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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡
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206.忠諫

 長剣の切っ先でちょいちょいとアウレーンをおちょくる。相手の表情はあまり変わらなかったが、感情には怒りかいら立ちか、熱さがチラリと顔を覗かせた。

 更に挑発するようにニヤリと笑って見せれば眉間にしわが寄る。思った通り、挑発のし甲斐がある奴のようだな。


「フン、どうした? 来ねぇなら――今度はこっちから行くぞコラァ!」


 俺は思いきり床を蹴り、真正面から突っ込んで行く。

 足を強く踏み込み、長剣を切り上げる。これをいなそうとするアウレーンだったが、俺の速さを見誤ったようだ。タイミングが僅かにずれ、二つの剣が激しくぶつかり合った。


「ぐぅっ!?」


 俺の魔剣がアウレーンの剣を弾き飛ばす。ただの力比べならこっちに分があるようだ。

 だがまあ真っ正面から力比べ――なんて俺の性分じゃあない。少し怯んだ様子の相手へ、俺は不敵に笑って見せる。


「おっとこいつは魔剣だぜ! 何度も耐えられると思わねぇ方がいいぞ! 剣ごと真っ二つになりたくなきゃあな!」

「チィ……ッ! 何の! その程度の腕では私の剣は折れん!」


 俺はまたアウレーンに飛びかかり、力任せに剣を振り回す。

 最初、俺の一撃をまともに受けたアウレーン。だがその言葉通り、奴は剣捌き体捌きで、俺の剣の威力を流していく。


「そんな雑な攻撃! 私には通じないッ!」


 大振りの剣を搔い潜り、アウレーンが剣を飛ばしてくる。俺の死角から滑るように飛んできた突き。だがこれは左の短剣で弾く。顔の近くで火花が散った。


「ケッ、この程度か! もう一丁行くぞコラァッ!」


 再度魔剣を振り回すも、相手もさる者難なくかわす。


「はぁぁーっ!」


 そして当然、大振りの隙を逃がさない。アウレーンの素早い二連突きに、俺もまた短剣を操りそれを弾く。

 最後の突きを防御すると、相手は面倒臭そうに渋面を作っていた。


 幾度となく攻防を繰り替えす俺とアウレーン。だが剣戟の音は時を経るごとに重さを失い、軽い音へと変わっていく。

 完全に威力を受け流されている。

 ただ剣を振り回すだけでは、アウレーンの技量の前に歯が立たないのは誰が見ても明らかだった。


「ちょっとカーテニアさん! そんな大振りじゃ当たらないよっ!」


 後ろからサリタも焦ったように口を挟んでくるが、


「うるせぇな! お前はそこで黙って見てろ! オラァーッ!」


 俺はそれに怒鳴り返しながら、また魔剣を斧のようにぶん回す。

 アウレーンはこれをヒラリとかわし、また死角から突きを繰り出してくる。再び俺の短剣が火花を散らした。


「なるほど分かった」

「あ?」

「その短剣は私の攻撃を防御するための物か。そして、短剣で私の剣を止めた隙を狙い、長剣で止めを刺す。そんな算段だろう」


 少し間合いを離して、アウレーンが淡々とそう口にする。


「はっ、どうだかな」

「だが分かってしまえば何て事もない。ただの浅知恵だな。確かにその防御を破るのには時間がかかりそうだ。だが――そちらの剣が私に届かない以上、私の勝ちは揺るがないッ!!」


 俺が肩をすくめるも、相手は気にも留めずにまた肉薄してきた。


 俺の戦法を完全に見切った。そんな感情がアウレーンの剣に乗る。

 先ほどまでの様子を見るような動きは消え、俺の短剣を掻い潜る道筋をアウレーンは模索し始めた。


 魔剣の攻めすら封じるように、隙が少なくリーチの長い突きを繰り出してくる。

 俺の足が止まれば足へと剣先が飛び、俺が長剣を大振りすれば死角からの突きが短剣を軋ませた。


 アウレーンの攻めは徐々に苛烈になっていく。俺の大振りなど今や、自分の隙を晒すだけの行為になっていただろう。


「おらぁ! もう一発!」


 だがそんなのは関係ねぇ! 俺はダンと大げさに踏み込む。

 そして剣を振り上げて、またも大振りの一撃を彼にお見舞いした。


「くどい! そんな攻撃は、私には通じんと言ったろうっ!」


 俺の一撃をかわしながら死角に潜り込むアウレーン。目の前にあった奴の姿が、俺の視界から奇麗に消え失せた。

 俺が魔剣を振り切ったタイミング。その僅かな時間に寸分たがわず、アウレーンは突きを繰り出してくる。

 タイミングは完璧。避けるのも防ぐのも難しい、死角からの一撃だ。


「と思うよなぁ?」


 だがな、俺はこれを待ってたんだ。魔剣を握る手に力を籠める。

 そしてアウレーンが踏み出そうとした前足を、魔剣の腹で思いきり打ち払った。


「な――!?」


 重心が乗った足が流され、アウレーンの体がグラリと大きく揺れた。


 これは俺のオリジナル剣技。名付けて”出足払い剣”だ。

 相手の出た足を払う。それだけの剣技だが、地面に転がった相手を倒すなんて、これほど楽なことは無い。地味だが意外と効果的な技なのだ。


 とは言え生まれた理由は実にしょうもない。

 アゼルノに剣技を習っていた際、俺は何度も試したが、彼の得意技”飛燕剣”を習得することができなかった。なのでこれに少し手を加え、出来上がったのがこの”出足払い剣”なのだ。


 ”飛燕剣”は斬撃の最中にその軌道を変え、敵を切り裂く剣技である。最初の太刀を一の太刀、軌道を変えて二の太刀、また軌道を変えたら三の太刀と、技の細部にそんな呼称すらある、高い技量を必要とする高難度の剣技だ。


 これに対して”出足払い剣”は、一の太刀が擬態。つまり引っ掛けだ。

 で、相手が引っ掛かって向かって来たら、二の太刀で足首を斬り飛ばす。そう言う相手を騙すための剣技なのだ。


 アゼルノはこれを見た時に、


「地を這うような剣閃。……”地走り”などどうでしょう」


 と、馬鹿馬鹿しい程に真面目に意見してきたが、こんな技にそんな格好良い名前なんて不要だと俺は突っぱねた。

 できた過程も使う目的も、どうだと胸を張れるようなもんじゃない。”出足払い剣”なんて言うそのままの名前で充分なのだ。誰かに教える気もさらさら無いしな!


 普通足首を斬り飛ばす剣技だが、今回は手加減して打ち払っただけ。

 だがそんな技でもバランスを崩されたアウレーンは、倒れまいとその場で必死に踏ん張っていた。

 倒れなかったのは見事。しかし膝を突かないようにするのが精一杯だったようだな。


 そんな彼へ、俺はまたも魔剣を大きく振り上げる。


「残念だったなぁ。食らいやがれっ!」


 そして、その脳天目がけて思い切り振り降ろした。


「エイク殿っ! 待ってくれッ!」


 後ろからフリッツの、妙に切羽詰まった声が聞こえた。


「く――!」


 アウレーンは不安定な体制ながら、剣を上げて守ろうとする。必死の形相で目を見開き、俺の一撃を食うまいと、それだけを考えて腕を上げていた。

 彼の目に映っているのは、今にも自分を両断しようと言う魔剣だけ。その銀色が迫るこの刹那の時間を、こいつはどんな気分で味わっているんだろう。


 ま、そんなもん知りたくもねぇけどな!


「なーんて、な!」


 振り下ろす魔剣を右手から影に取り込み、俺の腕が空を切る。アウレーンは剣を上に構えた状態で、まるで彫刻のように固まってしまう。


「え――」


 アウレーンの口から感情が漏れ出る。

 今起きている事が全く理解できない。そんな彼の気持ちが、その一言ではっきりと分かった。


 なぁ、理解不能な事が目の前で起きると、人間って奴はどうなると思う?

 そう、今のアンタの事だよ。分からねぇなら教えてやろうか。


 隙だらけだぜアウレーンさんよ!


「歯ぁ食いしばれ――!」


 狙うのは腹だけどなぁ!


「オラァ! ”練精拳(オーラナックル)”ッ!」

「ぐぼぁっ――!?」


 がら空きの胴に拳を叩き込む。無防備な鳩尾に奇麗に入り、バキバキと胴体鎧(ブレストプレート)が砕け散る。

 くの字に折れるアウレーン。あの手ごたえはアバラが何本か逝ったろう。


 全く、殺さねぇで止めるってのも面倒なもんだぜ。こいつが中途半端に強いから余計にな。

 よろよろと二、三歩後退し、アウレーンが片膝を突く。それを俺は呆れるように見下ろした。


「剣術やってる連中ってのは、剣同士の戦いに慣れ過ぎてんだよ。相手が剣を使ってるからって、搦め手を使ってこないなんて思ってんじゃねぇぞ。実戦じゃありえねぇんだよ」


 生きるか死ぬかの戦いに、剣のみだの正々堂々だの、そんな陳腐なルールは存在しない。

 勝った奴が生きる。負けた奴が死ぬ。実戦なんてそんな血生臭いもんだ。

 人間が人間同士殺し合うなんて馬鹿馬鹿しい行為に、正道も邪道も糞もない。


「それにな、お前の剣は奇麗過ぎんだよ。攻め手も多くねぇし、型にはまったみてぇな行動ばっかりで、攻撃が来るタイミングが丸分かりだ。どんなに奇麗な剣だってな、来るって分かれば対応なんてできんだよ」


 俺の大振りに対してアウレーンがよく取ったのが、死角に入って突くと言う行動だった。死角に入られれば確かに危険だが、してくるのが突きだけと分かっているなら怖くも何ともない。


 それにこいつは表情こそあまり動かないが、感情の動きの方は中々に読みやすかった。攻撃のタイミングが分かる程度にはあからさま。

 だから言ったのだ。俺とコイツとでは相性が最悪だと。


「お前、人間相手に殺し合いした経験殆どねぇだろ。そりゃ結構だがな、そんなもんにやられるほど、俺の首は安くねぇぞ」


 加えて、こいつの剣からは、どこか騎士のような臭いを俺は嗅ぎ取っていた。

 バリバリの正道。だからこそ俺の搦め手は良く効いた。

 だが卑怯とは言うまい。こいつは騎士ではなく傭兵なのだ。あんな代官に仕える卑劣漢の一人なのだ。


「く、は……っ!」


 アウレーンは俺を見上げる。額には脂汗が浮かび、苦しそうな表情をしている。

 だが彼はそれでも震える足で立ち上がり、再び剣をこちらに向けた。


「だから、何だ……! 私は……お守りすると、誓ったのだ……! ゲオルク様を……必ず、と!」


 もう戦える状態でない事は誰の目にも明らかだった。

 だが彼の心はまだ折れてはいない。

 代官を守る。その気持ちを杖代わりに、彼は必死にその場に立ち続けていた。


「そんなにあの代官が大切か。碌でもない事ばっかやってる男だぞ。スラムを焼き払おうとした男だぞ? そんな奴に一体、どんな価値がある?」


 俺は不思議に思い、アウレーンに問いかける。

 彼はそれに悩む事もなかった。


「あの方は……私を救って下さったのだ……! その恩を……私は、一度だって、忘れた事はない……っ!」

「ち、父上、が?」


 これに不思議そうな声を上げたのはフリッツだった。

 今まで見て来た父の姿からは、全く想像できなかったんだろう。


「そう、です……! その時私は、誓ったのです……! この方を、どんな事があろうとも……必ず、守ろう、と……!」


 その救いと言うのがどんなものかは分からない。しかしアウレーンのその思いは、固く心に刻まれているようだった。

 それが、こいつが代官へ忠誠を示す理由か。

 だがしかし。いやだからこそ、そうと知って俺は、彼を問い質さずにはいられなかった。


「そりゃいいがよ。お前、代官が大切だってんなら、何で奴を止めねえんだ」

「それは! ……それは、無理だ。ゲオルク様は、私の事など……もう、覚えていない……」


 苦々しく顔を歪めるアウレーン。だが俺の言いたいのは、そんな事じゃあねぇんだよ。


「馬鹿か。覚えてるとかどうとか何て、関係ねぇだろ。お前だってそれを承知で傭兵団の団長なんてやってるんだろうが」

「お前に……。お前に何が分かると言うのだ! 私の何がっ!」

「知らねぇよ。俺はどうせ当事者じゃねぇ。お前らの間に何があったか何て知らねぇし、分からねぇ。だからお前に聞いてんだ。あんな奴の傍にもいてぇなんて言う、馬鹿な男にな」


 俺は短剣を懐にしまいながら、アウレーンの顔を真正面から見据えた。


「いいかお前。もしガキが悪さしたらどうする? 叱るだろうが。そうしなきゃいつまでもそいつは馬鹿のままだ。その悪さが悪い事だって理解できねぇんだからな」


 親が子供を叱るのは、子供が憎いからじゃない。子供を守るためだ。

 犯してはならない事を子供がやらないように。子供が大人になった時、困らないように。

 子供が将来、自分の身を自分で守れるようにするためだ。


「だがな、そんなもん大人だって変わらねぇ」


 とは言えそれは子供に限った話じゃない。人に言われなければ気づけない。そんな人間なんてどこにでもいる。

 俺だって失言で、スティアに何度殺されそうになった事か。ダークエルフにエロい恰好とか言って、正座で説教された事だってある。この年でよ。


「この国の王子なんて立場のある奴すら、騎士団長にいっつもやいやい言われてたぞ。でもな、それは頭にくるから言ってたんじゃねぇ。そいつが大切だから言ってたんだ。そいつを王族として認めていたからこそ諭してたんだ」


 懸命ではあるが人に頼るのが下手なエーベルハルトと、それを支えようと言うイーノ殿。権力者と言うものが未だに好きになれない俺だったが、この二人に関しては別だった。

 元山賊の俺達に対し、この二人は真に心を砕いていた。縛り首でもおかしくない俺達に、力を貸して欲しいと頭を下げた。

 そんな奴らだったからこそ、俺は二人を本気で、仲間のように思っていた。


「その点お前はどうだ。相手の言う事をただ黙って聞くのが守るって事なのか? 俺はそうは思わねぇ。間違ってんじゃねぇか、お前は」


 叱られずに生きて来た人間なんて、一体どうなるか。きっとそいつは碌な人生を送れないだろう。

 この世には大勢の人間がいる。他人に善意を向ける者もいれば、逆に悪意しか向けない人間もいる。

 そんな混沌とした人間社会で、何が良く何が悪いか理解できない人間が、まともに生きていけるとは思えない。


 現にこの代官だって今、窮地に陥っている。自分の人生自分の思うが儘なんて、そんな都合の良い世の中など存在しないのだ。

 そんなもんあったら誰でも欲しいだろう。俺だって欲しいわ。馬鹿タレが。


「お、王子殿下? 何を言っているんだ? 貴方は、一体――」


 アウレーンが問うような視線をこちらに向ける。

 俺はそれに鼻を鳴らした。


「元王国軍、第三師団団長のエイク。王子エーベルハルトの馬鹿野郎に師団長なんて座に押し上げられた、世界一不幸な男だよ」

「師、団長……」

「本当に大切だってんなら、不正を正してやるのがお前のやるべき事なんじゃねえのか。忠諫(ちゅうかん)って言葉、知ってるか?」


 自称真の騎士さんの受け売りだがな。山賊が忠諫(ちゅうかん)なんて言葉、知らんよ普通。

 だがこれは意外とコイツには効いたらしい。俺が呆れたように放った言葉に、アウレーンは言葉を失っていた。


「アウレーン」


 フリッツが彼の傍へ足を進める。


「もう、父上を止めよう。僕達だけのためじゃない。皆のために。そしてそれはきっと、父上のためにもなる。……アウレーン。貴方のためにも、きっと」


 それが最後の止めになる。

 がくりと膝を突くアウレーン。フリッツはそんな彼の肩に、優しく手を置いた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 腕と経験が圧倒してればともかくお行儀のいい剣術では実戦的な山賊流には勝てないか、やっぱり
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