表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四_五章 見えなかった心
246/390

幕間.光と闇とお茶菓子と3

 ライトエルフの女王ヴェティペールと、ダークエルフの女王ドロテア。二人の女王がレシピの交換をする事を約束してから、もう一月半が経とうとしていた。


 その間何度かレシピを交換し、着々と計画を進めていた二人は、今日もまた目的を果たすため庭園に集まる約束を交わしていた。そして約束の時間通り、昼過ぎにお互い足を運んでいたのだったが。


「な、なんじゃ。そんなに見つめおって」


 今、ヴェティペールは珍しいものを見たように、目の前の人物をまじまじと見つめていたのであった。


 ヴェティペールの目の前に座るのは、勿論ダークエルフの女王ドロテアだ。彼女はいつものように美しいシルバーブロンドを肩にかけ、ゆったりと椅子に腰かけている。

 その余裕を感じさせる振る舞いはいつもの彼女で間違いない。しかしヴェティペールは初めて見る彼女――いや、彼女”ら”の姿に、つい無言で、そして食い入るように見つめてしまっていた。


「い、いえ。その……珍しいものを着ているな、と思いまして……」


 そう。普段煽情的な装いをしているダークエルフが今目の前で、ケープを肩に羽織っていたのだ。

 しかもドロテアだけでなく、お付きの二人も同様である。

 五年近く共にいて、初めて見たその姿。ダークエルフは常に、これでもかと肌を露出させていると思っていたヴェティペールは、これに大変驚いていたのだ。


「なんじゃ、その事に驚いとったのか。そりゃあそうじゃろう。こうも寒くなってきては流石に、あの恰好では堪えるからの」


 合点がいったドロテアは、おかしそうにくすりと笑う。だがこれにヴェティペールは複雑そうな表情を見せた。


 エルフ達が王城ファーレンベルクの庭園に入り浸り始めた頃は残暑が残る時期で、まだ暑い程だった。しかし最近は秋の涼しさも肌寒さへと変わり、冬の訪れを告げている。

 ダークエルフの衣服は肌が見える部分が多い。この季節に着るには確かに、時季外れと言ってよいのは間違いなかった。

 ただこれを、その服をつい最近まで来ていた本人に言われては、どうにも首を傾げてしまう。


「ですが。王国軍に身を寄せるようになって今まで何度か冬を越しましたが、そんな恰好、今まで一度だってしなかったでしょうに」


 それに、今の今まで見せなかったものを当然のように見せられても、困惑もしようと言うものだ。ヴェティペールが不思議に思うのも当然の反応だろう。

 ドロテアも流石にそれを分かっている。分かっていて、相手の反応が見たいがために、何のことも無い様に言っているのだ。


 悪戯が成功したとでも言うように、口元を隠して笑うドロテア。それにヴェティペールは少々拗ねたように唇を尖らせるが、それがまた一層ドロテアの頬を緩ませた。


「すまんすまん。これはの、正式な場では着ぬものなのじゃ。儂もお主も森人族の女王じゃ。立場のある者同士の会談には相応しく無くての、今まで避けておったのじゃよ」


 ダークエルフの煽情的な装いは、己の肌色を誇りに思うが故の事。それを隠すような装いは、正式な場では相応しくなかったのだとドロテアは言う。

 どうやらダークエルフにとっては普段着のようなものらしい。ライトエルフにも似たような感覚――肌を見せるダークエルフとは正反対の、肌を隠す、というものだが――があるため、ヴェティペールはその思いをすぐに理解した。

 ただ、そうとなると一つの疑問が生まれる事になる。


「ではなぜ今になってその恰好を?」


 思うままにそれをぶつけると、ドロテアも鷹揚に頷いて返す。その表情はとても楽しそうであった。


「お主が言う我らの相互理解に一つ、役立つかと思うてな。ダークエルフが寒さに耐えてまで肌を晒していた理由、お主は分かってくれるかの?」


 ドロテアの言葉が、ヴェティペールの頭に沁み込んでいく。

 夏、自分達は熱いながらも我慢してローブを着込んでいた。太陽光に肌が負けないように、人の視線に晒されないように、と。


 今ドロテア達が着ている衣服もまた、それと同じなのだと彼女は思い至る。

 夏と冬。季節は違えど、ダークエルフもまた誇りのため、耐えていた事があったのだ。


 長きに渡り反目し続けている二種族の、奇妙に似た感覚。そこに可笑しさを感じて、ヴェティペールは微かに笑う。

 ドロテアもまたそれに笑みを浮かべ、


「それに、儂ももう若くない。骨身に染みる故な」


 と、肩を軽くすくめて彼女に返した。


「ドロテア――」


 だがこの言葉に、ヴェティペールの笑みが消えた。

 ドロテアは森人族の中でも相当長寿の人間である。三百年前の聖魔戦争にも彼女は参戦しており、杖を手にして人族と戦ったのだ。

 森人族は長い時を生きる種族だが、流石にもう寿命が見えている年のはず。それを知るヴェティペールは、胸がずきりと痛んだ。


 もっと早く会えていたなら――。

 そう思わずにはいられない彼女の顔には、微かな暗さが浮かぶ。


「そんな顔をするでない。儂は今が楽しいのじゃ。こうしてお主と語らっておる、この瞬間がな。お主もそう思うじゃろう? ほら、笑ろうてくれ、ヴェティ」


 しかし目の前の相手は、それすらも楽しいとでも言うように、頬を緩ませて自分を見ている。それを見ているとどうしてか、ヴェティペールの頬にもまた笑みが浮かんでいた。


「……卑怯です。貴方は」

「ふふ、年寄りの特権と言う奴じゃ、許せ。それにじゃ。まだその時は来ぬよ。なんせ今、儂らの双肩には森人族の未来がかかっておるのじゃからな」

「ええ、そうですね。ドロテアにはまだまだ頑張って貰わなければ困ります。長生きをして頂かなければなりませんから、覚悟して下さいね」

「おお、怖い怖い」


 笑みを浮かべあう二人のエルフ。彼女らは心から楽しそうに、ころころと笑いながら談笑を続けている。

 庭園を吹き抜ける風が彼女達の横顔を撫ぜて行く。どうしてかヴェティペールは、今日の風が妙に冷たく感じていた。



 ------------------



「さて、今日は儂の番じゃったの」

「はい。よろしくお願いします」


 先ほどからずっと、テーブルの中央に置かれている二つのそれ。隠すようにナプキンがかけられており、何なのかは分からなかった。

 こほんと一つ咳払いをしてから、ドロテアが軽く目くばせをする。お付きがさっとナプキンを取ると、果たしてそこにあったのは、いくつもの丸いものだった。


「……これ、は?」


 手の平半分程度の丸いものが、白い皿の上に乗せられている。唖然とするヴェティペールの目の前で、お付きはもう一つのナプキンもさっと取って見せる。

 やはりそこにも丸い何かが、白い皿の上に乗せられていた。


 今まで何度かレシピを交換したが、そのどれもが見た目にも美味しそうな食べ物ばかりだった。しかしこれは一体何だろうと、ヴェティペールは目を丸くする。

 それは黄金色をしたのっぺりと丸い、よく分からない食べ物だった。ヴェティペールの目には、それが非常に地味に映った。


「何じゃと思う?」


 だがドロテアの顔には余裕があった。ほくそ笑みながら聞かれれば、ヴェティペールも気を取り直し、目の前の何かをじっと見つめる。


「黄色い……何でしょう。果物? では無いですね。香りに甘さが無い」

「ほう」


 周囲に漂うのは香ばしい香りだ。これは甘味ではないとエルフの女王は考える。

 そうして見ていると、彼女は気づいた。ただ黄色く丸いだけと思っていたが、二つの皿には微妙な違いがあったのだ。


「これは――(スニーブ)でしょうか? 何かが入っていますね」


 一つはひたすら平凡な見た目だが、もう一つの方には(スニーブ)らしき丸い物がごろごろと入っているのが見えた。

 ドロテアは目を細めてヴェティペールを見ている。他に何か言うかとでも思っているのかもしれない。だが自分が言える事などそれでお終いだった。


「では実際に食して、お主の感想を聞かせてくれんかの」


 そうして彼女の目の前に、その黄色い丸いものが運ばれてくる。

 何なのか想像もつかないそれ。しかしドロテアが不味い物を出すわけがないと、ヴェティペールは信じていた。

 だから彼女はナイフで半分にしたそれを、躊躇いなくフォークで突き刺し、口に運ぶ。


「むっ!?」


 小さく漏れた驚きに、ドロテアがしてやったりと口角を上げた。


「これは――(オーミ)!」

「さよう」


 もっちりとした食感に、(オーミ)の甘さがふわりと香る。初めて体験するもちもちの食べ物に、ヴェティペールは驚愕を隠せなかった。

 目を丸くする彼女へ、ドロテアは満足そうに目を細める。


「これはまあ簡単に言えば、茹でた(オーミ)を潰して丸めて焼いただけの物じゃな。そちらにはお主が言った通り(スニーブ)を入れておる」

「茹でて潰して焼いただけ……!? そ、そんな物、料理とは言えないではないですかっ!」


 だが、それを聞いたヴェティペールは思わず腰を浮かしてしまった。


 今まで自分が作ってきた料理は、何度も失敗を重ね、試行錯誤して作り上げた自信作である。少しの手間も惜しまず、繊細な手順を踏み、ようやく作り出した一品だ。

 それが何だ。潰して丸めた? まるで子供の泥遊びではないか!


 自分の思いを馬鹿にされたように感じて、ヴェティペールの内に仄かな怒りが生まれる。しかし相手も予想していたのだろう。先んじて、ドロテアは彼女を軽く手で制した。


「まあ話を聞けヴェティ。これを出したのにはわけがある。我らの思いを確実にするわけがな」


 真っすぐにドロテアを見据えるヴェティペール。もし戦前の関係であれば、「泥団子を食すとは、流石黒エルフですね」「見た目でしか判断できぬとは、白いのはどうやら目だけでなく、性根すらも腐りきっているようじゃ」と、罵倒の応酬となっていたところだろう。


 だが今は違う。二人の間には数年をかけて築いてきた固い信頼関係があった。


 しばらくの間をおいて、ヴェティペールは静かに腰を下ろした。それを見届けてから、ドロテアはゆっくりと話を始める。


「お主、以前言うたな。我らの作るレシピを森人族に浸透させ、二つの森人族が親交を深めた事実を認めさせる。そうして我ら二種族の関係を正そう、と」


 無言で首肯するエルフの女王に、ドロテアもまた頷いて返す。


「じゃがな、儂は思うのじゃ。ただ美味いレシピを考えるだけでは、ちと難しいのではないか、とな」

「……それはどうしてですか」

「分からんか」


 ふるふると首を横に振るヴェティペール。これにドロテアは苦笑いをした。


「やはりな。儂もじゃ」

「は?」

「いや、儂も”じゃった”、と言うのが正しいの」


 突然重苦しい溜息を吐いたドロテアに、ヴェティペールは不思議そうな顔を向ける。次に彼女の目に映ったのは、ドロテアの苦々しい表情だった。


「レシピを作るに当たって、儂は腕の確かな者にも声を掛け、意見を出し合うことにした。故に今まで出したレシピはダークエルフが作り上げた、努力の結晶とでも言うべきものじゃろう」


 じゃが、それを一笑に付す者がいた。そう言うドロテアに、ヴェティペールは信じられないものを見るような目を向けた。


「お主も知っておるじゃろう? バイエン・ガド・エルトルート。あ奴じゃよ」


 だが、そんな驚きもすぐに消える。次いで現れたのはドロテアと同じ。苦虫を噛み潰したような、苦々しい表情だった。


「あのトンチキ――ごほんっ。いえ。えー……と」

「あんな奴はトンチキで構わん。下らん好奇心でそちらの貴重な秘薬を使わせおって。末代までの恥では済まん。我ら種族の恥部よ」


 かつてエイクがまだ軍におり、魔法陣を研究していた時の事。責任者である第三師団長が研究所を離れた隙を見て、わざと失敗して作った魔法陣――よりにもよって上級魔法(マスターマジック)、”死神の狂乱(デステンペスト)”の魔法陣だ――を暴発させた阿呆がいた。


 その者こそ、ダークエルフの戦士長、バイエン・ガド・エルトルート。

 こと戦闘においては研究に余念がないが、同時に熱が入ると周りが見えなくなる悪癖も持つ、扱いづらい男であった。


「いえ、それを言うなら我らこそ。彼を行動に移させたのはアレのせいですし」

「スヴェニア……ルーナ・ルンナハインか……」


 だが、仮にも戦士長であるバイエン は、多少なりとも慎重さも持っていた。余計な要素さえなければ、あの事件は起きなかっただろう。


 だが不幸にも、あの場所にはその余計な要素が存在した。してしまった。

 その要素こそ、 スヴェニア・ルーナ・ルンナハインという、ライトエルフの戦士長だったのだ。


 スヴェニアの性格は一言で言って、口は(わざわい)(かど)。余計な一言で周囲の雰囲気を悪くする天才だ。

 きっと彼女の余計な一言が、バイエンを行動に移させたのだ。貴方はエイク殿がいなければ何も決断できませんのね、などと言って。


 女王二人はそろって重苦しい息を吐く。扱いづらい部下を持つ気持ちはお互いによく分かった。その部下が替えの利かない立場にある有能な者であるからこそ、その悩みも深かった。


「……で、そのバイエンが何か?」

「ん? お、おお。そうじゃった」


 頭痛を感じ額を揉んでいたドロテア。だがヴェティペールに話の先を促され、思考をもとの話題へと戻した。


「あ奴が言うておったのじゃ。そんな豪華な食事ばかりでは、殆ど民の目にはつかぬじゃろうとな」


 バイエンは更にこう言った。一般の民が気安く口に運べるような食べ物でなければ、すぐに忘れ去られるだろう。生活に根付き、普段からよく食べる物でなければ、意味はなさないだろう、と。


 彼はそう言い残し、スヴェニアに呼ばれその場を去って行った。

 何だかんだ仲が良い二人だ。きっと街へ繰り出して、酒でも飲むのだろうとドロテアは気に留めなかった。

 それよりも今、自分達が気にしなければならない事は。そうしてドロテアは方針を変える。


「そしてできたのが、これじゃ。これならば調理も簡単で、材料も(オーミ)小麦粉(ロールフ)程度。好みの材料を入れればアレンジも簡単じゃ。その(スニーブ)のようにの」


 ヴェティペールは再びテーブルに目を落とす。そこにあったのはただ黄色くのっぺりとした、すこぶる地味な食べ物だ。

 しかしドロテアの言う事を理解した今では、それが輝いてすら見えた。


 彼女は別の皿を指差して、お付きから(スニーブ)入りのものを受け取ると、すぐにナイフを入れて口に運ぶ。(スニーブ)の香りと塩気が程良く効いて、彼女の舌にはすこぶる合った。


「この名前は?」


 顔を上げるヴェティペール。その笑顔を見て、ドロテアの顔にも微笑が浮かんだ。


「実はの、まだ付けておらんのじゃ」

「そうなのですか?」

「民にも親しまれるような名をと思っておるのじゃが、なかなか難しくての。お主はどんな名前が良いと思う? 参考までに聞かせてくれんか」


 下々の民に受け入れられるような名前と聞き、ヴェティペールは悩んだ。

 材料には(オーミ)を使っている。ならば(オーミ)を使った名前が良いだろうと彼女は思った。

 オーミ・デ・テール・ロティ・ロンド――直訳で”丸く焼いた(オーミ)”だ――などどうだろう。そう思い顔を上げた彼女だったが、


「儂はの、子らにも好まれるような名前が良いと思うのじゃ。子に好かれる料理ならば、親も覚えるじゃろうしの」

「子供、ですか」


 ドロテアが溢したその言葉に、再び悩んだ。

 子供は一体どんな名前を好むだろうか。そう考えた時ふと脳裏に過ぎったのは、妙に子供には好かれていた、悪人顔の第三師団長だった。


 彼だったらどんな名前を付けるだろうか。そう言えば彼はよく、そんなもん適当で良いんだよ! などと言っていたか。

 エイクを思い出しながら、ヴェティペールは思考を続けていく。

 この料理は、もちもちとした触感が非常に特徴的だった。ならば簡単に、もちもち(オーミ)なんて名前はどうだろう。


「あの、私はもちも――」

「儂は(オーミ)もち、なんて名前はどうかと思うんじゃがなぁ。どうにも(オーミ)臭くてパッとせん。いやはや年は取りたくないわ」

「ごほっ! ごほっ!」

「ん? どうした?」


 出かかった声を飲み込んで、咳払いで誤魔化すヴェティペール。結局その場では何も決まらず、二人は解散する事となったのだった。


 後日、やはり(オーミ)もちに決まったと聞いて、ヴェティペールは悩んだ。


「私のセンスは古いのでしょうか……」


 思い悩む彼女に対し、お付きのエルフ達はにこやかに笑う。

 きっとお二人が似すぎているからですよ、と――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] あの二人はそんなフルネームなのか そして女王達から厄ネタ扱いされてる
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ