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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡
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205.最後の砦

 二階の廊下を真っすぐに進む。誰かに出くわすかと思いきや、屋敷の中は静まり返っており、不自然なほど人の気配が感じられなかった。


 貴族の屋敷なら普通使用人がいる。なのに誰もいない。

 不可解な事態に若干の戸惑いを覚えるが、しかしあんな賊同然の傭兵を雇い屋敷にまで入れているのだから、今更かもしれない。

 後ろから何かの破壊音や多くの悲鳴が小さく聞こえてくる。そんな音を背景に、俺達は目的の場所に向かってただ足を進めていた。


「まさかここまでやって来るとは」


 しばらくして辿り着いた先。一人待っていた男は、そう言ってするりと剣を抜いた。


「アウレーン!」

「フリッツ様。この先はお通しできません。どうかお引き取りを」


 フリッツの呼びかけに男は全く動じない。その表情も感情も、全く揺らいでいなかった。


「もしどうしてもと仰るのであれば――私を倒してからにして頂きたい」


 彼は剣を静かに構える。フリッツはそれに息を飲んだ。


「あの人が?」

「うん……。”グレッシェルの牙”、団長のアウレーン」


 ルフィナの問いに、フリッツは絞り出すような声を出す。


「悪い人じゃない。彼は僕の事を、今まで影ながら支えてくれた人なんだ。戦争に一人向かわされた時も、バルテルとヘルマンをつけてくれた。彼のおかげで僕は……今まで、生き延びる事ができたんだ」


 俺達に言い聞かせるように言うフリッツの声は、非常に苦しそうなものだ。彼の事をきっと今まで頼りにしてきたのだろう。

 フリッツは真意を問うように、目の前の男を真っすぐに見据えている。しかし正面に立つアウレーンの表情には、戸惑いなど欠片も浮かんでいなかった。


「僕はアウレーンを味方だと、そう思っていた……。なのになぜっ!?」

「勘違いをされては困ります」


 味方だと思っていた男の裏切り。フリッツは声を荒げるが、しかしアウレーンの反応は冷ややかなものだ。

 フリッツの言う事が見当違いだと言うように、彼はその目を鋭く細めた。


「私の役目は貴方の御父上――ゲオルク様をお守りする事です。貴方をお守りする事ではない」

「なら……なら! なぜ僕を助けるような真似を!」

「それは貴方がゲオルク様の後継者であるからに過ぎません。しかしゲオルク様に反旗を翻すのであれば、私にとっても貴方は敵。引かなければ……フリッツ様とて容赦はしません」

「そ、そんな……」


 返されたのは凍り付くような拒絶。フリッツの声は怯えるように震えていた。

 現実が受け入れられず、フリッツはその場に立ち尽くしている。だがそう悠長にしている場合でもない。

 俺はその肩に手を置いた。


「つまり親子喧嘩をするなら、無粋な横槍を入れるコイツをまずどかせってこった。ここは俺に任せて下がってな」

「エイク殿。彼は――」

「心配すんな。命までは取らねぇよ」


 俺達がここまで作戦通り来られたのは、目の前の男のおかげでもある。もしアウレーンが俺達の反抗を止めたかったのなら、ヘルマンが傭兵団に戻り情報を伝えた時点で、彼は手を打っていただろう。


 それをこいつはしなかった。つまり、代官を守ると言う言葉は彼の真意なんだろうが、しかし、代官の言う事全てに服従するというわけでもないのだ。


 フリッツが言っていた、彼は悪人ではないという言葉。それはきっと間違いないのだろう。

 なら問答無用で切り捨てるという非情さは、流石に俺も持っていなかった。


 俺は皆の前に出ると、長剣を抜き放つ。そして鋭い気配を放つ男と真正面から向かい合った。


「随分と舐められたものだ。お前達の実力は聞いている。だが押し通ろうと言うのなら、私にも守るべきものがある。簡単に通れると思って貰っては困る」


 俺を見据えるアウレーンから闘気が溢れ出す。あんな烏合の衆だが、団長と名乗るだけの実力は備えているらしい。

 しかし、その台詞は見過ごせなかった。


「ほお。その守るべきものってのは、お前にとっちゃ、さぞ大切なんだろうよ」


 お前の守りたいものが、周りにどれだけ災厄を運んでいると思っているのか。そんなものを守ろうと言うのがどういう意味を持つのか。

 分かって言ってんのか?

 そんな皮肉を込めて彼を挑発する。


「知れたこと。私はこの命を賭けて守ると誓ったのだ。亡き旦那様と奥様に……。ゲオルク様に!」

「な、何?」


 だが返ってきた言葉は、あの荒くれ集団を束ねる者とは思えぬ程の、忠誠心溢れたものだった。

 思わぬ気迫に面食らい、逆に一瞬思考を奪われてしまう。


「どこの馬の骨か分からん輩に――とやかく言われる筋合いはないっ!」


 ダンと床を鳴らし、アウレーンが飛び込んでくる。彼の剣と俺の魔剣が、鈍い音を打ち鳴らした。


「ぜあぁぁっ!」


 彼は素早く剣を振るい、次々に攻撃を仕掛けてくる。

 細かい連撃。だと言うのにその剣は重く、かなりの衝撃が伝わってくる。

 次々に向けられる剣を俺は受けていく。だが相手の剣には一切の迷いがなく、そればかりか更にスピードが上がり始めた。


 こう受けられたらこう返せ。そんな道筋が決まっているかのように、彼の攻撃にはブレが無い。

 横薙ぎに振られた剣を受けながら思う。この振り方は我流の剣じゃない。明らかに、何者かに指南された剣術だった。


 剣の振り方なんてのは、その気になればどこでだって習う事ができる。

 扱い方を知っている大人や、兵士だって良い。剣を使える人間なんてそこらに必ず一人二人いるのだ。


 何なら冒険者ギルドでだって、銅貨数枚払えば講習を受ける事ができる。

 つい最近、ギルドの講習を目にする機会があったが、そこに女や子供まで混じっていたくらいだ。

 誰だろうと習う事ができる。未経験者も可。一般の講習なんて、そんな程度の気軽なものだった。


 だが、それらはあくまで剣を使っての戦い方を指南するものだ。

 剣をどう振って敵を倒すか。安全に戦うにはどうするか。

 そんな、一般人が(さま)になる程度の指南でしかないだろう。


 そこから更に強くなるには、多くの実戦を経験し、時には他人の技を盗んで、自分で研ぎ澄ませていくより他無い。

 言ってしまえば俺の剣だってそうだ。剣の振り方なんて誰ぞに習った事も無い。


 まあ山賊流とでも言えば良いのだろうか。それに加えアゼルノに太刀の振り方を習った事で、そちらの技術を取り入れ、龍人風味も追加されている。

 だが結局のところ、剣術何て高尚なものでも何でも無い。ごちゃまぜのチャンポン剣法である以外の何物でもなかった。


 一方剣術とは何か。

 それは人間が何世代という長い時間をかけて研ぎ澄ませてきた、剣を使って戦う技術の事だ。

 技術を受け継ぐ者がいて、時代時代において最適化され、その鋭さを増していく。どう効率良く相手を殺すか、という事を突き詰めた、戦闘に特化した技術だった。


 相手がこう行動してきたらこう殺す。こう反撃してきたらこう殺す。先の先をとって、後の先をとって、相手の行動を制して殺す。

 己の無駄を極限まで省き、敵を斬る技を研ぎ澄ます。そんな技を習得しているのが剣術を修めた者であり。

 そして目の前の相手もまた、そんな人間の内の一人だった。


 あの歯抜け男がこの傭兵団一の剣の達人、なんて言ってた馬鹿はどいつだ。息をつかさぬ連撃を受けながら舌打ちをする。

 機先を制された形になり、防戦一方だ。これは一旦仕切り直した方がいいか。

 俺は胴目掛けて突き出された剣を、魔剣で大きく打ち払った。


「多少はやるようだ。だが――その程度では私を退ける事などできん!」


 だがアウレーンは、俺の行動を見越していたらしい。

 離れるどころか彼は強く足を踏み出す。そして上段に振り上げた剣を、俺の頭へ振り下ろしてきた。

 上から迫る剣。俺はそれに顔を上げ、剣を合わせようとし――


(――ッ!? 違う!)


 アウレーンの胸に湧いた、ほんの僅かな感情。その喜悦に俺はハッとする。

 俺が見上げていた場所。そこあった剣は次の瞬間、霞のように掻き消えた。

 咄嗟(とっさ)に手首を返し、下からの斬撃に魔剣を滑り込ませると、ガツンと重い衝撃が腕に伝わる。

 おかしな受け方をしたせいで、手首に鈍い痛みが走った。


「な!?」


 もし追撃が来ていれば流れを完全に取られていた。だが幸い、相手も相手で予想外の事態だったようだ。

 驚愕に目を見開いたアウレーンへ、俺は即座に足を飛ばした。


「痛ぇんだよ離れろコラッ!」

「ぐ――!?」


 みぞおちを蹴り飛ばされ、アウレーンは小さな声を上げて後退する。だが胴体鎧(ブレストプレート)越しではダメージなど期待できるはずもない。

 アウレーンはただ驚いたという様子で、俺に視線を向けてきた。


「まさかこの一撃を受けられるとは……」


 そう言うが、驚いたのはこっちだよ。

 まさかこんな剣技を繰り出してくる奴がいるとは思わなかったわ。


「”天地斬”とはやってくれるじゃねえか」

「……知っていたのか」

「へっ、おかげさんでな」


 昔、太刀の使い方をアゼルノから教わっていた頃。その時に、剣技なんかも色々と教わったことを思い出す。

 俺自身使えるようになった剣技は殆どない。だが一回見た剣技はしっかりと、俺の記憶に残っていた。


 まあ見たと言うか、体感した、と言う方が正しいが。アゼルノの奴、シャドウが受けてくれるからと言って、実際に俺の体に剣技を叩き込みやがったのだ。


 そりゃシャドウが受けてくれれば俺の体は無傷だよ。だがそういう発想をすると言うのがそもそもどうかと思うのだ。

 当時の俺は、こいつ頭が逝ってるぜ、何て思ったものだが。それがこうして役に立ったとなると、どうにも妙な気分だった。


 この、斬り下ろしと思わせて下段から斬り上げる”天地斬”は、相手の不意を突く剣技だ。決まれば無防備な胴に剣を叩きこまれる。

 今のはちとヒヤリとしたぜ。アゼルノの技を見ていなかったら、反応できなかったかもしれない。


「やれやれ、確かに甘い相手じゃなさそうだな。おー痛ぇ」


 俺は痛めた手をプラプラさせる。余裕の行動が気に障ったのか、アウレーンがピクリと眉を動かした。


「とは言えお前じゃ俺には勝てんぜ」

「……何を。そんなことはまだ分からん」

「いーや分かる。お前と俺の相性が最悪だって事がな。まあ言っても分からんだろうから、教えてやるよ。今すぐな」


 先ほどの攻防で、俺には分かった事があった。

 剣の方は確かにかなりできる。だがこいつの感情の動きや対応の仕方。そこに勝敗を分ける決定的なものがある事を、こいつは隠せていなかった。


 俺は懐に左手をやると、シャドウから短剣を受け取り逆手に構える。双剣なんて言えば格好がつくが、実態は右手に長剣、左手に逆手短剣の、ちぐはぐな構えだ。

 目の前のアウレーンも、何をしているのかと訝しい感情を露わにする。逆に俺は不敵に笑い、余裕の表情を見せつける。


「さて、それじゃ続きをおっぱじめるかね」

「その滅茶苦茶な構えでか。ふざけた男だ」


 アウレーンもまた剣を構える。だが言葉に反して警戒してか、向こうから攻めて来ることは無かった。

 闘気を放ちながらも動かない相手。なら今度はこっちから行くとしようか。

 俺は長剣を前、短剣を胸部付近に構え、アウレーンを見据える。


 滅茶苦茶な構え、ふざけた態度。結構じゃねぇか。まともな生き方なんてしてたらよ、きっと俺は今頃、もう生きてなかったと思うぜ。

 山賊流、龍人風味のチャンポン剣法。その真価、とくと御覧じろや。

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