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元山賊師団長の、出奔道中旅日記  作者: 新堂しいろ
第四章 薬売りの天使と消えない傷跡

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172.情報屋

 結局その塩漬け依頼を請け負った俺達は、冒険者ギルドを出て、服飾店リィリンに向かおうとしていた。

 が、思いがけずそんな俺達の背中に声がかかった。


「ちょっとちょっと、おにーさん。そんなに急いでどこ行くんですかー?」


 おにーさんではなくおじさんだが、つい振り向いてしまう。違ったら赤っ恥だったが、幸いにもそこにいる人物は俺に向かって笑顔を見せていた。


「どうもどうも。初めましてー。ちょっとお話いいですかー?」


 そこにいた人物は、長いピンクブロンドを後頭部で一まとめにした、スレンダーな体系の若い女だった。

 革のジャケットを羽織り、パンツスタイルで長いブーツを履いている。特徴的なのは、背負った背嚢(はいのう)と左右のウエストバッグだろうか。いずれもかなり大きいサイズのものを身に着けている。

 背はあまり高くない。女の細さも相まって、やけに背嚢(はいのう)が目立って見えた。


 その女は妙にニコニコとこちらに近づいてくる。だが、それを警戒したスティアが俺の前に歩み出た。


「貴様、そこで止まれ。もしそれ以上近づくようなら――」

「待って待って! そんなに警戒しないで下さいよー! 変なことはしませんって!」


 スティアのあげた低い声に、女は慌てたように両手を振る。しかしそんなそぶりを見ても、スティアは警戒を緩めなかった。

 そうだろう。その女、妙に気配が”薄い”。ホシもそれを感じてか、バドの肩からぴょいと飛び降りてきた。


「お前は一体何もんだ? 俺に何か用か?」

「あっ、そうですそうです! ついテンション上がっちゃって、名乗るのを忘れてましたよーアハハー!」


 可笑しそうに笑った後、その女はコホンと咳ばらいを一つすると、右手を胸に当てる。


「私の名前はローズ。しがない情報屋をやってましてー。どうぞお見知りおき下さいな」

「ローズ、ねぇ……。明らかに偽名じゃねーか」

「そーいうことは分かっても黙っていて下さいよー。せっかくの雰囲気が台無しじゃないですかー」


 身体的な特徴を取って偽名にするなんて、使い古された手段だ。そのピンクブロンドに視線を向けながらカマをかければ、女は悪びれもせずにへらりと笑う。


「で、何だって? 情報屋だ?」

「ええ、ええ。そうなんですよ。それでね、耳寄りな情報があるので、どうかと思いましてね。どうでしょー? お一つ買っていきませんかー?」


 彼女は俺を見てにんまりと笑う。だが。


「しだんちょー様には有用だと思うんですけど、ねー?」


 女がそう口にした瞬間。スティアの体が弾かれたように動く。

 俺がそうと気付いた時にはすでに、スティアはその女の首筋に刃を添えていた。


「貴様……何者だ? 吐け」

「ちょ、ちょっとちょっと! だから何も変なことはしませんって!」

「黙って答えろ。返答次第では――」


 スティアは短剣を彼女の首に軽く当てる。女は参ったとでも言うように、両手を高々と上げた。


「あ、あのですねー! シュレンツィアであんなに騒いだ癖に、ばれないとでも思ってるんですかー!? 私らも商売ですから。舐めてもらっちゃー困るんですよねー!」

「む……」


 口を尖らせて女が言えば、スティアもためらうように声を漏らした。

 確かにあの騒動を知っていれば、俺達が誰かなんてすぐ分かる。まだ疑いは晴れないが、王都からの追っ手ではなく、本当にシュレンツィアから俺達を追ってきた奴かもしれない。


「あー、スティア。もういいわ」

「……承知しましたわ」


 俺はがりがりと頭をかく。スティアも渋々と言った様子で短剣を降ろすと、鞘に戻しながらトントンと後ろに飛んで戻ってきた。

 女はわざとらしく息を吐き出しながら首元を撫でている。だがその顔には汗の一つも浮かんでいなかった。大したタマだ。


「いきなり悪かったな。で、情報が何だって?」

「あのあの、できればもっとちゃんと、心を込めて謝って貰いたいんですけど。私が詰め所に駆け込めば、そちらも都合が悪いでしょー?」

「あのな。そう言うなら気配を消しながら近づいてくるな。警戒されるのも当然だろうが。暗殺者(アサシン)かと思ったわ」

「あ、あれ? そうでした? んー……で、でもでもっ。こーんな可愛い美少女捕まえて、暗殺者(アサシン)は無いと思いますけどー?」


 頬に人差し指を当ててにぱっと笑うローズ。自分で美少女とか言ってたら世話ねぇわ。

 ってーかその言い草、暗殺者(アサシン)はみんなブスって言ってるのと同じだぞ。お前暗殺されたいのか? スティアが青筋立ててるぞ。


「で、一体何の用ですの? わたくしたちも暇ではないので、さっさと済ませて頂きたいのですが」


 彼女の笑顔に露骨に顔を歪めるスティア。こいつは変に愛想を振りまくタイプが好きじゃないからな。

 そんな冷たい態度の意味を知ってか知らずか、ローズはたははと困ったように笑った。


「あらら。ちょーっと雑談でもと思ったんですけど、まーお急ぎなら仕方ないですねー。早速本題に入りましょーか。とは言えこういうのはまず信用が必要だと思いますから、先にサービスで一つ、お役立ち情報を教えちゃいましょーかねー」

「そりゃ景気の良い事だな」

「ふふん、そうでしょう? さてさてっ。なーんにしよーかなー……っと」


 情報屋にとって、情報は飯のタネだ。それをタダとは太っ腹なことだ。

 ローズはウエストバッグから手帳を一つ取り出してパラパラとめくる。


「あ、こんな情報でどうでしょーかね? 北部のとある領のことなんですけど。ピンコット領って知ってます?」


 そして、あるページでその指を止めた。


「ピンコット……? あ、確か、お前と初めて会ったとこじゃなかったか?」


 王子軍がまだ王都に帰還しておらず、各地を回り戦力を募っていた時の事。そのピンコット領にも行ったが、その時に偶然スティアと会ったのだ。

 当時、スティアは森に繁殖した魔物、巨大百足ジャイアントセンチピードの駆除依頼を引き受けてそこに来ていたのだが、その繁殖数が予想を遥かに超えており、苦戦をしていたのだ。

 そんな時、偶然そこに来た王子軍が加勢し、討伐に協力することになった。それが俺達の縁となったのだ。


「そうですわね。懐かしいですわ」


 スティアはわずかに頬を緩ませる。あの時、このスティアがこんな柔らかな顔をするとは思えなかった。

 常に人を射殺すような目つきだったスティア。それが随分と変わったものだ。


「さてさて。その北部のピンコット領の話なんですけど。とある町では今、村を騒然とさせる大変な事件が起きているんです……」


 ローズはそう言って俺達にぐるりと視線を巡らせる。

 その表情は真剣そのもの。こちらも釣られて真顔になる。もしかして、また魔物が繁殖したとか、そういう話だろうか。

 彼女はこちらをぐるりと見回すと、静かにその口を開いた。


「丁度レンコン(スータロ)の収穫期なんですよねー。で、農家の皆さんは収穫した後豊作に感謝して、レンコン(スータロ)を両手に、スータロ! スータロ! って叫びながら町を練り歩くんですよ。面白くないですか?」

「いきなり何の話だ!?」


 だがそれは、思ったような情報と違った。

 農家の皆さんがレンコン(スータロ)を突き上げて行進する情景が脳裏に浮かび、慌てて頭を振って消し去る。


「え、面白くない? あ、じゃあ私のスリーサイズとか?」

「いらねぇよ! 何だその情報!?」

「上から129.3、129.3、129.3です!」

「ビア樽かテメーは!」


 いきなりクソみてぇな情報をブッ込んでくるんじゃねぇ!

 ホシが「すーたろ!」とか叫び出したじゃねぇか! どうすんだこれ!


「あはは、気に入ってもらえたみたいですね。まあ今のは小手調べです。本命は別ですよー」

「なんの小手調べなんですの……」


 毒気が抜けたように肩を下げるスティア。警戒するのも馬鹿らしくなったようだ。

 これがローズの狙いだったら凄いが、まあ違うだろうなぁ。何なんだコイツ。

 ケラケラと笑いながらローズはまたもペラペラとページをめくった。


「えー……これなんてどうでしょうかね」

「次は何だよ……全く」

「二つの大盗賊団が抗争を続けてた話なんですけど」


 正直言って俺も気が抜けていた。だから、思わず眉がぴくりと動いてしまう。

 それを見たローズの口がゆるりと弧を描いた。


「ここから南東のディストラー領に”汚れ狼(ダーティウルフ)”って大きな盗賊団がいたんですけどね。まあどんな犯罪行為にも手を染めるっていうので、すごーく凶悪卑劣な連中でして。そのせいでディストラー領は荒れに荒れてましてね? いやー、あそこでの商売はですね、私が女だってのもあると思いますけど、それはもう命がけのことも多くて――」

「おい、話がずれてるぞ。その盗賊団がどうした?」


 こいつ口が軽そうだな。これで情報屋なんてやれるのか。

 俺の指摘にローズは軽く笑った。


「おっとぉ、失礼失礼。で、ですね、その”汚れ狼(ダーティウルフ)”なんですが。割と最近ですが、ずっと争っていたもう一つの盗賊団に潰されたらしいですよ。どうもディストラー領の兵士と挟み撃ちにしたそうです。その盗賊団、下手をしたら自分達もお縄だというのに、いやはや全体どうやったんでしょうね? ま、とにかくそう言う事なんですよー。もしかしたら残党がこの辺にもいるかもしれませんから、皆さん気を付けて下さいねー」


 ローズはそう結んで、パタンと手帳を閉じた。


「もう一つの盗賊団ってのは?」


 俺がそう問うと、


「そちらの方が良く知ってるんじゃーないですかー?」


 ローズは軽く首を傾げ、目を細めた。

 俺も釣られて口角が上がる。なるほど、こいつは使えそうだ。


「えーちゃん」

「おう」


 隣のホシが片手を真上に上げた。俺はその手にバシンと手の片を叩きつける。

 ホシの顔に満面の笑みが浮かぶ。ついでにローズの顔にも。


「さてさて、これで信用してもらえたかと思いますが、どうでしょー?」

「分かった。その耳寄りだって言う情報、買ってみよう」

「えっへへ! 話が早いのはいいですね! まいどまいどー! あ、今回に限り、前金は結構ですよー」


 俺をその盗賊団の関係者だと知り、こいつはわざわざ接触して来た。その情報の確度は高いと見込んだ。

 後は売り込んできた情報とやらが俺達に役立つかどうかだが。

 聞いてみないことには分からないものの、しかし損はしないだろう。不思議とそんな気がしていた。


 ローズは懐からある一枚の羊皮紙を取り出し、広げて目を落とした。


「しだんちょーさん。貴方には、とある人物から追っ手が差し向けられてますねー。どうも大物らしくて特定はできませんでしたけど。でも、気を付けた方がよろしいですよ」


 だが、その口から出てきた話に俺は気が抜けた。そんなもんは知っている。盗賊ギルドでも確認済みだ。

 そう言おうと口を開く。しかし出そうとした言葉は、喉元で止まった。


「追っ手もまあ、随分な人達ですね。私も噂くらいしか知りませんが、皆さん聞いたことないですか? ”断罪の剣”って。いやーこんなの雇うなんて、相手は本気で本気ですねー。他人事ながらぞっとしますよ」


 ”断罪の剣”。どこかで聞いたような気がして、俺は記憶を辿る。

 しかしスティアが上げた驚愕の声に、そんな思考は吹き飛んだ。


「ばっ――馬鹿なっ! ”断罪の剣”だと!? そんなわけがっ!」

「あるんですよー、残念ながら。対策必須ですよー? どうですか?」


 あまりに驚いたためか素に戻ったスティアに、ローズがゆるりと笑って答える。だがその目だけは笑っていないように見えた。

 その表情を見て悟ったのだろう。スティアは下唇を軽く噛む。

 かと思えばすぐにウエストバッグに手を突っ込み、そこから取り出した何かをローズへ放り投げた。


「おおっ! この魔石! この大きさだと三等級は固いですよー!」

「そいつをくれてやる。継続して情報をよこせ。貴様から売り込んできたんだ、できないとは言わせないぞ」

「もっちろんですよ! 危ない橋を渡ったかいがありましたねー! どうもどうも! これからもごひいきに―! ではではっ、また会いましょー!」

「お、おいっ!」


 二人の間で会話が勝手に進み、そして終わってしまった。

 俺はローズへ手を伸ばすが時すでに遅し。彼女は俺に目もくれず、風のように走り去ってしまった。


「すーちゃん、”断罪の剣”って何? 知ってるの?」


 唖然とする俺の耳にホシの声が届く。いつもにはない、若干の緊張感をはらんだ口調だった。


「知っては、います。いますが……」


 反対にスティアの口から出てきたのは、らしくもない弱々しい声だった。


「申し訳ありません……。この話はいずれ。断罪の剣についてもう少し分かってから……必ず致しますので」


 結局スティアの口からは語られず。だが俺達も、下唇を噛む彼女の様子に、それを促すようなことは出来なかった。



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「きゃーっ! やっぱりよくお似合いですよ!」

「思った通りすっごく奇麗ね!」

「見たか我らの職人根性! なめるなクソッタレーッ!」


 新しくデザインされた服を着たスティアを取り囲み、店員達が黄色い声を上げている。

 猛々しい雄たけびも聞こえるが、はてさて誰に向けたものだろうか。


「やっぱりパンツスタイルよりスカートの方が似合いますね! 私の目に狂いはなかった!」

「すーちゃん奇麗!」


 ホシも店員達に加わり騒いでいる。俺とバドはその輪には加わらず、少し離れてスティアの様子を見ていた。


 少し影のある表情でリィリンまで歩いてきたスティア。だが店に入った瞬間店員達に取り囲まれ、あれよあれよという間に着替えさせられることになった。


 彼女が今着ているのは、淡い若葉色のワンピースだ。スカート部分はプリーツスカートで、全体がふんわりとした作りになっており、腰の部分を革のベルトで軽く締めている。

 上半身は丈の短い白いカーディガンを羽織っていて、品の良いお嬢さんと言った見た目に仕上がっていた。


 ただ、問題はその当の本人である。スティアは先程から曖昧な笑みを浮かべ、まるで心ここにあらずと言った様子だった。


「スティア、ちょっとこっち来い」

「え?」


 俺はそんな彼女を手招きし、引いた椅子に座らせる。そして櫛を手に、彼女の後ろに立った。


「せっかくめかし込んでるんだ。俺にも手伝わせろよ」


 櫛を彼女の髪に通し、梳かしていく。上品な髪形なんてのは俺には無理だが、しかし昨日、スティアはあんなにも楽しそうにしていたのだ。

 先ほどの話で色々と思う事があるんだろう。だが、はしゃいでいたスティアの事を思えば、こんな形で終わらせてやりたくはなかった。


 慌てるスティアを気にせず、俺は髪を一つに編んでいく。耳より少し上の部分の髪を後ろでまとめ、そこにいつもの黒いリボンを通す。そして髪と一緒にリボンを編んでいき、毛先を少し残して紐で縛った。


 スティアの銀色の髪に黒いリボンが映え、いいアクセントになっている。

 店員達も「キャーッ!」と歓声を上げているから、出来栄えは良いと思う。バドもぐっと親指を立てていた。


「あ、貴方様……」

「うん、美人さんだ。ほれ、鏡見てこい」


 スティアはゆっくり立ち上がると、姿見の前に立つ。何を思うのか、スティアはしばらくその前にじっと立っていた。


 二、三分そのままでいたスティアは、くるりと体を(ひるがえ)す。

 こちらを向いた彼女の表情は、いつも通りの、柔らかさを湛えた笑みだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白い。一気読みしてしまいました。 主人公に人情味があり好感が持てるし、 他のキャラ描写もとても良い。 所々突っ込んでくるネタも、思わず吹き出してしまう。 その全てを支える文章も読みやすく…
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