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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第一章 元師団長と孤軍の残兵
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25.チサ村への帰還

 ガザを拾った洞穴から出発して三日目。村から出発してからだともう六日目になるが、やっとチサ村に帰ってきた。


 行きは二日の道のりだったが、帰りの方が一日多くかかってしまったのには二つ理由がある。

 一つは、帰りの方が魔物によく襲われてしまったこと。

 魔族達をシャドウに匿ってもらっているが、しかしガザの容態を確認するため、何度か影から出していた。その所為で、血の臭いを嗅ぎつけて集まってしまったのかもしれない。

 シャドウの許容量はもういっぱいいっぱいで、魔物を倒したところで回収することもできず、フォレストウルフ五匹分だけは背負って運んだが、それ以外は燃やしてしまった。完全に骨折り損だ。

 もう一つは、初日のバドの行き足が少し遅かったことだ。

 きっと前日に倒れるまで精技(じんぎ)を使った所為だろう。大丈夫かと聞くと頑なに首を横に振ったが、まず間違いない。その日の晩飯が少し豪華だったのも気の所為ではないはずだ。


 さてそんなことがあって、三日目の昼前に村に着いたのだが、俺達が森から出てくるのを確認した村人達は皆大騒ぎで、村長を大慌てで呼びに行く者、良かったと体や頭をバシバシ叩く者と、まるで蜂の巣をつついたような騒動になってしまった。


 あまりの騒ぎに俺達の帰りを心配していたのかと聞くと、口ごもったり目が泳いだりと、どうにも様子が変だ。

 後ろめたい事情でもあるのだろうか。若干訝しく思っていると、すぐに村長が走ってこちらへと駆け寄ってきた。

 彼は胸に手を当て、心底安心したような表情を浮かべて俺達を出迎えてくれた。


「皆さん! ああ、無事で良かった! もう皆さんに何かあったのかと心配で心配で!」


 まるでただ事ではない様子に、俺達は顔を見合わせる。

 村長は俺達が何も分かっていないことをその様子で察知したのか、この騒ぎの原因について話してくれた。のだが。


「数日前、北東の方向にものすごい閃光が走りましてな。落雷かと思ったのですが、空は雲ひとつありませんで。これはまさに魔族の仕業ではないかと、村の男達を集めてどうしようか、ずっと話をしていたのです」


 ……スティアの”雷帝の鉄槌(トールハンマー)”を魔族の所業だと勘違いして大騒ぎしていただけだった。


 いや、だけだった、というのはチサ村の人達には失礼だったな。俺達のせいで混乱させてしまったわけだし、申し訳ない限りだ。

 事情を恐縮しながら説明すると、村の人達は暫く信じられないようなものを見る目でこちらを見ていたが、それを使わざるを得なかった理由をアクアサーペントのことを伏せながら話すと、徐々に落ち着いてきたのか話を聞いてくれるようになっていった。


 魔族の仕業ではなかったと何とか理解してもらうと、村人達は何事も無くて良かったと解散して行った。だが村をまとめる長としてはそうは問屋が卸さず、詳しい話が聞きたいと村長が詰め寄ってきた。


 こちらも村長にはもっと詳しく話をしておきたかったため丁度いい。

 村長の案内に従い、彼に続いて村長宅へぞろぞろと入って行くと、中では俺達を待っていてくれたのか、奥さんがお茶を用意して迎えてくれた。

 彼らに改めて挨拶してからテーブルについたのは、村に帰ってからすでに一時間ほど経った後であった。



 ------------------



「な、なんと……。そんなことがこの村の近くで……」


 俺の話を聞くと、村長が頭を抱えてしまった。彼の隣に座っている奥さんも反応の仕方が分からないというような表情を浮かべて、青い顔をしながら呆然としている。


 あれから俺は、この村を出てからどうしていたのかを詳しく彼らに説明した。

 北東を目指して歩いて二日目に、”何者か”が住んでいた痕跡のある洞穴を見つけたこと。更に半日ほど北へ行くとまた同じような痕跡を見つけたことを話し、そこで確認できたものだと説明しながら、衣類や錆びた武器、石の矢じりなどをテーブルの上に丁寧に並べていった。

 また、最後に見つけた痕跡から東に向かうとこんなものがあったが、そこでアクアサーペントに襲われ、何とか撃退し戻ってきたと村長に話をし、今度は壊れた革鎧三つと折れた矢数本をさらにテーブルの上に置いた。


「最初に見つけた痕跡は暫く使った形跡がありませんでしたが、さらに北の方へ行ったときに見つけた痕跡は最近まで使っていた後がありました。恐らく、北の方へ住処を移したのだと思います」

「それは、もしかして村のもんが見つけたからでしょうか?」

「最初に見つけた痕跡は、恐らくですが一週間ほど使われていない状況のように見えました。時期は合っていますが……」


 と、言葉を濁す。実際、オーリ達に聞いたため村長の言うことは間違いないのだが、魔族と話をしたなんて言えないため仕方が無い。


「次に見つけた痕跡の周囲を探ったところ、東にある湖でアクアサーペントに出くわしましたが、その近くで革鎧や錆びた剣、折れた矢をいくつか見つけました。この革鎧に血痕も着いているので、この湖でアクアサーペントにやられてしまったのだと思います」


 そう言って、革鎧に付着した血を指差して見せる。この革鎧はガザのもので、実際にアクアサーペントにやられて付着したものだからまるきり嘘というわけではない。

 かなり酷くべったりと付着した血に、村長夫妻はうっと声を詰まらせた。


「想像ですが、チサ村の方に見つかった何物かが、見つからないように棲家を移したものの、水場を探しているうちにアクアサーペントにやられてしまった、というのが可能性としては一番高いかと思いますね」


 と、俺は用意していた結論を一気に喋り、彼らの様子を伺った。

 村長夫妻はなんとか考えようとしているが、今までの生活では起きるはずも無い大事に頭が動かない、といった様子に見える。

 ここで俺は一つの懸念事項と、その解決方法をさらに畳み掛けるように彼らに提案する。


「アクアサーペントは先ほど伝えましたが、俺達が一匹倒しています。ただ、あれは縄張り争いで負けると陸に上がり、新しい棲家を探す習性があります」

「な、なんですと!? そ、そうなったらこの村は!?」

「あの湖から二、三日かかる距離ではありますが、あの巨体です。可能性は捨てきれないでしょう」


 そう伝えると、村長はまたも頭を抱え、ぶつぶつと何かをつぶやきはじめてしまった。奥さんもどうしようもない事態に顔面蒼白だ。

 彼らに心労を与えたいわけじゃない俺は、まあまあと、わざと大事でないという風に手を広げて夫妻の視線を集める。


「これから俺達はセントベルに向かいますが、そこの冒険者ギルドで、その湖にアクアサーペントが出たと報告するつもりです。そこに、魔族らしき者を見たという情報と、俺達の持つ、何者かがいた痕跡はあったがまだ見つけていない、という情報も一緒に伝えれば、なんらかの対処をしてくれると思います。アクアサーペントは高値で売れるようですし、魔族を討伐したということなら名声も得られるでしょう。名乗りを上げる冒険者がそれなりにいると思いますよ」

「お、おお……っ!」


 俺の言葉に、一筋の光明が見えたとばかりに夫妻は立ち上がり、是非報告を頼むと興奮気味に手を取られた。


 人間という生き物は、どうしようもない大事に直面したとき、逃げ道が用意されていると安易にそちらに行きがちだ。自分でやっておいてなんだが詐欺の常套手段でもある。

 これが悪人相手なら俺も喜んでやるが、相手は善良な一村民だ。少々良心が痛むが、彼らの不安を取り除き、かつ魔族達もなんとかしたいのであれば、これもやむを得ない。

 良心の呵責に苛まれながらも彼らの恐怖心を煽らないよう、必死の懇願に対して努めて柔和に対応するのだった。



 ------------------



 村長夫妻に話をした後流れで昼食をもらった俺達は、長居をしてしまったからと、すぐにチサ村からセントベルへと旅を再開した。

 彼らは一泊でもと言ってくれたが、やんわりと断ると意外にもあまり食い下がってこなかった。やはりアクアサーペントの件が不安なのだろうな。当然だろう。


 ただ俺達が村を出ると分かると、村長らは持っていてくれとあの薬草を乾燥させたものを大漁に譲ってくれた。これにはホシとバドが大喜びだった。

 森で沢山採っただろと二人には言ったものの、貰えるのなら欲しいという態度でバドが引かなかったくらいだ。

 結局、全部貰う代わりにフォレストウルフを五匹分譲ったところ非常に喜ばれた。


 最近森で狩りができなかったので助かるが本当にいいのかと心配されてしまったが、譲るつもりの五匹分をバドに背負わせて村に入ったから、俺達が五匹しか狩って来なかったと誤解されたのだと思う。

 全く問題ないことを説明し、是非貰ってほしいと押し付けるように渡してきた。

 実際、シャドウにまだ二十匹余りのフォレストウルフを預けているし、何よりアクアサーペントの肉がてんこ盛りだ。むしろもう少し分けても良かったかなとすら思ったくらいだった。


 そんなことを村長宅前で押し問答していたせいか、何事かと村人がわらわらと集まってきてしまい、出発する頃にはほぼ村人総出で見送られて村を出ることになってしまった。

 皆、お礼を言いながらにこやかに手を振ってくれたが、こういうとき頼りになるスティアも俺の背に張り付いていて役に立たないし、ほぼ俺一人で対応することになり、疚しいことがあるだけに非常に疲れてしまった。

 なんとか引きつった顔を隠しながら彼らに別れを告げ、俺達はそそくさとあの村を後にしたのである。


「はあ……。もうあんなのはこりごりですわ」

「はは、俺もだよ」


 俺の背中からやっと離れたスティアが独り言ちたのに同意すると、


《すみません、私達のために……》


 と、 何処からかロナの声がした。


「気にするな。まあ、自分の蒔いた種だ」

 

 周囲には俺達以外にそれらしい影は無い。というのも当然。魔族達は今もまだ、シャドウの中にいるからだ。

 俺は今、ガザを除く魔族四人と俺達四人に聴覚の≪感覚共有(センシズシェア)≫をかけている。そのためお互いの声が聞こえているのだ。

 シャドウの中にいても、これで周囲の状況が何となく分かるだろう。


「ガザの具合はどうだ?」

《あ、はい、落ち着いているみたいです。真っ暗で見えないので触れてみただけですが、呼吸も安定してますね》

「そうか。まあ居心地は悪いと思うが、我慢してくれ」


 シャドウの中はというと、真っ暗で何も見えないし、無音だし、地面が固くも柔らかくもない変な感触だしで、あまり長時間いたい場所ではないらしい。

 ちなみに、俺はシャドウの中に入ったことはない。というか入れない。恐らくシャドウが俺の影の中に住み着いているからだと思う。宿主の俺が影の中に入ってしまえば、影が無くなってしまうからな。

 そんな変な場所だが、しかしこうして人目につく場所を進まないといけない限り、彼らには我慢してもらうより他はなかった。


《いえ、丁度良い気温ですし、地面が土じゃないので汚れも気にしなくていいですし、結構快適です!》

《警戒もしなくていいしな!》

《縛られて入れられたときはどうしようかと思ったけど、慣れれば洞穴よりずっとましだよね》

《こうして寛いでいられるのも何年ぶりだろうな……》


 だが、全員文句が全くないと明るい声を返してきた。本気で言っているのかこれは? 魔族、精神的にタフ過ぎないか? それとも、あの三年間で相当鍛えられたからだろうか。

 あいまいに返事をしておいたが、それだけ洞穴での生活が苦しかったのだろうかと思うと、なかなか悲惨なものだ。


「貴方様、その≪感覚共有(センシズシェア)≫って、魔力は大丈夫なんですの?」


 魔族達を話をしていると、心配そうにスティアが声をかけてくる。しかしこれ、本当に全然魔力使わないんだよな。

 魔法は使っている間、もしくは使う瞬間に魔力を消費するものなのだが、この≪感覚共有(センシズシェア)≫は使っているかどうか不安になるくらい魔力を消費しないのだ。

 たぶん今の状態なら、一日中使っていても俺の魔力を一割消費するかどうかってところだろう。だがそれは裏を返せば、取るに足らない魔法だという意味でもあった。

 支援魔法(サポートマジック)とは言え身体強化などと違い、効果もそう顕著じゃないからな。仕方ないが、これしか使えない俺の胸中は複雑だ。


 スティアを安心させるように手を振って大丈夫だと答えると、何故か不思議そうな顔をされたが、どうしてだろう。良く分からないが、村長から聞いた話で気になる内容があったため、そちらの話を彼女に振った。


「そういえば、チサ村を通った奴って誰だろうな?」

「ヴェヌちんじゃないの?」

「まさか。ヴェヌスはありえませんわよ」

「どうして?」

「ヴェヌスは白龍族の姫ですのよ? お供が一人なわけありませんわ」

「ふーん?」


 あの後村長から聞いたのだが、誰かを探している様子の、頭一つ以上大きい男一人と、女にしては体格の良い人間が一人、計二人がチサ村を通ったらしい。

 そんな人間は間違いなく、王都から来た白龍族の誰かだろう。

 村長は俺の”お願い”をちゃんと聞いてくれ、このチサ村には暫く誰も来ていないと答えてくれたそうだ。

 それを聞いた二人は何やら相談した後すぐに村を出て、今俺達が歩いているセントベルへ続く道へと歩いて行ったとのこと。彼らがチサ村を訪れたのが、俺達が北東の沼へと向かったその日だそうだから、もう五日も前の話になる。


 少しチサ村に滞在してその追っ手と遭遇する可能性を低くしようかとも考えたが、ガザのこともある。その考えはすぐに却下し、俺達を追っているのであればセントベルに五日も滞在しないだろうという楽観的な考えに賭ける事にしていた。


「ま、もし鉢合わせしても話くらいは聞いてくれるだろ」

「そうですわね。もしそうでないなら……」

「そうでないなら?」

「少々暴れるだけですわ!」

「……少しは手加減してやれよ?」

「すーちゃんばっかりずるい! あたしも暴れる!」

「ずるいって何!? お前達物騒すぎるから!」


 すごくいい笑顔で物騒なことを言わないで貰いたいものだ。平和主義の俺としては、何も無いことを祈るのみだ。

 バドも親指を立てるんじゃない。どういう意味だ、それは。俺をこれ以上不安にさせないでくれ。


 これから向かうだろう目の前の空を見上げると、雲ひとつない青空が悠久の如く広がっているのが見えた。

 その澄み切った海原とは裏腹に若干の不安を抱えつつも、俺達一行はセントベルへと向かうのだった。

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