どうしましょうか? アレス」


 近くの俺達にだけ聞こえる程度の小さな舌打ちをしてから、マリアはアレスの方へ顔を向けた。だがこの間、ずっとにこやかな笑顔である。

 笑顔で舌打ちとかできるんだ。器用なもんだな、見習いたくはねぇが。


「この者ら程度なら多少は役に立ちましょう。もし足手まといになるようなら、その場に置いて行けば良いかと」


 対してアレスは目の前の二人に隠すことも無く、声量を落とさずそう言い放った。

 彼にじろりと目を向けられたティナはごくりと喉を動かす。しかしその目は逸らさずに、アレスの視線を真っすぐに受け止めていた。


「では決まりですね。道中お願い致します、ティナ様、ステフ様」

「あ、ありがとうございます! この身命を賭しても、貴方様を必ずやお守り致しますっ!」


 にこりとマリアが笑う。どうやらこの二人も加えることに決めたらしい。

 言葉を聞いた二人は大きく目を見開く。そして左拳を胸に当て、敬礼をして見せた。

 ちなみに王国式の敬礼は右拳だ。あれが帝国式なのかどうかは知らないが、やはり王国の人間ではないようだな。


 ティナの方は昨日聞いたから名前を知っていたが、男の方はステフと言うらしい。

 あの男、いつもティナの後方に控えていて言葉も話さないから、今一人となりが分からないんだよな。装備から戦士だと言う事だけは分かるんだが。


 すぐに出立しても良いかとマリアが聞けば、二人は問題なしと答える。どうやらこのまま出るつもりで待っていたらしい。準備の良い事だ。

 これを聞いたマリアはにっこりと笑う。顔だけは聖女である。顔だけはな。


「それでは参りましょう。わたくし共が向かうのは、この町の南、ゲラニオ山です。山越えになるかもしれませんのでお覚悟を」

「ゲ、ゲラニオ山……ですか?」


 俺達も初めて聞いた目的地。ティナの戸惑いを帯びた声に笑みだけを返し、マリアは町の東側へと歩き始める。

 ティナはマリアと俺達を交互に何度も見る。俺達の荷物はバドが背負う背嚢(はいのう)のみ。こんなもので大丈夫なのかと、そんな事を考えているんだろう。


 とは言え説明してやる義理も無い。

 俺達は彼女達を尻目に、マリアの背中に続いて歩き出した。


「ねーねーすーちゃん。山って南なんでしょ? こっち東じゃない?」

「この町に南門は無いからですわよ。東から抜けて南に向かうのですわ」

「なんで無いの?」

「それはですねぇ、ゲラニオ山になど、誰も用事がないからですわ」


 ホシの質問にスティアが答える。俺とバドも口を挟まず、その声に耳を傾けた。


「特に珍しい物も手に入らない場所ですし、人が殆ど入らないのでどんな危険があるかも分かりません。わざわざ入る理由など無いのですわ」


 目的さえなければ。そう言ってスティアはちらりとマリアの背を見た。


 そんな場所を目的とするなど、一体何を考えているのか。向かうべき場所が分かっても、意図を全く読むことができない。

 だが聞いたところで答えないだろう。人が困っているのを見るのが大好きだからな、この腹黒聖女は。

 今は黙ってついて行くしかない。そんな諦めと共に、俺達はマリアの背中に続いた。


「お待ち下さい、聖女マリア様」


 だが。しばらく行ったところで俺達は再び足止めを食らった。

 思わずため息を吐いた俺を誰が責められよう。


「私の娘を連れて行って頂きたい。護衛としてきっと、貴方様のお役に立つことでしょう。そこの二人よりもね」


 町の東門へたどり着いた俺達の前に、門を塞ぐようにして立つ集団が映る。中央にいる男は冒険者ギルドでも見た、ギルドマスターの……んー……忘れた。

 その隣にいるのはやはりシルヴィアだ。後ろには昨日見た男達四人もいる。

 五人は顔に笑顔を浮かべ、余裕の表情を見せている。断られるとは微塵も思っていない様子だ。


 昨日拒否されたと言うのに、どうしてそう思えるのか理解不能だ。この場所を通さない、何て言えば、その意見が通るとでも思ったんだろうか。


「私共も聖女様をお守りしたいのです。断固として付いて行きます。そうだろう、シルヴィア」

「はい! もちろん、身命を賭してがんばりますよぉ!」

「娘もこう言っております。首を縦に振って頂くまで、私共はここを一歩も動きません。どうかご容赦を」


 思ってた。ダメだこりゃ。

 シルヴィアの台詞も、さっきティナが言っていたものと内容は同じだったが、あまりにも重みがない。

 何も信じられない軽さだけが伝わってきて、呆れ返っただけだった。


「そうですか」


 マリアが一言そう返す。その声は鈴を転がすような、いつも通りの演技だった。

 だが程々に付き合いが長い俺には察することが出来ていた。この状況に、マリアが苛立ちを感じていることを。


「ではこうしましょう。アレス」


 マリアの声にアレスが一歩前に出た。

 マリアは自由奔放な腹黒聖女だ。自分が面白いと思った事はどんな事でもやるし、誰の意見も聞きゃしない。全く始末に置けない奴である。

 マリアはどんな時でも気ままに振舞う。

 故に、だ。


 コイツが一番嫌いなものが何かと問われた時、一体何を想像するだろう。

 こいつを崇拝する連中は、悪だとかそれらしい事を言うかもしれない。

 何も知らない国民は、皆を慈しむ心優しい方だとか、見当違いの事を言うかもしれない。


「そちらの五人とこちらのアレス。どちらが強いかやってみましょう。もしあなた方がアレスを倒せたなら、護衛をお願い致します」

「……はっ?」


 だが実際の答えは限りなく利己的で、傲慢なものだ。

 マリアが最も嫌うもの。

 それは自分の楽しみを妨害をしてくる人間だった。


「ではアレス、お願いしますよ」

「はっ」


 数歩前に出て、背中のハルバードを右手に持つアレス。彼は巨大な斧槍を軽々振り回すとその場で構え、武器を彼らへ向ける。

 あまりにも堂に入ったそれに、目の前の集団は分かりやすい動揺を見せた。


「お、お待ち下さい! なぜ我々が争うような!?」

「わたくし共が向かうのは危険な場所。実力が無い者を連れて行く事はできません。これはそのテストです」


 慌てるギルドマスターに対して、マリアは大変良い笑みを見せる。

 邪魔者を踏みにじれて大変ご満悦のようである。


「そのランクE達はどうなのですかっ!」

「彼らはわたくしの信頼できる仲間です。そんな彼らを馬鹿にしたあなた方に、わたくしは信を置く事ができません。故に、わたくしの護衛をしたいと仰るのなら、それ相応の実力を示して下さいませ」


 今まで清廉な女を演じていたマリア。だが今度は芯の強さもあるところを見せつける。

 目の前の集団は、人情に訴えればいけると踏んでいたんだろう。

 だが生憎こいつはそんな甘ちゃんではない。目算を誤ったようだな。


「さあ来るのか、それとも来ないのか。来ないようならそこをどけ。来るとしてもどいてもらうがな……」


 アレスもマリアの性格を知っている。彼を前に立たせたのは、連中の力試しをするつもりではない。邪魔な奴を黙らせろと、そう言っているのだ。

 だからアレスは隠す事無く、体から闘気をみなぎらせる。その気に当てられたシルヴィアが「ひっ」と小さく悲鳴を上げ、ぺたりとその場に尻もちを突いた。


 門を守る門衛達も強張った顔で後ずさる。巻き添えを食ったらしい。

 運が悪かったな、同情するぜ。


「さて、どう致しますか? やるか、それともやらないか。わたくしとしては、どいて下さる事をお勧めしますが……ふふ」


 小さく笑いを漏らすマリア。今までは清楚な笑みがそこに浮かんでいたはずだ。

 だが今奴が浮かべる笑みは、その本性を滲ませる、非常に怪しげなものだった。

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[一言] マリアの趣味とライフワークはともかくとして山登りの人数増えるとそれだけモンスターだのに目立つ以上腕前の確認は必要だし?
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