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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡
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189.面倒事は面倒事を呼ぶか

 爺さん達が部屋にこもるのを見届けた俺は、そこでバドや婆さんと別れ、今度は三人娘が待つ大部屋に向かって足を進めていた。

 やかましい奴らだ、あまり待たせても文句が出るだろう。その予想は当たっていたようで、部屋のドアを開けた瞬間、突き刺すような視線が出迎えてくれた。


「随分待たせてくれるじゃない」

「急ぎだったからな。悪いな」


 開口一番噛み付いてくるルフィナ。肩をすくめて返すと、彼女はフンと鼻を鳴らした。


 ホシにはある程度事情を記した手紙を持たせていたため、この三人も当然事情を知っている。

 どうなったかと焦れていたんだろう。ルフィナの態度に苦笑いしつつ、俺は部屋の真ん中にある大きなテーブルに着く。

 既に座っている三人娘の目は、その間ずっと俺を捉えて離さなかった。


 なおホシは部屋の隅にあるソファで、背嚢(はいのう)を枕にして寝ていた。幸せそうに口を開けて、よだれも垂らす勢いだ。

 だがまあ、ここまで爺さんをちゃんと連れて来たのだ。このまま寝かせておこう。起こしても特に用はないしな。


「で、向こうの様子はどうなのよ」


 背もたれに体を預け軽く息を吐き出す俺に、ルフィナがすぐに声をかけてくる。

 面白くもなさそうな口調だが、目だけは早く教えろと訴えていた。


「爺さんの話を聞く限りじゃ、大分難しいみたいだな。解呪するにしても最低三日はかかるそうだ」

「そう。……助かるの?」

「どうだろうな……。爺さんはやる気満々だったから、大丈夫なんだと思いたいが。こればっかりは、な」


 スティアにもって二週間と言われてから、もう十日目になる今日。解呪に三日かかるとなると、状況はかなり悪いと予想できた。

 つい声に感情が乗ってしまう。あまりいい返事ではなかったからか、ルフィナの口が真一文字に結ばれた。隣に座るマリアネラも、「そんなぁ……」と落胆を漏らしていた。


 ただ、希望が無いわけじゃない。三日後どうなっているかは、経ってみないと分からないのだ。

 もしかしたらあの少年が、全快してはしゃぐ未来がくる可能性もある。そう伝えれば三人も少しは気が緩んだようで、そろってほっと息を吐いていた。


「急に頼んで悪かったな。あいつのおもりは骨が折れただろ?」

「まあ……ねぇ?」

「何と言うかぁ……。とにかく、びっくりしましたねぇ」


 ホシをアゴで指す俺に、サリタとマリアネラが苦笑を返す。ほっとけば大騒ぎするホシのことだ。きっと存分にこいつらを振り回してくれたはずだ。

 ロアムース相手にメイスを振り回すホシの姿が瞼に浮かび、俺の顔にも苦笑が滲む。


「こんな依頼初めてだよ。何て言うか、精神が疲れた」

「あはは……。サリタとルフィナちゃんはぁ、結構振り回されてたからねぇ。私は途中からぁ、ちょっと楽しくなってましたけどぉ」

「マリー、アンソニーちゃんと随分仲良くなってたからねぇ。流石、母性の塊」

「それ止めてよぉ、サリタぁ……。私ぃ、まだ結婚もしてないのにぃ」

「カーテニアさんがいるじゃん」

「だ、だからぁ! もうっ、サリタぁ!」


 サリタとマリアネラは明るい声で道中の苦労を話し出す。話がとっ散らかるのはまぁ、若い娘だ、そんなもんだろう。

 だが、そんな話で思い出した。今回の件、彼女らには依頼として頼んだのだった。


「ああ、そうだ。依頼料を渡さなきゃだな。後でちゃんと渡すが、少し時間をくれ」


 実のところ、シャドウが戻り体調が万全となった今、すぐにでも金なんて取り出せる。しかし体が万全となっても、精神的な疲労はまだ残っていた。

 慌ただしく事をこなす前に、気を休める時間が少しだけ欲しいと感じていたのだ。


 七日の道のりを強行軍で来たはずなのに、元気そうなこいつらが羨ましい。

 自分が若くない事は理解しているが、こういう時本当に自分が年を取ってることを自覚させられて嫌になる。


「別に構わないわよ」

「悪いな、今はどうもバタバタしててな。ちゃんと渡すから安心して――」

「そうじゃないわよ」


 意外にも俺の提案を飲んだルフィナに気を緩めつつ、適当に場を収めようとする。だがそんな俺の言いわけを、呆れたようなルフィナの言葉が遮った。


「アンタには借りがあったから。でもこれで返したわ。それであいこだから」


 プイとそっぽを向きながら、そんなことを言うルフィナ。俺はそれにどうしようもなくおかしさを覚えてしまった。

 やっぱり、コイツは見事なツンプイだわ。彼女の両隣に座るサリタもマリアネラも、ニヤニヤと頬を緩めていた。


 我慢できず、俺は噴き出してしまう。そんな俺達を見てルフィナが噛み付いてくるのは、誰もが予想できたことだった。



 ------------------



「貴方様ぁぁぁっ!」

「うごげはっ!?」


 その三十分ほど後に、外に出ていたスティアが帰って来た。どうも有益な情報がないか、調査をしていたらしい。それはいい。


 だが帰ってきて早々飛びついてくるのはいかがなものか。突然の事に避けきれず、俺はスティアごと椅子から転がり落ちてしまった。

 いい加減にして欲しい。普通に痛ぇんだが。病み上がりだぞ俺は。


「わたくしがっ! わたくしがどれだけ心配したかっ! もうあんなことは止めて下さいまし! すーはーすーはー! うへひょひょひょひょっ!」

「どこが心配してんだ、これのどこがっ!」

「うひょごへっ!?」


 状況にかこつけて抱き着き、臭いまで嗅いでくるスティア。俺はその脳天に手刀を振り下ろし、力づくで引きはがした。

 全く、もう少し手加減してくれ。心配してたのは本当なんだろうけどさぁ。

 つーか臭いを嗅ぐな。正直引く。


「あーあ、マリーの運命の人には、すでに運命の人がいたか……残念だったね」

「だ、だからサリタぁ! もうそれ止めてってぇ!」


 脇で何か言ってる二人の声を聞き流しながら、立ち上がって埃を払う。

 そうこうしていると、今度は部屋の扉を開けてバドが入ってきた。手には大鍋を持っている。どうも飯の用意をしていたようだ。


 だがそんな騒がしい中でも、ホシはまだ気持ちよさそうに眠っている。

 ああもう、他の連中がいつも通り過ぎて、疲れていた気分が吹っ飛んだわ。


 痛む頭に額を揉む。そうこうしていると、今度は婆さんが部屋に入ってきた。

 話を聞けば、三人娘が乗ってきた馬が家の前で放置されていたため、知人の所へ預けに行っていたらしい。

 確かにこんな家の前に馬がいちゃ目立つし、かと言って地下に入れるわけにもいかないからな。


 感心する俺をよそに、勝手に預けるなとルフィナが食って掛かりもしたが、呆れた様子の婆さんに「じゃあ引き取ってこようか?」と返されると、すぐに沈黙することになった。


 結局、信頼できる所に預けて来たと言う事や、一日の金額がどのくらいと話をし、そのまま預けることに落ち着く。

 そんな話をしている俺達を尻目に、バドはいそいそと夕食の準備を進めていき、手際よく食卓を整えていった。


 彼は俺達だけでなく三人娘の分も用意していたらしく、なし崩しに皆揃って、その部屋で夕食を取る事となったのだった。


「美味しいわね。……なんか悔しいわ」

「本当! このお肉なんて凄い柔らかいの! ナイフが簡単に通るよ! ほら!」

「このポテト(オーミ)サラダ、凄く美味しいですねぇ。簡単そうで意外と難しいんですよねぇ。作り方教えて欲しいですぅ」


 バドの用意した食事に次々と黄色い声が上がる。

 今日は焼きたての丸パン、グレイウルフのソテー、キノコのスープにポテト(オーミ)サラダだ。

 窯など無いため、パンはいつものようにフライパンで焼いたんだろう。仄かに熱を持っていて、ほかほかのふかふかだった。器用なもんだ。


「やっぱりバドちんのごはんが一番おいしいねー!」

「いつもながら美味しいねぇ」


 つい先ほど起きたばかりのホシも、両手にパンを持って甲高い声を上げる。

 婆さんはソテーこそ少ししか食べないものの、ポテト(オーミ)サラダを口に運び、満足そうに目を細めていた。

 皆が皆、高評価を口にする。シェフは満足そうに頷いていた。


「それで、何か情報はあったのか?」


 確かに食事は美味かった。だが久方ぶりのまともな食事だったからか、あまり胃が受け付けなかった。

 せっかくバドが張り切ってくれたのに残念だ。残した半分のソテーをホシの前にスライドさせながら、俺は隣のスティアに顔を向ける。スティアもそれに手のナイフを下ろした。


「目ぼしいものはあまり。代官が好き放題していることに、不満を持つ声が聞こえてくるばかりですわね」

「そんなもんか」


 有用な情報は無かったか。まあそうそうお役立ち情報が転がっているとも限らないわな。

 俺が寝ている間、オシリ――じゃなくて、なんだっけ。うーん、ケツがプリプリしてる名前だったの覚えてるんだが、そのイメージが強すぎて本当の名前が出てこない。

 とにかく。彼を助け出してくれただけでも十分すぎる成果だった。


「悪いな、面倒ばっかかけて」

「いえいえ。お力になれれば幸いですわ」


 にこりと笑みを見せるスティア。俺も軽く笑い返し、スープを一匙口に運んだ。


「そう言えば」


 ふと思い出したようにスティアが溢す。


「今日町に入ってきた一団が、町の傭兵達と一悶着起こしたらしいですわ。話を聞くに、どうもホシさん達らしいのですが」

「ブフッ!」


 口に含んだスープを思わず噴き出す。お前、どう考えてもそれが一番の情報だろうが。

 ゴホゴホとむせる俺の背中を、スティアが優しく擦ってくる。皆の視線が一気に向いた。


「きったないわね! こっちに飛ばさないでよ!?」

「うん、これは汚い。擁護不可だわ。で、何々? どうしたの?」


 ルフィナに怒鳴られるが反論の余地がない。サリタも不思議そうな目を向けてくる。

 だがな、お前らのことだぞ。お前らの!


「あのなぁ……。お前ら、この町の傭兵団と何かあっただろ。なぁ?」


 むせながら三人にジロリと目を向ける。すると三人は一瞬バツの悪そうな顔を見せたかと思えば、同時に目を逸らしやがった。

 おいコラ。まさか大人しくここで飯食ってたのも、外に出たくなかったからか?


 そう聞くも三人娘は皆視線を逸らしたまま、口を閉ざし続ける。

 全く、やっちまった事は仕方がない。だがそういう事は早く言え。


 何なんだよもう……。また面倒事が増えちまったじゃねぇか。

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