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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡
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188.解呪の大家

 バドが踊り狂っていた理由。それは、ホシの帰還だった。

 俺はバドに肩を借りて部屋を出る。そして地下通路を進み、俺達が寝泊まりしていたボロ家の方に足を向けた。


「ちょっと、何なのこの家! 汚すぎるわよ!」

「ルフィナちゃん、そんなこと言っちゃ失礼だよぉ……」

「こんな場所にある家だからしょうがないって。まあルフィナはこんなでもお嬢様だからねぇ。言いたくなる気持ちも分かるけど」

「サリタ! こんなでもって何!?」


 姦しい声が通路に響いて聞こえてくる。頭にも響く声を聞きながら地上に上がった俺達は、そのまま隣の部屋に顔を出す。

 そこには狭い部屋に押し合いへし合いの五人の姿があった。


「あ、えーちゃん! 戻って来たよ!」

「あっ! カーテニアさん!」

「あぁ、えーちゃんってカーテニアさんの事なんだ。……何で?」


 俺の顔を見て、口々に声を上げる面々。だがちょっと待って欲しい。

 それよりもまず、俺としてはこの重い体をどうにかしたい。

 話もままならないし、頭もぼんやりする。これ以上我慢する理由もないだろう。


「シャドウはいるか?」


 俺はホシに問いかける。それと時を同じくして、ホシの足元から小さな影がぴょいと飛び出してきた。

 それはスルスルと床を素早く進み、俺の影の中に飛び込んでくる。途端に俺の体がふわりと軽くなった。


「よっしゃぁーッ! 復ッ! 活ッ!」

「いえーい!」


 ホシやバドとハイタッチをする。今までの倦怠感が嘘のようだ。

 それが嘘でない事を寝汗で冷たい服が証明している。正直気持ち悪いからさっさと着替えたいところだ。


 だが、まずはこっちだな。


「ちょっと! 無視しないでよ!」


 ぎゃあぎゃあと騒ぐ連中のことは一先ず置いておこう。

 俺はその後ろに静かに立つ、難しい表情の老人に目を向けた。


「悪いな爺さん、来てもらってよ」

「ふん、力になると言ったのは儂じゃからな。このくらい何でも無いわ」


 リンゲールの爺さんは面白くもなさそうに鼻から息を吐く。

 随分な強行軍だったと思うが、彼の顔に疲労の色は無かった。


「で、その者は? 必要になりそうな物を色々持ってきたが、場合によっては足りん可能性もある。時間もない、早く案内せい」


 ホシには子供の症状を記した手紙も持たせていた。爺さんもそれを見たはずだ。

 彼は自分の背嚢(はいのう)をチラリと横目で見てから、あごで早く案内しろと促してきた。

 だがちょっと待って欲しい。こっちもこっちで色々と動いてたんだ。


「まあ待てよ。今婆さんが連れて来てるからよ」

「ん? 誰をじゃ?」


 俺は気配を感じて後ろを振り返る。同時に奥の部屋から騒々しく、中年の男が部屋に駆け込んできた。


「せ、先生っ! こんなところでお会いできるとは……! お久しぶりでございますっ!」


 その男は俺やバド、騒ぐ三人娘を押しのけて、爺さんの前に飛び出す。そして両膝を折って床に突くと、深々と頭を下げた。


「お主……まさか!?」


 驚きに声をあげる爺さん。彼の声に顔を上げた男は、涙ながらに応えた。


「オシリー・プリンチョボーイでございます!」

『ブホホッ!』


 サリタとマリアネラが噴き出す。

 そりゃなあ。いい年こいた男がプリンチョボーイはねぇだろ。何て名前だよ全く。

 爺さんも何事か理解できなかったらしく、声を失っていた。


「アンタ達! 揃いも揃って、こんな狭い所で騒いでるんじゃないよ! 傭兵連中に聞きつけられたらどうするんだい!? ほら、さっさとこっちに来な!」


 その後すぐにやってきた婆さんに、十把一絡げに怒られてしまう。

 あまりの勢いと正論に、俺達は思わず首をすぼめた。



 ------------------



 俺は寝込んでいたため知らなかったが、地下に部屋が三つほど新しく作られていた。

 二つは俺が寝ていた場所のような、小さな部屋。もう一つはかなり大きく、十人が入っても余裕がある大部屋だった。

 大部屋には随分年季がある椅子やテーブル、ソファなどが置いてあった。客室代わりなのだそうだ。


 ただ、今それらの部屋に用事はない。その大部屋に三人娘と、呪いに興味なさそうなホシを押し込めて、俺達は今婆さんの先導で、例の子供のいる部屋へ足を進めていた。


「儂に呪いをかけおったのはお主じゃったか。ヴァシリー」

「申しわけ、ございませんでした……」


 爺さんが溢すと、オシリー・プリンチョボーイ――改め、ヴァシリー・プリンチピーニが、哀調を含んだ声で謝罪を返した。

 ちなみに彼の変な名前になる呪いは、あっと言う間に爺さんが解いてしまった。おかげであの馬鹿みたいな名前とは既にお別れ済みである。


「愚かな行いだったと思っております。先生ならすぐにでも、あの程度の呪いを解けるだろうと皆考えていたのです。ですが、先生は姿を消してしまわれました――」


 ヴァシリーは静かに理由を話し始める。

 当時、己の立場を鼻にかけ、高慢な振る舞いが多かったリンゲール爺さん。他人への配慮など欠片もなく、物言いは刺々しく、自分が行った研究成果の記録や管理も弟子に放り投げるばかりで、勝手な振る舞いが非常に多かったそうだ。


 弟子達が我慢するまでならまだ良かった。だが、それをよく思わない高官や神官も徐々に数を増やし、呪術師全員の立場が徐々に悪化していったのだと彼は話した。


「少しは、その、身の振り方をご再考頂きたくて。皆で相談し……少しばかりの悪戯(いたずら)のつもりだったのです。それがまさかこの様な事になるとは、一同夢にも思わず……」

「聞けば聞くほどマヌケな話じゃの」

「申しわけ――」

「良い。マヌケは儂も含めてじゃ。全く。師弟揃って一体、何をやっていたんじゃろうかの」


 もう気にしていない。自嘲気味な笑顔を見せる爺さんに、ヴァシリーは眉を八の字にするばかりだった。


「じゃがこんな所で会うとはの。今お前は何をしとるんじゃ」

「ご存じかもしれませんが、十六年前に聖王様が崩御されまして。……しかし実は、それは何者かの呪いによるものだったのです。未然に防ぐ事ができなかった我々は責任を追及され、結果職を失いました。しかし話はそこで終わりではなく……」


 クビになった呪術師達を待ち受けていたのは、聖王呪殺の醜聞を知る者を始末する暗殺部隊だったそうだ。

 彼は這う這うの体でこの国まで逃れた。だが他の仲間の行方は不明なままだ。

 恐らく、と小さく言って、ヴァシリーは俯いてしまった。


「そうか……。聖王猊下が亡くなられたのは知っておったが、そんな事になっていたとはの」


 きな臭い話が二人の間で交わされていく。だがそれ、俺達が知ってもいい内容なんだろうか。

 もう十六年も前だから、問題ない――なんて事はないよなぁ。俺も口封じに狙われる、なんて事になったらいい迷惑なんだが。


 後ろのバドを振り向くと、彼もこめかみを指でかく仕草を見せた。

 不安を感じる俺達を尻目に、二人の会話は続く。


「私はこの王国に辿り着いた後しばらく転々としておりましたが、数年前にこの領のとある村に落ち着き、治療師の真似事をして暮らしております」

「治療師じゃと? お主、神聖魔法が使えたのか?」

「いえ、違うのです。呪術の応用で、人を治療できる方法を発見致しまして」

「な、何じゃと!?」


 爺さんは足を止め振り返る。表情は興味津々と言った様子だ。

 そんな爺さんの様子にヴァシリーも声を若干大きくする。


「人間は、体調が悪い時にマナが乱れるようでして。その乱れを解呪の要領で正常に戻すと、苦痛の緩和や症状の改善ができるようなのです」

「何と……! 確かに解呪は乱れたマナを正常に戻す手法じゃが。そんな使い方があったとは思いもせなんだ」

「膝や腰などの痛みにも効果がありまして、特にお年寄りからは大変喜ばれておりますよ。なかなか評判も良く生活も安定し、近年は穏やかな日々を過ごしておりました。ですが――」


 そこまで言って、ヴァシリーは顔を暗くする。

 急に彼のもとに傭兵達が押しかけ、この町に半ば強制的に連行されることになったそうだ。

 治療方法について教えろと脅された彼は、仕方なく自分が呪術師であることを明かしたが、そこで代官から要求されたのは、彼の息子を呪えという驚愕の内容だった。


「私は断ったのです! 罪もない者に呪いをかけるなど、あってはならない事ですから。しかし村の者達の身も盾にとられ、どうにもならず……。代官の言う通り、呪いをかけたのです。それも、重ね掛けを何度も……」

「な、なんじゃと!? 重ね掛けは術者にも相当の危険が及ぶ行為じゃぞ!? それをお主はやったのか!?」

「はい……。やむを得ず軽いものを……」

「……何と言う事じゃ」


 爺さんは呆れたように首を横に振る。だが、急にそんな専門的な話をされても、俺にはちんぷんかんぷんだった。

 マナとかそんな言葉、聞いたことねーぞ。一体何の話をしてるんだ。

 何とか分かったのは、それが危険なんだろうと言うことくらいか。そしてそれは婆さんも同じだったらしい。


「ちょっと待っておくれ。その呪いの重ね掛けってのは、そんなに危険なものなのかい?」


 婆さんは二人の会話に割り込み、焦り口調で質問を飛ばした。

 話し込んでいた二人は婆さんに顔を向ける。そして一瞬視線を交わした後、コホンと一つ咳払いをして、爺さんが説明を始めた。


「そうじゃ、ご婦人。呪いというのは繊細でな、失敗すれば呪いは術者に跳ね返り、自身の身を蝕む。リスクを伴うものなのじゃ。それが重ね掛けの場合、そのリスクは更に跳ね上がる。失敗すれば呪いが跳ね返るばかりか、どのような影響が出るかすら予想もつかん。最悪命を失う場合も多い、非常に危険な行為と言ってよいじゃろう」


 急にキリッとした表情になる爺さん。声色も何だか渋くなってるぞ。

 おいおい、何だよ。急に色気出しやがって。

 俺がニヤニヤしながら見ていると、気づいた爺さんはゴホンと咳払いをして視線を逸らした。


「いや、アタシが聞いてるのは、かけられた方の話だよ。そんなに危険なのかい?」


 しかし婆さんは不満顔で言い返す。

 そりゃそうだよな。呪われた子を助けたくて爺さんを呼んだんだから。

 爺さんもそれに思い当たったらしい。また一つ咳払いをした。


「呪いの本質は人のマナ――つまり、人間の魔力を乱すところにある。ああそうじゃ、以前お主には川の流れを例えに説明したな。川の流れを乱す因子を作るのが呪いなのじゃと」

「ああ、そういやそんな話だったな」


 爺さんは俺に目を向ける。

 なるほど、マナって魔力のことか。確かにそんな話を以前聞いたな。


「その因子の数が多ければ、それだけ流れが乱れる。そして乱れた流れ同士がぶつかると、その場は更なる乱れを生み出すのじゃ。しかしそれは術者が意図して作った乱れではない。じゃからどのような効果を生み出すか、予想ができんのじゃよ」

「つまり、どういう事なんだい?」

「見てみない事には分からん、というわけじゃ。さ、案内を頼もう、ご婦人」


 爺さんの顔をじっと見ていた婆さんは、何も言わずにまた前を向いて歩き出す。

 俺達もまたそれに倣い、彼女の後に続いた。


「それにしてもヴァシリー。お主、よく無事じゃったな」

「可能な限り手を抜きましたので、命までは何とか。それに今こうしていられるのは、先生のおかげでもあります」


 再び前に進み始めた俺達。

 爺さんは感心した様子でヴァシリーを見るが、それに彼は首を横に振った。


「この身に呪いが跳ね返った私は意識を失い、代官の屋敷にある地下牢に閉じ込められておりました。ですがつい最近目が覚めたのです。先生のおかげで」

「儂じゃと? ……なるほど、呪詛返しじゃな?」

「はい」


 爺さんの言葉に彼は頷いた。


 ヴァシリー曰く、彼の身を蝕んでいた呪いを、爺さんの完璧すぎる呪詛返しが全部吹っ飛ばして無効化したらしい。そのおかげで意識を取り戻せたのだそうだ。

 変な名前にはなるが、それ以外に悪影響のないふざけた呪いだ。自由に行動できるようになった彼は、呪いが解けていないフリをしながら、どう抜け出すか牢屋で悩んでいたという。


 そこにタイミングよく現れたのがスティアだった。

 呪術師を探しに代官の屋敷に忍び込んだ彼女に助けられ、今こうして匿われている、というわけだそうな。良かったなプリプリボーイさんよ。


「じゃが複数の呪詛がかかった相手か……。これは骨が折れそうじゃな――」


 爺さんがポツリと思案声で呟いた時だった。


「ここだよ」


 目的の場所は目前となっていた。ドアの前に立つ婆さんが一度後ろに目を向け、そしてドアをゆっくり開いた。

 婆さんに続いて皆部屋に入っていく。ただでさえ狭い部屋は、高い人口密度で一層息苦しさを感じさせた。

 だがその居心地の悪さは、果たしてそれだけの理由だっただろうか。


 すぐに爺さんが寝かされた子供の診察を始める。途端に怒りすら感じられるような、険しい表情を彼は見せた。

 ヴァシリーも沈痛な表情を浮かべている。彼自身は脅されてやっただけだ。しかし良心の呵責という物があるだろう。


「……許せんな」


 爺さんは一言呟く。怒気を隠しもしない声色が、彼の心情を如実に示していた。


「この者には少なくとも五つ以上の呪詛がかけられておる。どうじゃ、ヴァシリー」

「はい、仰る通りです」


 ヴァシリーが言うには、寝付きを悪くする呪いや、物忘れを起こす呪い、体をむくませる呪いなど、大した事のない呪いばかりのようだった。

 そんな俺の気持ちを見透かしたんだろう。爺さんは俺に目を向けた。


「どれも嫌がらせの範疇じゃが――これだけマナを(いじく)られれば、人がどうなるか儂にも分からん。見ろ、この姿を。むくむどころではない。体中の水分が顔に集まろうとしておる。このままじゃと、じきに顔が破裂してしまうじゃろう」

「な、なんだって――」


 そんな悲惨な死に方があるのか。婆さんも絶句し、言葉が続かない。

 俺は子供の顔に目を向ける。確かに俺が以前見た時よりも、顔がパンパンに膨らんでいるように見えた。


「人を人とも思わぬ所業じゃな。これを指示した者は、血の通った人間ではないとしか思えん」


 爺さんの内から怒りが湧き出してくる。その急激な変化に、俺は人知れず面食らっていた。

 今初めて会った相手だと言うのに、なぜそんなにも怒りが湧くのか。まるで自分の事のように、彼は憤りを感じていた。


「確かにこれはお前には手に余るの」


 爺さんは診察を止め、ヴァシリーに向き直る。


「これから解呪に入る。当然お前も手伝え。脅されたとは言え、これはお前の責任でもある。分かっておるじゃろうな?」


 爺さんの視線には、明らかに怒気が含まれている。だがヴァシリーも真剣な顔つきで、それを真っすぐに受け止めた。


「もちろんです。私も微力を尽くしますので、是非お手伝いさせて下さい!」

「良い心がけじゃ。では時間が惜しい。早速始めよう」


 爺さんはそこで婆さんに顔を向けた。


「ご婦人。我々はこれからこの者の解呪に入る。じゃがかなり難解な状態じゃ。最低でも三日は付きっ切りになるじゃろう。その間、誰もここには立ち入らないようにして欲しい。集中が乱れるのでな」

「分かったよ。食事は部屋の前に置いておくからね」

「心遣い、感謝する」


 真剣な面持ちに、婆さんも神妙にこくりと頷く。

 だがその胸の内には、あまりにも強い不安が渦巻いていた。


「……もうアンタ達しか頼れる者がいないんだ。信じても、いいんだね?」


 そう婆さんが口を開くが、それに対して爺さんは――


「心配召されるな。儂は仮にも解呪の大家(たいか)と呼ばれた人間じゃ。この儂に解けぬ呪詛など、この世に一つたりとも存在せんよ」


 そう言って不敵に笑ったのだった。



 ------------------



 三人が部屋から出て行った後。リンゲールはベッドに寝かされている男を眺めながら、昔を思い出していた。


 まだ彼が少年だった頃。聖王国では一時期、異教徒が大々的に暗躍していた時期があった。

 異教徒らは神官達を次々に狙い、呪いをかけ、聖王国を瞬く間に混乱に陥れていった。だが混乱が加速したのは神官達だけではなく、多くの民にも被害が出てしまったのが大きな要因だっただろう。


 対応するべく聖王国も奔走したが、しかし異教徒を排除しその混乱を治めるのに一年を要してしまう。結果多くの民が亡くなり、埋葬地が足りなくなるまでの事態となってしまったのだった。


 なぜ民が呪いをかけられる事になったのか。それは呪いのかけ方に理由があった。

 呪いをかけるのに必要な物。それは対象の魔力がこもっている物質――つまり、よく使う道具や、体の一部だった。

 異教徒らは教会などで手に入れた頭髪などを使い、手当たり次第に呪いをかけると言う暴挙を敢行したのだ。

 結果神官達や無関係の人間達が次々呪われ、倒れ、そして命を奪われることになったのだった。


 異教徒らは無作為に呪いをかけていく。そのため複数の呪いにかかる者も多く、そういった者は殆どが助からなかった。

 そしてその中には、彼、リンゲールの両親もいた。


 複数の呪いをかけられ、人としての姿を失い、徐々に衰弱していく両親。それをリンゲール少年は泣きながら見ている事しかできなかった。

 最後まで苦しみながら、両親は逝った。

 助けられなかった後悔と、覚えた激しい怒り。二つの感情に突き動かされ、彼は呪術師になることを志した。


 だがそれももう六十七年も前の話。つい最近まで彼は、そんな大切なことをすっかりと忘れてしまっていた。


 権力におぼれ、驕った結果、己にとって大切なはずだったその理由を完全に見失ってしまっていたリンゲール。

 しかし目の前に横たわる人物を目にして、彼は思い出していた。

 かつて抱いた怒りを。悲しみを。後悔を。


 そして、自らが志した大切な理由を。


「この儂の目の前で、理不尽に死んで逝くなど許せるものか。決して死なせはせん。バラージィ・リンゲールの名は伊達ではないぞ……!」


 拳を強く握りしめるリンゲール。顔には深いシワが刻まれ、体も細くなり、頭髪も白く染まってしまった。

 かつての面影はもう残っていない。だがその瞳と心だけは時を超え、かつての熱さを取り戻していた。

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