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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第五章 黒き聖女と秘密の花園
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226.馬鹿発見器

「おじ様、向こうですよぉー! ほらほら、早く行きましょうよぉ!」


 俺の右腕を抱きながらぐいぐいと引っ張るシルヴィア。そんな彼女に、俺は引っ張られるまま付いて行く。


「ぐるるるるる……!」


 なお反対側にはスティアも引っ付いている。だが対抗意識むき出しで、抱き込む力が滅茶苦茶強い。俺の左腕が先程からずっと、ぎしぎし悲鳴を上げていた。


「あ痛てててっ! 馬鹿、力入れ過ぎだっ! 骨が折れる!」

「あ! も、申し訳ございません、貴方様!」


 引きはがそうにも両腕が塞がっているため何もできない。たまらず文句を言うと一時的に緩みはするが、もうこのやり取りも何度目か。

 眉尻を下げるスティアに息を吐きつつ町を歩く。そんな俺達に道行く人々が興味深そうに目を向けてきた。


 スティアは勿論の事、シルヴィアもなかなかに見目が良い。怪しげなローブの男が両方の腕に女をぶら下げて歩いている光景は、さも珍しい光景だろう。

 こうも見られては良い気がしない。とは言え今は目的のためと、俺は我慢に我慢を重ねていた。


 あの後、止める俺を意にも返さず、マリアは俺達を尾行する二組の冒険者達のもとへ真っすぐに歩いて行き、そして連中にこう声を掛けた。


「不躾に申しわけございません。わたくし共はこの町には疎く、少々困っております。どなたか案内をお願いできませんでしょうか」


 聖女らしからぬ本性を見事に隠し、清楚に言ったマリア。これに尾行していた連中は飛びついた。

 隠れていた家屋からノコノコと姿を現して、その案内役を買って出たのだ。


 マリアに気に入られれば同行の目があると、そう踏んだんだろうな。そうして俺達はこいつらの案内のもと、町を歩いているわけである。

 今俺達はシルヴィアやティナ、ティナの連れである青年の三人を引き連れ、町の商店街――と言っても商店が多く配置されている場所、と言った方が正確だが――を進んでいた。


 一方マリアとアレスは別行動で、シルヴィアの連れである四人の男を引き連れ別の方向へ行ってしまった。


 俺達一行は物資の準備を。そしてマリア達一行は今日泊まる場所を。分担と言うわけだ。

 まあ向こうの目的は間違いなく酒だろうけども。男共を連れて行った事がその証拠である。


 見目麗しい少女が見知らぬ男を多数も共につけるとは、と普通なら思うかもしれないが、奴は普通の少女ではない。

 腹黒いアイツの事だ。それすらも利用して何か企んでいる可能性も十分にあり、特に引き留めはしなかった。


 それにあいつにはアレスがいる。もし男共が何かしようものなら、あの男が黙ってはいないだろう。身の心配をする必要は皆無と言うわけである。


 そんなわけで今俺は、笑顔のシルヴィアにぐいぐいと引っ張られている。対してティナの方はむっつりと黙ったまま、青年と共に俺達の後ろを歩いていた。

 シルヴィアが積極的に案内しているため、口を出す隙が無いのだろう。内心を読んでも、面白くなさそうな感情を抱いている。


「フン……女にああも鼻の下を伸ばすか。品のない男だ」


 終いには俺に飛び火している始末で、たまに小声でそんな事を呟いていた。

 普段のスティアに聞かれたら首が飛びそうな内容で、内心冷や冷やものだったが、幸い今スティアは対抗心を燃やして俺に引っ付いている。

 バドもさりげなくティナを隠すような位置取りをしてくれ、今のところは平穏に済んでいた。


 とは言え流石に肝が冷える。俺がちらりと視線を送ると、ホシがそれを横目で受けた。彼女はこくりと小さく頷く。そしてちょこちょことティナの傍へ歩いて行った。


「……ん?」


 そして無言で手をつなぐ。ティナは疑問の声を漏らしたが、犯人がホシだと知ると、ぱちぱちと瞬きを数回した。

 だが拒む様子は見られない。そればかりか、ホシの笑顔に僅かに頬を緩めたように見えた。

 これでしばらくは安全だろう。俺は心の中でホシが見た目少女である事を感謝した。


「薬を買うならあそこで決まりですよぉ! さあ行きましょうっ!」


 シルヴィアが指を差す方向には、一つの商店があった。特に入らなければならない目的もないが、ただそれを言ってはこいつらと一緒にいる意味がない。

 俺達がこいつらと共にいるのは、あの”蛇”の一件が絡んでいる。あの冒険者ギルドはキナくさいと、胡散臭いリーゼントも言っていたからな。


 何か切っ掛けが掴めるかと、案内に従い店に入る。ぐるりと中を見渡せば、多くの種類の薬瓶が整然と棚に揃えられている。

 シルヴィアの言う通りの、品揃えが良さそうな店だった。


「どうですかぁ? この傷薬なんて買いますかぁ? どうぞ、おじ様」


 シルヴィアがぱっと俺から離れ、一つの棚にさっと近づく。そして瓶を手に取ると、俺に笑顔で差し出してきた。

 まあ傷薬は定番だよな。そう思いながら受け取ろうと手を伸ばすが――


「傷薬などいらん! あっちへ行けっ! しっしっ!」


 スティアがまるで牙を剥くようにして、それを強く拒んだ。もう腕どころではなく、俺に抱き着く勢いだ。

 背骨がさっきからギシギシ言っている。鯖折りされそうな恐怖を感じる。誰か助けて。


「あ、あはは。おじ様、愛されてますねぇ」

「あ、ああああ愛されて!? くっ……! 貴様ぁ……機嫌を取ろうと思っても、そう簡単にはいかんぞ!」


 ふにゃふにゃした顔で言っても説得力ねぇよ。だがこの機会は頂いた。

 スティアの額をペーンと叩き、俺は拘束からするりと脱出する。


「傷薬は必要ないな。それよりも」


 俺はぐるりと店を見渡す。見る限り欲しい物の姿は無かった。

 なので俺はカウンターへ目を向ける。穏やかな表情で座る老女の姿がそこにはあった。


「婆さん、この店に生命の秘薬(ポーション)って売ってるかい?」


 俺は微笑む彼女に声を掛ける。だが、返ってきたのは店主だろう老女の声ではなかった。


「は、はぁぁぁぁっ!?」

「な――何を言っている貴様!?」


 店に響いたのはティナとシルヴィア二人の声だ。ずっと反目してたってのに、随分仲が良いじゃねぇかよ。


「な、何言ってるんですかぁ!? 生命の秘薬(ポーション)がいくらするか、分かって言ってますぅ!?」

生命の秘薬(ポーション)を傷薬か何かと勘違いしているのか!? 物を知らないにも程があるぞっ!」


 二人は同時に説教を始める。だがな、知らんわけねぇだろうが。

 子供だったらいざ知らず、俺はもう三十七だぞ。この年で知らん奴がいたら相当やばい。スラムの人間だって知ってるくらいだぞ。未開の原住民かよ俺は。

 腰ミノ穿いてファイヤーダンスでもしてやろうかコラっ。


「うるせぇなぁ。店で叫ぶな、迷惑だろうが。すまんなぁ婆さん」


 俺の言葉にばつが悪そうな顔をする二人。対して婆さんはにこにこと穏やかな笑顔を浮かべ、大丈夫だとゆっくり首を横に振った。


生命の秘薬(ポーション)ならあるよ。何等級が欲しいんだい?」

「そうだな……。五等級と……あと、三等級はあるかい?」

「ちょっと待っておいで」


 婆さんは店の奥へ引っ込んでいく。店内に少し気まずい空気が残ったが俺の知った事ではない。

 やっと自由になった体をほぐすように、肩を揉みつつ首を回す。スティアから恨めしそうな視線を向けられるがそれも知らん知らん。


「……生命の秘薬(ポーション)を買う金などあるのか。あれは五等級ですら金貨が必要だぞ。ランクE程度が持っているなど、普通は誰も思わん」

「そ、そうですよぉ。それに三等級なんて……。本当に買えるんですかぁ?」

「さぁな」


 二人の疑問にそっけない答えを返し、俺はコキコキと首を鳴らす。

 他人の懐事情なんてどうでも良いだろうが。単純に疑問に思っただけなんだろうが、しかし初対面の人間にするような質問じゃねぇぞ。


 渋い顔をする二人をそのままに、数分の時間が経過する。ゆっくりと出て来た婆さんは、トレイに五つの瓶を乗せていた。


「五等級が四つと、三等級が一つだね。五等級は金貨1枚で、三等級は8枚。買うかね?」


 一つ一つおもむろにカウンターに置きながら、婆さんは穏やかな声でそう言った。

 五等級は随分安い。戦争の影響があってか、今まで生命の秘薬(ポーション)を買おうとすると、軒並み値段が上がっていた。

 だが金貨1枚は適正価格だ。この田舎ではなかなか売れないからだろうか。これは買っておいて損はない。


 で、三等級の方になるが。


「じゃあ、全部貰おう」

『え!?』


 またも女二人が反応する。だがこれには意外にも、スティアの声も混じっていた。


「貴方様?」

「……いや、念のため買っておこうと思ってな。幸い金もあるし」


 疑問の眼差しには曖昧に笑って答えておく。

 もしあの時持っていたら。そう思うような事が、またあるかもしれない。

 転ばぬ先の杖とも言う。金で命が助かるなら、それに越したことは無いのだ。


「毎度ありがとうねぇ」


 婆さんに金貨を渡して瓶五つを受け取る。その瓶はバドに手渡し、一旦彼の背嚢(はいのう)に入れて貰った。流石に会ったばかりの連中の前でシャドウに頼むわけにもいかんからな。


「ほんとに買った……」


 シルヴィアがぽつりと呟く。ティナの方も驚いているらしく、目を丸く見開いている。

 まあ金貨をこうもポンと出されると信じられない気持ちも分かる。だが金を出した甲斐は十分あるだろう。


 どうやらマヌケも見つかったようだしな。

 別れ際、らしからぬ台詞を吐いたマリアの顔が蘇る。


「冒険者ギルドが臭いってんならよ、ちぃと突っついてみようぜ。エイク、お前なら馬鹿を見つけるの得意だろ? そっちは頼んだぜ」


 思い出しつつ俺は商店を後にする。頭に浮かんだ顔はどう見ても、汚れなき乙女、なんて言葉が汚れかねない、怪しい笑みを浮かべていた。

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