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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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229.王都にて 在りし日の断罪

「貴公があれだけ否定した……魔導戦車、でしたか? もし先の戦争で実現していたならば、もっと早くに終戦を迎えられたのやもしれませんね」


 シルヴィオは細めた目をユストゥスへ向ける。

 顔には微笑みを浮かべている。

 しかし彼のまとう空気には、好意的な感情は一切含まれていなかった。


 クンツェンドルフ家は魔法の大家(たいか)である。故に魔法に関する事象に、彼らの見識は欠かせない。

 そのためかつてエイクが魔導戦車の献策を行った際、その会議には当然ユストゥスも参席していた。

 だが結果はシルヴィオの言う通り。

 エイクにとっては腹立たしい記憶の残るものとなっていた。


「何を言うかと思えば馬鹿馬鹿しい! そんな可能性はない! 貴公はあれがどのような物か知らんから、そのような事が言えるのだ!」


 エイクはその場で散々にこき下ろされ、案は棄却。挙句研究の中止を一方的に告げられて、第三師団が試作していた魔導戦車は押収、破壊される事となる。


 当時の常識に照らしてみれば、ユストゥスの判断は確かにそれ程不自然なものでは無かった。

 しかし魔法陣を見下す感情や、エイクという人間に対しての嫌悪感が働かなかったかと言えば嘘になろう。


 クンツェンドルフは魔法と言う、人が生きる上で欠かせない事象に対する深い見識により、その立場を強くしている家系である。

 当主であるユストゥスはそれを強く認識し、高い誇りも持っていた。


 だがエイクはその強固な立場に風穴を開けようとした。

 自分が嫌悪する人間が、魔法陣などと言う玩具を引っ提げて、クンツェンドルフの縄張りに土足で踏み入ろうとしたのだ。

 そこにユストゥスは激しい憤りを覚えた。


「あんな馬鹿げたものが戦場で役に立つものかっ! 仮に使えたとしても、ごく限定的な状況にしか使えんわ!」


 そうして彼はエイクの奇策を価値のないものと断じ、不要なものと切り捨てた。

 だがその結果どうなったか。


「しかし、その限定的な状況を、彼らはシュレンツィアで自ら作り出した。ならばどうしてそれが魔族相手にできないと言えましょう」

怪物(モンスター)と魔族を同列に見るなど、戦を知らん者の発想だ! 盤上の遊戯ではないのだぞ! 第一奴が提出した資料によれば、戦車一台にどれだけ金貨をつぎ込むのかという代物だったのだ! 費用対効果というものがあろう、一蹴して当然だ!」

「シュレンツィアで使用したものは、木製の簡素な物だったと聞いておりますが?」


 大きな可能性があったものを、検討もせず潰した。そんな事実がユストゥスの節穴さ加減と共に浮上する事となったのだ。


「くっ……。そ、それは――」

「少なくとも、もっと検討すべき事案だったのではないでしょうか。そうお思いになりませんか? クンツェンドルフ卿」


 シルヴィオの冷ややかな視線にプライドを激しく刺激され、頭に血が上ったユストゥスは勢いよく椅子から立ち上がる。


「随分話が逸れておりますな。お二方、関係のない話はそこまでにして頂きましょう」


 だがそこへ、宰相デュミナスの淡々とした声が割って入った。


「エイク殿の叙爵(じょしゃく)に関しては議会において決定され、更に陛下の承認も得ております。この話は決定事項……そこまでにして頂きましょう」


 そのよく通る声は、現状を端的に知らしめる。

 騒がしかった室内がしんと静まり返った。


 ユストゥスはギロリと宰相へ視線を送る。彼はこの、騎士から成り上がっただけの宰相の事も気にくわなかった。

 しかしデュミナスは涼しい顔で視線すら合わせない。表情には、ただの事実を述べただけだ、と書いてあった。


 こうなっては最早何も言う事ができない。

 叙爵(じょしゃく)の件。シルヴィオの侮辱。

 それらをぐつぐつと煮えた腹の中に押し込んで、ユストゥスは歯噛みをしながら椅子に座った。


 フンッ、と鼻から息を吐きだす。しかし、そこで彼は気付いた。

 先程宰相は、関係のない話はそこまで、と言った。

 ユストゥスは今回集められたのは、叙爵(じょしゃく)の件だと思っていた。

 ならばこの場は一体何のために設けられたのだろう。


 ユストゥスはちらと王子を見る。そしてはっとした。

 今まで彼が知るエーベルハルト。その姿から想像できない程、彼は冷たい感情をその顔に浮かべていたのだ。


「何やら勘違いがあったようだが、話を戻すぞ。今日貴公らに集まって貰った理由だが。クンツェンドルフ卿。貴公に聞きたい事がある」

「む……私に?」


 名指しで呼ばれ、少し面食らうユストゥス。

 わずかに目を開いた彼に、王子は言葉を続ける。


「貴公の伯父、マティアスが毒殺された件で、新たな事実が浮上してきたのだ。当然貴公も知っているだろう」

「ああ……。あの毒婦が伯父上を毒殺した件ですか。随分と昔の話ですな。それで、何でしょう。あれが捕まりでもしましたか」


 吐き捨てるように言うユストゥス。それに王子は眉をピクリと動かした。


 今から五十五年前。クンツェンドルフ家当主であったマティアス・ライムント・クンツェンドルフが毒殺されるという事件が起こった。

 その由々しき事態にマティアスの弟、ローレンツ――ユストゥスの父だ――は失踪した兄の妻、アストリッドが起こした凶行だとして、彼女の捜索を徹底的に行わせた。


 王国法によっては、貴族における身内の毒殺は大罪である。さらに言えば公爵家の当主を殺したのだ。

 看過できない事態に、王国はネズミ一匹見逃さぬ体制で国内の捜索を行った。

 しかし結局アストリッドの姿はどこにもなく、今もなお彼女の行方は知れないままだった。


 アストリッドが夫を毒殺したと言う証拠は出てこなかった。それ故、彼女が行ったと主張するローレンツの言い分は認められなかった。

 しかし当人がいないという事実が神妙性を増し、彼女が行ったのだと言う憶測が事実として、王国内で真しやかに囁かれているのが現状だった。


 ユストゥスもその一人だ。父の言い分を信じ、アストリッドが伯父を殺したのだと言うことを微塵も疑ってすらいなかった。

 アストリッドを毒婦と蔑み、そんな彼女を妻とした伯父マティアスの事も、男爵家の娘など迎え入れるからだと、公爵としての自覚が無い愚者と見下していた。


 しかし。

 彼は王子が次に口にした言葉に色を失う。


「当時クンツェンドルフ家の当主であったマティアスを毒殺したのが、貴公の父ローレンツであることが判明した。今、ローレンツの下には兵を向かわせている。捕縛後、王都にて罪を償わせる予定だ」


 己の父が大罪人だと知らされたユストゥスは、完全に頭が真っ白になる。

 指先一つ動かせないユストゥス。そんな彼から目を外し、王子はずっと口を閉ざしたままのもう一人の公爵、アルバンへと目を向けた。

 アルバンはそれも己への罰だと察し、静かに立ち上がり素直に口を開いた。


「当家所縁(ゆかり)のある人物と共謀し、ローレンツがマティアス殿を毒殺したことが判明致しました。また此度の戦においても裏で共謀し、多大なる被害を王国に与えた事実を突き止めております。当家の関係者はすでに処分を終えており、当時当主であった祖父、並びに父は既に毒杯を煽りました。陛下、並びに殿下におかれましては、寛大な処置を頂き感謝の念に堪えません」


 淡々と告げると、アルバンはエーベルハルトへ深々と頭を垂れた。


 アルバンの父と祖父は、己の管理不十分で引き起こしたこの事態に、素早い関係者の処分と、己の命をもって王家に謝意と誠意、そして厚い忠節を示す事を王家へ伝えた。

 王家はこれを受け、また戦後の混乱期であることも考慮し、現当主であるアルバンが戦後より三年後に蟄居(ちっきょ)することを条件に加えた上で、ライゼンハイマー家の存続を許した。


 だがこれは共謀者だからこそ許された罪。

 首謀者であるクンツェンドルフ家に至っては、もはや逃げ場所はどこにも用意されていなかった。


 ドアの近くに立っていた騎士がドアノブに手をかけると、騎士達が次々に部屋へと入ってくる。

 その足音にユストゥスが振り向いた瞬間、王子は席から立ち上がった。


「クンツェンドルフ家当主、マティアス毒殺の首謀者ローレンツの息子、ユストゥス・ラルフ・クンツェンドルフ。お前も知っているだろう。王国法において、貴族殺しの首謀者は処刑。その三親等はガゼマダルかバルツァレク行きだと」


 王国の東に広がる不毛の大地に隣接する領、ガゼマダル。そこはまともな食糧などなく、土をも食らわないと生きていけない過酷な場所だという。

 一方のバルツァレクは、魔物のさばるルヴェル鉱山での労役となる。気を抜けば魔物の餌となる未来しかなく、長くは生きられないと言う。


「だが、残念だがお前はそうはならない」


 続いたその言葉にユストゥスは王子の顔に視線を向ける。

 そこにあったのは彼を見下す、冷え切った双眸だった。


「先程アルバンからもあった通り、先の戦争にて貴様は、私欲を満たすために様々な裏工作をしていたようだな。五年前の王都防衛戦だけでも看過できぬというのに、ハルツハイム家や王国軍にも手を回した」

「そ、それは――っ!」

「すでに証拠があがっている。申し開きを聞くつもりはない」


 ユストゥスという男は馬鹿ではない。むしろ頭の回る切れ者だった。

 しかし同時に野心家でもあり、高い自尊心も持っていた。それは恐らく父親譲りのものだったのだろう。


 彼は幼いころから、父ローレンツから口を酸っぱくして言い聞かされていた。


 聖女ユレイアの血族であるリーデリオン家。行方を眩ませた天眼の軍師ネロスに変わり、その弟が叙爵(じょしゃく)し興ったライゼンハイマー家。

 しかし三大公(さんたいこう)に名を連ねるクンツェンドルフ家だけは、英雄王ヴェインに関連する偉業というものがない。

 それ故、三大公(さんたいこう)の中で最も権威が低い家系であり、成り上がり者と揶揄する者もいるのだと。


 白騎士ガラド・バルバロスの血族であるバルバロス公爵家は不正の温床で、当の昔に取り潰された。

 クンツェンドルフはそれに代わり公爵家となったが、しかしガラドの流れをくむ正当な血族はハルツハイムにまだあった。


 いずれはハルツハイムにこの地位を奪われるかもしれない。なればこそ、肩を並べる三大公(さんたいこう)の均衡を崩し、このクンツェンドルフが大公とならなければならぬ。


 何度もそう言い聞かせられてきたユストゥスは、そのかくあるべしという父の言を刷り込みのように心に刻み、それが真実だと信じ切っていた。

 そして、未曽有の危機である第二次聖魔大戦の最中に、これを己の人生において二度と無い好機だと捉えてしまった。


 父に相談したところ、信頼できるとライゼンハイマー家の者に引き合わされ、その者達を使って様々な暗躍をした。

 その結果、侯爵位を賜ったばかりのハルツハイムは降爵させられ、思惑通り権威を失墜させた。


 リーデリオン家とライゼンハイマー家も、五年前の王都防衛戦を利用し、敗戦するように仕向けて力を削いだ。

 この間に台頭すれば、おのずとクンツェンドルフが事実上の最上位貴族として、この国に君臨する事になる。


 思惑を盤石にするために、今の己の地位に不満を持つ貴族らにも種を撒いた。

 結果、中立だった多数の貴族がクンツェンドルフに迎合し、ユストゥスの傘下に加わっていた。


 彼の描いた道筋が、終戦直後である今、現実のものになろうとしている。


 ここから更に攻勢をかけんとするユストゥス。

 だが彼の、そして彼の父の過去が、その野望に鎖をかけた。


 五十年以上もの間冤罪をかけられてきた、マティアスの妻、アストリッド・エイラ・クンツェンドルフ。

 旧姓、アストリッド・オーバリー。

 彼女の執念がクンツェンドルフの罪を暴き、彼らを断頭台へ連行したのだ。


 ユストゥスにしてみれば、路傍の石ころに躓いたような、そんな気持ちだろう。

 しかしその石ころは五十年以上もの間、彼らの足を取ろうとその機をずっと待っていた。

 雨に吹かれようと風に吹かれようと、厳しい環境の中でじっとその時を待ち続けていたのだ。


「貴方の手先となった者達が色々と吐いてくれました。それはもう色々と」


 アルバンがさらりと口にする。

 彼はそれ以上口にしなかったが、ユストゥスの謀略に関する情報は、自分達が集めた以外に外部から(もたら)されたものが多かった。


 同じ諜報機関として対立することも多い王家の影と影の探求者(シャドウシーカー)。しかし今回ばかりは影の探求者(シャドウシーカー)に軍配が上がった。

 そのおかげでライゼンハイマー家はいち早く裏切り者を処分でき、クンツェンドルフの泥船から逃れ得たが。


 裏切り者を見極められなかった事。

 影の探求者(シャドウシーカー)に塩を送られた事。

 アルバンは己の不明に、自分の(ほぞ)を嚙みちぎってやりたい気持ちでいた。何なら自分も毒を煽りたかったと、そう思ってしまう程に。


「これはれっきとした国家転覆行為だ。到底看過することはできぬ。……父親の次はお前の番だ。観念することだな」


 王子の言葉に従い、騎士達は問答無用でユストゥスに縄をかける。

 この戦争で見出したのは、珠玉の宝石が詰まった宝箱だとユストゥスは思った。

 しかしいざ開けてみれば、それは地獄へと通じる窯の蓋だった。


 呆然自失となったユストゥスは、一切の抵抗なく部屋から連行されて行く。

 その丸まった背中を、その場の者達は冷ややかな目で見送った。


「彼もまた主の寵愛を理解できない者の一人でしたか。我ら三大公(さんたいこう)が真に憂うべきは、主に愛されるこの国、そして民の未来でしょうに。己の利権に溺れ世俗にまみれるなど、何と愚かな……。乱れた戦後に秩序を取り戻すため、我らは一層励まなければなりませんね。主、フォーヴァンの名のもとに」


 誰も口を開かない中、一人聖職者らしい台詞を吐くシルヴィオ。

 その表情は悲しそうに歪められており、同じ三大公(さんたいこう)の所業に心痛する彼の心をひしひしと感じさせるものだった。


 しかし、デュミナスだけは見ていた。

 その双眸に宿った光が、何か怪しげな感情を放っていた事を。 



 この日より少し後のこと。

 三大公(さんたいこう)と呼ばれる強大な権力を持つ公爵家の一つが、王国の歴史から消え去った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大家等と呼ばれる奴が新しく頭角を現した人を否定してその分野の発展を半世紀遅らせるアーサー・エディントンみたいな事やってるなぁと思ったら、それどころじゃないほどやらかしてたか 聖魔大戦での利敵…
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