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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第一章 元師団長と孤軍の残兵
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22.水大蛇討伐①

 翌朝。バドが作った朝食に魔族達が小躍りして喜んだのを見届けてから、俺達は洞穴の東へと出発した。

 二時間くらい進んでからだろうか、目の前が急に開け、見渡せるほどの大きな湖が眼前いっぱいに広がった。


「大きい湖だねぇ! ここにでっかいヘビさんがいるの!?」


 ホシが嬉しそうに両手を広げて聞いてくる。

 ”ヘビさん”なんて可愛いもんじゃないと思うが、まず間違いないだろう。そう伝えると、何が嬉しいのかホシは目を大きく開いてきらきらと輝かせた。


「まずはおびき寄せるところからだな。流石に泳いで探すって言うわけにもいかんし――」


 俺がそう言いながら振り返ると、鎧を脱いでいたバドと目があった。

 バドはいつも通り無表情だったが、あれ? 違った? という心の声が聞こえた気がする。

 俺が静かに首を振ると、バドは素直に頷いて鎧をまた着始めた。

 何だ。ヘッドロックでもして引き上げるつもりだったのか。そんなびっくり人間みたいなことはしなくてよろしい。


 奴をおびき出すには、一応考えはあった。

 道すがら魔物に襲われたら、”乾燥(ドライ)”をかけずにここまで持ってきて湖に放り込もうと思っていたのだ。しかし運がいいのか悪いのか、今回は結局遭遇せずじまいだった。

 なので、他の手だ。俺はシャドウに足でトントンと地面を叩き合図をする。


「ガザを寝かせていた布を一枚持ってきた。ガザの血が付いているから、それをここで洗ってしまおう。洗濯するついでにおびき寄せられるかもしれない」

「確かに、アレの血の臭いを覚えているかもしれませんし、丁度いいかもしれませんわね! 流石貴方様ですわ!」

「そんじゃこれを――」

「それでは早速拝借」


 傷薬やら膿やら血糊やらで、布はもうベタベタだった。かなり汚れているから洗濯も兼ねて一石二鳥だろう。

 シャドウが布を持った黒い手を、影からにゅーっと伸ばしてきたと思ったその瞬間。スティアが彼の手からぱっと布を取るとブーツを脱いで湖に入り、血が付着した布をさっさと洗い始めてしまった。

 ……血以前に布を触る事すら嫌がるかと思ったんだが、意外と問題ないみたいだな。


「えーちゃん、あたし! あたしは!?」

「ん? あー、そうだなぁ……」


 そんなスティアの背中を見ていると、ホシが自己主張するようにぴょんぴょんと跳ねながら元気に手を上げる。

 ホシのやることか。正直あまり思いつかないな。

 しかしホシのことだから、暇になるとうるさくなるだろう。適当にそれっぽいことをさせておくとしようか。


「……撒きエサでも作ってもらうか。シャドウ、フォレストウルフを一匹出してくれ」


 声をかけるとシャドウがぶるりと身震いする。そして足元からぺっと”乾燥(ドライ)”済みのフォレストウルフが一匹分飛び出してきた。

 空中に舞ったフォレストウルフをホシはぴょんと跳んで上手にキャッチする。しかしキャッチしたものの、どうするのか分からないようで、頭の上に掲げたまま首をこてりと傾げた。


「それをミンチにして湖の向こうに投げてくれ。投げる方向はなるべくバラけるように頼む」

「おー! おっけー!」


 沖の方を指差しながら言うと、ホシもやることがやっと分かったようだ。ニカッと笑いながら元気よく返事をした。

 まあ実際のところ、俺やバドがナイフでやったほうが早く終わるんだろうが、ホシの暇つぶしが主な目的だからそこは黙っておこう。


 早速ホシはフォレストウルフを「てやぁーっ!」と地面にブン投げると、背負ったメイスを手に持ち、シャキーンと空に掲げる。

 そして、


「そーれっ!!」


 と元気な掛け声を一つ、それに容赦なくメイスをたたきつけ始めた。


 そのうち肉片が宙を舞うグロい光景になりそうなので、俺はそれに背を向けた。

 今度はこちらを見ていたバドと目が合うが、彼も何をすればいいのか指示を待っているらしく、俺の顔から視線を外さない。

 うーん、正直もうやることが無い。


「後は待機だな。作戦は伝えた通りバドが最初だ。頼むぞ」


 ここまで来る途中に、皆にはアクアサーペントに遭遇した場合どう倒すか伝えておいてある。

 その作戦では、まずバドが上手くひきつけてくれることが大前提となっているから、バドにはあまり他のことに注意を向けさせないほうが良いだろう。


 やることがないと知り、バドは背負っていた壁盾を外すと、左手に持ち地面に突き立てた。彼が警戒しているときのいつもの体勢だ。

 流石にあのバカでかい盾を常に持っているのは疲れるのだろう。あんなもん持ち歩けるのがそもそもおかしいとも思うが。

 まああの体勢に入ったなら万全だ。いつ来てもすぐ動いてくれるはずだ。


 湖に目を向けると、燦々と降り注ぐ陽光を反射し、まるでステンドグラスのように美しく輝いている。

 洗濯をしながらふんふんと楽しげに鼻歌を歌っている美女もセットで、絵にもなりそうな非常に長閑な光景だった。


 だがその鼻歌も、オーガの子供が奏でる重量級の轟音にあわせたものだと分かると、まるで死へと誘うセイレーンの歌声のようにも聞こえた。


 俺はバドの隣に腰を下ろすと、物騒な二人組みからは意識を外し、それよりも物騒じゃないと思われるアクアサーペントへと、意識を向けることにした。



 ------------------



「はい、貴方様。焼けましたわよ」


 スティアが良い具合に焼けたフォレストウルフの肉を俺の皿へと置いてくる。目の前ではせっせとバドが肉を焼いていた。

 鉄板の上からはジュゥジュゥと食欲をそそる音と共に、肉が焼ける良い匂いが漂ってくる。俺達が待機している湖畔の周辺には、焼肉の良い匂いが立ち込めていることだろう。


「ホシさん、野菜を返しては駄目ですよ」

「えーっ。肉が食べたい……」

「野菜も食べないと大きくなれませんわよ?」

「あたしもう大人だもーん」

「なら好き嫌いなく野菜も食べましょうね」


 野菜を鉄板にそっと返したホシをスティアがやんわりと注意する。お母さんか。

 そんな二人の様子を見ながら野菜を取ろうとすると、俺の皿にスティアがまた肉を乗せてきた。

 ……気遣いは嬉しい。だが肉ばかり食べていると胃がもたれるから、野菜を食べさせて下さい。


 気づいたらいつの間にかバーベキューをしている俺達。どうしてこうなったんだろう。

 ホシがミンチ作業をしている最中に少し大きめの肉の塊が宙を舞い、それを見たバドが飛んだ肉をキャッチしたのがきっかけだったと思うのだが。

 そう言えばその肉に”浄化(クリーンアップ)”をかけたのは俺だった気がする。


 撒きエサはもう撒いてしまった後だ。いつアクアサーペントが来るか分からない状況で、こんなにわいわいとやっていていいのだろうか。

 それにこの匂いを嗅ぎつけて他の魔物が寄ってきたらどうしよう。

 そんなことを考えていたら、またスティアが皿に肉を置いてきた。もう勘弁して下さい。明日に響くから。


 一枚の布が吹いた風になびいて、ふわりふわりと揺らめいている。洗濯はもうとっくに終わっており、木と木の間に張った縄に下げ、干している最中だ。


 いつもなら血で汚れた物なんかは”浄化(クリーンアップ)”に”乾燥(ドライ)”で終わってしまうのだが、便利だからといっていつも魔法を使っていると、魔法ばかりで生活にメリハリがなくなり味気なく感じてしまう。


 魔法で終わってしまうような事でも、たまにはあえて使わずに体を動かして行うと意外と気分転換にもなるし、なによりそういう些細な事に、そういう時間があるという事に、人間らしい生活というものを強く実感するのだ。


 軍にいた頃はその普通の生活をする暇も殆どなかったため、今は尚更そう思う。

 これはただの俺の持論だが、俺がそうやって生活しようとしているのをこの三人も見て知っており、もう疑問をぶつけてくる事も無くなった。

 彼らがそうして理解しようとしてくれている事を嬉しく思う。まあ、ホシとバドはそもそも魔法が使えないんだけども。


 いつの間にか皿に山盛りになった肉をホシに取り分けてやって、変わりに貰った焼けた(オーミ)をかじっていると、ふと、周囲の空気が変わったような気がした。

 スティアも何か感じたのか立ち上がり、鋭い目つきで周囲の様子を伺い始めた。


「――来たか?」

「何かの気配がしますわ。皆さん、警戒を」


 アクアサーペントだろうか。張り詰めた空気が周囲一体を覆い始める。

 スティアの様子に、ホシとバドも真剣な顔をして頷いた――と思ったら急いで肉をかきこみ始めた。

 こいつら本当に危機感が無いな! 食っとる場合かーッ!


「肉はもういいから警戒しろ! ほらホシ! バド! 早くしろっ!」

「む!? もむ、むむむもっもっももも!」

「分かったから! いや分からんけど! ほらさっさとしろ! シャドウ頼む!」


 俺は二人の手から肉の皿をひったくるとシャドウの中に放り込んだ。

 バドが今度は調理器具類の片付けを始めようとしたため、それも取り上げて同じくシャドウの中へ放り込み、背中を叩いて準備を促す。

 悠長だなこいつら! ――ってバド、お前盾どこやった!?


「バド! マスクはいいから盾を先に持って来い! 早く探せーッ!」

「むむー! むむー!」

「あ、ほらそこにあるぞ! ――ってお前は肉を頬張りすぎだ! 早く飲み込め! ほら水!」

「むーっ!」


 ホシがバドの盾のところで声を上げていたためバドに教えてやるが、そのホシもリスよろしく頬を膨らませていて、全然準備ができていない。大丈夫かこれ!?


「見えてきましたわよ!」


 バタバタしている俺の背中に、スティアの険しい声がかけられる。

 慌てて湖に視線を向けると、先ほどまで澄んでいた湖に白い影のようなものがうっすらとできているのが確かに見えた。


 それはうねうねと蛇行しながらかなりのスピードでこちらに近づいてくる。

 湖に一本の綺麗な曲線を描くそれは、間違いなく俺達へと迫っていた。


「バド!」


 俺が名前を呼ぶと同時に隣にバドが並ぶ。目をやれば盾とマスクも装備し、フル装備の出で立ちだ。

 マスクのずれを気にして少し直しているが、どうやら間に合ったようだ。これでなんとか作戦通り戦える。


 俺も抜剣し、影に正対する。サーペント種は話や資料で知っているだけで今まで見たことも無いが、あの影の大きさからするとやはり、かなりの大きさのようだ。

 ちらりと皆の様子を伺うと、先ほどまで肉を頬張っていたホシも含めて、既に迎え撃つ準備ができている。それを見て、まずは胸を撫で下ろした。


 あとは浮き足立ちそうな自分を何とかするだけだ。

 三人の実力は信頼しているものの、あれだけ巨大なものに挑もうというのは強烈なプレッシャーがある。


 ロングソードを握る手に、じわり、と汗が滲む。

 一つ深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、俺は自分に言い聞かせるように声を張り上げた。


「来るぞ! 警戒しろッ!」


 俺が声を上げると同時に、上空へと噴水のように飛沫が舞い上がる。

 話に聞くだけだったその巨体が湖から鎌首をもたげ、眼前に姿を現した。

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