170.一仕事終えて
デュポとコルツを回収してから魔窟を出ると、辺りは茜色に染まっていた。
俺が出てくるのを見て、衛兵達がギョッとした顔を見せる。これがアルバーノに買収されたという奴らか。
俺は無言のまま連中に近寄ると、問答無用でぶん殴って木に縛り付けてやった。
こいつらも盗賊に加担したのだ、お咎めなしとはいくまい。
真相が明らかになれば当然捕縛される。遅いか早いかの違いなのだから、今俺が縄を打っても構わないだろう。
まあ一番の理由は、こいつらにもムカッ腹が立っていたからだが。
これでやるべきことは全てやり終えた。後はこの町からすぐに出るのみである。
下衆野郎とはいえ、あれでもアルバーノは貴族。奴を殺した事実が露見すれば、面倒なことになるのは間違いない。
一応証拠の隠滅のために、奴の死体を第三階層に放り投げてきた。
三階層に降りた直後、放たれた矢のようにカッ飛んできた犬――たぶんライラプスだろう――にはビビったが、そいつに投げつけたところ喜んで噛み付いてきた。
近いうちにあの死体は骨だけとなり、誰かの判別もできなくなるだろう。
魔窟で死ぬ冒険者なんて珍しくもない。だからこれで、真相は闇の中というわけだ。
とは言え、俺が奴らと対峙したことを知っている者がいる。あの三人娘だ。
避けたとしても、同じ町にいてはいずれ見つかるだろう。そうなれば、あの後どうなったか詳しく聞かれることになる。最悪貴族殺しの罪で首が飛ぶ。
なるべく早くに町から出立する必要があった。が、問題は、サリタ達が衛兵に話を通しているだろう事だ。
これから町は貴族間の揉め事によって、非常に騒がしくなるはず。となれば事件直後の今よりも、明日の早朝の方が目立たないかと俺は思っていた。
いつ町を抜け出すか考えながら、代えのローブで顔を隠しつつ、茜色に染まった町を目立たぬよう急ぎ足で歩く。
「おい、もう終わったか?」
そして、スティア達を置いてきた服飾店――今更だが、リィリンというようだ――に着くと、俺は返事も待たずに遠慮なく店の奥に入った。
皆を置いてきたが、どうしているだろうか。店を出てからもう大分時間が経っているため、もう出てしまったかもしれない。
少し不安を覚えつつ奥にひょいと顔を出す。
「あ、な、た、さ、まーーっ!!」
「ぐへぇっ!?」
だがそこで、思わぬ衝撃が俺の腹部を襲った。
俺の胸にスティアが急に飛び込んできたのだ。思わずカエルが潰れたような変な声が出た。
「わたくしを置いて行くなんて! あんまり! あんまりにあんまりですわーっ!」
スティアは俺の襟元を掴んでガクガクと揺らす。あまりの勢いに俺の視界はぶれにぶれまくった。
「すぐ戻ってくるかと思いきや全然戻られませんし! ≪感覚共有≫もお切りになりますし! 店員は離してくれませんし! ホシさんは寝てるし! バドは厨房で料理を始めるし! わたくしがどれだけ心配したかっ!」
「分かった分かった! 全面的に俺が悪かったっ! だから落ち着けっ!」
「本当にそう思ってらっしゃいます!? ねぇ! 思ってらっしゃいますか!?」
ぐすぐすと鼻をすすりながら詰め寄るスティア。最後の方はもう俺関係ない気がするが、とりあえず何とか落ち着かせようと、その両肩を掴んだ。
そうして必死で宥めていたところ、今度は奥の部屋からのっそりと出てきたマッスルと目が合った。
見ればバドは大きな鍋を両手で持ち、エプロンまでしている。何してんだコイツ。
スティアを落ち着かせながら話を聞く。すると彼女はぐすぐす言いながら説明を始めた。
スティアに強いインスピレーションを受けた店員達。彼女らは一通り騒いだ後、早速新作の服を作り始めたそうだ。
どうも今日は泊まり込みだと息まいているらしい。なので時間のあったバドが、そんな彼女らのために夕食を作ってやっていたそうな。
正直俺にはよく分からないが、どうもそういうことらしい。
「それじゃ、三日後にまた来てくださいね!」
スティアと話をしていると、最初店の前でスティアを捕まえた店員が愛想よく話しかけてきた。
三日後に何かあるのだろうか。俺は彼女に目を向ける。
「三日後って何のことだ?」
「いやですよぉ! もちろん、試作のお披露目会に決まってるじゃないですか!」
俺の疑問にニコニコと、それが当然のように応える店員。
だが俺達は明日にでもこの町を出なければならないんだ。そんな時間はないぞ。
「そりゃ悪いがこっちにも都合がある。俺達は明日の朝に町を出るつもりだからな、そりゃ無理だ」
『えぇぇぇぇえっ!?』
俺がそう言えば、店内にいた店員達が全員目をむいてこちらを見た。
いや、何だよ。怖ぇな。
「貴方様?」
「悪い、ちょっと巻き込まれた。後で話す」
不思議そうに見るスティアに小声で言えば、何となく伝わったようだ。それ以上の追及はなかった。もう付き合いも長いからな。
だが店員達はそうはいかない。次々に俺に詰め寄ってくる。
「たったの三日ですから! 待てませんか!?」
「新作の服をタダでプレゼントしますから! いいでしょう!?」
「彼女さんの奇麗な姿、見たくないですか!?」
「か、彼女!? デュヘ、デュヘヘヘヘッ!」
何とか思いとどまらせようとする店員達。でも、そういうわけにもいかないのだ。
耳まで真っ赤にして変な声を上げるスティアのことは放っておいて、俺は首を横に振る。すると店員達は集まってひそひそと相談を始めた。
その間一分ほど。話がまとまったのか、一斉にこちらを向いた。
「じゃあ明日の朝、また来てください! 絶対ですよ!?」
「お、おう」
「こうしちゃいられないわ! 皆、やるわよ! このコンチキショーに職人魂を見せつけてやりましょうっ!」
『おおーっ!』
拳を振り上げる店員達。彼女らは一斉に声を上げると、ダッと散開して行った。
なんか今、凄く自然に罵倒された気がするんだが、気のせいか?
「……店のことはほっといていいのか?」
「か、彼女ですって! うひゃひょへっ! うひゃーっ!」
頬に手を当てくねくねと体を揺らすスティア。こりゃダメだ。バドもまた彼女らを追って奥へ引っ込んでいったため、頼りになる者がいない。
他に誰かいないかと店内を見回す。すると部屋の隅に小さな人の姿が見えた。
そこにいたのはホシだった。へそを出して幸せそうに高いびきをかいている。
何の悩みもなさそうな、凄く幸せそうな姿。そのだらしない恰好を見た俺は、ごちゃごちゃと考えるのを止めた。
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その日適当な宿で静かに夜を過ごした俺達は、翌朝早くに引き払い、まずは冒険者ギルドに足を運んだ。
今度はちゃんと出発の報告しようと思ったのだ。もう何度もすっぽかしたから、目を付けられる前に体裁を繕っておこうというわけだな。
昨夜、衛兵と思われる者達が大分騒がしくしていたが、今朝になって静かになったという理由もある。だからぱっと行ってぱっと帰ってくるつもりだった。
冒険者ギルドも同じく朝早くということで、殆ど人はいなかった。
だというのにだ。
「ノッホホ! お待たせ致しましたな!」
俺達は今、カウンターで待ちぼうけを食らっていた。受付に座るツーケィからある物が届いていると言われ、それを取りに行った奴を待っていたのだ。
ビシッとわけの分からないポーズを決めつつそれを手渡すツーケィに、俺はあらん限りの冷たい視線を送る。しかし奴はふてぶてしくも満面の笑顔を見せた。
「それではこちら、カーテニア様宛てに送られてきた手紙ですな。どうぞお確かめくーださい! ノゥッホ!」
俺は奴が差し出した物を奪うように受け取り、差出人を検める。
そして目を見開いた。
「――リリか!」
つい声を漏らす。
「りりちんから!? 見せて見せて!」
「リリさんですか?」
その言葉に反応して、三人がすぐ顔を寄せてきた。
一月ほど前にセントベルで臨時パーティを組んでいた少女。青龍族であるリリの名前が手紙には記されていた。
いずれ連絡を取ろうと思っていた矢先、向こうから連絡が来るとは思わなかった。
俺は封を切りながら皆を伴い、ギルドの一角にある打ち合わせスペースへ向かう。そして誰もいないテーブルにドカリと座ると、ガサガサと丸まった手紙を開いた。
他の三人もテーブルを囲むようにして座る。その目は早く内容が知りたいと、期待に見開かれていた。
「……やっぱり、素性がバレたな」
「予想はできましたけれどね」
手紙には、無事にヴェヌスに会い目的を達成できたこと。そしてそこで俺達の素性を聞いたことがまず書いてあった。それを聞いたスティアはくすりと笑う。
関わってしまった以上、リリがヴェヌスに会うなら、俺達の身の上が露見する可能性は十分にあった。世間話からもしや、なんてことは普通にあるだろうしな。
俺は少し気まずさを感じながらも読み進める。そしてそこでリリの身の上と、今の目的――ヴェヌスの頼みで俺達を追いかけていることを知った。
「まさか、なぁ。リリが」
「リリさんが青龍姫ですか。なんだかヴェヌスの印象が強すぎて、ピンと来ませんわね」
あのおっとりとして謙虚で、温和が服を着ているようなリリがまさかの青龍姫だ。思わず苦笑いが漏れてしまった。
スティアが口にしたが、龍人族の姫というと気骨心溢れる武人然とした人物なのだろう、という思い込みが俺にもあった。
それは、唯一知っている姫がヴェヌスしかいないということ。そして知己のある龍人族が白龍族と黄龍族しかいないということ。その二つがあったからだ。
白龍族も黄龍族も、どちらもガチガチの武人肌だ。だから青龍族もそうなんだろうと思っていたのだ。
だがどうやら思い違いだったらしい。スティアと顔を見合わせていると、ホシが足をブラブラ揺らしながら声を上げた。
「りりちんはりりちんだよ!」
「ふふ、そうですわね」
「おっ、ホシ。たまにはいい事言うじゃねぇか」
「たまにじゃないよ! いつもだよっ! 失礼なっ!」
ぷぅと頬を膨らませるホシをからかいつつ、先を読み進める。そして最後の一文まで読み終わると、息をついて椅子にもたれかかった。
「随分面倒臭いことになってるな。オギュ婆さんがねぇ」
シュレンツィアでの大海嘯防衛戦。その際に魔法部隊を見事な手腕で指揮をした老婆、オーギュスティーヌ婆さんが、俺が見せた魔法陣に並々ならぬ興味を抱いたらしい。
反転魔法陣や、わざと間違えて作る魔法陣に関しての研究を、一任して欲しいと言い出したそうだ。
リリはそれを認めたが、俺はどう思うか。そう手紙に記されていた。
認めるのであれば、ついでにその手法の名前も考えて欲しいとのこと。
うーむ、と俺は腕を組む。こんなもん勝手にすりゃいいと思うがねぇ。
手紙を見ると、魔法陣の学問に一石を投じる偉業になるとか書いてあるが、俺はそんなもん全く興味がない。お好きにどうぞとしか思わなかった。
名前も勝手につけてくれればいいだろう。魔法陣を間違う手法のほうは、俺は”リリちゃん魔法陣”と勝手に呼んでいたけどな。
さて、”リリからの”手紙はこれで終わりだ。見たいらしく手を伸ばしてくるスティアに手紙を手渡すと、俺はもう一つの手紙に目を落とす。
カーク。その手紙には、そう名前が記されていた。
この国にはよくある名前だ。だが俺がパッと思いつく人間はそう多くない。
そして今俺達の状況を考えると、こんなものを俺に出してきそうな奴は一人しか思い当たらなかった。
差出人を予想しながら手紙を開く。そこにはやはり、俺の勘が当たっていたことを示す内容が書いてあった。
(いらん手間をかけさせたか。また世話になっちまったみたいだな。ジェナスにも……。全く、クソ真面目なあいつらしいよ)
第二師団に所属し、俺達第三師団との橋渡しを精力的にしてくれた男、カーク。
彼からの手紙には、なぜ自分がこうして手紙を送ったか、その経緯が書き記してあった。
彼を遣わしたのはあのジェナスとのことだ。あの仁義に溢れすぎている堅物の友人を思い出し、つい頬が緩む。
そのまま読み進めていくと、白龍族が俺達に追っ手を放っているという内容と、自分がどうして俺達を追っているのかという理由が記されていた。
またそこには、白龍族の追っ手二人の素性と、カークやリリと同道している騎士があのオディロンだという内容もまた書かれており、つい眉間にシワが寄ってしまった。
白龍族の追っ手二人は俺もよく知っている。ヴェヌスを除き、白龍族の中でも一、二を争う、白龍族きっての武人達だった。
また二人はどちらも白龍姫の側近兼護衛役でもあった。そんな二人を放つとは、向こうがいかに本気かはっきりと伺えた。
また、カークと同道している騎士もよく知っている人間だった。
オディロン・メイノス。かつて俺が手合わせを願い、そして騎士と俺達との間の溝をより深くする原因を作ることになってしまった、その相手だった。
その実力は疑いようがない。そして奴は、強硬に俺達山賊団を排斥しようとしていた人間の内の一人だ。
ただ俺を連れ戻そうという、そんな生温いことを考えているはずもなかった。
ここに名を連ねている人間は、どうしたって俺が勝てる相手ではない。場合によっては命にも関わる。
ますます見つかるわけにはいかなくなってしまったと天を仰ぐ。天井の奇麗にそろった木板の列が目に映った。
動く気にもなれず、しばらくぼんやりと天井を見つめる。そんな俺を心配してか、スティアが声をかけてきた。
「貴方様? いかがなさいました?」
「……いや。カークから追っ手の情報を聞いてな。ちょっと頭が痛くなっていたところだ」
俺が苦笑いを見せると、バドとホシもこちらに目を向けた。
「誰が追ってきてるの?」
「まあ、それは後で話すわ。今どうこうって話でもないしな。それよりも――」
もう一つの方だ。絶対面倒臭いだろうから最後にしていた、もう一つの手紙に目を向ける。
その手紙には”エーミール”と、そう書いてあった。




