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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
序章 英雄譚の終わりに
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2.聖魔大戦

 この国の名は神聖アインシュバルツ王国。この大陸では長い歴史を持つ大国だ。

 だがそんな大国も、三百年程前、突如として現れたある存在に滅ぼされるという()き目に遭った。


 この国を滅ぼしたその者の名はディムヌス。

 後に魔王とも呼ばれるその男は、人族にとっての災厄そのものだった。


 魔王ディムヌスは旧王国であるアインシュバルツ王国を滅ぼすと、王城ファーレンベルクを根城に、魔族や、迎合(げいごう)した森人族、龍人族などを率いて王国全土を侵略。

 二十年もの間、そこに住まう人族らを蹂躙(じゅうりん)し尽くした。


 そして、その魔の手は王国のみならず周辺国までにも伸びる。

 人々の住む土地が徐々に浸食されていく現実を前に、人間達はただただ恐怖に怯えた。

 大陸全土が掌握されていくことにも(あらが)えず、魔王に征服されるのも時間の問題だと、そう思っていたそうだ。


 しかし。希望の芽はまだ(つい)えていなかった。

 王国滅亡当時まだ赤子であり、陥落する王都からかろうじて脱していた王子ヴェイン。彼が魔王軍に対して反旗を(ひるがえ)したのだ。


 彼はディムヌスに抵抗する人間達の力をまとめ上げ、魔王軍に激しく対抗した。

 そして十年もの間魔王軍と戦い続けた末に、主神フォーヴァンより(たまわ)った神剣によってついに、魔王ディムヌスを封印することに成功したのだ。


 これが後に英雄譚として語り継がれることとなる、聖魔大戦の終焉(しゅうえん)である。


 魔王の封印後、英雄王ヴェインはアインシュバルツ王国を改め、神聖アインシュバルツ王国を建国する。

 そして国を再建する一方、魔王ディムヌスの封印が解かれる事のないように封魔の塔を新たに建造し、神剣自体に何重もの封印を施したのだった。


 神聖アインシュバルツ王国はかつての英雄王が築いた国として大きく繁栄し、二百七十年もの間、その名を大陸全土に(とどろ)かせることになる。


 栄華を享受(きょうじゅ)しながらも、子孫達は英雄王がかつて残したと伝えられる訓示により、当時あった()き目を忘れず、軍事、政治両面において盤石(ばんじゃく)な体制を築き上げる。

 その堅実な王政は誰からも敬愛され、官民一体となって王国の繁栄を支える強固な(いしずえ)ともなった。


 しかしだ。

 百年という人族の寿命を考えれば、二百七十年もの月日は、当時の記憶を忘れさせるのには十分過ぎるほどの時間だった。

 永きに渡る平和な時代に、当時の再現など起こるはずも無い。そう誰もが思い込んでいたことは、やむを得なかったのだろう。


 神剣に封じられた魔王ディムヌスは、その油断と過信をついた。奴は人族と神剣による強固な封印を内部から破り、この世に再び躇現したのだ。

 それは今からほんの十年程前の話だった。


 人知れず王国を脱した魔王ディムヌスは、とある地に落ち延び沈黙を守る。恐らく顕現する時に使った力を蓄えるためだったのだろう。

 魔王は弱体化していた。再封印する絶好の機会のはずだった。


 しかし残念ながらそれは、王国側の知るところにはならなかった。

 魔王は封印を破った後、それを再構築することで、王国側の目を欺いたのだ。


 魔王ディムヌスにまんまとはめられた王国は、そんなことも知らず平和な日々を送る。 

 そしてその五年後。魔王ディムヌス率いる魔族軍によって、王都に強襲を受けることになったのだった。


 当時の国王、ガドラス・ゲーアハルト・アインシュバルツは、文武の両面に優れた王であり、英雄王の再来とまで呼ばれる男でもあった。


 彼が国を治めていた時代に魔族の襲来があったことは、王国の民にとっては不幸中の幸いであったとも言える。不意打ちであるにも関わらず、多大なる犠牲を強いたものの、ガドラスはかろうじて魔王軍を一時撤退させることに成功したのだから。


 だがその犠牲の大きさは筆舌に尽くしがたいものであった。

 王都の全戦力は大きく低下し、兵の数は戦前の五割以下まで減少。さらには防衛の指揮を()っていた彼、ガドラス自身も、戦線への復帰が絶望的な重症を負うという凄惨(せいさん)な結果となったのだ。


 すでに敗戦が濃厚であり、陥落も目前という絶望的な雰囲気が漂う王都。そんな中、ガドラスは嫡男(ちゃくなん)であり、たった一人の息子である王子エーベルハルトへ、一つの命令を下す。

 それはこんな内容だったそうだ。


「英雄王ヴェインは各地を巡り、魔王に対抗する勢力をまとめ上げ魔王を封印した。お前も英雄王の子孫として、その軌跡(きせき)をなぞり、対抗勢力を(つの)り……そして魔王を再び封印するのだ」


 ガドラスはこの国と運命を共にすることを既に覚悟していた。しかし嫡男(ちゃくなん)である王子を逃がすことができれば、いずれ英雄譚に(うた)われた英雄王のように、魔王を封印し、国を再建してくれるだろうと考えたのだ。


 強襲を退けられ、一旦前線を引いた魔族軍。脱出するのはこのタイミングしか無い。そうガドラスは確信していた。

 しかしただ逃げろと言っても聞く息子ではないと知っていた彼は、エーベルハルトを王国から逃がすための方便の”つもり”で命を下したのだ。

 例え自分が倒れたとしても、彼が立つ限り王国は滅びないのだと、そう希望を残して。


 ――しかしこの命が王国を救済する奇跡の一手となるとは、英雄王の再来と呼ばれるガドラスですら思いもしなかったことだろう。


 ガドラスの命に従い、断腸の思いで王国を脱した王子エーベルハルト。彼はその命の通り王国各地を巡り、魔王に対抗するための勢力をまとめ上げ、わずか一年の後に王国へ帰還する。

 その数はかつて王都が誇っていた勢力をはるかに超え、その五倍にまで膨れ上がっていた。


 エーベルハルトはガドラスほどの才能に恵まれていなかった。しかしその言い方は彼には少々酷な話であろう。

 エーベルハルト自身は、剣の腕も政治の手腕においても優秀と言って良い実力を持っていた。しかしその父が英雄王の再来とまで言われるガドラスであったため、どうしても色眼鏡で見られてしまい、その実力を正当に判断されなかったのだ。


 周囲の人間は優秀である彼を次期王の器であると認めてはいたものの、現国王ガドラスより二、三歩は劣ると判断していた。

 エーベルハルトが国王となった際に、王国全土に波及するだろう悪影響について懸念を隠していなかった。

 しかしこの事態によって、その判断が誤りであったと気づかされることとなる。


 エーベルハルトは類稀なるカリスマの持ち主であったのだ。

 それはある意味、為政者として最も必要なものを持っていたとも言えるだろう。


 どのような者にも真摯に向き合う彼の姿勢は、人族にとどまらず、かつて魔王に従った森人族――エルフやダークエルフのことだ――や、龍人種である白龍族までもを魅了し、勢力として取り込んだのだ。


 陥落寸前であった神聖アインシュバルツ王国は、エーベルハルトの参戦によって、すんでのところで危機を脱する。そしてそれと共に、攻勢に転じることとなった。


 エーベルハルト王子(よう)する多人種連合勢力の王国軍と、魔王が率いる魔族軍は、四年もの間幾度となくぶつかり合う。

 だが多くの人間達の力が一つになった王国軍は、徐々に魔王軍を押し返していく。


 そしてついに、魔王ディムヌスは再び神剣に封じられることとなった。

 それは今からまだ、わずか一ヶ月ほど前のことだった。


 王子軍が王都に凱旋(がいせん)したときのことは今も忘れられない。

 天を割るほどの大歓声と共に、王国に生きる人々は歓喜に震え、涙を流していた。

 英雄王が今この時、時を超え再び王都に戻ったのだ、と。


 皆が浮かれるのも無理は無いだろう。

 五年もの間、この国中の――いや。この大陸中の人間が、三百年前の英雄譚、その再現を体験しているのだから。


 だからこそ、今が最善の時だろう。


 王子に救ってもらった恩は返したつもりだ。そして、王子もそう思っていてくれたなら、と思うのは傲慢(ごうまん)すぎるだろうか。

 少しばかりの期待を胸に振り返り、王城に向かって深く一礼する。

 そして俺は(きびす)を返し、静かに王都を後にした。


 新しく歴史に紡がれることとなる英雄譚は、英雄の凱旋(がいせん)をもって終幕となるのだ。直前にリタイアしても、きっと許してもらえるだろう。

 何より英雄譚に山賊など出てこないほうが、体面が良いのは間違いない。


 俺は神聖アインシュバルツ王国、元王国軍第三師団長、エイク。

 魔王打倒の念願を果たしたため、本日をもって職を辞し、国を出奔する。

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