169.半端者の矜持
相手は大盗賊団”汚れ狼”。相当な手練れだと予想する。
しかも”お行儀”の良い相手じゃない。何でもありの汚い手を戸惑わない盗賊だ。
さらに多勢に無勢だ。手を抜く余裕など全く無い。
男達が一斉に地を蹴りこちらに迫り来る。狙いを絞らせないように散開しながら、まずは二人が肉薄してきた。
迫る二人の男。だがその時男達を追い越して、三本の矢じりのようなものが俺に向かって飛んできた。その刃は不吉な光を放っている。
(お得意の毒飛矢か!)
後ろの男が腕を突き出している。手首などに隠した小型の毒矢を飛ばす、暗器の一つだ。
真っすぐ俺へ飛ぶ毒矢。だがそれに反応すれば、二人の男への対処が遅れる。
多対一で対処の遅れは致命的だ。俺は迷うことなく三本の矢を体で受け止める。次々に矢が体に突き刺さり、ズブズブと沈んでいった。
「はは! 馬鹿な奴だっ! ほっといても死ぬが、そのままやっちまえ!」
二人の男達は真っすぐ間合いへ飛び込み、剣を力強く振るう。手負いの相手に対しての慈悲は、欠片も乗っていなかった。
だが、遅い。
男達の剣が俺を捉えるその前に、こちらの刀はすでに振り抜き終わっていた。
「――ガハッ!?」
「ゴフッ!」
無防備だった胴から鮮血を噴き出し、二人の男はグラリと倒れる。
暗器が奇麗に決まった相手が即座に反応するなど、思ってもいなかっただろう。
さっきの毒飛矢はシャドウに回収してもらったんだ。悪かったな、大人しく死んどけ。
「チッ! コイツ、何かおかしな手を使いやがる! ただの魔法使いじゃねぇ! 隙を与えるな!」
手の内が見えないと言うのは恐ろしいだろう。だというのに一切戸惑う様子も見せず、更に三人の男達が躍りかかってくる。
俺は牽制に太刀を横に一閃し、間合いを確保しつつ太刀を右手の影にしまう。
そして奴らの死角、左手首の下から短剣を取り出して、目の前の男に投げつけた。
「なっ――ガフッ!」
驚愕に目を見開いた男が喉から血を噴き出し、前のめりに倒れていく。だがそれすらも利用するように、男二人が体を隠すようにして、俺の左右から襲い掛かってきた。
「ここまでだッ! 大人しく死ね!」
「このままなます切りにしてやるぁッ!」
地を舐めるような低姿勢から繰り出される連撃。二人の両手から繰り出される四つの斬撃を、俺は取り出した両手の短剣でなんとか捌いていく。
二人の男の連携は完璧だ。後退しながらなんとか捌くが、俺にわずかでも息をつかせないよう、連中はお互いの隙を潰しながら攻め立ててくる。
剣戟の音が途切れることなく平原に鳴り響く。これを崩すのは容易じゃない。
だがここで時間を使っては残りの二人の男も仕掛けてくる。こちらには一秒の時間も無かった。
ならばどうするか。
俺は横薙ぎの一閃に合わせて地を蹴り、一枚の魔法陣を懐から取り出した。
「”飛翔の風翼”!」
ふわりと浮く体で剣撃の軌道から身を逸らし、くるりと宙で体を操る。
突然の変則的な挙動に足が止まった二人の男。俺はその頭上を飛び越え、行きがけの駄賃にと、回収した毒矢を適当に投げつけた。
「ぐぅ! そ、そんな――」
「しまっ――カハッ」
毒矢が相手に傷をつける。男達は途端に口から泡を吹き膝から崩れ落ちた。
全く、こんな危ねぇもん使いやがって。俺が死んだらどうすんだ。
二人の男がバタバタと倒れるのを横目に、俺は地面にふわりと足をつける。
これで残りは二人。
影から伸びた太刀を再び握り、残る男達に視線を向ける。すると俺の目に、こちらに飛んでくる何かがアップで映った。
「くっ――!?」
それは目の前で炸裂し、周囲を白一色に染めあげる。
突然封じられた視界に足が止まってしまった。
(煙幕かっ!)
そう気が付いた直後、≪感覚共有≫が俺に警告を飛ばしてきた。
殺意をみなぎらせ、煙幕の中に二人の男が飛び込んでくる。頭で考えるよりも早く、体が地面を蹴り飛ばしていた。
「逃がすかぁっ! ”破砕撃”!」
「食らいやがれッ! ”疾風斬”ッ!」
男達の怒号と共に、二つの剣閃が十字を描く。オーラをまとう白銀の軌跡が、煙幕ごと俺の立っていた場所を切り裂いた。
(あっぶねぇ! 野郎……死ぬかと思ったじゃねぇかっ!)
すんでのところでかわせたが、実際かなりヤバイ所だった。
白煙から脱出した俺は地面を転がり膝を突く。ひらりと舞った服の切れ端に、冷や汗が背中をどっと流れ落ちた。
(マリアネラに感謝だな。”勇壮の風”が無かったら確実にもらってた。クソッ!)
霧散した白煙。だが男達は気にもせず、そのままこちらに地を蹴って、態勢を崩した俺に向かって来た。
手に握る剣は再び目映いオーラを放っている。そして、それ以上の殺意も。
ここで決める腹積もりだろうと、意識しなくても分かった。
「これで止めだッ!」
「仲間の恨みだ! 死にさらせぇッ!」
男達の足が、ぐ、と強く地を踏んだ。
顔は真っすぐに俺を見据えている。その表情は怒りに満ちていた。
だから気付いてはいないんだろう。
男達が、不自然に伸びた俺の影を踏んでいる、という事実に。
「シャドウッ! 今だッ!」
俺の声に応え、二本の黒い手が影から姿を現す。その手は握った短剣を振るい、男達の軸足、その腱を断ち切った。
「ぐぅっ!?」
「がぁっ!?」
踏み出した足を切られ、ぐらりと男達の姿勢が崩れる。
間髪入れず、俺はダンと地を蹴った。
”飛翔の風翼”の浮遊と”勇壮の風”の加速。二つの魔法は俺の体に変則的な速度を与え、男達との間合いを瞬間でゼロにする。
「”疾風斬”ッ!」
別名”風斬り刃”と言われる、速度に特化した精技。白刃の太刀が閃き、鮮血が宙に舞う。
精技をまともに食らった二人の男はガクリとくずおれ、その場所に倒れ伏した。
シャドウはまたトプンと影に戻って行く。あいつはあまり強力な攻撃はできないが、腱を切るくらいならやってのける。不意打ちに特化した奴なのだ。
ま、元々多勢に無勢だったんだ。多少の不意打ちくらい恨まず、大人しく地獄に行ってくれ。
俺は血ぶりを一つ、太刀を鞘に納める。
だが、するはずのない音が聞こえ、自然と目がそちらに向いた。
「天秤……に、やられる……たぁ……。情け、ねぇ……。あいつらに……合わせる……顔、が……がふっ」
それだけを言い残し、ダリオはガクリと力尽きた。
ここより南東、王国と帝国の境界を守るディストラー辺境伯領と、その北東のオーレンドルフ伯爵領。この隣接する二つの領には、大盗賊団と呼ばれる盗賊達がそれぞれ根を張っていた。
その盗賊団というのが、ディストラー領の”汚れ狼”と、オーレンドルフ領で活動していた俺達天秤山賊団である。
俺達は事あるごとに抗争を繰り広げる、いわゆる犬猿の仲だった。
お互いが抱く嫌悪感は、勢力争いからくる感情もあったろう。他にも連中は、俺達のいる領を”養殖地”と揶揄し、人さらいや略奪行為を繰り返していた。
好感を持つ理由などまるで無い。
しかし嫌悪感の最たる要因は、どこまで堕ちるのかという、人としての良心――すなわち倫理観によるものだったと思う。
ディストラー領は、重犯罪人が送られる王国の東端、流刑地とも呼ばれるガゼマダル領にも隣接している。
だが重犯罪者達はそんな流刑地からも逃げ出し、クズ同士集まり、犯罪行為を繰り返すことになる。それが”汚れ狼”の始まりだとオヤジは言っていた。
それを証明するかのように、奴ら”汚れ狼”はその名の通り、目的のためにはどんな手段も厭わない外道集団として名を馳せていた。
一方俺達天秤山賊団は、貧しいオーレンドルフ領での生活苦に耐えきれず略奪行為を行うようになった、食い詰め者が集まった結果できた山賊団だった。
人として堕ちたのは間違いない。しかし元々はただの一般町民だったのだ。
自分達が生きるために人を襲う。しかし人としての倫理観を完全に投げ捨てることもできない。
そんな半端者ばかりが集ったせいで、山賊らしからぬルールも存在していた。
人質に手荒な真似はしない。必要以上の殺生はしない。略奪行為ですら、全てを奪わず半分まで。
そんな行為からついた名が、天秤。同じ盗賊達から見れば、さぞかし笑える甘ちゃん集団だったことだろう。
だがそんな人間の集まりだったからこそ、俺達山賊団は仲間との結束を最も大切にし、大きくもなった。
まあそれが鼻についたらしい”汚れ狼”といがみ合う結果となったわけだが。
しかし俺個人としても、こちらとは相容れない奴らのやり口は反吐が出るくらい嫌悪していた。だからお互い様という奴だろう。
何より奴らとの抗争のせいで、俺のオヤジも逝っちまったからな。
憎むなと言うのが無理ってもんだった。
さて。七人の盗賊は始末した。残るは最後の一人だ。
俺は後ろを振り返る。そこに転がっていたアルバーノは、俺と目が合い、ビクリと体を震わせた。
「ぼ、僕を、ど、どう、どうするつもりだ!? 僕は、僕は、魔族との戦争で果敢にも戦い抜いた、アルバーノ・ラウロ・ドラーツィオだぞ!? ぐ、軍には僕を知る人間がおお多くいるんだ! そんな僕に、てて手を出せばどうなるか、分かっているんだろうな!?」
近寄る俺に、奴は声をあげる。
ドラーツィオ伯爵家のことは聞いたことがある。どこにあるかは知らないが、そこそこ力のある貴族だそうだ。
「くくく……」
「な、何だ!? 何を笑っている!?」
だがそんなことは関係ない。俺はこみ上げる笑いを我慢できなかった。
「おいおい、俺の顔を忘れちまったのか、お前は。あれだけしこたま殴ってやったのによ」
笑いを噛み締める俺を、アルバーノは何も言えずポカンと口を開けて見ていた。
「全くテメェは変わらねぇな。どこに行っても女の尻ばかり追いかけていやがる。何が戦争に勝って凱旋しただ。何一つ戦ってもいねぇ癖によ」
「な、な……!?」
ドラーツィオ伯爵家当主の名代として戦場に出てきた息子は二人いた。
長男と次男。長男がまともで、次男が女癖の悪いポンコツ野郎だったってのは、軍でも有名な話だった。
この様子では間違いなく、目の前のこいつがそのポンコツの次男なんだろう。
当時は第一師団をバカにするネタとして、第三師団ではよくよく話に上がったものだ。
もし身内に被害が出なかったなら、それは笑い話で済んだんだろうが。
「貴様……もしや軍の兵士か! こんなことをするなんて……ドラーツィオ伯爵家が黙っていないからな!?」
俺が笑っていると、やっと我を取り戻したらしい。アルバーノの顔が急激に赤くなる。眉を吊り上げ、唾を飛ばすように怒鳴り始めた。
だが、それがどうした。
「やかましいっ!」
「ブッ!?」
俺は怒鳴り付けながら、奴の顔を蹴り飛ばした。
こいつは所属する第一師団内だけでは飽き足らず、第二師団、そして第三師団にまでちょっかいをかけてきやがったのだ。
特に迷惑を被ったのはエルフ達だ。見目の良いエルフ達にコイツはしつこく付きまとった。
結果困り果てたエルフ達は、ついには「ぶちのめしてもいいのか」と俺に聞いてきたのだ。激しい怒り交じりでな。
それだけじゃない。
「俺の部下、エルフ達だけじゃねぇ。スティアや挙句ホシにまで粉かけようとしやがって……。散々ぶちのめしてやったのに、すっかり忘れてやがるたぁいい度胸だ」
あろうことか、こいつはホシに美味い事を言って連れ去ろうとしやがったのだ。贔屓目に見ても子供にしか見えない、あのちんちくりんにだ。
まあホシの方が一枚上手で、こいつを俺達の前に連行してくれたから事なきを得たが。だが問題はそこじゃない。
子供にまで平然と手を出そうとした、その下衆さ加減にあった。
目の前のこいつは忘れていたようだ。だが俺は忘れちゃいねぇ。
バカはポカンと口を開いていたが、しばらくして目を見開いた。
やっと気づきやがったか。貧弱なオツムを持つと周りまで苦労する。
「ぐっ……お、お前……まさか。まさか! 貴族殺しか!? そんな、な、なんでこんな所にっ!」
アルバーノは驚愕に目を見開いたまま、麻痺した体をずりずりと後退させる。
「そんなもん俺が聞きてぇが……ま、今はどうでもいい。この幸運に感謝しなきゃなぁ」
「こ、幸運だと?」
「ああそうだ。前々から目障りだった奴がよ、盗賊と手を組むなんて馬鹿なことをしでかしやがったんだ。なぁ?」
「ち、違う! ぼ、僕はあいつらが盗賊だなんて知らなかったんだ! 護衛の冒険者だと思って声をかけただけなんだ! 僕だって騙されて――」
「嘘だな」
取ってつけたような言いわけに、≪感覚共有≫がすぐさま否を返す。
自分が雇った冒険者が盗賊でしたなんて言ったら、普通混乱するだろう。
だがこいつは連中が俺達に襲い掛かった時、それがまるで当然であるかのように平然としていた。
こういう時のために用意していた台詞なんだろう。だが俺には通用しねぇんだよボケッ!
「俺は嘘なんてすぐ分かるんだよ。それにだ。テメェが似たような手口でいらん事やってたってのは聞いてるんだ。今更それが通るかよ」
「なぁっ!? い、いやっ! そ、そんなことは――っ!」
「ああ。いい、いい。俺はお前の弁明が聞きたいわけじゃあねぇんだ。聞く価値もねぇしな」
ガタガタと震えだすアルバーノを前に、俺は静かに鯉口を切る。
「盗賊は縛り首。お前ら貴族が俺に対してよく言ってくれた言葉だ。当然お前も覚悟してたんだろ?」
「い、いや、僕は、だから――っ!」
「だが、そんなに言いわけがしたいってんなら、だ」
俺は太刀を頭上に掲げた。
「地獄で気がすむまでして来いや」




