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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡

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179.薬売りの天使

 あのままスラム街を爆走すること十分弱。俺達は婆さんの指示する先へと進み、みすぼらしい一軒の家にたどり着いていた。


「ひっひっひ……ご苦労だったねぇ。ここがあたしの家だよ。ま、茶でも出してやるから入んな」


 今は傭兵達が騒がしい。少し身を隠した方が良いだろう。

 そんなわけで俺達は婆さんの言葉に甘え、家にお邪魔することにした。


「これは……随分汚れてますわねぇ」

「きったない家!」

「その辺に座ってな! あちこち触るんじゃないよ!」


 入るなり失礼なことをずけずけ言うスティアとホシ。

 婆さんも流石に気を悪くしたらしく、奥へ引っ込もうというところを振り返り、怒鳴り声を上げていた。


 まあ二人の気持ちも分かる。家はもう空き巣でも入ったのかと思うほどあちこちに物が散らかっていて、お世辞にも奇麗だなどと言えない有様なのだ。

 散らかっている物はどれもが草や花などの植物で、天井にすらぶら下がっている。周囲の植物率が半端ない。さながら森の中だ。

 ここが掘っ立て小屋だということも相まって、まるで廃墟の中に迷い込んだような心境だった。


 そんな汚い場所に適当に座れと婆さんは言う。床に座るのも躊躇われるが、しかし見る限り椅子なんてどこにもない。

 俺はシャドウに声をかけ、クッション――馬車で尻に敷く用で俺が作った奴だ――を四つ出してもらう。そして他の三つを皆に放ると、俺はその場にどかりとあぐらをかいた。


「ちょっと暗いな……」

「ここにランプがあるよ! ほらほら!」


 まだ朝だというのに、窓がないせいで部屋の中は薄暗い。天井や壁の隙間から差し込む光が頼りだが、それも植物が遮ってしまいあまり役に立っていなかった。

 俺はつい独り言を溢す。するとホシがそばにあったらしいランプを手に取り掲げて見せた。


「ホシさん、貸して下さいな」

「はい!」


 スティアは笑顔のホシからランプを受け取り、”灯火(トーチ)”を唱えて火をつける。

 ランプが周囲をぼんやりと照らし出し、薄暗さはなくなった。が、頼りない明かりのせいか、なんだか余計にわびしい気持ちになってしまった。


「言い忘れてたけどね。油がもったいないからランプは消してくれるかい」


 そうこうしていると、奥から婆さんがひょこりと顔を出す。そして手に持ったトレイをバドに押し付けると、彼女はふっと息を吹きかけてランプの火を消してしまった。


「ケチ臭いですわねぇ」

「ケチなもんかい。切実な問題だよ」


 呆れたように言うスティア。だがそれに婆さんは渋い顔をした。

 まあ嘘ではないんだろう。こんな場所に住んでいると言う事は、金が無いという事の明確な証拠だ。

 油だって馬鹿にならない。節約しようというのは当然の事だった。


 婆さんの代わりにバドが手渡してきたコップを無言で受け取る。中からは、何か薬草のような臭いが漂っている。

 試しに一口含む。そして、俺はコップを持つ手を下げた。


「うえ~……っ。にがい……」

「お口に合わなかったかい。ひっひ、まあ無理に飲めとは言わないよ。飲める程度には配合したつもりだけど、まぁアタシも慣れるまでちょっとかかったからねぇ」


 苦そうな声を上げるホシに、婆さんは軽く笑う。

 どうも婆さんお手製のお茶だったらしい。スティアもぴくりと眉を動かした後、無言でコップをトレイに戻していた。


 だがただ一人。バドだけはぐびぐびと飲み干して、空のコップをトレイに置いた。

 もしかして口に合ったのだろうか。流石、森人族なんて言われるくらいあるな。


「おや。もう一杯いるかい?」


 婆さんが更にお茶を勧める。だがバドはこれに強く首を横に振った。

 ああ、なるほど。どうも口に合ったわけじゃないらしい。味を確かめたかったか、残すのを躊躇ったか。そのどっちかだったんだろう。

 必死に首を振るバドに、婆さんも苦笑いだった。


「何だい、あんた達だけ良い物敷いて。あたしにも一つ貸しとくれよ」

「あ? ああ……ほれ」


 後ろ手に影に手を突っ込み、もう一つクッションを取り出す。そして婆さんにぽんと投げた。

 彼女は軽く礼を言いながらクッションを受け取ると、「どっこいせ」と、その上に腰を下ろす。そして音を立てて茶をすすった。


「ふぅ……しかしまぁ、何だ。アンタ達には世話になったねぇ。いつもならあんな傭兵達は撒いてやるんだけど、今日はどうしてかあちこちにいてねぇ。参ったよ」

「いつもって……貴方、いつも傭兵に狙われてるんですの? まさかおかしな事をしているわけじゃあ――」

「おかしなとは失礼だねこの子は」


 訝しそうな視線を送るスティアに、婆さんは心外だと片眉を上げる。


「あたしはね。町の近くで薬草なんかを取って、薬を作ってるのさ。ま、見ての通りだよ」


 彼女は部屋の中をぐるりと見回す。なるほど、ここにあるのはその薬の材料と言うわけだ。

 俺達は釣られて部屋を見回す。そんな様を見て、婆さんはニヤリと口を歪めた。


「このスラム街には、怪我だの病気だのしても治療なんてまともに受けられない連中がゴロゴロいる。あたしはそんな連中相手に格安で薬を売ってるんだよ。今じゃ、”薬売りの天使”なんて呼ばれてるくらいさ」


 誇らしげに婆さんは胸を張る。

 だがそれも束の間の事で、


「……でも代官様はそれが気に食わないらしくてね。自分のために働けって、ああしてちょっかいかけてくるのさ。いい迷惑だよ、全く」


 彼女は呆れたように肩をすくめると、また音を立てて茶をすすった。


 薬草で薬を作る。そう一口に言っても、腕前の程度は人によってかなりの差があるだろう。

 その辺の草を煎じて飲ませるなんて民間療法から、生命の秘薬(ポーション)を調合するなんて金貨がブッ飛ぶ手法まである。

 この婆さんがどの程度なのかは知らないが、しかし貴族に狙われるほどだと言う事はつまり、叙爵(じょしゃく)される程の腕があると考えてもいいのだろう。


 俺が一人そんなことを考えていると、ホシがちょいちょいと袖を引っ張ってくる。

 彼女は俺と目が合うと、無言でちょいちょいとある方向を指差す。見てみれば、そこにはラニック草が束で置いてあった。


 ラニック草は傷薬の原料となる薬草だ。俺達もつい最近セントベルで依頼を受け、採集していたことがある。

 これがあるという事はつまり、この婆さんが傷薬を作れるという意味でもある。作れなければ普通、こんな薬草は取っておかず売るだろうからな。


 傷に効く薬として一般的に普及している薬、傷薬。だがなぜ傷薬という名前なのかと言う事については、詳しく知る人間はいない。


 傷に効くから傷薬。なんと安直なことだろう。

 他にも毒を消すから解毒薬なんて名前の薬もある。たぶん名前を付けた奴は同じ人間なんだろう。そう思わせるような、面白味が欠片もないネーミンスセンスだった。


 ただ。その名づけは安直だが、しかし非常に的を射ている名前でもあった。


 傷薬は、打ち身、切り傷、擦り傷、刺し傷、どんな傷にもてき面に効く。怪我にはとりあえず塗るか飲むかしておけば効果がある優れものなのだ。

 これは解毒薬についても同じだ。どんな毒を食らっても、とりあえず飲ませておけば治ると言われるほど、どんな毒にも効く。

 民間療法で作った薬だと、こう万能にはいかないだろう。


 名前は安直だが、しかし万能の魔法薬。これを作れる者なら、まず間違いなく国から準男爵位をもらえる。

 もし生命の秘薬(ポーション)を作れるなんてレベルなら男爵位でもおかしくない。国が爵位を与える程に、貴重な技術だと言う事だ。

 そんな人間がこんなスラム街にいるのなら、貴族が囲おうとするのも自然な話だった。


 だがこれは、国に定住して欲しいからこその叙爵(じょしゃく)なのだ。あんな力ずくで従えようなんて、主旨を全く理解していない愚行だろう。

 この町の代官がどの程度のオツムなのかということが、あの一件だけで良く分かる。だがこの二人にはどうでもいい話だったらしい。


「ねぇすーちゃん。天使って、何?」

「うーん……。神様の使いというか……人が死ぬときに迎えに来るとか、そんな感じですかねぇ」

「死にかけだと来るの? それって、死神ってこと?」


 変な内容をひそひそと話し始める。

 だがどうやらそれは婆さんの耳にも入っていたようだ。


「聞こえてるよ! 誰が死神かね!」


 婆さんは唾を飛ばす勢いで二人に食って掛かった。


「じゃあ、死にかけの天使!」

「薬売りの天使だってんだよ! 誰が死にかけだい失礼な子だね!」


 ビッと差されたホシの指を、婆さんは憤慨しながらペシリと叩き落とす。

 まあ死にかけの天使ってのも、婆さんだから半分くらいはあってる気もするが――っとヤバイ。こっちを見た。

 俺は即座に視線を外す。それに婆さんはフンと鼻を鳴らした。


「まったく、失礼な連中だよ。大方あの傭兵達の様子もあんた達のせいなんだろう?」


 じろりと婆さんは俺達をねめ付ける。口調は疑問形であるものの、明らかに確信しているという態度だ。その責めるような視線に思わず顔が引きつった。


「な、何でそう思う?」

「フン。あの傭兵共、昨日から随分騒がしくしていたからね。そこに現れた見ない顔のあんた達。つなげて考えるのが自然だよ」


 この町じゃ、傭兵に盾突こうなんて奴は一人もいないからね。そう言って、婆さんは面白くもなさそうに鼻から息を吐き出した。

 何か事情がありそうだと俺達は顔を見合わせる。するとそんな俺達に目を光らせ、婆さんはずいと距離を詰めてきた。


「このままじゃ傭兵達が怖くて外に出られやしない。商売あがったりだよ。どうしてくれんだいあんた達。営業妨害だよ」

「え、営業妨害ってなぁ――」

「こうなったら責任取ってもらうからね。明日から覚悟しておきな。いいね、ダーリン!」


 不敵に笑いながら、またいらんことを言うババア。

 俺は思わず頭を抱える。その上を、誰かが空を切って跳び越えていった。


「誰がダーリンだ貴様ぁーッ!」

「ひっひっひ! 来たね小娘! かかってきなぁッ!」


 カッと目を見開き飛びかかっていくスティアと、それをゆらりと迎え撃つババア。突如二人の戦いの火ぶたが切られ、部屋中の草が宙を舞った。

 瞬く間に緑に覆われた視界。そのすぐ後に(おびただ)しい量の埃も舞って、部屋が一気に灰色に染まった。

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[一言] 実年齢はどっちも似たようなもん、何ならスティアがお姉様でしょ 婆様大戦
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