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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡
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184.老婆の秘密

 その日、太陽が沈み始めた頃に、婆さんは奥の部屋からひょいと顔を見せた。

 まだホシは帰ってきていない。家には俺とスティア、そして狩りを終えたバドがおり、車座に座って話しているところだった。


 現れた待ち人に、俺達三人の視線が一斉に向く。だがそこにあった顔は、どこか疲れたような表情だった。


「……何だい。アタシに惚れちまったかい? そんなに見つめるんじゃないよ」


 婆さんはそうジョークを飛ばす。だが、今回ばかりは笑えなかった。


「何かあったのか? 婆さん」

「ん? いや……別に何もないよ。ちょいと森での騒ぎで疲れちまってね」


 確かに森では一悶着あった。バドに抱えられて、あれだけのスピードを出されたのだ。老体に負担がかかったと言われても当然だろう。

 だが、俺は騙されない。婆さんの胸中、その奥に渦巻く感情を、俺はしっかりと見抜いていた。


「なあ。聞いてもいいか、婆さん」

「ん? 何だい改まって。気味が悪いね」


 俺は座ったまま婆さんに向き直る。スティアとバドも一緒に向き直ったことで何かを察したのか、婆さんの顔から笑みが消えた。


「今日採ってきたあの草の事なんだがな。あれ、一体アンタ何に使う気なんだ?」

「……ああ、あれかい? もちろん薬草だよ。今までと同じさ」


 軽く笑って婆さんは嘘をつく。俺はそれに軽く息を吐いた。


「アンタだって分かってるんだろ? わざわざ俺がこんな質問をした意味がよ」


 今度こそ婆さんの顔から余裕が消えた。真顔になった婆さんの、俺を見る眼光は鋭い。

 だが俺にはその瞳がどうにも弱々しく映った。それはきっと、彼女の胸の内が分かってしまったからだろう。

 婆さんの焦燥感が尋常でないことに、気付いてしまったからなんだろう。


「別にアンタが言いたくないんなら無理に聞く気はねぇ。でもよ、どうにも気になっちまってな。もし何かの事情があるんなら――」

「気づいてたのかい。……いや、そんな気もしてたんだよ」


 俺の言葉を遮るように、婆さんは弱々しく言葉を発した。

 彼女は顔を僅かに伏せ、軽く頭を横に振る。再び俺達に顔を向けた時には、先ほどまでの眼光はもう無かった。代わりにあったのは、どこか自嘲めいた笑みだった。


「もしかしたらこれも、何かの縁かもしれないねぇ。アタシは運命神なんて信じちゃいないけど、でも……老い先短いババアの頼みを、聞いてくれたのかもしれないねぇ」


 今まで飄々(ひょうひょう)としていた婆さんの、急に見せた弱々しい姿。俺達はつい顔を見合わせる。


「アンタ達、ただの冒険者なのかい? ランクEだと思っていたけど、どうにも違うみたいだし」

「それは――」

「ああ、別に構いやしないんだよ。傭兵相手に暴れるような連中だ。まともじゃないのは分かってるさね」


 俺の言葉を遮り、婆さんは肩を揺らして笑う。その内容が面白くなかったらしく、スティアが不機嫌そうな声を出した。


「まともじゃないとはお言葉ですわね。わたくし達はアレに絡まれた被害者なんですのよ?」

「そうかい、それはご愁傷様だったねぇ。でもあいつらが代官の私兵だって分かってたんだろう? ならどっちにしろ、普通なら盾突かないもんさ」


 気持ちとしてはスティアに同意するが、婆さんの言う事も間違いじゃない。貴族の私兵に正面切って反抗しようなんて、確かに普通ならやらないことだ。

 俺達が言い返せないでいると、婆さんもそれを肯定と捉えたらしい。


「さっきも言ったけど、まあそれはいいんだよ」


 と、すぐに話題を変えて来た。


「アンタ達、傭兵達と敵対してるくらいだからそっちの心配はしてないけど……。でもね、こっちの事情に深入りするってんなら、悪いけど最後まで付き合ってもらうよ。その覚悟はあるのかい」


 そっちの心配。つまり、やはり代官絡みというわけか。

 婆さんは真剣な表情でこちらを見据える。だがその話は婆さんが戻ってくるまでに、俺達の間で話がついていた内容だった。


 俺達はそろって頷く。それに婆さんは、どこかほっとした表情を見せた。



 ------------------



 婆さんが寝ていた奥の部屋。そこに通された俺達は今、なんと薄暗い地下道を列になって進んでいた。

 部屋に敷いてあったボロいカーペット。婆さんがそれをベロリとめくると、地下に降りる階段が現れたのだ。

 先を進む婆さんの背に俺達も続く。彼女が持つランプが、土でできた通路を静かに照らし出していた。


「よくこんな道作ったな」

「あたしゃ土魔法にはちょいと自信があってね。あの家じゃ手狭だから、避難所代わりに別の場所にも居場所を作ったのさ」

「避難所ってなんですの?」

「そりゃ傭兵団から逃げるためさ。まあまだアタシの家の場所までは割れてないけどね。念のためだよ」


 スティアが後ろから声をあげると、婆さんはそれに軽く答える。

 確かにこの婆さん、傭兵達に連れ去られそうになってたもんな。ずいぶんと用心深い事だ。


「ただそれが、こんなことに役に立つなんて……。本当に、人生なんて分からないもんだよ」


 だが続いた言葉にはあまりにも重い響きがあった。

 思わず口を閉ざしてしまい、通路には気まずい空気が生まれる。

 それを壊す者はいない。そのまま足音だけが響く通路を、俺達はゆっくりと進んで行った。


「ここだよ」


 だがそれも僅かの間。数段の小さな階段が現れ、それを上った先。そこにあったドアの前で、婆さんは小さく声を発した。

 少しだけ俺達の方を向いた婆さんは、すぐにドアノブに手を伸ばす。ギィィと軋んだような音が響き、ドアがゆっくり開いた。


 俺達は一瞬視線を交わした後、中に入っていく婆さんに続いて、その部屋の中へと入って行く。

 そして、絶句した。


 そこは非常に小さな部屋で、棚だの薬草だのでごちゃごちゃとしていて分かりづらいが、おおよそ三メートル四方程度の場所だった。

 その中央にはベッドが置かれている。そしてそこに一人の人間が寝かされていた。


「これは――」


 俺は息を飲む。服から覗くそいつの手足は、まるで枯れた枝のように細く長い。

 だが苦悶の表情を浮かべる顔だけはパンパンに丸く膨らんでいる。顔つきだけ見れば、まるで子供のようにも見えた。

 だが、これは子供なのか? 体の大きさだけ見れば大人のようにも思えた。


 わけが分からない状況に、言葉が出ない。だがそんな俺とは違い、スティアは手早くそいつの状態を確かめ始めた。


「この方は? お知り合いですか?」

「……代官の息子だよ」


 スティアが視線を向けると、婆さんは苦虫を噛んだような顔をして答えた。

 だが、代官の息子だと。俺達は一斉に婆さんを見た。


「この町の代官がとんでもない奴だってのは話したね。あの方は自分の思い通りにならない事があるとすぐに癇癪(かんしゃく)を起こす人でね。皆あの方の顔色を窺いながら、びくびくしていたもんさ」


 促されるように、婆さんは目を閉じて静かに語りだした。


「でも、アタシも思わなかったよ。まさか自分の息子にこんな真似をするなんて。こんな……むごいことをするなんて」


 彼女はそう言って、寝かされている男の頭を優しくなでる。

 もしかして、このよく分からない状態が代官のせいだとでも言うのか。こんな体型まで変わっちまうようなもん、人間の所業には思えないんだが。

 だが俺のその疑問に、婆さんは悲しそうにこちらを見た。


「これは呪いだよ。アタシも詳しくはないけど、たぶんね。アンタ達も分かってたんだろ? あのエクシル草は呪術の触媒だって。この子の呪いを解くのにどうしても必要だったんだよ」


 なんと。俺は思わずスティアの顔を見る。

 てっきり呪いをかける方だと思ったが、解く方じゃねぇかっ。

 スティアも俺をちらりと見たが、すぐに目を逸らしやがった。おいコラ。


 だがそんな俺達には気付かない様子で、婆さんは重いため息を吐く。


「でも……アタシの力じゃ、結局どうにもならなそうでね。この子がこのまま衰弱していくのを見届けるしかない。そう思ってたんだよ」


 婆さんは俺達に目を向ける。


「この子は悪い子じゃないんだ。どうにか助けやりたいんだよ。アンタ達の力をどうか、貸してくれないかい」


 彼女は俺達の顔をじっと見つめてくる。その表情には悲痛なものが浮かんでいた。

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