200.容赦不要
「テ、テメェらァ……っ!」
困惑、驚愕、怒り。そんな様々な感情から、歯無し男が顔を大きく歪める。
圧倒的に有利だった自分達の立場が今、崩壊の兆しを見せている。剣を下げ始めた騎士達に、やっとそれを理解したらしい。
なら次の手はどう打ってくるのか。
「チィッ! おいお前ら、戻って増援を連れて来い!」
「お、おうっ!」
「人質もだ! 抵抗するようなら痛めつけてでも連れて来い! こいつらに立場って奴を思い知らせてやるっ!」
当然そう来るだろうな。考えるまでもない事だ。
奴らの持っているカードは、増援を呼ぶ、人質を盾に騎士達を封じる、その二つだ。
人質を使うと言うその怒声に、騎士達の間に動揺が走る。
だがなぁ、そんなもん想定内なんだよ。
山賊心得その八 ―― 相手の持ち手は容赦なく潰せ。
俺はちらりと一つの視点を見る。”あいつらの視点”を通して、一団を飛び出し増援を呼ぼうとする、傭兵達の姿がはっきりと見えた。
(それが分かっていて、易々と通すかっつーんだよ!)
俺はすぐにサインを送る。
「舐めやがってアイツらっ! 目にもの見せてぶごぉっ!?」
何やら文句を言いながら走っていた傭兵達。だが連中の目の前に、突然物陰から四人、ローブ姿の人物が躍り出て、あっという間に畳んでしまった。
傭兵や騎士達が邪魔で、こちらからその様子は見えない。だがその四人が傭兵達の後方に立ち塞がったからだろう。傭兵達はにわかにざわついた。
「な、なんだテメェらはぁっ!?」
「お前らも俺達に歯向かうってのか! スラムの人間かっ!?」
あちこちから怒声が上がる。一方俺は傭兵達が上げる声に、少し安堵していた。
(あいつらの鼻と耳、隠すのに苦労したんだよ。上手くいって良かったぜ)
ローブ姿の四人組。彼らは勿論、ガザら魔族達四人組である。傭兵達の持ち手を潰すために、裏で動いて貰っていたのだ。
だが顔を見られれば魔族だと一発でばれる。なので今はローブとマスクで、顔を完全に隠させていた。
とは言え顔を隠すのには難儀をしたが。彼らの顔は狼のそれで、ただ隠しただけだと耳や鼻が不自然に突き出し、逆に目立ってしまったのだ。
対策として作った黒いマスクと耳を抑える布の帽子が良い仕事をして、四人の素性を見事に隠しきっている。土砂降りの雨で視界が悪い事もまた、良い方向に働いていた。
さて、残る心配事は後一つだな。
俺は雨音に負けじと大きく息を吸い込んだ。
「ガザーッ! 伏兵はいたかーッ!」
今俺がガザやスティアにかけているのは視覚の≪感覚共有≫だった。
この共有により、スティアやガザに、雨を降らせたり挟撃を開始する合図を送る事ができたのだ。
お互いに、離れた相手の状況がいつでも知れるのは大きな強みだ。問題は、聴覚の共有とは違って、細かい意思の疎通ができないという事だが。
まあ無いものはどうしたって無いわけで、だからこうして今大声を上げているのである。
格好は良くないが、騎士や傭兵共に状況を分からせてもやれる。一石二鳥と言う奴だ。
「伏兵は、いなかったっ! ここにいる奴で全員だーっ!」
向こうからも声が上がる。俺はそれにニヤリと笑った。
これで何の心配もなくなったわけだ。思う存分こいつらを潰してやれる。
「カ、カーテニア殿。今のは。今の声は一体――」
「俺の仲間さ。ハッ! 奴ら、こっちを舐め腐っていやがったみたいだな」
ざわつく騎士達を代表して、フェリシアが俺に問いかけてくる。
俺は彼女をチラリと見てから、また大きく息を吸い込んだ。
「聞いたか騎士共っ!」
そして、その場の喧騒をかき消すように、精一杯の大音声を上げる。
「傭兵共には伏兵はいねぇ! そして、俺達はそんなあいつらの退路を断った! 袋の鼠って奴だ! つまり――ここで連中を一人残らずブッ潰せば、人質に危害が加わることは、絶対にねぇっl」
人質を取られている以上、それを盾にされたら反抗などできるはずがない。しかし逆に考えれば、盾にさえされなければ、人質なんていないのと変わらないのだ。
「さぁどうする! このまま代官にいい様に使われ続けるか! それともお前らの言う正義とやらのために立ち上がるのか! お前達の意思を――覚悟を、今この場で見せてみろ!」
今の状況をガハハと笑い飛ばしてやる。
どうだ、こんなおっさんにいい様に笑われて。お前達はそのまま馬鹿みたいに我慢し続けるのか。
軽い挑発も込めて彼らの意思を問う。思った通り、隣のフェリシアが気迫のこもった声を上げた。
「団長ッ!!」
「……ああ、そうだ。我々とて、好きで動かなかったわけではないのだ……。事ここに至った今、もはや沈黙を守る必要など……。ありは、しないのだ……ッ!」
騎士団長は低い声を出す。それはまるで自分に言い聞かせるようなものだった。
スティアの話によれば、この団長も人質を取られているそうだ。そのため反旗を翻すという判断は、彼にとって相当に困難な選択だったろう。
しかし彼は勢いよく顔を上げる。
そこには決意に満ちた表情があった。
「退きたい者は退け! それを臆病だとは決して言わん! 戦う意思のある者だけ、私と共に剣を取れっ!」
彼は声を張り上げながら傭兵達へ構えを取る。その声には決意の他にも、苦渋を押し殺したような感情がこめられていた。
第三者である俺ですら彼の覚悟が分かってしまう。なら当事者の騎士達なら、一体彼の声はどう聞こえただろう。
「――私も、戦います!」
「俺だって、もう我慢なりませんよっ!」
ぱらぱらと周囲から声が上がっていく。
彼らは次々に傭兵達に向き直ると、腰を落として構えを取った。
一人として逃げ出す者はいなかった。
「お前達――」
「団長!」
「団長っ!」
周囲から彼の決意を後押しする声が上がる。騎士団長は周囲を見回した後、また傭兵達に構えを取った。
先ほどまでの構えとは明らかに違う。彼の気迫がにじみ出る、どっしりとした構えだった。
「お前達が戦友であった事を。私は、今ほど嬉しく思ったことはないぞ……!」
騎士達は皆、傭兵達と相対する。傭兵連中がこれにどよめくも、それを消し去るほどの大声がすぐに戦場を大きく揺らした。
「皆、行くぞ! これ以上この町に、ならず者をのさばらせるなっ! この者達に我ら騎士の力を思い知らせてやれーっ!」
『おぉぉぉおーっ!!』
騎士達は猛々しい声を上げ、一斉に傭兵達へ向かって行く。すぐにあちこちから剣戟の音が鳴り始め、戦場を覆い尽した。
俺はちらりとガザの視点を見る。どうやら動揺した傭兵達は、上手く戦うことができていないようだ。
いい空気だ。完全にこちらに追い風が吹いている。
このまま押し切れれば楽で助かるが、しかし傭兵達もこのまま撃退されるほど馬鹿じゃないだろう。俺はそう思っていた。
「くそっ! おい、撤退だ! 撤退しろ! 後ろはたったの四人だ! 死にたくなきゃあ、死に物狂いで押し通れっ!」
想像通り、歯抜け男が慌てたように指示を出し始める。すぐに傭兵達は騎士達を相手にしながら、じりじりと後退を始めた。
奴の判断は正しい。挟撃を成功させたとは言え、傭兵達の後方に立つのはガザ達の四人だけだ。
いかに彼らが魔族でも、数でもって押し通ろうとすれば、いくらかは逃してしまう可能性があった。
だが、無駄なんだよ。もう一度分からせてやろうじゃねぇか。
俺は横のバドを見る。以心伝心、彼もまたコクリと頷いた。
「ホシ、お前も行くぞっ!」
「おーっ! おっけー! ばどちんお願いっ!」
俺は大槌を影に放り込み、精を練りながらバドの前へ走る。
勘の良いホシも何をするかすぐ理解した様子で、走りながらバドに笑顔を見せていた。
「フェリシア、フリッツ! こっちはお前らに任せたぞ!」
「え!? カーテニア殿、何を――」
『せーのぉっ!』
目を丸くする二人の声に耳を貸さず、俺とホシは並んで地面から飛び上がる。
バドの目の前でジャンプした俺達。そんな俺達を前に、バドは両拳を腰へ引き、一瞬力を溜め――そして全力の掌底を、俺達の足の裏へ思いきり叩きつけた。
バドの掌底を踏み台に、俺達は跳ぶ。精で強化された体は強大な推進力を得て、交戦している騎士や傭兵達の上空をかっ飛んだ。
「ひゃっはーっ!」
「な、何だぁ!?」
ホシの楽しそうな声が聞こえてか、歯抜け男が素っ頓狂な声を出し顔を上げる。
そんな間抜け面を眼下に拝みつつ、俺とホシは一団を飛び越え。そしてくるりと態勢を整えて、ガザ達の後方に華麗に着地した。
勢いが止まらず、そのままガザ達からも離れて行くのはご愛敬だ。ホント、バドの怪力は流石だぜ。
「土の精霊ノームよ――!」
そして、俺は詠唱する。
「堅牢なる大盾によって迫る脅威よりこの身を護り賜え! ”岩盤の大盾”!」
退路を封鎖する巨岩がせり上がる。これで傭兵共は前にも後ろにも引けなくなったってわけだ。
へっ、ざまあねぇな!
「大将!」
「待たせたな! オーリ、お前はこっちだろ? 使え!」
「助かる! やはり俺には剣よりこっちだ!」
俺は交戦中の彼らのもとへ駆けながら、影から引っ張り出した大槌をオーリに放り投げる。代わりに彼が投げてきたショートソードを影に突っ込むと、シャドウが長剣を出してきて、それを右手に握った。
「お前、いい加減剣くらい使えるようになれよ」
「これで思う存分戦えるぞ! さあ来い傭兵共!」
デュポが呆れたように突っ込むも、オーリは無視をして傭兵達へ向き直る。これに苦笑いしながら俺も、長剣を構え彼らの横に立つ。
向かってきた傭兵を殴り飛ばしたガザが、俺に横目を向けてきた。
「こちらに回ると聞いていたが、まさか宙を飛んでくるとは思わなかった。本当に、エイク殿は型破りだな。退屈しない」
「普通の事やっても面白くないもんね! むふーっ!」
彼の顔に浮かぶのは軽い笑みだった。これにホシは自慢そうに胸を張る。
楽しくやる事が目的じゃないが、確かに何事も楽しくやれればそれに越したことはない。
そして、敵の度肝を抜ければなお面白いわけだ。
思わぬところから参戦した俺とホシに、傭兵達は動揺を隠せていない。
奴らの間抜け面に笑いをかみ殺していると、そんな彼らを押しのけて歯抜け男が慌てて前に出て来た。
「テ、テメェ! どれだけ俺達をコケにすりゃあ気が済みやがんだぁっ!」
わなわなと震えながら、男は怒声を腹の底からぶつけてくる。
だが知ったこっちゃあない。俺はお前達を潰すため、頭を捻り策を練ってやったんだ。
このまま俺の計画通り大人しく倒されろ。ここがお前らの終着点。それがお前らの役目なんだよ!
「さあ、これでこっちは四人じゃあねぇぜ。しかも道は通行止めだ。撤退できるもんならしてみやがれ。命が惜しくなけりゃあな! はーっはっはっは!」
こちらに打つ手はないと思い込み、無策でスラムへ足を踏み入れた。優位が揺るがぬと信じ込み、伏兵すら置かなかった。
全てお前達が悪いのだ。だからこうまでいい様にされる。
俺が笑えば、歯抜け男がさらにぶるぶると震え始める。
「この――クソがぁぁーッ!!」
そして、大きく開いた口から恨み骨髄の雄たけびを上げた。
男は真っすぐに突っ込んで来る。怒りに満ちた目で俺に剣を向けてくる。
横薙ぎの剣を打ち払う。高い金属音が鳴り響いた。しかし先ほどまでとは違い、男は距離を取らなかった。
奴はこちらに鋭い目を向けつつも、俺の動きを観察しながら次々に斬撃を飛ばしてきた。
「関係ねぇ癖に首を突っ込みやがって! テメェらさえいなければ、俺達の思うがままにいられたんだっ! それを! それがッ! テメェらのせいでェーッ!」
顔は怒りに醜く歪んでいる。しかしその立ち振る舞いは曲がりなりにも剣士だった。
奴は隙を最小限に、重く早い剣を飛ばしてくる。
「は! 束の間でも良い思いができたんだ。もうそろそろ夢から覚めるにゃいい時間だぜ!」
「やかましい! まだ終わらねぇんだよ! この町だって俺達が守ったんだ! 魔族から守ってやったんだ! 俺達の好きにして何が悪ぃッ!」
「代官のケツに乗っかってるだけの三下が、調子にのるじゃねぇか! 騎士達がいなきゃその町も守れなかったくせによぉ!」
「黙りやがれぇーッ!!」
歯抜け男の気迫に後押しされて、他の傭兵達の攻撃も苛烈さを増す。それにまた勢いづき、男は次々に斬撃を飛ばしてきた。
初めて会った時確か、傭兵団ではこいつが一番の剣の使い手だとか言っていた。確かに腕は悪くない。
だが、そこまでだ。
「悪いがお前には踏み台になってもらうぜ」
男が振り下ろした剣。それに合わせ、足を強く踏み出す。そして長剣を切り上げ、奴の攻撃を切り払った。
俺の魔力を帯びた剣が、雨の中キラリと光を放つ。
「な――に!?」
今まで鳴り響いていた鈍い剣戟の音。しかし今回鳴り響いたのは、そんな重い音ではなかった。
甲高い金属音と共に、鋼の剣先が宙を舞う。切り飛ばされた剣の先。これに男は目を丸くした。
悪いがこっちはただの剣じゃあねぇんだ。
「ま、魔剣だと――」
気付くのが遅ぇんだよ。
信じられないとでも言うように呟いた男の胴を、俺は横薙ぎに切り払う。
雨の中煌めいた銀の剣閃は、男の体を胴体鎧ごと切り裂いた。