183.らしくない
「お前、もっとあるだろ! 止め方がよぉ!」
俺達を見事にぶっ飛ばしてくれたスティア。問題のシルキーモス達も吹き飛ばされ、そのままどこかに散って行った。それはいい。
しかしその後が大変だった。毒の鱗粉は飛び散りまくるし、体は痛ぇし、地面にはクレーターができるしホシは大喜びだし。もういらんことばっかりだった。
結局散った鱗粉を避けるため、その場からの退避を余儀なくされてしまい、俺は今スティアを前に怒髪天というわけだった。
「馬鹿の手ぇ引っ張って逃げるとか! 魔法で吹き飛ばすとかよぉ!」
「わ、わたくしはただ、貴方様を助けようと!」
「加減しろ馬鹿!」
スティアが使った精技は”爆砕陣”。斧技の中級精技だ。
そう、斧技。通常、斧の重量と破壊力を生かして使う精技だ。
それをコイツは、まさかの素手でやりやがったのだ。
んな無茶する局面でもないだろうがっ。ブッ飛んでやがる。いや、ブッ飛んだのは俺だったけど。
「中級精技なんて使ってんじゃねぇよ! 死ぬかと思ったわ、このハゲ!」
「わ、わたくしはハゲて何ておりませんわ!」
「うるせぇ! 心の問題だっ!」
「こ、心――!」
がぁんとショックを受けたように固まるスティア。目を丸くして息を飲む。
だが徐々に、「心がハゲって何?」という表情に変わっていく。まあそうだよね。俺も知らん。
「よしお前ら、さっさと迂回して川に行くぞ!」
聞かれても困るからとりあえず誤魔化そう。今優先すべきは当初の目的なのだよ諸君。
先程ばたばたがあった一帯は流石に危険なので通れないが、それなら迂回すればいいだけだ。邪魔な連中もいなくなったことだし、さっさと行って用事を済ませてしまおう。
「おー! 行くぞ、行くぞー!」
俺に追従し、ホシも元気よく答える。
まったく、コイツは自分のしでかしたことが分かってんのか。大体お前が悪いんだからな。
じっとりとした視線を送っていると、ホシはこちらを見上げて首を傾げた。
分かってねぇんだろうなぁ。楽しそうだったからなぁ。
ガシガシと頭を撫でてやると、「うきゃー!」と楽しそうにホシは声を上げる。
それに諦めのため息を吐きながら、俺は先ほどの川へと足を向けた。
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「まさかこんなにも採れるなんて思わなかったよ。前はほんの一束程度だったんだ。これで捗るってもんさ。助かったよ」
十束ものエクシル草を採取できたことに、珍しく婆さんは俺達に礼を言ってきた。
良い笑顔すら見せてくる。しかし俺の胸中は複雑だった。
そいつを使って一体誰を呪おうというのか。目の前の婆さんが、それほどまで誰かに恨みを募らせているとも思えず、どうにも気になってしまう。
歯切れの悪い返事をする俺に、婆さんは少し不思議そうな顔を見せたものの、今日はもうやることはないよと口にした。ならばもうこんな森にいる意味はない。
用がないなら帰るに限る。
というわけで、俺達は来た道を逆に辿って、また婆さんの家へと戻ってきていた。
出発した時間が早かったおかげで、帰宅したのは昼を回ったばかりだ。今日が終わるにはまだ早い。
なのでホシは遊びに、バドは食料の調達――ようは魔物狩りだ――に行ってしまった。スティアの姿も今は無く、家に残ったのは俺一人だけとなっていた。
家の中は静かなものだ。そんな中、俺は何をしているのかと言うと、特に言うようなこともない。
何かをする気にもなれず、床にごろりと寝そべっていた。
天井にぶら下がる薬草を何気なしに眺める。
そんなものを見ていると、どうしてもあの草のことが頭にちらついた。
一人呆けて草を見上げる。すると突然俺の視線を阻むように、誰かがひょこりと顔を出した。
「どうされたんですの? 貴方様」
どこかに行ったと思っていたが、まだ家にいたらしい。スティアの顔には笑いを噛み締めるような笑顔が浮かんでいた。
一体何がおかしいのか。不思議に思いつつ彼女に返す。
「いや……やっぱ気になってな。言ってただろ? あの草の事」
「呪いの話ですか」
「ああ」
「何だか最近縁がありますわねぇ」
そう言いつつスティアは床に座る。そして俺の頭を両手で持ち上げると、自分の太ももにひょいと乗せた。
うーむ。硬い。鍛えてる上に、こいつは痩せすぎだからな。
気持ちは嬉しいから黙っとくが。俺にだってそのくらいの分別はある。
「気になるのであれば、聞いてみればいいじゃありませんか。どうしてお聞きにならないのです?」
「そりゃお前、聞けるかよ」
「なぜ?」
スティアは不思議そうな顔で首を傾げる。そりゃまあ、なぜと聞かれてしまうと大した理由はないんだが。
「婆さんには婆さんなりの理由があるんだろうし、ずけずけと聞くのもな。スティアだって気付いてんだろ? 俺達が寝た後、奥の部屋に引っ込んだ婆さんが一人でこそこそ何かしてるのを」
「それはまぁ」
初日こそ俺達を警戒してか、婆さんは奥の部屋で素直に寝ていたが、しかしその翌日からは寝るようなことを言いつつ、奥の部屋から気配を消していたのだ。
どこに行ったのかまでは分からないが、この家からは出ているはずだ。
それがきっと、あのエクシル草につながる理由なんだろう。
無意識だが、難しい表情になっていたんだと思う。スティアは両手を伸ばし、俺の頬をぶにっと軽く挟んだ。
何だよ。変な顔になるだろが。
「らしくありませんわねぇ」
「あん?」
「いつもの貴方様だったらきっと、こう仰ってると思いますわ。俺の目の前で起きてることが、俺に関係ねぇわけねぇんだよ! ――って」
スティアはそう言ってくすくすと笑う。その笑顔はどこか嬉しそうにも見えた。
「随分迷惑したんですのよ? でも貴方様はそれでもそう言って、関わってきましたわよね? わたくしに」
そう言われて思い出す。スティアがまだ軍に入って間もない頃の話だ。
あの頃、まだ俺達は王都にたどり着いておらず、戦力を集めるために王国の北部を行軍している最中だった。
そんな時、ひょんなことで同道することになったスティア。彼女は借りがあると言って俺達に付いて来たが、しかしだからと言って皆に馴染むでもなく、逆に壁を作る有様で。
あいつをどう扱う気なんだと、嫌な空気が軍内部に漂う始末だった。
当時のスティアは常に誰かを寄せ付けようとしない刺々しい態度で、顔つきも口調も鋭く、しつこい相手には殺気すら放つ様なこともあった。
というか俺の隊で面倒を見ていたため、その相手は主に俺だった。だから最初、俺はこいつのことが非常に苦手だった。
だが俺は、スティアのことを放っておくことができなかった。他人の感情が分かる俺には、コイツの胸に深い孤独感と寂しさがあることに気づいていたから。
だから言ってやったんだ。スティアが「私に構うな。貴様には関係ないだろう」と冷たく言い放ったときに、先ほどスティアが言った言葉を。
あの時のスティアの、鳩が豆鉄砲を食ったような顔は今でも思い出せる。その顔に思わず噴き出してしまった俺を、スティアは顔を真っ赤にして怒鳴りつけたんだっけか。
俺は昔を思い出しつつ、目の前のスティアに目を向ける。
氷のような冷たい表情を張り付けていた女は、もうそこにはない。ただ柔和な笑みを浮かべて、俺をじっと見つめていた。
「聞いてみればいいじゃありませんか。小さな事で悩むのは貴方様らしくありませんわ」
「あのなぁ……何か馬鹿にしてねぇか? それ」
「うふふ。でも本当の事でしょう?」
まるで俺の事など分かっているぞ、とでも言うかのような笑顔。
「はっ! 全くだ。違いねぇや」
釣られて俺の顔にも笑みが浮かんだ。
「深入りするかどうかはともかく、聞くだけ聞いてみるか。呪いなんて物騒すぎるからな。下手すると洒落にならん話かもしれんし」
「そうした方がよろしいですわ」
何となく俺は、婆さんのことを自分と似たような境遇の人間だと考えていた。
だからきっと俺と同じように、自分の事情にいらない口を出して貰いたくない。そう拒否されるだろうと思い込んでいた。
ただ、婆さんは婆さんであり、俺は俺なのだ。共感するのは勝手だが、決めてかかられてはそっちの方がいい迷惑だろう。
こんなことに、言われるまで気が付かなかったとはな。
俺はむくりと体を起こす。にっこりと笑うスティアに対し、俺が浮かべるのは苦笑いだ。
全く、まさに俺らしくない、だ。ぐうの音も出ないとはこのことか。参ったね。
「ホシがいない今の方が都合がよさそうだが……今は婆さん、いないみたいだしな。戻ったら聞いてみるか」
奥の部屋に人の気配はない。きっとまたどこかに行っているのだろう。
そうと溢すと、スティアは不思議そうな顔を見せた。
「あら、ホシさんがいると何か不都合でも?」
「いや、あの婆さん、随分ホシのこと可愛がってるからな。ガキの前でするような話じゃねぇだろ」
呪いなんて十中八九危険な話だ。普通の感覚なら子供には聞かせたくないだろう。
やましい感情があれば特に、な。
「もし婆さんが戻ってきた時にホシがいたら、念のため連れ出してくれるか? その間に話を聞いてみるわ」
「むぅ。わたくしも聞いてみたかったのですが」
「悪ぃな、頼む」
「承知しましたわ。でもわたくしが言い出したことですから、後でわたくしにも話を聞かせてくださいね」
俺の頼みに、スティアは拗ねたように口を尖らせる。
ただ、それでも。
「当然だろ。むしろこっちから頼むわ。頼りにしてんだ、お前の事は」
こいつから向けられる感情は先ほどからずっと優しく、暖かなままだった。
もうこいつとは長い付き合いだ。だからスティアも、俺が相手の感情を感じ取れることを十分理解している。
その上でこいつは、こうして俺を揶揄ってくることが度々あった。長い付き合い故の弊害と言う奴だ。
当然小っ恥ずかしくはある。だが――
「うふふ。それなら良いのですわ。存分に、頼って下さいまし」
嬉しそうにスティアは微笑む。こんな笑顔、反則だろうが。
揶揄うのは止めろ。その言葉を俺は、どうにもコイツにだけは言えなかった。