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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡
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202.不変の心

 深い霧が漂う中、俺達は一団となって目的の場所へと足を進めていた。


 まだ早朝の時分、街はひっそりと静まり返っている。

 とは言え日が昇ってからもう数時間は経っている。この時間帯であれば、普通なら人の姿があってもおかしくないはずだった。


 まるで気配を消そうとでも言うように、不自然な静寂に包まれた町。知らない人間が見ればゴーストタウンと誤解しそうな空気がここにはある。

 朝の肌寒さも手伝ってか、俺はそこに侘しさを覚えずにいられなかった。


 周囲の騎士達も皆口を固く閉ざし、整列して進んでいる。

 四十三人の行進だ。本来なら静かな街に俺達の靴音だけが響いている。そのはずだった。


「素晴らしい魔法の腕をお持ちですね、エイク殿。ルフィナ殿もなかなかおやりになる」


 俺の前を歩くフェリシアが小声でお世辞を言ってくる。今俺達の周囲を包んでいる霧は、自然に発生したものではない。

 ルフィナが発生させている”惑いの霧(イリュージョンミスト)”だった。


 敵の周囲に発生させ、視界を奪うのが本来の使い方の魔法。しかしこの霧は、外側からも中が見えなくなる特徴がある。

 普段は短所となる特徴だが、今回はそれを利用して、俺達自身の身を隠すために使っているのだ。


 折角スラムで傭兵達を一網打尽にして伝令も潰せたのに、道中傭兵達に見つかってしまうと、向こうに対策を練る時間を与えてしまう。

 この得た優位をわざわざ失ってやる程、俺はマヌケではなかった。


 ただ問題として、俺達自身も霧で周囲が見えないため、どこを歩いているか分からなくなるという点がある。だがそこについては騎士達の出番だ。


 町を巡回で歩き慣れた騎士達なら、ある程度見えずとも代官の屋敷までたどり着けるはず。そんな俺の思惑通り、俺達は着実に代官の屋敷へと近づいていた。

 不意に行軍が止まる時もあるが、それはまあご愛敬だ。


 そんな理由で発生させた目くらましの霧だが、しかし俺達の周囲にのみ発生させるのでは非常に不自然である。

 なので霧を広範囲に拡散させながら、俺達を中心に移動もさせている。


 移動と広範囲への拡散。この二つをコントロールしているのがルフィナだった。

 一人で行うため、なかなか魔力と集中力を使う行為になる。しかし自分でやると言った手前か集中しているためか。

 ルフィナは文句一つ言わず、ずっと魔法の行使を続けていた。

 そして、それは俺もまた同じだった。


 ”惑いの霧(イリュージョンミスト)”だけではまだ、俺達の存在を隠すには不十分なのだ。

 霧の発生だけでは消せないものがある。それは、音だった。


 この大所帯が石畳を歩く音は流石に誤魔化せない。

 なのでそちらについては魔法”沈黙の風壁(サイレントウォール)”を使い、俺が対策をしている所だった。

 魔法で包み込んだ境界の、内と外との音を遮断する風の中級魔法(ノーマルマジック)だ。これもまた一団全員を包み込むように展開し、魔法の制御を続けていた。


 不意打ちなどを警戒し、外の音を拾えるようにはしているが、騒ぎの気配は微塵もない。向こうはこちらの動向をまだ把握していないと見て良いだろう。

 静寂を掻き分けながら俺達は前へと進んで行く。そうしてしばらくすると、何度目か、一団の歩みがまた止まってしまった。


 また道を見失ったか。そう思うも声には出さず、黙って待つ。

 すると今度は前から連絡が入ったらしく、フェリシアがくるりとこちらに体を向けた。


「エイク殿。到着しました」


 歩みが止まったのは目的に着いたからだったようだ。その妙に真剣な顔に頷いて返してから、俺もまた後ろへ振り向く。

 ルフィナも聞こえていたらしく、俺の顔を見て頷いて返した。


 俺とルフィナはもう一度頷く。そして同時に魔法を解除した。さあと霧が晴れていき、俺達の姿が大通りに現れる。

 これを見る者の姿は、街にはやはり一人もない。が、ここで俺達が姿を現す事に、大きな意味があったのだ。


 俺はフリッツに視線を向ける。彼もまた強張った顔ながら小さく頷いた。

 覚悟はすでにできている。そんな表情だった。

 ならばもう気にはすまい。俺はすぅと大きく息を吸う。


「皆、聞けーッ!! この町の代官、グレッシェル子爵を討つために!! ついにフリッツ様が立ち上がられたぞぉーッ!!」


 そして通りに響き渡るよう、腹の底から精一杯の大音声(だいおんじょう)を上げた。

 静寂を切り裂くように、声が街を駆け抜けていく。

 ルフィナとサリタは首をすぼめ、目をぎゅっと瞑り耐えている。真面目腐った顔つきの騎士達も、たまらないと言った様子で顔を歪めていた。

 失礼な連中だ。だがこの様子ならきっと、彼らの耳にも届いた事だろう。


 俺達はしばらく待つ。すると、通りのあちこちから人々が顔を出し始めた。

 皆何事かと不安そうに、ドアの影からこちらを見ている。

 それを見たフリッツもまた俺と同じように、精一杯の大声を上げた。


「我が父、ゲ、ゲオルク・グレッシェルは長きに渡り、この町に住む者達の安寧を脅かし続けてきた! 悪政を敷き、平然と民を食い物にし、悪漢共をのさばらせ、傲慢不遜に振舞ってきた!」


 家の中から外へ。フリッツの声に導かれるように、ぽつぽつと人が通りへと姿を現す。

 彼らは信じられないものでも見るかの様に、呆然と立っていた。


「また今日! そんな悪行に加え、先の戦争で住む場所を失い、スラムへ流れた人々に対し、非道な所業を行った! スラムを焼き払わんとする暴挙に出たのだ!」


 フリッツは顔を真っ赤にして、しかしあらん限りの声を振り絞る。

 その声は静まり返った大通りに、非常によく通った。


「スラムは辛うじてヴァイスマンの騎士達によって守られた! しかし、もはや見過ごす事などできはしないっ! 私、フリッツ・グレッシェルはここに宣言する! 今日この日、我が父を討ち、このグレッシェルの町に再び平和をもたらさん事を!」


 騎士達が一斉に剣を抜く。そしてフリッツに対して騎士の礼を取った。


「ヴァイスマンの騎士達よ! この町の守護者たる勇士達よ! 今こそ騎士の本懐を果たすため、正義の剣で悪しきを断て! 皆の未来を切り開くのだっ!」

『おぉぉぉおーッ!!』


 騎士達が一斉に(とき)の声を上げる。その地鳴りのような喊声(かんせい)は呼び水となり、町のあちこちから思いを託す声を上げさせた。


「が、頑張れ……! 頼む、頑張ってくれーっ!」

「もううんざりなんだっ! この町を、あのクソ共から救ってくれっ!」

「あの人の仇をどうか……っ! どうかお願いしますっ!」

「俺の代わりに、アイツらを叩きのめしてやってくれっ! ちくしょう……ッ!」


 どこからか怨嗟の声すらも聞こえる。傭兵か、はたまた代官か。まあ両方だろうとは思うが、これは随分と恨まれているようだな。

 俺はぐるりと騎士達を見る。彼らもまた俺を見た。


「もう後戻りはできねぇ。お前ら、覚悟はいいな?」

『ハッ!』


 良い返事だ。俺はニヤリと返す。


「悪いが俺は正義だ何だ、面倒くせぇ事を言うつもりはねぇ」


 ざわつく騎士達。そうだろう、騎士なんて正義を掲げてる奴ばかりだ。

 ただ、俺は騎士じゃないし、そもそも正義なんて信じちゃいない。俺が言えるのは、そんな薄っぺらい言葉じゃねぇんだ。


「俺がお前らに言いたい事は、たったの一つだけだ。いいか。……今までお前らが歯を食いしばって耐えて来た、思いを、その気持ちを! 全部ぶつけるつもりで剣を握れ! ここからはお前達の戦いだ! 誇りを取り戻すための戦いだッ!」


 彼らの胸に生まれた戸惑いが、さざ波のように引いていく。

 代わりに湧き出したのは熱い闘争心。騎士だろうと人間だ。正義だ何だ言うのも良いが、自分のために戦えって方が人間らしい。俺はそう思う。

 ま、理由がシンプルな方が好みってのもあるけどな!


「行くぞ! この町を、誇りを、お前達自身の手で取り戻せーっ!」

『おぉぉぉぉおおーッ!!』


 俺達は一斉に代官の屋敷へと突き進む。

 俺達の背中を押すように、町民達の歓声が通りに大きく響いていた。



 ------------------



「ゲオルク様、アウレーンです」


 ”グレッシェルの牙”団長、アウレーン・オーバリーはドアを叩く。

 いつも平静を装っているアウレーン。だが、今回ばかりは違っていた。

 ドアを叩く調子がいつもより早い。その音もいつもより激しく、彼の焦りを如実に表していた。


 ただ、ドア向こうの人物は、そんな彼の気持ちなど構いもしない。いつものように返事は無く、アウレーンの胸に微かな焦れを湧かせた。

 とは言えそれはいつもの事だ。アウレーンは反応を待たずドアを開く。

 そしていつも通りに安楽椅子に座りワインを飲んでいる男のもとへ、足早に近寄って行った。


「ゲオルク様。大変です」


 薄暗い部屋の中、彼は自分の主へ声をかける。しかし目の前の彼からは、たったの一言すらも返事は無かった。

 まるでアウレーンという人間がこの世にいない者かのように、微かな反応すら見せない。

 いつものように生気のない目で、ワイングラスだけを見つめていた。


「謀反です。騎士達が今、屋敷へ向かっています。もう目の前に――」


 しかし。この時初めて、彼はアウレーンの言葉に反応した。

 顔を上げ、目を見開く。

 その目は今までのような濁ったものではない。

 彼の双眸が放つ気味の悪い光に、内に宿る狂気を見た気がして、アウレーンの心臓はドキリと跳ね上がった。


「謀反。なるほど。くっくっく……。そうか。そうかっ!」


 だが、ゲオルクは目の前の彼のことなど目に入らない様子で、独り笑い始める。

 そして、ぐりんとアウレーンに顔を向けた。


「騎士が謀反を起こしたと言ったな。首謀者は騎士団長か?」

「いえ、それが……」

「何だ。早く言え」


 言い淀む彼を急かすように、ゲオルクは声を荒げる。


「フリッツ様です」

「フリッツ? ――フリッツだとっ!?」


 だがそんな彼の声は、アウレーンからの報告を聞くと、にわかに喜びに弾んだ。


「くっくっく……。はっはっはっは! なるほど! フリッツか!」


 ゲオルクは感情を爆発させて笑い出す。

 ずっと彼に仕えて来たアウレーン。そんな彼でも、ゲオルクがなぜそこまで上機嫌なのか、全く理解ができていなかった。


 アウレーンは困惑し、何も言えず立ち尽くしている。

 部屋にはゲオルクの笑い声が響き渡る。しかし徐々に、それに雑音が混じり始めた。

 それはどんどんと大きくなり、ゲオルクの笑い声を覆っていく。


 声の源は外にある。ゲオルクは笑うのを止め、グラスをテーブルに置いた。


「行くぞ。付いて来い」


 言葉少なに立ち上がるゲオルク。これにはアウレーンも驚いた。

 ここ最近彼が目にした主の姿は、安楽椅子に座っているか、屋敷をふらふら歩いているかのどちらかしかなかったからだ。

 こんなにも生気に満ちた姿を見たのはもう、どれくらい前の事だったろう。不意に昔の光景が脳裏を過ぎった。


 一瞬呆けた彼の隣をゲオルクが通ろうとする。はっと我に返り、アウレーンはゲオルクの前に立ちはだかった。


「お待ちくださいゲオルク様。ここから出ては危険です。我々にお任せ――」


 流石にこの部屋から出るのは危険だろう。そう思っての行動だった。

 だが不幸にも、これがゲオルクの(かん)に障ってしまう。


「黙れ!」

「ぐっ!?」


 ゲオルクの拳が飛ぶ。頬を打ち据えられたアウレーンは、小さく声を漏らした。


「いつから私に意見できるようになった、ならず者風情が。お前達はただ黙って、私の言う事に従っていれば良いのだ。それが分からん奴など畜生にも劣る。分かったか」

「……はっ」


 口元を拭い、すぐに頭を下げるアウレーン。対してゲオルクはそんな彼に目もくれず、フンと鼻から息を吐き出して部屋の外へ歩いて行った。

 外から大勢の人間が上げる声が聞こえてくる。ヘルマンに聞いた限りでは、騎士やフリッツの他に、素性の知れない四人と若い三人の女性が協力していると言う。


 アウレーンは窓へ顔を向ける。

 彼らの目論見が正しく終われば、子爵の代が変わり、フリッツがこの町を治める事になるだろう。

 しかしそうなった時、ゲオルクはどうなるだろうか。もし主の身に何かあるのであれば、自分はどうすべきだろうか。


 アウレーンはそんな事を一瞬思うもすぐに外から目を逸らし、ゲオルクの背中を追う。

 自分の思いなど、あの日からずっと変わっていない。彼が変わろうと、時が変わろうと、自分は何も変わっていない。

 在りし日に抱いた思いは色()せず。そのままを胸に抱きながら、アウレーンは静かに部屋を後にした。

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