幕間.ようこそ ラリヴェ ドゥ プラントンへ
お客様、ようこそいらっしゃいました。わたくし、当宿のオーナー、ニールスと申します。
本日はどのようなご予定でしょうか。ご宿泊でしょうか? それともお食事で?
はい、ご宿泊ですね。かしこまりました。お二人様でございますが――シングルを二つで。はい、承知致しました。
係の者に聞いて参りますので、そちらにおかけになってお待ち下さい。テーブルの菓子はサービスでございます。宜しければお召し上がりください。
それでは少々お待ち下さいませ。失礼致します。
お客様、大変お待たせ致しました。……え? あ、はい。何でございましょうか。
ああ、あの隅にあるテーブルの事ですか。なぜ壊れたテーブルがあんな場所に置いてあるのか、との事ですね。
実はあのテーブルが置いてあるのには理由があるのです。お客様はご存じありませんか? このグレッシェルの町が生まれ変わった、あの日の事件の事を。
ご存じでしたか。そうです。前代官のゲオルク様が、現代官のフリッツ様に捕縛された、あの事件の事です。
あの日、わたくしは妙な胸騒ぎを感じて、朝早くから起きておりました。なのでフリッツ様が騎士達を伴い代官様の屋敷へ向かう姿を、幸いにも目にする事ができたのです。
それはもう精悍なお姿で。ついにこの町が救われるのだと、感涙してしまった程でございます。はは、お恥ずかしい。
さて。フリッツ様は騎士達と共に傭兵団、そしてゲオルク様を打ち倒し、この町にはやっと平和が訪れました。
しかしお客様。これはご存じでしょうか。この町を救った立役者は、フリッツ様と騎士だけではない、と言う事を。
その事件が起きる二週間ほど前の事になります。とある四人のお客様が、当宿にお泊りになったのです。
そのお客様はダブルを二部屋お取りになりまして。またありがたい事に、当宿のサービスを色々と頼んで下さったのです。
当時、グレッシェルはあまり治安の良い町ではありませんで。久々に羽振りの――いえ、気持ちの良いお客様に、一同喜んだものでございます。
その日は大変嬉しい気持ちでわたくし共も過ごす事ができました。
ただ、この話はここで終わりではございません。ここからが重要なのでございます。
なんと! その次の日の事でございます。
前代官の息のかかった傭兵達が当宿に押しかけ、四人のお客様を引き渡せとわたくし共を脅したのです!
しかしわたくし共にとっては大切なお客様でございます。引き渡す事などできないと、当然拒否を致しました。
すると傭兵達はあろうことか武器を抜いて、中へ押し入ろうとして来たのでございます。
わたくし達は必至に押し止めようと致しましたが、力づくで来られてはどうにもならず……。わたくしも邪魔だと体を強く押され、床に倒されてしまいました。
このままではお客様に危険が! そう思った時の事でございます。
先に起きて来たらしい二人のお客様が、傭兵達の前に立ち塞がったのです!
二人のお客様はなんとわたくし共に乱暴を働こうと言う傭兵達の前に立ち! そしてこのエントランスで戦い始めたのでございます!
押しかけた傭兵達は二十に届きそうな数。しかしお客様はたったのお二人。
敵うはずもないとお引止め致しました。しかしお客様はわたくし共の身を案じ、離れていろと頷いて下さったのです。
そこからは、もう圧巻の一言でございました。
十倍にも上る数の傭兵を相手に、お客様はちぎっては投げの大立ち回りで! まるで赤子の手を捻るように、傭兵達を倒し始めたのです。
で、その時お客様が武器代わりに使っていたテーブルの内の一脚が、あの隅に置いてあるテーブルというわけなのです。
お客様の中には可愛らしい小さなお嬢様もいらっしゃったのですが、そのお客様がもう物凄い力でして。
あのテーブルの下に潜り込んだかと思えば、それを傭兵達に投げつけて、連中を軽々と吹き飛ばしておりまして。あれはわたくしも目を疑いました、はい。
いえ、他のお客性も非常にお強くて。
見上げる程大きなお客様が一人いらっしゃったのですが、その方は剣を素手でへし折る程の怪力で、傭兵達を投げ飛ばしておりました。
騒ぎを聞きつけて駆け付けたもう一人のお客様も、一瞬で魔法を発動させ、傭兵達を一網打尽にし始めまして。
わたくし共は戦いには明るくはございません。ですがあのお客様方の実力は凄まじいものがありまして――
え? その話が本当か、でございますか?
ええ! ええ! もちろん当然でございます。お客様に嘘は申しません。
あのテーブルもそうですが、お客様が魔法を放った跡もございます。
その時に壁や床が少々焼けたのでございますが、それが向こうにございます。宜しければ後でご覧下さい。
ただ、驚くべき事はこれで終わりではございませんでした。
傭兵達を打ち倒した四人のお客様は、なんと我々に迷惑をかけたからと金貨を五枚も手渡すと、引き留めるわたくし共に背を向けて、風のように去られたのです。
お客様も被害者だと言うのにこの配慮。その時わたしくは思いました。きっとこの方々はただ者ではないと。
そしてその直感が間違い無かった事を、フリッツ様が立ちあがられた日、わたくしは自身の目ではっきりと見たのでございます!
そうです! 騎士達が代官様の屋敷へ向かったあの日。フリッツ様や騎士達と共に、あの方々の姿があったのです!
わたくしは見たのです! あの方が、騎士達を指揮して屋敷へと向かって行く姿を!
え? それで、結局あの方とは一体何者だったのか、ですか?
こほん。お教え致しましょう。
あの後、わたくしは騎士団の方にそれとなくお聞きし、あの方々の事を聞き出し――いえ、教えて頂いたのです。
その時の衝撃は今でも忘れません。
なんと信じがたい事に……王国軍の、師団長様であらせられたのです!
そう! あの四人のお客様は、師団長様ご一行だったのです!
魔族を撃退した戦争の英雄が当宿に! 何て光栄な事か! これを宣伝しない手はない!
……と言うわけでございまして。
現在当宿では、”師団長様コース”というものがございまして。当時いらっしゃった師団長様と同じサービスをセット料金で提供させて頂く内容となっております。
また、夜には当時の再現、傭兵団を打ち倒す師団長様ご一行のショーも催してございます。最近ではご宿泊にならない方からもご覧になりたいとご要望を頂きまして、予約頂ければ席をご用意するように、と――
ああ、いえいえ。ご宿泊のお客様は予約の必要はございません。もちろんお支払いも結構でございます。ご自由にご覧になれますよ。
夕食の際に係の者に申し付け下さいましたら、席の方をご用意させていただきます。ご安心下さいませ。
さて、それでお客様はいかが致しましょうか。
……ああそうでした。お客様、大変失礼致しました。本日シングルはもう一部屋しか空きがございません。ダブルでしたら空きがあるのですが、いかがでしょうか。
はい、それではダブルを一部屋で。ありがとうございます。お客様はお二人とも男性でございますが、男性二人でも十分な広さとなっておりますのでご安心ください。
ですがお客様にはご迷惑をおかけ致しましたので、料金の方は割引をさせて頂きます。
え? 師団長様コースですか? それでしたら別に、お一人様小銀貨2枚を頂戴しておりますが、どうされますか?
かしこまりました。それではお二方、師団長様コースをご希望で。大変ありがとうございます。様々なサービスがございますので、楽しんで頂けるかと存じます。どうぞご期待下さいませ。
それではただ今係の者を呼んで参りますので、もう少々お待ち頂けますでしょうか。よろしくお願い致します。
え? その師団長様とは結局どういった人物だったのか、ですか?
え、ええっとですね……。
……そ、そう! 歴戦の強者らしい、非常に精悍な男性の方で! 襲い来る傭兵達を相手にもせず、指先一つでダウンさせる程でございました!
あの技はまさに圧巻の一言! 素人であるわたくし共にも、あの方が凄まじい達人である事がすぐに分かりましたよ!
ええ、ええ。一目見ただけでただ者ではないと、わたくしにもはっきりと分かりましたが、まさか師団長様だったとは!
知っていましたらもっとサービスをさせて頂いたのですが……残念でなりません。
わたくし共が今できるのは、あの方々の功績をこうして他の方へお伝えする事しかございません。そしていつかまた当宿を訪れて下さればと、そう願っているのでございます。
さて、それではわたくしから最後に宜しいでしょうか。
お客様、ようこそ当宿、”春の訪れ”へ。
どうかごゆるりとお寛ぎくださいませ。