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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡
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193.揃った役者

「第一声がそれとはご挨拶だな。お前を助けるために、力を貸してやったってぇのによ」

「……それについては感謝するよ。でも、聞こえてくる噂が噂だ。正直、ただの親切心で助けてもらったとは僕には思えない。どうせ裏があるんだろう? 碌でもない話なら、悪いけど他を当たってくれ」


 フリッツの視線は、救われたにしてはあまりにも鋭い。

 急に漂い始めた不穏な空気。そこにいる誰もが、俺とフリッツの間で視線を行き来させている。

 突然の事に理由も分からず、困惑から皆黙り込んでいた。


「貴様ッ! その態度は何だッ!」


 だがそんな中、スティアだけが動いた。

 彼女はバンと両手でテーブルを叩いて立ち上がり、フリッツに指を向ける。


「貴様を助けるために、エイク様がどれだけ無理をしたか、貴様に分かるかっ! これ以上この方を愚弄するなら、呪いの代わりに私が貴様を葬ってくれるぞ!」


 彼女はそう言って腰の短剣に手を伸ばし、本当に鞘から引き抜いてしまった。


 スティアの激しい剣幕に、フリッツだけでなく、他の皆もぎょっと目を剥いた。

 体を強張らせる面々。そんな中、婆さんだけがさっと動き、フリッツをかばうように両手を広げた。


「ちょっとお待ち! 何が何だか分からないけど、刃物沙汰はよしとくれ! ほら、アンタもぼーっとしてないで、その嬢ちゃんを早く止めとくれ!」


 切羽詰まった声を上げる婆さん。仕方がない。今回は俺がスティアを止めよう。


「どけババア! 今すぐ私がその男に――」

「お前、ちょっとこっちに来い」

「引導を渡して……え?」


 彼女が短剣を握る右手をパッと抑えつつ、腰を引いて俺の膝の上に座らせた。

 ポスンと座ったスティアは呆けた様な声をあげる。かと思えば、途端に伸びていた背筋がふにゃふにゃと丸まっていった。


「デュ、デュヘヘヘッ! あ、貴方様ぁ……!」

「変な声出すんじゃねぇ! 頭が冷えたんならもう、そっちに座ってろ!」

「あうっ!」


 元に戻ったらしく、スティアが妙な声を上げ始める。俺はそんな彼女の背中をどんと押して、元の場所に座らせた。

 人の目があるとこで、こんな小っ恥ずかしい事いつまでもしてられっか。お前もそんな名残惜しそうな目を向けるんじゃあない。


「な、何だったの? 今の。色々と情報量が多すぎて、何から反応していいか分からないんだけど」

「うーん……。何だかぁ、わけありみたいでしたけどぉ」


 サリタと、うとうとしているホシを後ろから抱いているマリアネラが、顔を寄せてぼそぼそと話している。不安気だが、しかしどこか興味のありそうな、そんな声だ。

 あんな殺傷沙汰寸前だったのに、若い女とは酔狂なものだ。呆れながら見ていると、三人娘の中から一人が、つかつかとフリッツに向かって行った。


「ちょっとアンタ!」


 ルフィナは彼の目の前で仁王立ちし、その鼻先にピッと指を向ける。


「皆がアンタを助けるために、大変な思いをしたのよ! なのに何なのあの態度! あのおっさんの事なんて知ったこっちゃないけど、でもウィンディアさんの言う事が正しいわよ! 謝りなさい!」


 声を張り上げるルフィナ。さりげなく俺に対して下げ発言をしているが、まあ、それはいいか。いつもの事だ、もう慣れた。


 それはそれとして。

 一応、目の前の相手は子爵の息子だぞ。権力としてはルフィナより上だ。そんな態度でいいのか気になるところだ。

 貴族同士の諍いに、フェリシアも立ち上がりはしたものの、どうしたら良いか一人あたふたしている。


「謝れとはまた随分だね。君はあの男がどういう人間か、知っているのかい?」

「知らないわよ! 知らないけど、でも助けてもらったのは確かでしょ! なのに何? どうせ裏があるんだろうとか言って! ただの善意だったらどうすんのよ!? 私達に喧嘩売ってんの!?」

「い、いや。君達に喧嘩を売っているつもりはなかったけど」


 だがそんな俺の心配は無用だったらしい。フリッツは気にした様子もなくルフィナと言葉を交わしていた。

 あまり立場をひけらかす貴族ではない様子。なら説得さえ叶えば、こちらに引き入れることも十分可能だろう。


 しかし喧嘩売ってんの? は凄ぇな。こいつ本当に令嬢か? 気が強すぎる。

 もしかして元山賊だったりしない?


「君は?」


 フリッツも同じことを思ったのか、ルフィナに不思議そうな目を向ける。


「私はルフィナ・ライナルディ! ルーデイル代官の娘よ!」

「そうか……。君が、あの」

「え?」


 そして、何やら意味深な言葉を吐いた。

 ルフィナも怒気を沈め、彼を見つめる。しかしそれ以上フリッツは言葉を続けるつもりはないらしく、顔を伏せ、軽く横に振った。


「君達を侮辱するつもりは無かったんだ。すまない。確かに、礼がまだだったね」


 彼はそう言って顔を上げる。


「もう知っていると思うけど。僕はフリッツ・グレッシェル。この町の代官、グレッシェル子爵の……息子だ。君達のおかげで命を拾うことができたことを、本当に感謝しているよ。ありがとう」


 先ほどまでの険のあったものから一転。

 彼は柔らかい口調で、皆に目を向けた。



 ------------------



「時間もない。それじゃ早速本題に入るか」


 先ほどの険悪な空気が有耶無耶になったところで、俺はそう切り出した。

 皆の顔が一斉に向く。一対の目が嫌疑の色に染まったが、特に気にせず、俺は皆の顔をぐるりと見回した。


「代官がスラムを潰すって話だが、どうも明日の早朝になるらしい。ほら、面子もそろったんだ。お前ら、適当に席につけ」

「な――何だって!? そんな話を信じられるものか!」


 思わずと言った様子でフリッツが立ち上がる。そりゃ親がスラムを潰すなんて聞いたら、まともな奴はそういう反応をするだろう。

 彼は信じられないと声を大にする。だがそんなもん、信じたくもないのはこっちも同じなんだよ。


 俺から言っても駄目だろう。そう思い、俺は視線をバルテルに送った。


「若、こいつの言ってるこたぁ本当だ。俺も耳を疑ったんだが、団長が実際に代官から命令されたみてぇなんだ」


 フリッツは驚愕の目をバルテルに向ける。


「俺とヘルマンはスラムに逃がしたアンタを探して助けるように、団長から言われて動いてたんだわ。いや、探そうとした瞬間無理やり連れてこられたっつー方が正しいんだがな……。今ヘルマンだけ団に戻らせて、状況を確認させてる。このおっさんが変な魔法を使えるってんで、あいつが聞いたことはこっちにも伝わんだ」

「そ、そんな……。流石に父上でも、そんな真似……する、はず、が……」


 バルテルに説明を受け、流石に信じざるを得なかった様子だ。フリッツの否定する声が徐々に勢いを失っていく。最後には、彼は脱力したように、ぽすんとソファに腰を下ろした。

 他の面々はそんな彼をチラチラと見つつ、椅子を引いてテーブルに座り始める。


「あたし、寝ててもいい~?」


 まだ眠いらしく、目をこすりながらホシが言う。コイツの直感は頼れる時も多いが、基本お子様なため、おねむの場合はいても役に立たない。

 俺が手だけを振って返すと、


「それじゃアタシが連れて行ってやるよ。ほらこっちにおいで」


 そう言って、婆さんがホシの手を引いて部屋を出て行った。

 この光景だけ見りゃ平和なもんなんだがなぁ、全く。


「で、どうするのよ。何か考えがあるの?」


 まず最初に口を開いたのはルフィナだ。話を振られた俺に皆の視線が集まる。

 今テーブルについているのは、俺とスティア、フェリシア、バルテル。そして三人娘の七人だ。

 部屋にはバドの姿もあるが、しかし体がでかすぎて座る場所が無い。

 俺がクッションを取り出してひょいと投げると、バドは受け取って、それを敷いて地べたに座った。


 なおバドは今私服姿だ。だからダークエルフであることを全く隠していない。

 とは言え皆はもう見知っているため、特に何の反応も無しだ。

 最初は皆、服がぱっつんぱつんのマッチョダークエルフに驚いていたが、流石にもう慣れたらしい。


 ああ、いや、フェリシアだけは未だに緊張しているみたいだな。チラチラとバドを見ながら、頬を少し赤く染めている。

 ……ってこれは緊張の意味が違うようだな。まあいい。放っておこう。


「それを今相談しようってんだ。やっと役者が揃ったんだからよ」

「役者ねぇ……。役に立つのかしら」


 歯に衣着せぬルフィナの物言いに、フェリシアが悔しそうな顔を見せる。

 この町の騎士が期待できなさそうだと言う話は聞いているが、しかしそう虐めてやるな。それが事実だったとしても、わざわざ気落ちさせる必要はないだろが。


「今何とかしなきゃならんのは、スラムを潰しに来る馬鹿共をどうするかってことだ。迎え撃つか、逃げるか。二つに一つだ」


 俺は皆に、指を二本立てて見せる。


「逃げるってぇ……! じゃあ、このスラムの人達はどうするんですかぁ!?」

「ただ逃げるってわけじゃない。当然スラムにいる奴らにも事情を話すさ。逃げたい奴は逃がす。とは言え確実に暴動が起きるだろうけどな。で、代官の思惑通り、殆どの奴が鎮圧されて終わりだ」

「そ、そんなぁ!」


 意外にも真っ先に口を開いたのはマリアネラだった。

 スラムに住んでいるような連中は、放逐されれば生きて行く当ての無い奴ばかりだ。自分の居場所を守るために、必死に抵抗するだろう。

 そうなれば最後、この場所は多くの人間達の墓場に変わる。言っておいて何だが、流石にそれを見過ごすと言うのは、俺の中では無い選択肢だった。


「まあ待てって。俺が言いたいのは、このスラムを助けたいなら、襲ってくる奴らを撃退する以外に無いってことだ。アンタはどう思う? 騎士さんよ」


 切羽詰まった声をあげるマリアネラを両手で制しつつ、目だけを動かして騎士を見る。


「……私もそう思います。あと、私はフェリシアです」


 すると思った通り、彼女は低い声で肯定を返した。

 こいつとしては悔しい所だろうな。その暴漢共の中に騎士もいるってんだから。

 苦々しい表情を浮かべる騎士を見ていると、次にルフィナが口を開いた。


「ねぇ。傭兵達(こいつら)が言ってたけど、その襲ってくる奴らって、傭兵だけじゃなくて騎士もいるんでしょ? なら騎士だけでもフェリシアに説得させればいいんじゃないの? そうすればこっちのもんでしょ。騎士がごろつき傭兵に負けるわけないし」

「あ、それ良い考え! ルフィナ、アンタたまには良い事言うじゃん!」

「サリタ! アンタ、たまには余計よ!」

 

 ルフィナがバルテルを横目で見つつ、どうだと自信満々に言う。まあ案としては平凡だが、悪い手ではないと思う。

 問題は、今の状況では不可能だという点だ。俯き加減でいるフェリシアの表情が、それを如実に物語っていた。


「そりゃ無理だぜ嬢ちゃん達」


 明るい声を出し始めた二人に、バルテルが割って入る。


「今まで何で騎士達が代官に反抗してこなかったか忘れたか? あいつらには、そうできねぇ理由があんだ。そこを何とかしなきゃ、協力なんてして貰いようがねぇぜ」


 そう。問題はそこだ。

 騎士の中には、代官に人質を取られている者達がいる。動くに動けない理由があるのだ。

 バルテルに指摘され黙った二人。すると、フェリシアが勢いよく顔を上げる。


「人質を解放すれば、絶対に騎士団は動きます! 皆、こんなことを喜んでするはずが! 望んでするはずが無いのです! それさえできればっ!」


 そりゃそうだ。スラムを喜んで潰す騎士がどこにいる。そんなもん騎士じゃなくただの快楽殺人者だ。

 とは言え彼女の希望を叶えてやることはできない。呆れ声を出したのはスティアだった。


「人質の解放なんてやっている時間はありませんわ。スラムを守りたいのなら、傭兵だろうと騎士だろうと、とりあえず皆倒せばいいのですわ」

「ウ、ウィンディアさんって、意外と好戦的なんだね……」

「そりゃ俺達を問答無用でボコって連れて来たくらいだからなぁ……」


 この言い分にはサリタとバルテルも呆然とする。とは言えスティアの言うことは全くもって正しかった。

 今はあれこれ策を弄している時間が無い。ある程度力技になるのは避けられなかった。


「俺もその案に賛成だ。襲って来た奴らはもれなく倒す。スラム鎮圧に対してはそんなもんだろうな」

「ねぇ……。ウィンディアさんもカーテニアさんもそう言うけどさ。そんな簡単にいかないんじゃないの? 相手もどれだけ来るのか分からないし。そもそも騎士になんか勝てなくない?」

「で、ですよねぇ? 私も、そんな簡単にいくのかなぁって、そう思ってましたぁ」


 ただこれには疑問の声も上がる。サリタやマリアネラが不思議そうに言えば、それに続いて皆も疑問を口にしだした。

 そしてその中には、今まで口をつぐんでいたこの男も含まれていた。


「貴方達にできるのか? 戦時でも遊び惚けていた貴方達が。とてもじゃないが、僕にはそうは思えない」


 今まで黙っていたからだろう。皆が一斉にフリッツの方へ顔を向けた。

 しかし彼はこちらに一瞬横目を向けただけで、すぐに下を向いて黙り込んでしまう。その様子はどこか、いじけているようにも見えた。


「ちょっとアンタ。さっきから何なの? というか、コイツの事知ってるみたいだけど。何? アンタ達、因縁でもあるの?」


 ジロリと彼をにらみながら、ルフィナがいら立たしそうな声を上げる。

 因縁なんてもんは当然無い。俺とこいつとは初対面だ。

 しかし面識が無かろうと、軍に属していたと言うのなら、知っていることはあるはずだった。


「因縁なんてものは無いよ。ただ、軍にいた人間なら誰もが知っている話さ。そうだろう? バルテル。第三師団長がどういう人物か、君も当然知ってるよね?」

「第三師団長だ? あの、盗賊上がりの(ろく)でなしだとか言う? それがどうし――っておい若。まさか」

「そうだよ」


 フリッツは顔を上げる。彼の視線は再び鋭さを帯び、俺を捉えていた。


「貴方は僕の事なんて知らないだろうけど。でも、僕は貴方を見た事があるんだ。王都でね。それに噂も嫌と言うほど聞いたよ。だから貴方がどういう人間か、よく知ってるんだ。第三師団長のエイク殿」


 どうだとでも言うように、彼は語気を強めてそう言った。 


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[一言] 欺瞞情報を、というか悪意で歪められた情報をドヤ顔で語ってしまったか 後の黒歴史である
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