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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡
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201.攻守交替

 歯抜け男を倒した後、傭兵達は面白い程に崩れた。

 あの男が傭兵達を率いていた事。そして瞬く間に倒された事が、傭兵達に大きな動揺を与えたのだ。

 そうなっては状況が不利な中、立て直す事などできはしない。騎士達の奮闘もあり、十分ほど後には、その場に立っている傭兵の姿は一人も無くなっていた。


 傭兵、総勢五十人。既に息絶えた者とそうでない者の割合は、三、七と言った所だろうか。

 死んだ者は一所に集め、地面に転がしている。一方生きている者は今、騎士達やバドが縄を打って回っていた。


 雨はもう止んでいる。周囲に赤々と立ち上っていた炎は今や、白い煙へと変貌を遂げていた。


 炭に変わったかつての住居が、焦げた臭いを周囲に振り撒く。だがここにいる者達はそんな事など気にもならない様子で、忙しなく動き回っていた。

 おかげで地面を埋め尽くす水溜まりが、先程からびしゃびしゃと飛沫を上げ続けている。

 やけにその音が耳につくのは、大体ホシのせいだが。はしゃいで水溜まりに足を突っ込むアイツは、もうあちこち泥だらけだ。綺麗にするの誰だと思ってんだよ。止めてくれ二十超歳児。


「うぐぐぐ……。くそがぁ……!」

「後で後悔しても知らねぇぞ」


 傭兵達は皆、悔し気に騎士達を睨んでいる。だが騎士達はそんな彼らに口を開かず、黙々と縄で縛っていた。

 思うところはあったはずだ。しかし、死者の方が少なかった。

 そんな所に騎士と言う人間の性分を感じる。が、それに関して俺からは、特に何か言うつもりは無かった。


 というか、そんな事を口にしている時間も惜しい。

 今の俺達にとっては今、一分一秒が貴重なのだ。


「フリッツ!」


 俺の声に、騎士団長と何やら話していたフリッツが顔をこちらに向ける。

 俺がアゴで促すと、彼は真剣な顔つきでコクリと頷いた。


「皆、聞いてくれ!」


 彼の呼びかけで皆の視線が集中する。フリッツは騎士達の顔をぐるりと見回してから、その口を開いた。


「これでスラムの危機は去った。しかし……私達の目的は大元を断つ事だ。今から私達は、この騒動を引き起こした張本人である……」


 ごくりとつばを飲み込むフリッツ。大丈夫かと心配するが、しかし彼は青白い顔をしながらも、きっと顔を上げはっきりと口にした。


「グレッシェル子爵。――私の父を、倒す」

『はっ!』


 騎士達も彼の覚悟を感じてか、一斉に騎士の礼を返した。

 非常に良い雰囲気だ。しかしちょっと待って欲しい。俺はパンパンと手を叩いて、そこに割って入る。


「エイク殿?」


 フリッツが不思議そうに声をかけてくる。俺はそれに、一瞬視線を送ったのみに止めた。

 これから話すのは、皆には説明していない話になる。騎士がどれくらい攻めて来るか分からなかったからだ。


「これから代官の屋敷にかちこみをかけるわけだが。その前に、だ。お前ら騎士団の中で、人質を取られてる騎士はどれだけいる?」


 俺は騎士達を見回す。見慣れない人間が急に声をかけて来たからだろうか。彼らは少しざわついただけで、声を返さなかった。


「皆、答えて欲しい。一体何人の騎士が人質を取られているんだろうか」


 だが、意外にもフリッツが俺をフォローする。これは効果覿面(てきめん)だった。

 ぱらぱらと上がる手。数えると八人の手が上がっていた。


「ふん。それで全員か?」

「そうだ。それがどうした。私達は、それでも――」


 俺の問いに、騎士団長が低い声を出し始める。

 何が不満か知らないが、そういら立ちをぶつけないで欲しいものだ。

 俺は彼を手で制する。これはお前達のためでもあるんだからな。


「じゃあお前らは、今すぐここで装備を脱げ。時間がねぇ、早くしろ」

「な――何だとっ!」

「我々を馬鹿にしているのかっ!?」


 俺は手を上げた騎士達にピッと指を向ける。しかし、帰ってきた反応は激しいものだった。

 説明しようとするも後ろからフェリシアも突っかかってきて、更に状況が過熱してしまった。


「カーテニア殿! 我らを愚弄するのは止めて頂きたい! 皆、既に戦う覚悟を決めているのです! ここで引けなどと――!」


 怒りの表情で掴みかからんばかりの態度だ。

 だが、誰も引けなんて言ってねぇだろうが。早とちりもいい所だ。

 人の話は最後まで聞け。だから騎士って奴は嫌いなんだよ。


「馬鹿野郎! 誰が引けなんて言った? お前らを引かせたら、今までの苦労が意味なくなるだろうが!」


 俺は騎士共を怒鳴り飛ばす。


「人質を取られてる奴らは武器だけ持って、人質の場所に今すぐ行けって言ってんだ! ただでさえ人手がねぇんだぞ? お前らはなぁ、もう俺達の共犯なんだよ。今更逃げようったって、そうはいかねぇからな!」


 騎士達は目を丸くしている。全く、こんな事で一々騒いでんじゃねぇよ面倒臭ぇなこのポン太郎が!


「し、しかし! なら鎧を抜ぐ必要など!」

「お前ら目立ち過ぎんだよ! そんな恰好で町うろついてたら、何かあったと傭兵共に勘繰られるだろうが! そんくらい分かれ!」


 防具無しじゃ少し不安もあるが、しかし騎士なんだから、剣一つあれば対処くらいできるだろう。


「さっさと動けっ! ぐだぐだ言ってる間に、傭兵共に嗅ぎ付けられたら面倒だろうが!」


 連中の理解の悪さに俺は声を張り上げる。だが騎士達はどうしてか動かない。

 何なんだ一体。もうこいつら放置して、俺達だけで行こうか。

 ガリガリと頭を掻きながら、呆れと諦めが入り混じった息を吐く。


「皆。この方は怪しい人間じゃない」


 すると誰かが俺の隣に立った。見れば、またもフリッツだった。


「この方は王国軍、第三師団の師団長……エイク殿だ。安心して欲しい」

『な――!』 


 騎士達がどよめく。彼らは信じられない物でも見るような目で、俺をじっと見つめてくる。

 すると今度は、そんな彼らの目の前に、俺の影から鎧や剣が飛び出してきた。

 例の師団長なりきりセットである。ハルツハイムで伯爵の屋敷に置いて来ようと思ったのに、完全に忘れており、未だに持っていたのだ。


「あっ! 馬鹿、何出してんだこんなとこで!」


 俺は転がった装備を慌てて拾い、また影にぶち込む。あーあー、泥だらけじゃねぇか。後で手入れしなきゃな面倒くせぇ。

 全く、突然何なんだ。はぁとため息を吐いて顔を上げる。すると騎士達とばっちり目が合った。


「人質をそのままにできねぇだろうが。どうでもいいから、早く行動してくれや」


 随分なげやりな言い方になってしまったが、それは仕方がない。

 軍属時代、俺を第三師団長だと知って、反感を抱かない騎士はいなかった。

 きっとこいつらもそうだろう。もう彼らの説得は半ば諦めかけていた。


『――ハッ!』


 だが。帰ってきた反応は、俺の予想とは真逆のものだった。

 彼らは一斉に敬礼すると、慌ただしく動き始めたのだ。


「な、何だよ一体。急に素直になりやがって……」


 ガシャガシャと鎧を脱ぎ始める騎士達。

 俺が驚いて見ていると、フリッツが話しかけて来た。


「当然でしょう。師団長からの命令だったら、彼らも素直に聞きますよ。命令系統じゃあエイクさんの方が上なんですから」


 苦笑を浮かべるフリッツ。

 だがそんなもんは到底信じられない。俺は鼻で笑って返す。


「んなわけねぇだろ。命令どころか頼みにだって、くっせぇ顔返された覚えしかねぇぞ、俺は。騎士どころか、お前ら第一師団だってそうだったろうが」

「あ、そ、それは――」

「全くお貴族様って奴はお高く止まりやがってよぉ。ま、今こっちの言う事聞いてくれんなら何でも良いわ」


 今更立場どうこう言われても、俺なんて野糞以下の扱いだったから、フリッツの言う事はまるで信憑性が無い。

 とりあえず今は俺の言うことを聞いている。その事実があれば理由なんぞ何でも良かった。


 鎧を脱ぎ、盾を手放し、剣を帯びただけの騎士達が俺の前に並ぶ。

 彼らは俺の指示を待っているらしく、無言でこちらを見つめていた。

 その表情はどうしてか、妙に凛々しかった。


「さっきも言ったが、お前らは人質の解放に向かえ。お前らの大切なもんだろう? ――意地でも守り通して見せろ」

『ハッ!』

「もちろん、お前ら自身もだ。家族も、自分も。たったの一つも失うな。傭兵なんぞに後れを取るんじゃねぇぞ。分かったな? 分かったら行け!」

『――ハッ!!』


 八人は一糸乱れず敬礼すると、こちらに背を向けて街へ駆けて行く。

 人質の安否についてはこれで何とかなるだろう。後はこの場に残す傭兵達の見張りを何人か立てて、残りで代官屋敷にかちこむだけだな。


 見れば、騎士の中で負傷の重そうな奴らがちらほらいる。怪我してるから待機と言っても聞きそうにないし、丁度良いからこいつらに頼むとするか。

 見張りは最初ガザ達に頼もうと思っていたが、正直あいつらは衆目に晒したくないしな。

 俺は隠れている彼らに、自分の視界越しに”待機”と合図を出した。

 

「カーテ……いえ。エイク殿」

「あ?」


 他に負傷の程度が重い奴はいるか。そう見ていると、後ろから声がかかる。

 振り向けば、眉を八の字にしたフェリシアがそこに立っていた。


「すみま――いえ。申しわけありませんでした」

「はぁ?」

「私は、貴方の事を誤解していました……」


 そんなことを言い出して、フェリシアは深く頭を下げた。


「貴方の事を、ただ力に任せて物事を進めようとする、粗野な人間だと思っていました。でも、違った。貴方は我々の人質の身まで案じて下さっていた。私は……自分が恥ずかしい」


 フェリシアはそう言って下唇を噛む。


「私はこの町を救いたいと思っていました。しかし、思うばかりで何もできなかった。今こうして立ち向かえるのが、策を練り、指揮をし、我々を鼓舞していた、他ならない貴方のおかげだというのに、私は――」

「よし、じゃあお前ら五人はここの傭兵共を見張っててくれ。頼んだぞ」

『ハッ!』

「え!? ちょ、ちょっとエイク殿!? 聞いて下さい!」


 何かフェリシアがうだうだ言い始めたが、今は時間が惜しい。彼女を放置してその場を離れ、俺はこの場に残す騎士達へ指示を出す。

 これにフェリシアが慌てて駆け寄ってくるが、俺はその鼻先に指を突き付けた。


「んな話は全部終わってからにしろ。今やらなきゃならねぇ事は何だ? もっと緊張感を持て。お前らの出番はまだ終わっちゃいねぇ。むしろ、ここからが本番なんだぞ」


 俺はぐるりと周囲を見る。人質を助けるため走らせた騎士は八人。ここに残すのは騎士五人。

 そうすると代官の屋敷に向かう騎士は三十七人になる。フェリシアを入れれば三十八だ。


 バルテル達に聞いたが、この町にいる傭兵の数は、総勢百三十人ほどだそうだ。

 ここに来た五十人を倒したのだから、残り八十人。つまり、こちらの人数は向こうの半分程度ということだ。


 傭兵とは何度か交戦したが、大したことは無かった。騎士達なら十分制圧できると思う。だが騎士達は先ほどの交戦――主に俺達との、だが――で、多少なりとも負傷している。

 それに戦闘は水物。やって見なければどうなるか分からない部分もある。

 こんな場所で他に気を払い、集中を欠いている暇なんぞないのだ。


「ルフィナ!」


 フェリシアから視線を外し、ルフィナを呼ぶ。先程の戦闘で死人がでた事もあるだろうか、こちらを向いた彼女の顔色は、あまり良くなかった。


「どうする。できるか?」


 彼女に近づきながら聞く。正直言ってこの場に出てくる事は、戦力にならない以上ルフィナの我がままでしかなかった。

 だがそれでも自分もと言い張ったこいつ自身のために、俺は一つ仕事を任せていた。


「……できるわよ。私がやるって言ったの。このままじゃただの足手まといよ。そんなの、絶対に御免だわ」

「よし。なら頼む」


 真剣な表情で頷いたルフィナ。隣のサリタも「頑張って」と声をかけた。

 それにも頷いてから、彼女は静かに目を閉じる。

 そして何回か深呼吸をした後に、


「水の精霊ウンディーネよ――!」


 そう魔法を唱え始めた。

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[一言] なりきりセットを着る本物の頭 来てもなりきれるかどうか
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